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1992/08/11 毎日新聞朝刊
「憲法9条は天皇制維持のため戦勝国向けの条項」−−元GHQのケーディス氏証言
 
 【ニューヨーク10日田原護立】日本国憲法草案作りの実務責任者だった元連合国軍総司令部(GHQ)民政局次長チャールズ・ケーディス陸軍大佐(86)はこのほど、毎日新聞とのインタビューに応じ、戦争放棄を規定した憲法九条は「天皇制維持を他の戦勝国に納得させるため加えられたと言っていい」と証言した。憲法九条制定の経過については「幣原首相提案説」などがあるが、決定的な資料、証言はなかった。九条制定の一つの要因が天皇制維持というマッカーサー司令部の意図に基づいたものであることが立案者自身の証言で明らかにされたのは初めて。憲法論議に新たな波紋を広げよう。
 このインタビューには憲法制定の経過に詳しい日大大学院の河合義和教授が立ち会った。
 同大佐は当時の経緯について「米上院を含め戦勝諸国には天皇を東京裁判(極東軍事法廷)で裁くべきだ、との意見が強かった。しかしマッカーサー元帥は『天皇家』(ダイナスティー)は保持されるべきだと判断していた」と述べた。
 ここから非戦条項を憲法本文に盛り込み、各国の理解を得ようとの考えが生まれたという。
 同大佐は「日本政府からは戦争放棄を憲法前文に盛り込んだらどうか、との提案もあった。しかしGHQはこれを拒否した。戦争放棄規定は第一条にしても良いほどだった。しかし天皇への敬意もあって一条は『象徴天皇としての地位』とした。しかし一条と九条はいわば一体であり、不可分のものだった」と述べた。
 河合教授は「憲法九条と第一条の関連性について米国の研究者が論証したことはあるが、立案制定過程に深くかかわったケーディス大佐が認めたのは初めてで重要な証言だ」と指摘している。
 また憲法九条研究で知られるマクネリー・メリーランド大元教授も「九条の成立過程が日本側の発案でなかったことをケーディス大佐が認めたといってよい」と評価している。
 戦争放棄規定が、GHQによる占領政策円滑化のための天皇制保持実現の条件として生まれた側面を持つ、という解釈を裏づける今回のケーディス発言は憲法論議に一石を投じよう。
◇[解説] 証言、資料の上積み不可欠
 戦争放棄を規定した「憲法九条」成立のいきさつは、憲法制定過程や占領政策の研究者の間で最大の関心事とされてきた。「天皇制を存続させる条件として平和条項が盛り込まれた」とする一条、九条の“セット論”はすでに日米両国の研究者が取り上げ、そのことをうかがわせる当時の日本側資料も見つかっている。しかし、GHQ側の決定的な資料はなく、憲法の草案作りの実務責任者だったケーディス大佐の今回の証言はその一端を示すものとして注目される。
 「連合国諸国は当時、日本、特に『天皇制』に対して大変厳しい見方をしていた。マッカーサー(元帥)やホイットニー(当時GHQ民政局長)、ケーディスらは極東委員会(連合国十一カ国で構成)に天皇制の存続を何とか納得させたいと考えており、九条とのバーゲニング(取引)を十分、意識していただろうことは推測できる」。古関彰一独協大教授(制憲過程研究)は当時の情勢をこう分析する。しかし、GHQの審議の過程でバーゲニングをめぐる記録はなく、これまでの研究でも「証拠上、事実解明は困難」(古関教授)といわれてきた。
 ケーディス大佐の証言は、全容解明には不十分ながら、GHQ側の数少ない当事者の証言として意味を持つ。しかし、この証言も一条と九条の“セット”が、だれによって、どのように行われたのか具体的な事実関係には言及していない。
 また、今回のケーディス証言は“セット論”を大枠で裏付ける内容だが、九条の成立には天皇制維持との関連だけではなく、それ自体の持つ積極的な意味付けも否定できず、さらに資料や証言の集積が不可欠だろう。
(外信部・河野俊史)
 
 
 
 
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