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講演3
「視能は視脳」−視能訓練士養成における人体解剖の必要性−
 
大分医科大学名誉教授
学校法人平松学園
大分視能訓練士専門学校校長
山之内 夘一
 本日の講演では、1. 視能訓練・視能訓練士とは、2. 教科としての解剖学、3. 私の解剖に対する考え、の3点についてお話したいと思います。
1. 視能訓練・視能訓練士とは何か
 視能訓練とはorthopticsの日本語訳ですが、この意味は両眼を使って正しく物を見させることであります。リハビリテーションの眼科的一分野とも言えます。我々は左右2つの目を持っていますが、見える像は1つであります。このことを両眼視機能と言いますが、これは高次脳機能の一部で、物を立体的に見る感覚、あるいは奥行き感覚がそうであります。しかし、斜視や片眼弱視があれば、この両眼視はできません。と言うことは、立体的に物が見えず、奥行き感覚も失われますから日常生活に支障がおきます。これを手術ではなく、訓練によって回復させようとするのが、視能訓練あるいは視能矯正で、それにタッチする人が視能訓練士であります。視能の視は視覚を、能は機能を意味します。
 視機能検査には、視力、視野、色覚、光覚、屈折、調節、眼位、眼球運動、両眼視機能の諸検査、視器一般検査などがあり、医師の具体的指示により視能訓練士によってこれらの検査あるいは視能訓練が行われます。
2. 視能訓練士は、昭和46年5月、法律第64号で国家的資格として認められ、その養成のため現在全国に19の養成施設(学校)があります。その教育には養成所指定規則に則った教育内容があり、それに基づいて教育を行っているわけですが、基礎科目の中に解剖生理学、専門科目の中に視器の解剖・生理・病理学があります。前者は人体全般の構造と機能を、後者では見る感覚器としての眼球及び附属器の解剖と機能を教えます。「百聞は一見にしかず」と言う諺のように、われわれの日常生活は約90パーセント近くが目で見る視覚情報に頼っています。また、目は肉体の窓、心の窓とも言われているように、全身病の多くは目に病状を表わします。従って全身の構造と各臓器の機能をよく知っておくことが必要となりますし、眼球及び附属器についての構造と機能について知ることは勿論より重要なことであります。特に視能訓練士には視能は視脳と言われる位ですから、脳の解剖も重要です。我々は眼ではなく、脳でみているからです。
3. 人体を系統だてて理解し、健康、疾病に関する観察力、判断力を養うことは医療に従事する者にとっては不可欠のことで、そのためには遺体の解剖が必要であります。現在はプラモデルあるいはそれに相当した人体模型があるので、教育材料としてそのような物を使えばと言う声もありますが、私は人の遺体解剖でなければならないと考えています。理由は我々は人間だからです。人の遺体は動物の死体とは異なり、人の遺体が示すものは、人の生きた証を示しているからです。人の死を現実に実感するものとして、解剖体はあります。医療は人が対象となります。人を知るのに人体の解剖は不可欠と思います。臨終の場に遭遇したことのない医師は医師ではないと言うのが私の持論ですが、それは死と生は表裏一体をなすものと考え、人を知って初めて病める人に対応できると思うからであります。ただ医療従事者の養成学校では、実際にメスを手にして解剖を行うことは設備その他で不可能ですので、解剖見学の機会をいただけるよう希望するものであります。
 
講演4
看護学と人体解剖学の接点
滋賀医科大学医学部
看護学科基礎看護学教授
今本 喜久子
 看護学教育を行う四年制大学は、平成14年4月で100校までに急増し、この傾向はしばらく続くものと考えられる。昨年、日本看護系大学協議会は、時代の要請に応えられる看護学の教育内容を充実させる方法を全国規模で考え、人材育成の方法について検討した報告書を取りまとめている。
 その中で、看護実践能力の育成を大学卒業時点の目標として、コアとなる教育内容を充実させるように提唱している。人体に関わりのある教育目標は、「対象である人間理解と生理機能のアセスメント能力の修得」であり、講義と演習を有機的に結びつけ看護の臨床実習につなげてゆく上で、フィジカルアセスメントをコアとなる教科として位置付け、目標達成のために教育内容に工夫を加えることが期待されている。看護学と人体解剖学の接点として、このフィジカルアセスメントの教科を充実することで、看護が期待する臨床に役立つ解剖学になると考える。
 滋賀医大では、数年前から、学科開設以来のカリキュラムを再検討しており、協議会の報告書を先取りした形で本年度から新カリキュラムでの看護教育をスタートさせた。
 新カリキュラムで立ち上げている必修教科フィジカルアセスメント(A・B・C)120時間は、Aが45時間、Bが60時間、Cが15時間の3段階に分割され、それぞれの担当者が異なっている。しかし、担当者間の話し合いで、演者が担当する「からだの構造と生理機能」の講義と抱き合わせになっているフィジカルアセスメント(A)の演習では、基礎的内容をより臨床的内容に結びつけることが要求されている。
 幸い、旧カリキュラム「生体観察技法I」の演習で扱っていた学習項目を大きく変更する必要はないが、より臨床的視点での指導には相当の工夫が要る。従ってこれまで通り、骨格・解剖体・組織標本の観察に加えて、生体表面観察にはより力を注ぎ、臨床の場を想定しての検者(看護師)と被検者(患者)の役割設定で、問診・視診・触診・聴診・打診の手順で演習課題を進めている。しかし、体表面から深部の臓器を想定しながら、触診・聴診を行うことは、臓器の本質的な理解で不確かなものが残ることは否めない。
 解剖体での内臓の観察は、その不確かさを払拭するのに最も有効な学習方法と考える。本学では、医学科の系統解剖実習の期間中に4〜5回看護学生が解剖体を観察させて頂き、各臓器の構造と相互関係のほか、加齢変化、疾患に伴う変化、個体差などに注意を払いながら、体表の目印と参照・確認させている。
 演者は、看護学教育で人体解剖学をどの程度重視してカリキュラムに組み入れるかは、各教育機関の環境と担当者の教育方針に拠ると考えている。今後とも滋賀医大では医学部看護学科という教育環境を最大限活用して看護教育の目標達成を図りたい。
 
座長
(社)日本解剖学会コメディカル教育委員会委員長
富山医科薬科大学医学部解剖学第一講座教授
大谷 修
 
丸山氏:千葉大学白菊会の丸山ですが、会員の立場から申し上げますと、私たちは基本的には良いお医者さんを作ってくださいとういことで自分の体を提供しているわけで、コメディカルの皆さんも医療に関わっていることであれば容認できることですし、千葉大ではすでにコメディカルの方々の実習見学もされており、医療はチームプレイですからその意味では医学部が中心になり今後のさらに検討していただきたい。
大谷氏:医学部・歯学部が中心になりコメディカル教育を推進していくのはそのとおりですが、解剖センターの創設や、コメディカルの方々が利用しやすい環境作りが必要です。
藤原氏:わたしも医学部・歯学部が中心になり人体構造の研修センターをつくることは賛成です。しかし、看護、PT、OT系のコメディカルの学生数が圧倒的に多いので教育上からも、相互の指導者を配した機能的な研修センター、実習センターを目指しているわけです。
大谷氏:解剖学会としてもそのような意見を念頭において検討していきたいと思います。
後藤氏:昭和大学の後藤です。現在のチーム医療の立場からは制度よりもコメディカルの学生を積極的に実習に参加させることが大切で、私たちのところではすでに実施しております。
阿部氏:秋田大学の阿部ですが、今本先生のところでは4から5回の実習見学をなされているとのことですが、先生の提唱しておられる生体観察技法の時間配分から解剖は見学に制限されているのでしょうか。
今本氏:見学の回数は増やしたいのですが、実際の解剖にかける時間を考えますと他にもしなければいけないことが多くあります。看護学ではむしろ生体を見る。これが大事ですから、見学が妥当と考えております。
阿部氏:藤原先生に質問ですが、先生の御提案なされた全国10ヶ所のセンターで1万人の研修の中での10回という数の根拠はなんですか?
藤原氏:まず、PT、OTでは看護と異なり、カリキュラム的にも系統解剖を十分しなければならず、その意味で解剖をお願いしたいのです。ですから、10回とは解剖を10回するという意味です。
大谷氏:医学部で行なわれている解剖実習では300から400時間解剖しています。その間、解剖しながら詳細に観察し、スケッチさせたりしているのですが、テストをしてみると、かならずしも期待した答えが得られないことがあります。時間を掛ければいいという訳でもないようです。
井出氏:東京歯科大の井出です。私の大学にも年間たくさんの学校が見学に来ておりますが、そのときの講義と実習指導できる教員の有無が問題です。指導者がいるところとそうでないところではかなり差があります。小関先生のところではどの程度まで教員が行なっているのでしょうか。
小関氏:講義を担当し、解剖実習に出る前には一通り終了しております。
井出氏:現実には多くの学校ではそのような指導者が少なく、解剖実習を受け入れる側でもその点が大変になると思います。
大谷氏:ありがとうございます。解剖学教育では実際の人体をみて勉強することが効果があるので、そのときに同時に人間性の教育も行なえると思います。だから、長く人体に接していればいいというものでもなく、必要性と要求の高まりの問題だと思います。
田中氏:金沢大学では献体は無条件、無報酬とういう理念で行っておりますが、献体業務に携わる方々の尽力も見直す必要があります。さらに、教育の評価が今後の課題となると思います。
藤原氏:PT、OT、看護の学生の教育評価について調査しましたところ、医学部の学生の成績よりも上回った結果が出ました。そういう意味では教育熱意ではたいへん強いものがあると考えております。
今本氏:滋賀大学では多くのコメディカルの学校への見学提供を行なっております。これが社会貢献として評価されるかの判断はわかりませんが、出来るだけ指導教員を確保し、責任ある指導にあたっております。
佐藤氏:札幌医大の佐藤です。死体解剖資格者とは死体解剖保存法第2条1項に規定する認定者のことですか。
大谷氏:その通りです。
佐藤氏:その有資格者は医師、または歯科医師ですか。
大谷氏:医師、または歯科医師が修得できる最短ですが、一定以上の解剖経験があればそうでない者も可能です。
佐藤氏:その認定の基準が厳しくなっているので、おのずと大学の解剖学教室の講師等の教員が必要となるわけですが、病理や法医と比べ、系統解剖ではそのような指導者の養成は必要だと思います。
大谷氏:教員の職位は別として、指導者の養成は今後の大きな課題です。現状は大学との連携が大事かと思います。以上で質疑は終わりますが、コメディカルの教育に解剖学実習、人体を直接観察する実習が求められていることが明白となりましたが、今後は大学を中心とした実習センター、研修センターの設立へ模索してゆく方向も視野に入れて行きたいと考えております。
 
「救急医療従事者(コメディカルスタッフ)に対する解剖体を用いた解剖学及び外傷学教育」
篤志解剖全国連合会事務局長
順天堂大学医学部解剖学第一講座教授
坂井 建雄
 昨日(平成15年11月20日)、第31回日本救急学会総会の表記のサテライトシンポジウムが、東京フォーラムにて開かれた。大谷修教授と私が、解剖学サイドからの講演者として招かれたので、その報告をする。
 コメディカルの人体解剖実習は、以前から必要に応じて行われていたが、10年前には誰もが、許されるものかどうか、不安な気持ちを持っていた。この問題を初めて真正面から取り上げたのは、1998年に東京歯科大学で行われた第16回実務担当者研修会で、2000年には日本財団からの補助を受けた公開シンポジウム「解剖学と献体その新しい展開」として、コメディカルの各方面からの講演者が集まり、解剖体を用いた実習ならびに見学の必要性が強く訴えられ、また弁護士の加藤済仁先生からは、立法の趣旨から見て解剖体を用いたコメディカルの教育は認められると解釈できるが、献体者の了解を十分に得る必要があるという見解が示された。その後、解剖学会のコメディカル教育委員会委員長で篤志解剖全国連合会会長の外崎教授が、コメディカル教育の現状について2度にわたるアンケート調査を行い、その結果を解剖学雑誌に報告している。篤志解剖全国連合会を中心としたこういった取り組みの結果、コメディカルに対して解剖学教育は必要なもの、やるべきものであるということを、多くの人たちが認識するようになった。しかし、これが法的に許されたものというところまで行かない、グレーゾーンであるということも、忘れてはならない。死体解剖保存法の解釈についての問題は、厚生労働省から公式の見解が出される必要があるが、それについてはコメディカルの学協会から厚労省に働きかけていただきたい。先日、篤志解剖全国連合会から文科省に挨拶に伺ったときも、コメディカルの人たちからの働きかけがないのがおかしいという指摘を受けている。
 今後、解剖体を用いたコメディカルヘの教育がさらに広まるとすると、考慮しておくべき大きな問題がある。教育に携わる解剖学者の人件費を支払っていただくのは当然のことであるが、さらに献体によっていただいた解剖体を保存処置し、解剖後に火葬してお返しするのにかかる経費、献体者やご遺族への日常的な連絡に要する経費として、大学は非常に大きな費用を負担しているが、これまでは公表してこなかった。しかし実際には、解剖体1体当たり30万円から50万円の費用を各大学で負担している。解剖実習の専用の実習室、解剖体を保存処置し保管する設備の減価償却費、さらに解剖体の処置に関わる技術職員の人件費などは、ここに含まれていない。こういった大学の負担に対して、解剖体を用いた教育の恩恵を受けるコメディカルの人たちにも、応分の負担をしていただくべきであるが、無条件無報酬という献体によりご遺体を頂戴しているということを考えると、我々解剖学者が決して収益を目標にしてはならないのは、あまりにも当然のことである。しかし、必要な経費を全く無視して、単なる善意だけでコメディカルの解剖学教育が立ち行かないのも、これまた当然である。この問題をスマートに解決し、献体の精神を受け取りながらコメディカルも含め多くの人たちに、解剖学教育を広めて行く道を、関係者の叡智を集めて探っていきたいと願う。
 
 
(財)日本篤志献体協会理事長
東京医科大学名誉教授
内野 滋雄
 今回のご講演でコメディカルの方々の人体解剖学に対する多種多様の要望があることがわかり、益々、献体運動の中でコメディカル教育での人体解剖実習の大切さを認識いたました。今後は解剖学会を中心に全国の大学にご支援、ご協力を仰ぎ、さらなるスタートとしたいと存じます。また、今回のシンポジウムの件で文部科学省に伺う機会がありましたが、その中で、大学の関係者のご意見は了解しましたが、コメディカルの方々の要望やご意見がまだ十分届いてはいないとの回答でした。今後はコメディカルの方々も厚生労働省も含め、行政の方に働きかけてゆく必要があるかと考えております。人体解剖実習は最終的には日本の医療の向上につながることで、コメディカルの方々とも歩調をあわせ進めて行きたいと考えております。来年は3月末に京都府立大学での開催となりますが、大学部会と団体部会との合同でのコメディカルの人体解剖実習に関する討論会等の開催を企画しております。
 
最後に
 高齢者人口が急速に増加し、進歩した医療技術と医療従事者の育成が急務であります。現実的には現代医療は、まさに数多くの職種の医療従事者が協調して携わっており、医療技術の発展と医療の質的向上に貢献してまいりました。このうち、コメディカルの教育現場でも、人体解剖学教育の必要性、重要性が認識され、数多くの医療技術者養成施設で人体解剖学教育が行われております。コメディカル教育機関は、医・歯学科の解剖学講座と連携して、指導者の養成と、医・歯学科の解剖実習室をコメディカル教育にも十分利用できることが緊急の課題であると考えられます。しかし、医学・歯学部に医学・歯学の現場ではいまだ多くの問題があると考えられてきました。そのため、「コメディカル教育における人体解剖実習についての調査」報告と公開シンポジウム「人体解剖実習をもとめるコメディカルの声にどう応えるか」を開催し、医学・歯学部の関係者の方々にご理解を得、また、同時に医・歯学生はもちろんコメディカル養成機関の学生感想と献体登録者の声をとともに掲載した文集を多くの人たち広く理解していただくために発刊しました。この献体啓蒙運動は生と死、生命の尊厳はもちろん、医療技術の発展と医療の質的向上に寄与するための人体解剖学教育普及を促進させ、今後の人体解剖学教育のさらなる環境を整備し、社会の大きな期待がある医療技術者養成機関の今後の課題を提示し、意義ある医学・歯学の教育の現場を目指すものです。特に、今回の事業を通じて1)献体啓蒙活動の重要性の再認識、2)医・歯学部とコメディカル教育現場との連携、2)社会と監督省庁への理解の必要性が与えらました。







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