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1995/10/26 毎日新聞朝刊
[記者の目]国連創立50周年記念特別総会 リーダー189人「新たな始まり」
◇平等な対話の場存続を
 「今世紀最大」といっても過言ではない一枚の記念写真が、国連創立五十周年記念特別総会で撮影された。二十一世紀の地球社会のあり方を模索する各国のリーダー百八十九人が、主義主張や思惑の違いを胸の奥に押し込み、ともあれカメラに笑顔を向けた。その写真に、半世紀を迎えた今の国連の姿が凝縮されていると思う。
 この記念写真を私なりに「解読」してみると、まず写っている人数は、最前列中央のガリ国連事務総長を加え百九十人。犬猿の仲の米国とキューバ、仲直りの最中のイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)、角突き合わすインドとパキスタン、ブラジルとアルゼンチン――。撮影に間に合わなかったメージャー英首相と、総会を「無視した」とされるコール独首相以外、役者はほぼ全員そろっている。並び方は元首、政府代表など外交上の地位や就任期間、アルファベット順など複雑な国連儀礼規則で決められたが、ガリ総長を挟んで中央最前列に米、露、中、仏の元首が並んだ。安保理常任理事国である。
 記念特別総会の首脳演説で、エジプト外相は「新世界秩序はダブルスタンダードだ」と批判した。国連では全加盟国はその大小を問わず、完全に平等な権利が保障されている。だが、唯一、常任理事国は例外だ。だからこそ、時代に見合った改革をほぼ全加盟国が求めている。さらに言えば「記念特別」とはいえ、あくまで総会であり安保理会議ではない。総会では、あらゆる決議で加盟国は「一票」でしかない。とすれば「総会記念撮影」でも、常任理事国を特別扱いする理由は全くないはずだ。
 国連儀礼規則の問題は、総会と安保理の力関係の差を反映し、記念写真は国連内部のダブルスタンダードを、「歴史的映像」として記録することとなった。安保理改革や総会権限の強化、大国主導の打破、小国・発展途上国の意見の反映――などを訴えたアジア・太平洋、アフリカ、中南米諸国の演説が今も耳に残っている。
◇小国の苦言、提言が噴出
 揚げ足取りはそれぐらいにして、全く別な側面から見ると、そこには国連半世紀の成果も写っている。例えば、マンデラ南アフリカ大統領やオルター・ミクロネシア連邦大統領。アパルトヘイト(人種隔離)廃絶と南アの民主化、アフリカ大陸や太平洋地域での植民地廃止・独立に、国連が果たした役割はだれも否定できない。アラファトPLO議長とラビン・イスラエル首相もいる。一九四七年、パレスチナの分割(アラブとユダヤ)を決議したのは、国連総会である。その後も戦争と流血を繰り返してきたが、ようやく芽生え始めた平和の陰には国連があった。
 冷戦終結後、安保理が初めてまともに機能したとされる湾岸危機・戦争の当事者、イラクとクウェートも、国連平和維持活動の限界を世界に示した旧ユーゴスラビア紛争の主役も写っている。
 十数億ドルの義務分担金を滞納し、国連をみぞうの財政危機に陥らせた責任者の米大統領が、ガリ総長の隣に立っているのは何となく釈然としない。だが、一国当たりわずか五分間という、各国代表としてはいかにも短すぎる演説の制限時間がありながら、百八十九人ものリーダーたちが集結したのはなぜなのか。さまざまな問題を抱えながらも、いま地球上でこれだけの「動員力」を有する組織は国連をおいてないことを思えば、一枚の写真が問いかけるものは重い。
 加盟百八十五カ国から、九十一カ国の元首(大統領、国王、主席)、三十七カ国の政府代表(首相)、九カ国の副大統領(皇太子一人を含む)、十カ国の副首相、二十一カ国の外相、九カ国の大使クラスが演説。さらに二十三のオブザーバー国・地域・国際機関の代表を加え、記念特別総会の演者は二百人に達した。三日間にわたり、それぞれが自国にとって最も重要と認識する問題を、次々と披露した。ボルジャー・ニュージーランド首相と村山富市首相は核実験の即時停止を、クリントン米大統領は麻薬など国際犯罪組織の撲滅を、カストロ・キューバ国家評議会議長は貧困の苦悩を、ヌジョマ・ナミビア大統領は南北格差の是正を――。
 ガリ総長が冒頭のあいさつで訴えた、破たん状態の国連財政の再建も含め、国際社会が国連に期待する機能と活動に、公正さと実効性を持たせるための国連改革への苦言、提言も噴出した。現状の国連では、二十一世紀の国際社会のニーズに応えることはできないのでは、という加盟国の懸念が感じられた。現実問題として、ソマリアやボスニア・ヘルツェゴビナでの平和維持活動の失敗は、国連全体の無力さと限界を印象づけ、活動決定過程と執行にかかわる組織改革が急務であることは、だれの目にもはっきりしている。
 だが、短すぎる演説の内容そのものは、さして問題ではない。特別総会が地球社会に発したメッセージは、「これだけ多くの首脳・首脳クラスが国連の組織の下に、一堂に会した」という事実に尽きる。まさにこの一枚の写真こそが、記念特別総会の最大の意義なのである。
 半世紀後の二〇四五年。写真の主役たちの大半が、そして私自身も、地球市民を「卒業」しているだろう。だが、その半世紀後に、同じような「二枚目の記念写真」を撮影できる地球社会を築いていくことが、このリーダーたちに課せられた責務だと思う。国連という名称がなくなっても構わないと思う。反目や対立があってもいいだろう。だが、あらゆる障壁を乗り越え、武力ではなく対話という形で、すべての国と人々が平等な立場で集える場は残したい。
◇組織の改革が急務
 当面は国連しかないのだから、存続させるためにどう改革し、活用していくのか。これは、新たな始まりの記念写真でもある。
<ニューヨーク支局・田原護立記者>
 
 
 
 
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