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2004/09/11 産経新聞朝刊
【緯度経度】ワシントン・古森義久 日本の常任理入りの偽善
 
 凶悪犯罪だけは絶対に取り締まらないという警察署があったら、その管内の住民は怒るだろう。交通整理や防犯活動には精を出す。だが殺人や強盗など警官の身に少しでも危険が及ぶ犯罪検挙には一切、手をつけない。その任務は他の警察署にアウトソーシングとして押しつけてしまう。押しつけられる他の警察も怒るだろう。そもそも凶悪犯の検挙はしないという警察は警察の名に値しない。
 日本政府のいまの国連安保理常任理事国入りへの動きをみていると、こんな奇妙な警察を連想してしまう。日本は国連安保理に求められる最も重要で最も難儀な作業だけはできないことを事前に宣言しながら、安保理の司令塔に加わりたいと要求しているからだ。
 日本はいよいよ常任理事国入りを求める動きを本格的に開始した。小泉純一郎首相も来週のブラジル訪問でその動きの幕を開け、ニューヨークの国連本部でもそれを続ける予定だという。
 だがその国連安保理とはいったいなにをする機関なのか。そもそも国連自体の最大の目的が国際の平和と安全の維持であり、脅威や侵略の鎮圧のために軍事力を含む集団的措置をとることである。安全保障理事会はその実施機関であり、国際の平和と安全の維持のために軍事的行動をとることを決める組織でもある。
 国連安保理は脅威や侵略に対し非軍事的手段ももちろんとるが、それでも効果がない場合は軍事的手段をとる。軍事力行使も最悪の場合の不可欠な手段とされるわけだ。常任理事国はそういう手段を決める立場にあり、国連の一般加盟国にもいつでも軍隊を供せるよう指示することとなる。要するに国連安保理の平和活動に軍事力の使用、あるいはその可能性という選択は不可欠なのだ。
 ところが日本は現行憲法の第九条で国際的な軍事力の行使も、その可能性の示威もすべて禁じている。しかも国連の神髄たる集団的防衛さえも日本は憲法解釈での集団的自衛権の行使禁止でタブーとしてしまった。だから安保理の本来の任務を果たすことができないわけだ。凶悪犯罪の検挙はしないと宣言している警察署なのである。
 それでも日本が常任理事国になりたいと宣言することはなにを意味するか。日本は国連の集団的な軍事力行使自体には反対も否定もしていない。だから軍事力行使は自国はせずに他のメンバー国にさせる、ということだろう。たとえ国連のためでも危険で難儀な軍事行動などどの国も好きなはずがない。だが日本はそれを他国に押しつけるのだ。偽善と評されても仕方あるまい。
 米国もこうした日本の異端がわかっているから国務長官や同副長官が「常任理事国入りには憲法第九条の再検討を」とつい本音をもらすことになる。古くは一九九三年に上院本会議が米国政府は日本が他国と同じように軍事行動をともなう安全保障活動ができるようになるまでは常任理事国入りを支援すべきではない、という決議を成立させたのも、同じ理屈からだった。
 しかし米国政府はクリントン政権もブッシュ政権も公式には日本の常任理事国入りを支援すると言明してきた。米国が支援してもすぐには実現しない案件だし、日本も前に進めば軍事忌避の異端を直すだろう、などという思惑からだろう。だが日本側ではその公式の支援だけをみて、事たれりとする反応が広がってきたようだ。この問題では従来は超慎重派だった小泉首相までが身を乗り出してきた観もある。
 だが日本のいまの姿勢が米側でも政権からちょっと距離をおく識者たちの目にどう映るか。国際的な評価の指針として知っておくことも有益だろう。
 国防大学教授のジム・プリシュタップ氏は「日本が軍事力行使と集団的防衛の両方を禁じたままでは安保理の常任メンバーとしての十分な責任と義務を果たせないことは明白であり、現状で常任理事国入りを求めることはあまりに難しい」と述べる。
 元国防次官補代理のブルース・ワインロッド氏も「常任理事国でも自国の政策選択の結果として軍事力行使をしないとか、集団的自衛に加わらないという方途はあるが、日本のように事前にすべてそれらはできないと宣言することは異常だ」と語り、日本がそれでもなお常任理事国入りを求めるならば、「多数の国連加盟国、安保理メンバーのなかでも日本一国だけが特殊の立場、特殊の地位を認められることを求めるに等しく、いまの国連にはそんな例外はない」と述べるのだった。
 
 
 
 
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