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2001/03/25 毎日新聞朝刊
[再考・公共事業]第1部 ダムと干拓/5 生活脅かす「工事中断」
◇「事業の連鎖」断てるか
 3月11日、長崎県諌早市で「排水門開放と工事中断に反対する総決起大会」があった。主催は住民組織「諌早湾干拓推進住民協議会」。下準備は県農林部がした。「(諌早湾干拓事業=諌干に)反対する漁民の活動だけが報道され、推進を求める住民も多数いることを訴える必要があった」と県幹部。
 諌干反対の漁民は座り込みをするなど確かに目立った。1日には自民党の古賀誠幹事長が「排水門開放」と発言。3日の有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会(第三者委員会)は開放方針を保留したが、6日には谷津義男農相が「工事中断」を表明した。
 集会はこうした流れへの対抗策。1万人動員を目指した。だが、主催者発表の参加者数は6000人だった。
 
 諌干は「高潮、洪水などから地域を守る」と農水省は訴える。一方で、国土交通省は諌早湾へ注ぐ本明川の「氾濫(はんらん)シミュレーション」で「本明川の河川整備は昭和32(1957)年の諌早大水害(死者・行方不明539人)規模の降雨に現在まだ対応しきれていない」と認める。この差を県農林部は「潮受け堤防は海岸から2キロ以内の高潮被害を防げる。ただ市街地の洪水には(本明川上流での)ダム建設など別の対策が必要」と説明する。
 1回目で紹介した県実施のアンケートによると、諌早市を含む県央は諌干に「あまり力を入れる必要がない」と答えた人が過半数の56.1%。これは県内7地区で3番目に多い。事業の実情をよく知るがゆえに、地元で冷めた見方があるのも一面の事実だ。
 
 だが、同調査で「力をいれてほしい」人は県央で36.8%。県内2位の多さだ。
 2月にあった自民党県連との意見交換会で、本明川河口近くの町内会長、徳永哲さん(71)は「ノリ漁民は簡単に『排水門を開けろ』と言うが、このまま潮を入れたら傷んだ湾岸の旧堤防は壊れ、大変なことになる」と訴えた。旧堤防(防潮堤防)は諌干で潮受け堤防ができるからと、未修復のまま放置され、倒れかけている所もある。
 干拓着工後タイラギが取れなくなり、土建業に転じた嵩下(だけした)正人さん(45)は「私たちは『市民を水害から守るため』と言われて漁師をあきらめ、干拓工事で食っている。理不尽な工事中断で、うちは従業員の半数を解雇した。万が一事業が中止になったら、どうすればいいのか」と憤る。
 3月7日、長崎県の金子原二郎知事は谷津農相らに「事業貫徹」を訴えた。同行県議が驚くほどのけんまくだった。その意味を側近が解説する。
 「1500億円かけて潮受け堤防を造ったのに、開放となれば旧堤防の再建に少なくとも数百億かかる。事業の見直し期間中、仕事がなくなる人たちの生活の問題もある。動き出した公共事業を止めるとは、そういうこと。私たちも命と生活がかかっとるんです」=つづく
 
 
 
 
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