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1993/03/27 読売新聞朝刊
死刑執行長期空白の背景 「誤判の恐れ」論の一方、世論6割は廃止反対
 
 約三年四か月に及んだ死刑執行の空白期間は、明治以降ではまったく前例の無い長さだった。
 このため、アムネスティ・インターナショナル日本支部などを中心とする死刑反対の市民団体には、死刑制度が事実上の「休止」に向かっているという見方もあった。しかし実際には、法務省には何通もの「死刑執行命令書」が、大臣のサインを待つばかりの形で積まれていた。
 死刑判決が裁判所で確定したとしても、それだけでは死刑を執行することはできない。法律上、法務大臣がゴーサインを出して、初めて執行が可能となる。ここ数代の大臣が署名を避けたのが、空白を生んだ最大の原因だった。
 死刑廃止論の理由には、人が人を殺すことが許されるかという根源的な問題のほかに、誤判の恐れがある。「死刑廃止論」という著書もある団藤重光・元最高裁判事も、裁判官が死刑を言い渡してしまえば、あとから間違いが分かっても取り返しがつかない、と訴える。
 実際、免田、財田川、松山、島田事件など、いったん死刑となりながら、再審で無罪となったケースを見ると、誤判の恐れはぬぐえない。しかし、これらは新刑事訴訟法施行直後の混乱などによるもので、死刑に関する誤判の可能性は、今ではゼロに近い、というのが法務省の立場だ。
 確かに、三人の裁判官の意見が一致しない限り、死刑判決を下さないなど、裁判所の姿勢は非常に慎重だ。
 さらに、確定判決が法務省に持ち込まれてから、執行命令書の起案を担当する検事によるチェックも、法律上の規定は無いが行われる。
 この最終チェックは、一審からの調書など証拠類のすべてに、慎重な検討を加えるもので、事実上の「四審制」とさえ言われる。いくつもの執行命令書を起案したある検事は、「どうしても疑問が消えないある事件では、結局、執行命令書を書けなかった」と話す。
 また法務省が強調するのは、被害者感情の重さだ。愛する家族を殺された遺族が、裁判官に極刑を求めるケースは多い。団藤・元判事も、この被害者感情が、死刑廃止論が持つ最大の課題だと認めている。
 世界に目を転じると、フランスなどのように死刑廃止に踏みきる国が相次ぐ一方、米のワシントン州、カリフォルニア州のように二十数年ぶりに死刑を再開した例もある。
 わが国の最近の世論調査では、六割以上が死刑廃止に反対しているが、議論が十分に尽くされたうえの社会的合意とは思えない。今回の死刑執行を機に、死刑制度をめぐる論議を高めるべきだ。
(社会部・森田清司)
 
 
 
 
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