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1997/12/09 読売新聞朝刊
[ビッグインタビュー]明石康・国連事務次長(上)
◆平和に取り組む地域機構 アジアでの創設課題
 明石康国連事務次長(人道問題担当)(66)が今年いっぱいで国連を去る。カンボジア、旧ユーゴ紛争では国連事務総長特別代表として、紛争当事国(者)や大国間の利害対立に揺さぶられつつ尽力した。四十年間の豊富な経験を踏まえ、「国連人」の視点から見た国連の役割の変遷、日本外交の姿などについて語ってもらった。
(聞き手 ニューヨーク支局 水島 敏夫、古本 朗、坂本 達哉)
 
 ――在職四十年間に、国連を取り巻く国際環境は劇的に変化した。各時代をどう定義するか。
 「まず冷戦時代は、米ソを中心とする核抑止体制が国際平和を守る基盤とされ、『世界の安全と平和』に果たす国連の機能は十分に発揮されなかった。九四年ごろまでのポスト冷戦期には、米ソ間の拒否権発動の応酬が影をひそめ、安保理が国際政治の軸として機能し始めたことから、地域紛争などに対する国連の役割への国際的期待が非常に高まった。それを背景に、平和維持活動(PKO)の分野では『大型PKO』の時代となった」
 「そして現在に至る時期を私は、『ポスト・ポスト冷戦期』と呼ぶ。米国の国連予算分担率引き下げ要求や、日本政府による政府開発援助(ODA)の一〇%削減に象徴されるように、各国で新孤立主義とも呼ぶべき現象が見え始め、その結果、国連財政は行き詰まった。『小型PKO』あるいは、紛争地へのPKO派遣を見合わせる『NO・PKO』時代が訪れた」
 
 ――九二年に当時のガリ総長は、強制力によって平和の回復・維持を目指す「平和執行型PKO」などを盛り込んだ野心的な報告書「平和への課題」を発表した。今、振り返ってどう評価するか。
 「『平和への課題』は地域安全・平和確保での国連の役割強化を求める冷戦後の国際社会の熱い期待を反映したものだ。私は当時、『平和への課題』を見てやや気負った印象を受けた。国連がこれほどの任務を担えるかとの不安も抱いた」
 「果たせるかな、国連は武力強制をも見込む国連憲章第七章型PKO、あるいは『平和執行型PKO』を本格的に実施する基礎体力を備えていなかった。各国からの寄せ集めであるPKO部隊は、装備、訓練、情報収集・分析、命令指揮系統のいずれの面でも、その態勢になかった。こうした反省に立ってガリ総長は九五年に『平和への課題・追補』を出し、いまの国連の実力の範囲で可能なPKOを積極的にやろう――というところまで後退した」
 
 ――その後退をどう見るか。
 「わたしは、この『追補』が国連PKOの新たな出発点だと考えている。強制力発動の項目を含まず紛争の平和的解決をうたう憲章第六章型のPKOを、第七章型へ限りなく近付けるために何をなすべきか、を模索する時期が近く訪れるだろう」
 「冷戦後のPKOをめぐる前進と後退は、国連の歴史全体にも当てはまるものだ。ダグ・ハマーショルド第二代事務総長が、(一九五六年の)スエズ動乱調停などで輝かしい成果を上げ国連の威信を高めた時代の後、ウ・タント総長の下で国連の財政難と取り組み、次の飛躍に備えるための地固めの時代が訪れた。地域安全・平和確保での国連に対する国際社会の期待と要望が最高潮に高まり、次いで退潮したガリ時代の後、コフィ・アナン現事務総長の下で、国連の機構改革などに取り組む地固めの時代が再びやって来た。だが、国連の飛躍の時は必ず遠からず再来する、と確信している」
 
 ――ボスニア紛争解決への北大西洋条約機構(NATO)の貢献は、地域機構と国連の連携に対する新たな時代の要請を象徴しているように映るが。
 「国連と地域機構連携の充実は、国連の新たな飛躍をもたらす重要なステップだ。欧州にはNATOや全欧安保協力機構(OSCE)、アメリカ大陸には米州機構(OAS)、アフリカにはアフリカ統一機構(OAU)がある。一方、アジアには南アジア地域協力連合(SAARC)、東南アジア諸国連合(ASEAN)など、経済協力を主眼とする準地域機構があるが、国連と連携して地域安全と平和の問題に取り組む真の地域機構は出来ていない。この意味で、アジアは欧州、アフリカ、中南米のいずれにも後れをとっている。今後の重要な課題だ」
◇明石康(あかし やすし)
1931年生まれ。
東京大学教養学部卒業。バージニア大学大学院修了。
日本国連代表部大使、国連事務次長、国連カンボジア暫定統治機構代表、事務総長特別顧問などを歴任。現在、東洋英和女学院客員教授。
 
 
 
 
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