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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1993/12/02 産経新聞朝刊
【正論】「開かれた皇室」論に潜む危険
元駐タイ大使・岡崎久彦
◆言論の自由には落とし穴
 皇后陛下御不例の報に接した時は、誠に憂慮に堪えなかった。その後、順調に御回復の由承って心からお慶び申し上げたい。しかし、今回の事は私が前々から危惧していた事であった。
 私は、本年年初に発表した中国論の中で、日本の皇室のあり方について論じさせて頂いた事がある。
 私の論旨は、日本の天皇制というものは、過去一千年の歴史の中で、明治維新とか、終戦の詔勅とか、百年に一度来るかどうかわからないような変動期において、国民的な統合を失わずに民族の難局を乗り切るのに役に立った貴重な民族的財産であり、通常の時に軽々しく使ってはいけない、まして、毀誉褒貶があり得る事には一切使ってはいけない、という事であった。
 こうした考え方から、昨年の御訪中のように、情勢如何では政治的リスクが伴うような事は、もともと総理大臣が自分の責任ですべき事であり、万一問題が起こった時に天皇は責任の取りようが無いのであるから、天皇にお願いすべきでないという立場であった。
 天皇が国民統合の象徴だという現行憲法の規定は悪くないし、日本の歴史的伝統を反映している。この憲法体制が機能し、天皇が象徴だけにとどまられて、いかなる手垢もつかず次々に皇位を継承されて行く、これが、日本という国が平和と安寧の中に過ごしている事の証左であるとともに、万一既存の体制が、幕藩鎖国体制や、軍国主義体制の末期のように硬直化して国民の利益を守れなくなった時には−どんな体制でも永遠という事はない−国民的統合を失わずにこれに対処する貴重な政治的財産を温存し続けている事になる。
 つまり、天皇制について何よりも大事な事は、その時点々々の日本の外交に役に立つとか、国民に人気があるとかいう事ではなく、いささかのキズも汚れもつけずに、これを後世の世代の日本人に残す事だと論じたのである。
 実はその時は、本論の中国論からあまりに脱線するので割愛したが、草稿では、いわゆる「開かれた皇室論」批判まで筆が走った。
 皇室の内情を開放すれば良い面も悪い面もすべて外部に曝され(さらされ)る。世の中に完全な人間というものも、完全な家族というものも存在しない。皇室にその例外を求める事こそ皇室の神格化を要求する事である。
 もし、多かれ少なかれどこの家庭でもあるような悩み事が表に出た場合「開かれた皇室」を主張して来た人々は率先して皇室を庇って(かばって)くれるだろうか? それは本来期待し得べくもない。それを信義違反と責めるわけにもいかない。それがマスコミの本質なのである。
 マスコミの懇請に応えて好意のつもりで情報を流しても、その好意に報ゆる形でマスコミがその情報を好意的に扱ってくれる保証はどこにもない。言論の自由、批判の自由こそがマスコミの行動の唯一最高の規範である。
 極端な場合、そのマスコミの姿勢が元来反皇室である事もあり得る。この問題が盛んに論じられた頃、朝日新聞に「天皇制反対論者も現にいるのだから皇室批判の言論の自由を封じるべきでない」という投書があった。それは正論と思う。しかし、もし、そういう人達が、「開かれた皇室」を主張する声の中に居るとすれば、それは偽善か、もっと端的に言って陷穽(かんせい)というべきであろう。
◆皇室の権利はより厳しく
 どんな一般人でも世間体のために外部に知られたくない事もあり、プライヴァシーの権利がある。皇室にも同じ権利があるのは当然である。まして一般の人がふだんやっているような事でも、皇室の場合はニュース・ヴァリューがある事を考えると、一般の人よりもプライヴァシーを厳しくするのがバランスのとれた考え方であろう。
 この前の機会にはここまで論じつめて発表できなかったが、今からでも決して遅くないと思う。というのは、今回の事件などは、私が憂慮した事のほんの予兆かもしれないからである。
 今回の事件を通じての皇室批判を読んでいると、その中には単に無責任な雑誌ジャーナリズムという面もあるが、天皇制そのものをキズつけようという意図があるというよりも、むしろ、いわゆる「先王の制」が崩されてしまうのではないかという危惧−それが事実であるかどうかは別問題として−が背景にあるように思える。
 という事は、本当の危険はまだ将来に残っているという事である。もし今後とも、「開かれた皇室」のスローガンの下に、皇室のプライヴァシーの保護がはずれてしまった後−何年、何十年か後、あるいは何世代後かの皇室の時かわからないが−その時に何が待ち構えているかという事である。その時こそ、天皇制にキズをつける意図のある人々にとってのチャンスが訪れる可能性を排除できないのである。
◆将来起こり得る危険予告
 われわれの世代の義務は、そうした危険を出来るかぎり未然に避けられるような制度習慣を後の世代に残して置く事だと思う。
 今回の事件は不幸な事ではあったが、内容そのものは、とり立てて問題にすべきであったかどうかさえ議論が分かれる程度の事であった。むしろ将来起こり得る危険に対して警鐘を鳴らす効果があったと考えたい。
(おかざき・ひさひこ)
◇岡崎久彦(おかざき ひさひこ)
1930年生まれ。
東京大学法学部中退。英ケンブリッジ大学大学院修了。
東大在学中に外交官試験合格、外務省入省。情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使を歴任。
現在、岡崎研究所所長。
 
 
 
 
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