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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1989/01/09 毎日新聞朝刊
戦後の野党と天皇 「象徴」「戦争責任論」で哀悼談話にも神経
 
 天皇陛下のご逝去に対し野党各党は談話(謹話)を発表して哀悼の意を表したが、この文案作成には各党とも相当神経を使ったようだ。共産党を除く各野党は戦後の民主主義体制下で天皇が国民統合の象徴としての役割を果たし、今日の繁栄をもたらした点は認めているものの、一方で太平洋戦争が天皇の名の下に遂行されたことも事実。この相反する二つの評価をどう整合させるかが大きな問題だったわけで、談話には各野党の「天皇」への認識が凝縮されているといっていい。各党の結党以来の「天皇」問題への対応を振り返ってみると−−。
◇社会党
 社会党は終戦直後の二十年十一月二日、東京・日比谷公会堂で結成大会(第一回全国党大会)を開催したが、綱領では天皇制については一言も触れていない。むしろ、結党大会前の準備会で、日本労農党系の浅沼稲次郎氏が国体譲持を主張、戦前農民運動などで活躍したクリスチャンの賀川豊彦氏が「天皇万歳」の音頭をとる一幕もあったという。
 同年十二月の常任中央執行委員会で、初めて体制論を議論し、1)憲法学説においては主権在国家説たる国家法人説をとり、天皇制を存置する2)天皇の大権は民主主義の精神に基づき縮小する3)民主化された天皇制の下に民主主義、社会主義の実現に進む−−との方針を決定した。当時の状況について結党に加わった社会大衆党の河野密氏は都立大教授、升味準之輔氏の著書「戦後政治」(東大出版会)の中で「天皇制の問題を議論しましたのは、結成準備会のいちばん最初の会合で、天皇制のもとでやるというあいさつを浅沼君がしたものですから、それで、天皇制をどうかという意見は出なくなっちゃった。その点は左派の諸君といえども、その時点において天皇制にかわるだけの見通しはなかったんではないでしょうか」(原文のまま)と証言している。
 二十一年三月に発表された同党の新憲法草案では「主権は国家(天皇を含む国民協同体)に在り」「統治権は之を分割し、主要部を議会に、一部を天皇に帰属し(天皇大権大幅縮減)せしめ天皇制を存置す」と規定。二十一年十一月三日に公布された現行憲法についても「今や憲法はわれわれの希望の線に副う(そう)て改正された」と積極的な評価を与えた。
 その後社会党は米国の占領政策、日米安保体制への評価などをめぐって左右両派に分裂、三十年に統一を果たしたが、党内論議は日本における社会主義実現の過程などに集中、天皇問題を真正面から議論することはなかった。その後の社会党の公式文書も「天皇制を利用した軍部などが侵略戦争の道を選んだ」として戦争と天皇制を切り離してきた。
◇公明党
 公明党は三十九年結党時の綱領でも、政教分離を打ち出した四十五年六月の新綱領でも、天皇制に対して直接言及はしていない。ただ憲法擁護を強調することで象徴天皇制を是認する立場をとってきた。しかし、明治憲法下の絶対主義的天皇制に回帰させようとする動きや政治利用には強い警戒心を示し、五十一年の天皇ご在位五十周年記念式典に対しては「天皇の政治利用につながる」と反対を表明した。これは同党の支持基盤である創価学会の牧口常三郎・初代会長が戦前、治安維持法、不敬罪で検挙され、獄死したことが色濃く反映していたようだ。
 しかし、六十一年のご在位六十年記念式典を前にした同年一月、1)象徴天皇制は国民の間に定着している2)象徴天皇制を廃止しなければ国民主権が否定されるという意見は国民の多数意見になっていない−−との理由を挙げ象徴天皇制を是認する方針を明確にし、式典にも「天皇の長寿をお祝いする」と竹入委員長、矢野書記長(いずれも当時)が出席した。
◇民社党
 三十五年一月、社会党から分裂した民社党は戦前天皇制擁護を鮮明にしていた社会大衆党系議員が中心になって結成されたこともあって、「民主主義、主権在民、平和主義の憲法は改悪を許さない」ことを基本政策の一つに掲げ、象徴天皇制擁護の立場をとってきた。天皇の戦争責任についても「シビリアン・コントロールの大原則が崩壊し軍部の独裁を招いたという意味から天皇が戦争と無関係であったとは考えないが、今何か特別な措置が必要とは考えない」との見解をとってきた。「天皇ご在位五十年」「同六十年」の記念式典にはいずれも「国民とともに心からお祝い申し上げる」と幹部が出席した。
◇共産党
 これに対し、共産党は大正十二年の綱領草案から「君主制」の廃止を打ち出し、終戦直後の二十年十二月の第四回党大会で「戦争犯罪の元凶たる天皇制打倒による軍事的警察的帝国主義の根本的掃蕩(とう)と世界平和の確立こそ日本民衆の解放と民主主義的自由獲得の基本的前提である」と主張、第五回党大会(二十一年二月)宣言では「現天皇の戦争責任はこれを追及する」との方針を明確にした。
 それ以来国会の開会式など天皇にかかわる行事は一貫してボイコットしてきた。
 四十八年十一月の第十二回党大会で決まった「民主連合政府綱領」は、1)憲法九十九条に基づき現行憲法を尊重し、擁護する2)天皇の国政関与を禁止した憲法第四条、国事行為の範囲を規定した第七条を厳格に守る−−ことを打ち出し、連合政権下では象徴天皇制を認める方針を打ち出した。
 
 
 
 
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