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2004/05/12 産経新聞朝刊
【正論】帝京大学教授・土本武司 死刑は維持し無期は終身刑化を
■求められる重刑罰間の乖離是正
≪無期刑も事実上は有期刑≫
 強盗殺人で無期懲役に服し、その仮出獄中に一人暮らしの老女を絞殺して金品を強取し、再び強盗殺人罪に問われた男(五一)に対する差し戻し控訴審で、広島高裁は四月二十三日、求刑通り死刑を言い渡した。第一審、控訴審はいずれも無期懲役に処したが、最高裁は“量刑過軽”で差し戻していた。原審が無期にしたものを最高裁の差し戻し判決により差し戻し審が死刑にしたのは死刑適用基準を判示した永山判決に次いで戦後二件目である。この判決は死刑と無期刑をめぐる問題に世の関心を集めた。
 現行刑法上、無期懲役は死刑に次ぐ重い刑罰として位置付けられている。しかし、現行の無期刑は十年間服役すれば仮出獄できることになっている。仮出獄中は保護観察に付せられ、この間に再犯などあれば仮出獄が取り消されることがあるものの、無事に経過すれば生涯を社会で過ごすことができる。仮出獄条件としての服役期間は次第に長くなっている(本件被告人の場合は十四年九カ月)が、ほぼ例外なく仮出獄が認められているので、現行の無期刑は、実質において十年以上の有期刑であるといえる。
 このように、無期刑は「無期」という用語とは裏腹に、高い蓋然(がいぜん)性を持って社会復帰がなされうる刑であるのに対し、死刑は生命を絶つという内容の刑である。
≪死刑と無期では天地の差≫
 しかもわが国では、中国でとられている死刑の執行猶予と類似の制度をとっていないから社会復帰は恩赦以外ありえず、したがって、両者には決定的な差異がある。片や社会への生還が待ち受けているのに対し、片や死が待ち受けているのみである。両者は隣接した刑であるにもかかわらず、実質的には天地ほどの乖離(かいり)があるのである。
 ところで、裁判の実際においては、犯行の手段・結果等客観的側面では極刑相当と考えられるのに、犯行後反省の情が見られるといった主観的事情を重視して無期刑が選択されがちである。さらには、厳存する死刑制度そのものを否定することはできないものの、運用上死刑を回避ないし拒否する姿勢があるように窺(うかが)える場合すらある。
 被害者の遺族をはじめ社会は、こういう傾向に反発し、とりわけ本件のように凶悪犯罪を行って無期刑に処せられた者が、仮出獄中に再び凶悪犯罪を行った場合に、そういう反発が強く現れる。もし死刑の適用を回避するというのなら、無期刑を服役期間がより長期にわたるものにすべきだという意見が唱えられるのである。他方、死刑廃止論の立場からは、国民世論の多くが死刑存置に傾いていることから、現実的打開策として、死刑の代替刑としての終身刑の導入が主張される。
 このように、現行よりは厳しい内容の無期刑の採用を目指す狙いは、一方で凶悪犯罪の厳罰化を図る点にあり、他方でその導入により死刑の適用を減少させ、ひいては死刑廃止に結び付けようという点にある。
 死刑の代替刑としての終身刑は、終生仮出獄を許されない絶対的終身刑を意味するのであろう。それはいわば緩慢な死刑であり生涯社会へ戻さないのであるから、ある意味では死刑より厳しい刑であるとすらいえ、これを採用すれば死刑廃止論者にとって最大の壁である被害者の遺族感情の問題も乗り越えられる。
≪英国を参考に制度新設を≫
 しかし、ここにも問題がある。矯正当局は無期刑囚にも社会復帰を目指しての改善更生を処遇理念としているが、社会復帰の可能性が皆無の終身刑囚に対しては処遇理念を持ち得ない。他方、受刑者も社会復帰が絶望的であれば自暴自棄的になり人格破壊をもたらしかねない。
 死刑と均衡がとれ、刑罰の目的にも合致した無期刑とはどういうものであろうか。国会筋でも死刑廃止議員連盟を中心に、死刑執行の一時停止とともに特別無期刑の創設が議論されているが、私は執行停止については、停止後再開された場合の受刑者の心情を考慮して反対するとともに、イギリスの「終身タリフ」に範をとった制度の新設を提言する。すなわち仮出獄が予定されていない無期刑を言い渡し、一定期間(二十五年)経過後に無期刑の見直しをするという制度である。
 この制度においては終生服役させるのが原則であり、見直し・仮出獄は例外的・二次的である点が仮出獄を原則視する無期刑とは異なる。死刑と無期刑の間のあまりにも大きい乖離を縮め、凶悪化の抑止と犯人の改善更生という二つの要請を満たすものとして提言するものである。
土本武司(つちもと たけし)
1935年生まれ。
東京大学法学部卒業。最高検察庁検事、筑波大学教授を歴任。現在、帝京大学法学部教授。
 
 
 
 
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