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2001/03/23 毎日新聞朝刊
[再考・公共事業]第1部 ダムと干拓/3 山・川・海の恵み、どこへ
◇生活の糧、失う不安
 「ダムができれば海は死ぬ」 「海を守れ」
 2月19日、八代海(不知火海)沿岸37漁協が熊本県鏡町で開いた総決起大会。予想された700人の倍以上、約1500人が「川辺川ダム阻止」を訴えた。
 有明海全域で起きた今季のノリ不作は諌早湾干拓事業の堤防による湾閉め切りが招いたと主張する福岡、佐賀、熊本3県漁民の「排水門開放」運動をきっかけに、37漁協は「不知火海を有明海の二の舞いにするな」と2月1日に川辺川ダム対策委員会を発足させた。「海にダムの影響はない」と説明する国土交通省には海の環境影響調査を求めた。
 八代海を挟んで球磨川河口の対岸にある天草・姫戸町。チリメンジャコ漁師の松本秀明さん(55)は言う。「梅雨に(球磨川上流の市房)ダムの水が流れてくると潮が変わる。一日中海を見ているから分かる。その2、3日後、必ずといっていいほど赤潮が発生する。海の仕事しかない天草で、海が死ねば人は住めない」
 
 川辺川の漁業権を持つ球磨川漁協はダム本体着工のカギを握るが、組合員1848人のうち漁業で暮らす人はごくわずかだ。本体着工で補償金が出れば、組合員は半分以下に減るとも言われる。
 「私は川漁師になりたかった男」。そう言う人吉市の漁協総代、吉村勝徳さん(53)は独自の品質管理で比較的高値のアユを卸しているが、生計は成り立たない。漁期が終われば山仕事に出る。
 「このうえダムが水質悪化や水量減を招けばアユの価値は落ちる。そうなれば別の仕事を探すしかない。川は畑で魚は作物。自然を壊さないことだ」
 球磨川漁協には海の漁協にも加わる人が約10人。夏はアユ漁、冬はアオサ採りなどに携わる。川と海の環境悪化はその生活を直撃しかねない。
 
 ダムによる水没予定地を抱える五木村は全国有数の薪炭基地だった。近代化によるエネルギー革命や木材価格の低迷で林業は衰え、ダム計画で人も減った。村森林組合によると、山林の手入れをする作業班員は1965年に300人近くいたが、今は100人を割り込む。
 川辺川ダム建設が決まったきっかけは63〜65年に頻発した大水害だ。山林の過剰伐採で山の保水力が落ちたことが一因と指摘される。ダムはそれを補うが、山が荒れ放題でいいわけはない。「ダムができて公共事業が減れば、林業に戻ってきてくれるのではないか」。森林組合の中尾健一参事(52)はそう見込んでいる。
 
 山、川、海の恵みで暮らしてきた人たちに新たな生活の糧を用意したのが公共事業だった。同時にその山、川、海を傷つける可能性ももたらした。ダムは必要か否か。その答えを出すには重い覚悟と責任がいる。=つづく
 
 
 
 
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