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私はこう考える【死刑廃止について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1994/01/18 読売新聞朝刊
[論点]死刑確定なら執行が責務 土本武司(寄稿)
◇つちもと・たけし(筑波大教授)
 
 昨年は、三月に引き続いて十一月にも複数の死刑が執行されたことが報ぜられたのを契機に、が然、死刑論議が活発化した。
 それは、その死刑執行が三年数か月ぶりであったことから、中止していた死刑執行が“再開”されたような印象を与えたこと、年間の執行数としては近年になく多数であったこと、最近とみに盛り上がりを見せているアムネスティを中心とする死刑反対運動に強い反発を招いたことなどによるものであろう。
 そして、死刑を執行するには、執行に先立って、法務大臣の執行命令が必要であることから、死刑執行命令書にサインをした後藤田、三ヶ月両法相が執行の推進者として、反対者から非難の的となっている。
 死刑制度の存廃そのものについてはしばらくおく。それは法律問題としてだけでなく、哲学、宗教、倫理に深くかかわりあう困難な問題であるだけに、世界各国において、既にしばしば深刻な議論がなされたが、なお決定的な答えを見いだすことはできず、人類全体の課題として、将来も議論し続けることになろう。
 重要なことは、死刑制度の存廃の問題と、確定した死刑判決の執行の問題とを混同してはならないということである。ところが、「死刑制度は廃止すべきである。よって、確定した死刑判決も執行してはならない」という議論が当然のごとく行われている。
 しかし、前者は制度の存否の問題、後者は裁判の執行の問題であって、両者は全く次元を異にするので、明確に区別すべきである。「死刑制度は廃止すべきである。しかし確定した死刑判決は執行されなければならない」という議論の立て方をしても決して矛盾ではないのみならず、それが正しい態度なのである。
 法の生命は“強制”にある。それが他の社会規範、とくに道徳との違いである。「強制を伴わない法は、燃えない火というような、それ自体矛盾を含むものである」(イエーリング)。民事であれ、刑事であれ、上訴を含めた法の定める一定の訴訟手続きを経て出された判決が確定すれば、それは執行されなければならないのであり、「執行されない裁判」を認めることは、裁判そのもの、ひいては法そのものを否定することにつながる。
 刑事についていえば、科料、拘留、罰金、禁固、懲役、死刑という刑法の定めるいかなる刑であれ、判決が確定した以上、それは執行されるのが正義の要求するところであって、財産刑と自由刑は執行されてもよいが、生命刑だけは「執行されることのない名目的判決」であってもよいというのは明らかに矛盾であり、法の本質に反する。
 この点について、死刑執行反対論者は「死刑の執行は、万が一誤判があった場合に取り返しがつかない」という。しかし、これも別次元の問題を同一次元におく誤りを犯した議論である。
 誤判をしてはならないのは他の刑を科す場合であっても同じであって、誤判防止は、刑の執行とは別に、あらゆる刑について対策が講じられねばならないのである。
 以上のことは、法学入門的な、いろはに属することであるが、死刑執行に反対する人は、死刑制度廃止に向けての布石として、過渡的に「執行されない名目的死刑判決」を認めることによって、、事実上死刑廃止に持ち込むことを狙って、執行をやめさせようとしているようである。しかし、「死刑」という極限的・根源的な問題を、そのような姑息(こそく)な方法で処理すべきではない。国民的規模の広範かつ徹底した議論をベースにし、法の改正という正規の手続きによって死刑制度そのものを廃止してのみできることであると観念すべきである。
 死刑を廃止した外国があることも、わが国の死刑執行を違法視する理由にはならない。法律上死刑を厳存しているわが国にあって、裁判所が死をもって償うに値すると判断した事件につき死刑を言い渡すことはもちろん、その死刑判決が確定したものにつき、法務大臣がその執行を命ずることも、彼の職務を忠実に履行したものとして、なんら責められるべきものではない。
 法務大臣は、憲法上法律の誠実執行義務があり、刑事訴訟法上死刑執行命令義務があるのに、これを履践することが何故非難されなければならないのか、私には理解できない。それは、法務大臣に対し「法を守るな」と言うに等しく、このくらい乱暴な議論はない。
 もとより死刑が廃止されれば、その時点において既に確定している死刑判決もその執行を差し控えるかどうかが検討の対象となろう。しかし、死刑を存置している現行の法制度をそのままにしておいて、裁判の執行の任にあたる行政庁を責めるのは筋違いである。 死刑廃止の主張の現実化を求めるのであれば、まず、国民の総意を代表する立法府に働きかけ、死刑廃止に向けての法改正作業をなさしめるべきである。(刑事法)
土本武司(つちもと たけし)
1935年生まれ。
東京大学法学部卒業。最高検察庁検事、筑波大学教授を歴任。現在、帝京大学法学部教授。
 
 
 
 
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