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解剖学への招待 −私と献体 解剖学習を終えて−

 事業名 篤志献体の普及啓発
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


解剖学実習を終えて
日本大学医学部 高添明日香
 
 解剖学実習が始まる前、私は「半人前の自分が人の体にメスを入れる」ということに大きな恐怖を感じていた。
 決して中途半端な気持ちで医者を目指した訳ではなく、そのための努力を惜しんで来た訳でもない。しかし、2学年時での自分の能力は限られており、その状態で、人の身体にメスを当てるというのは、どんなに努力しても不相応だと思えたのである。
 しかし、実習を終えて半年程経った今思う事は、あの時期に「解剖学実習」をさせて頂いたからこそ、多くを学び、現在の自分があるという事である。
 御遺体に向き合うということは、いかに責任の重いことかを実感させ、将来患者を持つ時の責任の重さを彷彿させ、自分が現時点で何をしなければいけないかを自覚させてくれた。
 また御遺体に触れるという行為は自分の行動に責任を持たせ、人の生命に関わる医者になるということの重大さを痛感させ、勉強に対する意欲を高めさせた。
 解剖学的にも得た物が多い。例えば、臓器組織の重なり合った部位の学習は本では困難であるが、自分の目で実際に見ることでそれらの位置関係を把握し、その部位に何らかの障害が生じた時、周辺組織にどのような影響が現れるのかを目で追って理論的に推測し観察することが出来た。
 3年生になり、臨床系の授業が始まった今、改めて解剖学の大切さを目の当たりにしている。どの疾患を取ってみても、解剖学無しには、病態や治療を立て難いのである。2年時という早い段階での、短い期間ではあるが、非常に学ぶことが多く、この実習期間で学んだ事を心に、これからの勉学に励もうと思う。
 
近畿大学医学部 高橋 伸幸
 
 長いようで短くも感じた解剖実習でしたが、まずは今回の実習のために献体してくださった、ご献体の皆様とそのご遺族の方々に、深く感謝の意を表したいと思います。今回の実習が必ず役に立つ事を信じ、また必ず将来に役立てたいと思います。
 一年生が終り、本格的に医学の勉強がはじまり、最初の大行事としてこの解剖実習がありました。不安と期待の両方の気持ちが入り交じっていた初日ですが、日が経つにつれてだんだんと慣れてきました。この「慣れ」というのが良い意味でもあり、また悪い意味にもなりました。というのも、日が経つにつれ初日のような恐れというものが薄れてきたからです。つまり人体を物として扱ってしまうようになってしまいました。これは本当に反省しなければなりません。人の命の尊さを再認識しなければならないと思いました。そして人体という一体一体同じようで全く違う尊いものを勉強させてもらったことを忘れてはならないと思いました。
 今回実習を終えてみて振り返ってみると、安田先生がおっしゃっていた言葉が身に染みます。
 「最近は一般の人も医学知識が増えてきたと言われているけれど、あなた達と一般の人の一番の違いは何か? それは『実学』です。いくら本の上で勉強できても、一般の人はご遺体に触れて勉強することはできません。だから実習は大事なのです」と。
 やはり実学で覚えたこと、体で感じたことはなかなか忘れないし身に付きやすいと思います。今回の実習は本当に有意義だったと思います。
 
産業医科大学 高村 卓志
 
 はじめに、我々学生の為に自らの体を献体して下さった方々の御冥福をお祈り申し上げるとともに、その御遺族の皆様に心からの感謝を申し上げたいと思います。
 初めに解剖学実習室に入った瞬間、初めてメスを入れた瞬間、そして実習を全て終え、柩のふたを閉めた瞬間の気持ちを、きっと私は一生忘れることはないでしょう。
 私は、実際に解剖を始める前に、色々な事を考えました。特に御遺体を扱うという事に関してこのように考えました。自分がもし逆の立場であったら、つまり自分自身や自分の家族、友人が御遺体として、医学生に解剖されるとしたら、どのように扱ってほしいかを考えました。やはり、「粗末に扱ってほしくない」というのが一番です。つまり御遺体に対して、物理的にだけでなく、接する人の心が御遺体に対して粗末であってはいけないと考えました。
 特に御遺族の方々にとっては深い悲しみの中、私たち医学生の将来の為、医学の発展の為にと、献体に御同意されるまで多くの葛藤があったのではないかと思われます。そのような複雑な気持ちの上にこの解剖学実習が成り立つことを念頭に置きながら取り組んできました。
 私は、実習を行うことに対して、不真面目に考えたことなど一度もありませんでしたし、全力を出し切ることが御遺体に対する最大の恩返しだと考えていました。しかし、御遺体を前にすると、何か心構えが足りなかったのでしょうか、解剖学実習に対する認識、考え方が甘かったように感じました。それから私は、改めて解剖学実習の意味というものを考え直しました。これは私自身の見解ですが、目の前に横たわっている御遺体は、亡くなられる直前には何らかの医療的処置を受けられたと思います。そして、医学の限界・人間の限界というものに直面し、亡くなられたのだと思います。そのような方々が、これから医師を志す私達のために、そして医学の発展のために献体してくださったことにどのように感謝をしたらよいか、言葉では言い表せません。しかし、その時に思いました。この方々を現代の医学では救えなかったかもしれないけれど、私が医師になった時、後の世代の人々を少しでも救えることができたらと考えるようになって、心も落ち着き、気を引き締めることができました。
 解剖学実習を終えて、私が御遺体から感じたことがあります。それは、故人が持っていた「勇気」です。この言葉が適当であるのかどうかは分かりません。しかし、少なくとも今の私には、死後に自分の体を献体するという「勇気」がありません。故人の「勇気」のおかげで私たちは勉強することができました。この「勇気」ある故人に感謝申し上げると共に、御冥福をお祈り致します。
 
東京医科大学 財部紗基子
 
 四月九日から七月十八日までの約四ヶ月間、私達は、解剖実習を通して、人体の構造はもちろんのこと、その他にもたくさんのことを学ぶことができました。
 四月九日に初めて御遺体と顔を合わせたとき、その体には広範囲に褥瘡が見られ、御本人の闘病生活がどんなに苦しいものであったのかを考えさせられました。さらに、解剖を進めると、体の内部にも、手術の跡がはっきりと見られ、御本人の病気の重さ、闘病生活の大変さのみでなく、このような病状に対して医師はどのような態度で、どのような処置をしなければならないのかということを考えました。また、御家族がこの間に、どんなに苦労をされ、どんな気持ちでいたのかということも考える機会を持つことができました。
 このようなことを考えることで、さらに、人間が生きるということはどういうことなのか、また、死ぬということがどういうことなのか考えるようになりました。正直なところ、それに対する答はまだ出ていません。この問題はこれから先ずっと考え続けなければならない問題の一つであると思います。
 実習では、教科書や本などをただ眺めるだけでは学ぶことのできない様々なことを学ばせていただきました。このようなことができるのは、献体された方の私達に対する大きな期待があるからであると思います。この期待に背くことなく、将来、人々から信頼されるような医師になりたいと思います。
 また、このような実習が可能となるためには、献体された方の御家族の理解がなければなりません。御家族の方は不安に思い、時に迷われたことがあったかもしれません。しかし、それをのり越え、私達の将来のために、御理解していただいた御家族の方に対し、深く感謝しております。
 最後になりますが、今まで私達の実習にお付き合いくださった献体された方、そして、その御家族の方、本当にありがとうございました。
 
東海大学医学部 竹川 由紀
 
 解剖学実習は医学部に入学してから初めての実習であり、これから生涯忘れることのない実習となりました。解剖学実習初日、初めて実習室へ足を踏み入れた時の実習室の空気や緊張感のある張り詰めた雰囲気は今でもはっきり覚えています。自分は本当に医師になる道への第一歩を踏み出したのだとあらためて自覚しました。御遺体と初めて対面し、顔や手、足、体中からその方が力一杯人生を生き抜いてこられたという迫力を感じ、人生の先輩として多くのことを教えていただこうと決意しました。
 実習が始まってからは、夢中で駆け抜けたような感があります。私達は幼い頃から人の身体がどのような構造をしているかは、教科書や図鑑で触れています。しかし、実習で実際に自分の手を動かしながら実習が進んでいくとそれまで自分の想像していたものとは大きく異なり、その精巧な姿に驚き、感動しました。座学や成書からだけでは学べないことやわからないことも実習で解決することが数多く、実際に自分の目で見ることがいかに大切か知りました。医師は科学者でもあるべきであり、自分が「知っている」と認識していることは時として多くの誤りを含んでいること、物事を多角的に考え視野を広く持たなければならないことも教えていただきました。また、解剖実習はチームワークでもあるので、班員と協力しあうことの重要性を認識し、問題が起こった時にはきちんと話し合い解決することで人間としても成長できた部分があったのではないかと思います。
 実習を終え強く感じることは、これから様々な困難にぶつかったとしても何事も途中で投げ出してはならない、医学の勉強に対しても人に対しても誠実であるべきであるということです。「誠実」とはどういうことかまだ答えは見つかっていませんが、それを真摯な気持ちで考えながら良医を目指し、日々研鑚を積んでいきたいと思います。
 最後になりましたが、献体して下さった方々、その意志を尊重し解剖させていただくことを承諾して下さったご遺族の皆様、解剖学実習を支えてくださった先生方に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。







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更新日: 2018年11月10日

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