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3. 報告2
「人体解剖実習をもとめるコメディカルの声にどう応えるか」
 
公開シンポジウム実行委員会
佐藤巌、大谷修、松村譲兒、平田和明
 
 コメディカルの教育現場では人体解剖学教育の必要性、重要性が認識されておりますが、日本解剖学会および篤志解剖全国連合会では過去2度にわたりアンケート調査を実施して、現況を調査・検討してまいりました。平成12年には公開シンポジウム「解剖学と献体、その新しい展開」を開催し、コメディカル分野の方々から具体的な意見をいただき、各種医療技術者養成機関が人体解剖学教育に対し、基礎医学教育としてだけでなく、生命の尊厳や人格の尊重、医の倫理教育として大きな期待を寄せていることがわかりました。
 そこで今回、コメディカルの現場と日本解剖学会の双方の立場から実情、意見を提示し合い、そのあり方を探るために、「人体解剖実習をもとめるコメディカルの声にどう応えるか」という主題で公開シンポジウムを開催いたしました。また、この会に先立って実施されました、コメディカル関連学会・協会と、理学療法士や医療言語聴覚士、救急救命士を中心とした各養成機関の人体解剖実習についてのアンケート調査結果の概要を当日、資料として配布いたしました。
 なおこのシンポジウムは日本財団の平成15年度補助事業の一環として、(財)日本篤志献体協会と篤志解剖全国連合会の主催、(社)日本解剖学会の後援で、篤志解剖全国連合会第21回献体実務担当者研修会を兼ねるものです。
 
日時 平成15年11月21日(金)
 午後2時〜午後5時
場所 日本歯科大学歯学部 富士見ホール
 東京都千代田区富士見1-9-20
出席者 181名
 
開会のことば
公開シンポジウム実行委員長
篤志解剖全国連合会常任幹事
日本歯科大学歯学部解剖学第一講座教授
佐藤 巌
黙祷
会長あいさつ
篤志解剖全国連合会会長
新潟大学医学部解剖学第一講座教授
熊木 克治
歓迎のことば
日本歯科大学理事長・学長
中原 泉
基調講演
「21世紀の医療人を育てるために」
大谷 修(日本解剖学会コメディカル教育委員会委員長・富山医薬大医)
シンポジウム(座長 大谷 修)
講演1 「理学療法士・作業療法士は人体解剖学をどのように学ぶべきか」
 藤原孝之(元信州大学医学部教授 郡山健康科学専門学校校長)
講演2 「専門学校における人体解剖学教育の限界」
 小関博久(学校法人小関学院 東都リハビリテーション学院学院長)
講演3 「視能は視脳−視能訓練士養成における人体解剖の必要性」
 山之内夘一(大分医科大学名誉教授 大分視能訓練士専門学校校長)
講演4 「看護学と人体解剖学の接点」
 今本喜久子(滋賀医科大学医学部教授)
質疑応答
総括 座長 大谷 修
 (日本解剖学会コメディカル教育委員会委員長・富山医薬大医)
日本救急医学会総会サテライトシンポジウム報告
 「救急医療従事者(コメディカルスタッフ)に対する解剖教育について」
 坂井建雄(篤志解剖全国連合会事務局長・順天堂大医)
日本篤志献体協会理事長あいさつならびに閉会のことば
 内野滋雄((財)日本篤志献体協会理事長・東京医科大学名誉教授)
 
21世紀の医療人を育てるために
 
(社)日本解剖学会コメディカル教育委員会委員長
富山医科薬科大学医学部解剖学第一講座教授
大谷 修
 近年、わが国では、世界のどの国よりも急速に高齢化が進行し、2014年には4人に1人、2050年には2.8人に1人が65歳以上になると推計されています。まさに、21世紀は高齢社会です。この様な高齢社会における医療は、(1)「100年生きる地球人」の医療へ、(2)患者の立場に立った医療へ、そして(3)生命の尊厳と技術が調和した医療へ変わることが求められています。患者一人一人が必要とする医療が非常に多様になり、それに応えるためには、さまざまな医療人が連携・協力して行うチーム医療が不可欠になります。また、悪戯に延命措置を施すのではなく、患者の立場に立って、患者を思いやり、手当てする医療、“今日も生きていて良かった”と思えるようにする医療が強く求められています。
 さて、このような医療人を養成する上で人体解剖実習が果たしている役割は何でしょうか?解剖学は、疾病の診断・治療のみならず、患者を手当てするための基礎となるものです。また、初めて医学を学ぶ学生にとって、人体解剖実習は“新発見の連続”であり、“発見の喜びを感じる”機会でもあります。さらに、生と死、生命の尊厳について哲学する機会でもあります。ある学生は“献体された方の生は生き続けるように思われる−解剖実習が、実用的な面で私たちの力になったことはいうまでもない。このことと並んで、自分の生死感についてもう一度考えられた点でも、今後多くの死と向き合っていく立場の者として、有意義であったと思われる。”(大和田 愛)と述べています。
 人体の構造と機能に関する必要な知識の質や量、および実習に使い得る時間数は学校によって大きく異なります。1体のご遺体を解剖するには200時間以上必要です。中途半端な実習は、ご遺体を粗末に扱うことになり、献体者の期待を裏切ることにもなります。人体解剖を行える者は“医学に関する大学の解剖学、病理学、法医学の教授または助教授、あるいは厚生労働大臣が適当と認定した者”です。また、職種により独自の視点で人体の構造と機能を教育する必要があります。しかし、多くの場合、医・歯学科の解剖学教員に依存しています。人体解剖実習の行える場所は、“医学に関する大学の特に設けられた解剖室”に限られています。以上から、コメディカル教育機関は、医・歯学科の解剖学講座と連携して、死体解剖資格を有する専任の指導者を養成すること、および医・歯学科の解剖実習室をコメディカル教育にも十分利用できる“人体解剖実習センター”に拡充することが緊急の課題であると考えられます。
 平成15年に富山医科薬科大学でコメディカル・スタッフの再教育として人体解剖実習を実施した結果、再教育としての人体解剖実習は、学習者の問題意識が明確なため、限られた時間でも大きな学習成果が得られること、受講希望者が多くいることなどが明らかになりました。医療人の再教育・生涯教育の一環として人体解剖実習を行うことは、医療の質を高めることになり、解剖学講座の重要な使命の一つではないでしょうか。
 ところで、献体という行為は、“あの先生の指導の下なら、解剖してもらってもよい”という献体登録者と指導者との信頼関係に基づいていると思われます。したがって、この信頼関係を崩さないためには“ご遺体をコメディカル教育のためにも使わせて頂くことがある”ことを献体登録者の方々に十分了解していただくことが重要であると思われます。
 
講演1
理学療法士・作業療法士は人体解剖学をどのように学ぶべきか
 
元信州大学医学部教授
郡山健康科学専門学校理事・校長
藤原 孝之
 本邦においては、1965年(昭和40年)「理学療法士及び作業療法士法」が制定され、現在までのところ、医療系専門学校及び保健医療系大学の理学療法士・作業療法士養成課程は、指定規則上3年以上の養成施設を終了していることを条件に国家試験の受験資格を付与している。少子高齢化社会に対応するマンパワーの育成という観点から考えると、この両資格はリハビリテーション医療や福祉施設等の機能回復支援事業の担い手として、重要な役割を果たす職種と認識されつつある。理学療法士・作業療法士は病気や怪我により身体諸機能の低下した者に対して基礎医学的知識とそれぞれの分野での応用的治療技術を駆使して、痛みの軽減、障害の克服、日常生活活動の高揚を援助・指導する職種である。近年精神科領域にも作業療法士のみならず理学療法士の求人があり、医療・福祉の幅広い分野で活躍が期待されている。
 その教育内容は指定規則が大綱化され、「人体の構造と機能・心身の発達」という教育内容項目で12単位以上の習得が義務付けられている。この中には、解剖学、解剖学実習、機能解剖学、生理学、生理学実習、運動学、運動学実習、人間発達学等の科目が包括される。一般的な専門学校課程、保健医療系学部では解剖学120時間以上、解剖学実習または機能解剖学60時間以上の合計180時間以上を必須科目として開講しているところがほとんどである。これは人体の構造と機能を正しく理解し、障害により低下した身体諸機能を科学的根拠に基づいた評価と治療によって改善させる技術を学ぶ上できわめて重要な教科と位置づけているためであることに他ならない。したがって、系統解剖学及び解剖学実習を履修した学生は次の段階で運動学及び応用解剖学(kinesiology and applied anatomy)、運動療法学、作業治療学へとその知識を発展させていく。人体解剖学実習は理学療法士・作業療法士の卒前教育には欠かすことのできない科目とされ、多くの時間数を配当しておきながら、現実にはその教科を担当する教員の確保と系統的な人体解剖学実習の機会を準備することが極めて困難な状態にある。近隣の開業医や学内専門教員(理学療法士・作業療法士)が俄仕立てで解剖学を担当し、半数以上の養成施設で見学実習すら実施できない状況は一向に改善されない。
 現状の医学部学生定員をしのぐ10,000名以上の学生が毎年入学してくることを真摯に受け止めて、その対策を検討していただきたい。一日も早く、解剖学(実習)研修センターなどの新しい構想の実現が切望され、日本全国の160校を超える理学療法士養成施設と140校以上の作業療法士養成施設における効率的な解剖学実習の展開が可能になることを切望している。その結果として、国民に対して高度、良質且つ安全な医療を提供する医療従事者を輩出することが我々に課せられた課題である。
 
講演2
専門学校における人体解剖学教育の限界
 
学校法人小関学院
専門学校東都リハビリテーション学院
学院長 小関 博久
 医療人にとって人体解剖学の知識が重要であることは言うまでもありませんが、人体の3次元的な立体構造が十分に把握されていなければ医療技術の習得に有利に作用することはありえません。専門学校における解剖学教育では人体解剖実習が不可能である故、2次元平面の教室での講義及び実習室での模型標本を用いる以外の教育方法はありません。これらの方法により人体解剖の立体構造をイメージさせるには限界があります。「百聞は一見にしかず」といいますが、人体解剖見学実習により忘れることのできない鮮明なイメージをもたせる事が可能になります。そして、健常である組織の観察だけでなく疾病や外傷による人体組織の変化を観察することが可能であり、臨床医学における病態の把握の一助にも連なります。さらに、知識の習得だけにとどまらず、御遺体に接するという行為により人体解剖実習が倫理教育としての重要な教育現場にもなります。医療系の職種を目指す学生にとって倫理教育が非常に重要であることは説明の余地はありません。
 東都リハビリテーション学院では、理学療法士を養成する理学療法学科とアスレティックトレーナーを養成するアスレティックトレーナー学科があります。理学療法学士は、疾病及び外傷による患者の治療や、障害者のリハビリテーションを行う医療専門職種であり、アスレティックトレーナーは、競技中におけるスポーツ選手の外傷程度の判断や応急処置、さらに外傷の治療から復帰した選手の管理やトレーニング方法の指導を行う専門職種ですので両職種とも人体解剖学の知識が要求されます。故に本校では解剖学を重要視しており、両学科とも解剖学(特)、解剖学(監)、解剖学(企)、機能解剖学と4つの教科に分けて講義を行い、基礎医学実習室において人体解剖模型標本を用いて実習を行っております。しかし、模型標本では人体深部の構造を理解するには限界があります。御遺体による本物の人体解剖学実習による教育に遠く及ばないことは明確であります。
 また、両職種とも人間を相手とする職業であるため、本校では豊かな人間性を持つ人材の育成を目指しております。医学は日に日に進歩し、新しい技術や機器が開発されていますが、「人を扱う」ということは変わりません。どんなに進歩した技術や最新の機器を用いたとしても患者や選手の心を掴み、信頼を得られなければ良い仕事はできないと思います。豊かな人間性を持つ人材の育成としても、御遺体と接しなければならない人体解剖学実習は最高の人間教育の場であると考えております。
 本校は既に日本歯科大学解剖学第一講座の御好意及び御協力により、人体解剖見学実習を行わせていただいております。学生達はこの実習において御遺体と接することによって、自分の持っていたイメージと全く違う本物の組織や構造を体感し、机上では十分と思っていた解剖学の知識の不十分さを痛感することができます。そして実際の人体解剖における組織の同定がいかに困難であるかを実感することで、更なる学習意欲をかきたてられます。
 また、献体された方々の生前のVTRにおいて、将来学生達がより良い医療人として社会に貢献することが献体された方々の強い希望であることを知ることにより、不十分な知識での実習が失礼にあたることを学生達が自ずから実感します。献体された方々の気持ちを理解することで感動し、良い医療人を目指す強い目的意識が生まれます。そして、学生達は人間の死についても深く考えることになります。このように一言も話をすることのない「無言の教授」である御遺体は、若者である学生達に様々なことを御教授してくれます。今後も、このような最高の教育の場をより多く与えていただければ幸いと思っております。







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