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結核の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針
○厚生労働省告示第三百七十五号
 結核予防法(昭和二十六年法律第九十六号)第三条の三第一項の規定に基づき, 結核の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針を次のように策定したので, 同条第五項の規定により告示する。
 平成十六年十月十八日
厚生労働大臣 尾辻 秀久
 
結核の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針
 結核予防法(昭和二十六年法律第九十六号。以下「法」という。)の制定以来およそ半世紀が経過し, この間の結核を取り巻く状況は, 医学・医療の進歩, 公衆衛生水準の向上等により著しく変化した。現在, 我が国の結核り患状況は, かつての青少年層の結核単独かつ初感染発病を中心としたり患から一変し, 基礎疾患を有する既感染の高齢者のり患が中心となっている。また, 高齢者のみならず, 一部の大都市等の特定の地域において, 高発病, 遅発見, 治療中断, 伝播高危険等の要素を同時に有している住民層の存在についても疫学的に明らかになっている。一方で, 結核医療に関する知見の蓄積により, 結核の診断・治療の技術は格段に向上した。
 このような結核を取り巻く状況の変化に対応するため, 従来の結核対策の枠組みを抜本的に見直し, 予防の適正化と治療の強化, きめ細かな個別的対応, 人権への配慮, 地域格差への対応を基本とした効率的な結核対策に転換するものとする。また, 結核の発生の予防及びそのまん延の防止, 結核患者に対する良質かつ適正な医療の提供, 結核に関する研究の推進, 医薬品の研究開発, 人材養成, 啓発や知識の普及とともに, 国と地方公共団体, 地方公共団体相互の連携と役割分担を明確にし, 結核対策を総合的に推進することにより, 我が国が, 世界保健機関のいう中まん延国・結核改善足踏み国を脱し, 近い将来, 結核を公衆衛生上の課題から解消することを目標とする。
 本指針は, 結核の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針であり, 新しい時代の結核対策の方向性を示すものである。都道府県が本指針に即して策定する予防計画(以下「予防計画」という。)が本指針と整合性が保たれるように定められ, もって, 今後の結核対策が総合的かつ計画的に推進されることが必要である。
 本指針については, 施行後の状況変化等に的確に対応する必要があること等から, 法第三条の三第三項の規定に基づき, 少なくとも五年ごとに再検討を加え, 必要があると認めるときは, これを変更していくものである。
 
第一 結核の予防の推進の碁本的な方向
一 現在の結核を取り巻く状況への対応
 現在我が国における結核のり患の中心は高齢者であるため, 基礎疾患を有する結核患者が増加しており, 結核単独の治療に加えて合併症に対する治療も含めた複合的な治療を必要とする場合も多く, 求められる治療形態が多様化, 複雑化している。
 また, 大都市等の特定の地域において, 高発病, 遅発見, 治療中断, 伝播高危険等の社会的リスクを同時に有している結核発症率の高い住民層に対しても有効な施策が及ぶような体制を構築する必要がある。
 そのため, 我が国の現在の結核のまん延状況にかんがみ, 結核対策の重点を, 従来の一律かつ集団的対応から, 発症のリスク等に応じた効率的な健康診断, 初発患者の周辺の接触者健診, 有症状時の早期受療の勧奨, 結核患者に対する適正な医療の提供, 治療完遂に向けた患者支援等きめ細かな個別的対応へと転換していくこととする。さらに, 新しい時代の結核対策においては, 結核が発生してから防疫措置を講ずる事後対応型行政から, 本指針及び予防計画を通じて, 普段から結核の発生を予防し, 及びそのまん延を防止していくことに重点を置いた事前対応型行政に転換していく。
二 国及び地方公共団体の果たすべき役割
1 国及び地方公共団体は, 相互に連携を図りつつ, 地域の実情に即した結核の予防に関する施策を講ずるとともに, 正しい知識の普及, 情報の収集及び分析並びに公表, 研究の推進, 人材の養成及び資質の向上並びに確保等の結核対策に必要な体制を確保する責務を負う。
2 予防計画の作成者たる都道府県と, 保健所を設置する市, 特別区及びその他市町村は, 相互に連携して結核対策を行う必要がある。特に, 大都市をその管轄する区域内に有する都道府県においては, 指定都市等と連携し, これらの地域の状況を踏まえた予防計画を策定すべきである。
3 保健所は, これまでの結核対策において, 市町村からの求めに応じた技術支援, 定期外の健康診断の実施, 結核の診査に関する協議会の運営等による適正な医療の普及, 訪問等による患者の治療支援, 地域への結核に関する情報の発信及び技術支援・指導, 届出に基づく発生動向の把握及び分析等様々な役割を果たしてきている。都道府県, 保健所を設置する市及び特別区(以下「都道府県等」という。)は, 今後も保健所による公的関与の優先度を考慮して業務の重点化や効率化を行うとともに, 保健所が公衆衛生対策上の重要な拠点であることにかんがみ, 結核対策の技術的拠点としての位置付けを明確にすべきである。
4 都道府県等は, 学校や職場等と居住地を管轄する都道府県等が異なる者の結核発症による集団感染等, 複数の都道府県等にわたって結核のまん延のおそれがあるときには, 近隣の都道府県等や, 患者の移動に関して関係の深い都道府県等と相互に協力しながら結核対策を行う必要がある。また, このような場合に備えるため, 国と連携を図りながらこれらの都道府県等との協力体制についてあらかじめ協議をしておくことが望ましい。
三 国民の果たすべき役割
 国民は, 結核に関する正しい知識を持ち, その予防に必要な注意を払うとともに, 特に有症状時には, 適正な治療を受ける機会を逃すことがないように早期に医療機関を受診し, 結核と診断された場合には治療を完遂するよう努めなければならない。また, 結核の患者について, 偏見や差別をもって患者の人権を損なわないようにしなければならない。
四 医師等の果たすべき役割
1 医師その他の医療関係者は, 三に定める国民の果たすべき役割に加え, 医療関係者の立場で国及び地方公共団体の施策に協力するとともに, 結核患者等が置かれている状況を深く認識し, 良質かつ適正な医療を提供するよう努めなければならない。
2 医療機関においては, 結核の合併率が高い疾患を有する患者等(後天性免疫不全症候群, じん肺及び糖尿病の患者, 人工透析を受けている患者, 免疫抑制剤使用下の患者等)の管理に際し, 必要に応じて結核発症の有無を調べ, 積極的な発病予防治療の実施に努めるとともに, 入院患者に対し, 結核に関する院内感染防止対策を講ずるよう努めなければならない。
五 人権への配慮
1 結核の予防と患者の人権の尊重の両立を基本とする観点から, すべての国民は, 患者の個人の意思や人権に配慮し, 一人一人が安心して社会生活を続けながら良質かつ適正な医療を受けられるような環境の整備に努める必要がある。
2 国及び地方公共団体は, 結核対策の実施及び法の施行に当たっては, 関係法令及び条例等に従い, 結核に関する個人情報の保護には十分留意することとする。また, 結核患者に対する差別や偏見の解消のため, あらゆる機会を通じて正しい知識の普及啓発に努めることとする。
六 結核対策における国際協力
 国等においては, 結核対策に関して, 海外の政府機関, 研究機関, 世界保健機関等の国際機関等との情報交換や国際的取組への協力を進めるとともに, 結核に関する研究や人材養成においても国際的な協力を行うこととする。
七 具体的な目標
 国においては, このような考え方を基に, 二千十年(平成二十二年)までに, 喀痰塗抹陽性肺結核息者に対する直接服薬確認治療率を九十五パーセント以上, 治療失敗・脱落率を五パーセント以下, 人口十万人対り患率を十八以下とすることを目指すこととする。
八 予防計画を策定するに当たっての留意点
1 予防計画は, 法第三条の四第六項の規定の趣旨に照らし, 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)第十条の規定により定める感染症の予防のための施策の実施に関する計画と一体のものとして定めることが適当である。
2 予防計画が, 都道府県の行政施策の基礎として十分に機能するためには, 結核患者の発生数, 入院患者数の動向等を把握した上で策定することが必要であり, また, 予防計画は, 都道府県民の福利に合致したものであること, 疫学的特徴及び科学的根拠に基づく合理的なものであること, かつ実効性の高いものであることが要求される。予防計画は, 当該都道府県の公衆衛生行政上の結核対策の位置付けと優先課題を明確にした上で, 結核対策の目標を明示することが望ましい。そして, その目標を達成するための戦略と, 当該計画の進ちょく状況の評価について記述することが望ましい。
 
第二 結核の予防のための施策に関する事項
一 結核の予防のための施策に関する考え方
 結核予防対策においては, 第一の一に定める事前対応型行政の体制の下, 国及び地方公共団体が具体的な結核対策を企画, 立案, 実施及び評価していくことが重要である。
二 定期の健康診断
1 かつて, 我が国において結核が高度にまん延していた時代においては, 定期の健康診断を幅広く実施することは, 結核患者の発見の効率的な方法であったが, り患率の低下等結核を取り巻く状況の変化を受けて, 現在, 定期の健康診断によって患者が発見される割合は極端に低下しており, 公衆衛生上の結核対策における定期の健康診断の政策的有効性は低下してきている。
2 一方, 高齢者, 地域の実情に即した疫学的な解析により結核発病の危険が高いとされる住民層, 発病すると二次感染を起こしやすい職業に就労している者等の定期の健康診断の実施が政策上有効かつ合理的であると認められる者については, 重点的な健康診断の実施が重要であるとの認識の下, 健康診断の受診率の向上を目指すこととする。
3 学校, 社会福祉施設等の従事者に対する健康診断が義務付けられている施設のみならず, 学習塾等の集団感染を防止する要請の高い事業所の従事者に対しても, 有症状時の早期受療の勧奨及び必要に応じた定期の健康診断の実施等の施設内感染対策を講ずるよう地方公共団体が周知等を行うこととする。また, 精神科病院を始めとする病院, 老人保健施設等(以下「病院等」という。)の医学的管理下にある施設に収容されている者に対しても, 施設の管理者は必要に応じた健康診断を実施することが適当である。
4 予防計画の中に, 市町村の意見を踏まえ, り患率等の地域の実情に応じ, 定期の健康診断の対象者について定めることが重要である。市町村が定期の健康診断の対象者を定める際には, 患者発見率〇・〇二から〇・〇四パーセントをその基準として, 参酌することを勧奨する。
5 市町村は, 医療を受けていないじん肺患者等に対しては, 結核発症のリスクに関する普及啓発とともに, 健康診断の受診の勧奨に努めるべきである。
6 結核の高まん延地域を管轄する市町村は, その実情に即して当該地域において結核の発症率が高い住民層(例えば, 住所不定者, 職場での健康管理が十分とはいえない労働者, 海外の高まん延地域からの入国者等が想定される。)に対する定期の健康診断その他の結核対策を総合的に講ずる必要がある。
7 外国人の結核患者の発生が多い地域においては, 保健所等の窓口に我が国の結核対策を外国語で説明したパンフレットを備えておく等の取組を行うことが重要である。また, 地域における外国人の結核の発生動向に照らし, 市町村が特に必要と認める場合には, 外国人に対する定期の健康診断の体制に特別の配慮が必要である。その際, 人権の保護には十分に配慮するべきである。
8 健康診断の手法として, 寝たきりや胸郭の変形等の事情によって胸部エックス線検査による診断が困難な場合, 過去の結核病巣の存在により現時点での結核の活動性評価が困難な場合等においては, 積極的に喀痰検査(特に塗抹陽性の有無の精査)を活用することが望ましい。
三 定期外の健康診断
1 定期外の健康診断は, 結核の予防上特に必要があると認めるときに, 結核にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者について結核感染又は発病の有無を調べるために行われる健康診断である。これまで結核患者の診断を行った医師等の協力を得つつ, 一般的に保健所等における業務として実施されてきたもので, 結核対策において重要な位置を占めるものである。
2 都道府県知事等が定期外の健康診断を行う場合にあっては, 健康診断を実施することとなる保健所等の機関において, 関係者の理解と協力を得つつ, 関係機関と密接な連携を図ることにより, 感染源及び感染経路の究明を迅速に進めていくことが重要である。この際, 特に集団感染につながる可能性のある初発患者の発生に際しては, 定期外の健康診断が勧告に従わない場合に都道府県知事等が直接に対象者の身体に実力を加えて行政目的を実現するいわゆる即時強制によって担保されていることに留意しつつ, 綿密で積極的な対応が必要である。また, 感染の場が複数の都道府県等にわたる場合は, 関係する都道府県等間又は保健所間の密接な連携の下, 健康診断の対象者を適切に選定する必要がある。
3 結核患者の発生に際しては, 都道府県知事等は, 定期外の健康診断がいわゆる即時強制によって担保されていることに留意しつつ, 定期外の健康診断の対象者を適切に選定し, 必要かつ合理的な範囲について積極的かつ的確に実施することが望ましい。また, 健康診断の勧告等については, 結核の予防上特に必要があると認めるときに, 結核の感染経路その他の事情を十分に考慮した上で結核に感染していると疑うに足りる正当な理由のある者を確実に対象とすべきである。
四 BCG接種
1 予防接種は, 感染源対策, 感染経路対策及び感受性対策からなる感染症予防対策の中で, 主として感受性対策を受け持つ重要なものである。そのため, 結核対策においても, BCG接種に関する正しい知識の普及を進め, 接種の意義について国民の理解を得るとともに, 法による定期のBCG接種の機会が乳児期に一度のみであることにかんがみ, 市町村においては, 適切に実施することが重要である。
2 市町村は, 定期のBCG接種を行うに当たっては, 地域の医師会や近隣の市町村等と十分な連携の下, 乳児健康診断との同時実施, 個別接種の推進, 近隣の市町村の住民への接種の場所の提供その他対象者が接種を円滑に受けられるような環境の確保を地域の実情に即して行い, もってBCGの接種率の目標値を生後六月時点で九十パーセント, 一歳時点で九十五パーセントとする。
3 BCGを接種して数日後, 被接種者が結核に感染している場合には, 一過性の局所反応であるコッホ現象を来すことがある。コッホ現象が出現した際には, 被接種者が市町村にその旨を報告するように市町村等が周知するとともに, 市町村から保健所に必要な情報提供をすることが望ましい。また, 医療機関の受診を勧奨する等当該被接種者が必要な検査等を受けられるようにすることが適当である。
五 結核に関する情報収集
 国及び都道府県等は, 結核に関する情報の収集及び分析並びに公表を進めるとともに, 海外の結核発生情報の収集については, 関係機関との連携の下に進めていくことが重要である。
六 予防計画を策定するに当たっての留意点
 予防計画において, 地域の実情に即した結核の予防のための施策に関する事項を定めるに当たっては, 一から五まで及び第一の八に定める事項を踏まえるとともに, 特に, 次に掲げる事項について規定することが望ましい。
1 結核予防のための施策の考え方
2 定期・定期外の健康診断の対象者の選定等の実施に関する事項
3 BCGの接種率及び接種技術の向上に関する事項
4 都道府県等及び保健所の役割に関する事項







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