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2001/02/21 毎日新聞朝刊
[クローズアップ2001]長野、脱ダム宣言 “田中革命”また激震
 
◇突然のトップダウン、県庁内にも反発
 「ダムは看過できない負荷を地球環境に与える。出来る限りコンクリートのダムを造るべきではない」。何かと話題を振りまいている長野県の田中康夫知事が今度は、全国に先駆けて「脱ダム」を宣言した。20日記者会見して発表したもので、国、地方の財政赤字が膨らみ続け、無駄な公共事業の見直しが声高となる中、地方から発信されたこの宣言は画期的との見方もある。しかし、根回しなしの突然のこの宣言に、国のダム建設の元締めである国土交通省では「報道を見て驚いた」と渋い顔。おひざ元の長野県庁内部からも「十分に議論がなく残念だ」との声が出ている。またしてもトップダウン方式の田中革命。広がりが出るのか、反発を呼ぶのか。
【佐藤伸、行友弥、湯浅聡】
■知ったのは1時間前
 県出納長と総務、土木部長が、知事から「脱ダム」宣言を聞かされたのは緊急記者会見の1時間ほど前だった。
 昨年の大仏ダム(松本市)中止の時と同様の「田中流トップダウン」だ。県議会への予算説明が4日前に済んだばかりでの宣言に、幹部らはあっけにとられ、宣言文の文言を直すのが精いっぱいだったという。宣言直後に記者会見した光家康夫県土木部長は「地元での十分な議論がない形で(下諏訪ダム中止の)政治判断がされたのは非常に残念」と語った。
 長野県では現在11の県営ダム計画があり、このうち七つが本体着工前。この日の緊急記者会見で田中知事が「中止」を明言したのは、このうち最も事業が進んでいた洪水調節と飲料水の多目的ダムである「下諏訪ダム」(下諏訪町)で、ほかの6ダムは、現地視察の後、中止の是非を判断すると説明した。
 昨年10月に初当選した田中知事は、これまで大仏ダムを「中止」、浅川ダム(長野市)を「一時中止」にし、しゅんせつや護岸改修、造林などダムに頼らない治水対策を模索している。大仏・浅川両ダムとともに見直し対象になっていた下諏訪ダムは、昨年9月に県が地元地権者会とダム用地の補償基準単価で合意して調印。昨年度から繰り越した用地買収予算1億400万円と今年度予算9600万円、用地取得のため国に申請している用地国債4億円の計6億円をかけて、昨年10月末にも民・国有地を取得する予定だった。
■どうなる補助金
 ところが、田中知事の当選で下諏訪ダムは一時凍結。地元が切望する現地視察と住民集会は、知事の私的な海外旅行で延期されるなど、「住民軽視」の声が上がっていた。先月23日になって現地視察と住民集会を開催したが、ここでも知事は継続か中止かの判断を先延ばし。2月定例県議会へのダム関連の予算繰り越し議案提出期限が20日に迫る中、決断は待ったなしの状態になっていた。
 田中知事は記者会見で、前知事時代の県民を「思考停止状態だった」といい、「県民を思考覚せい状態にしなければならない」「民主主義を逸脱しない範囲」と述べて、宣言が独断専行ではなかったことを強調した。しかし、国をはじめ、洪水対策などに悩む地域代表の首長や議会に事前に知らせなかったのも事実。県議会最大会派・県政会の下崎保団長は「議会制民主主義を無視している。ヒトラーの再来かと思うほどだ」と憤る。
 今年度までに、7ダムに投じられた事業費は下諏訪ダムの約21億円を含め、約135億円に上るが、今後は国への補助金返還とともに、田中知事の姿勢が、22日に開会する県議会の最大の焦点になる。
■栃木は足踏み状態
 栃木県では、昨年11月の知事選で福田昭夫知事が「全面見直し」を掲げた「思川開発事業」と「東大芦川ダム」の見直し検討作業が難航している。
 福田知事は就任直後にまず県営の「東大芦川ダム」について「見直しの結論を今年度中に出したい」と表明。しかし、知事の発案で発足した「東大芦川ダム建設事業検討会」では、地元住民代表や行政関係者が賛否両論などで互いに譲らず、今月18日に意見集約できないまま報告書を提出。最終判断は福田知事にゆだねられる格好になったが、地元の鹿沼市が推進を要望しており、知事は難しい判断を強いられている。
 一方、水資源開発公団などが進める思川開発については、公団が昨年11月に計画の縮小案を決めたこともあり、県としての見直し作業は手つかずの状態。県議会では「公約のトーンダウンではないか」と指摘する声も出始めている。地元の反対派住民は「長野の判断が栃木にも多少影響するだろう」と期待を寄せるが、福田知事は「コメントする立場にない」と話した。
◇地方の反乱・・・動揺隠せぬ国、業界−−「勇気ある決断」評価の議員も
■他県にも波及?
 田中知事の「脱ダム」宣言と、7事業の見直しについて、国土交通省は「事前に県側から何の連絡もなく、報道を見て驚いた」(治水課)と当惑している。扇千景国土交通相は同日午前の閣議後記者会見で「なんでもやめればいいというものではない。利水・治水の面を本当に検討されたのか」と田中知事を批判したが、竹村公太郎河川局長も「大臣の言われたことに尽きる」と苦々しい表情だ。
 しかし、田中知事が挙げた7事業は、いずれも県が事業主体。国は県の要望に応えて補助金を出しているため、「相談があれば助言はするが、県が中止を正式に決められたら国としてはどうしようもない」(同課)という立場だ。
 昨年末に、自民党の亀井静香政調会長が打ち出した公共事業見直しの流れの中、建設・農水・運輸の3省で272件の公共事業が中止に追い込まれた。与党からの要求になんとか応え、一息つきかけたところへ今度は「地方の反乱」に足をすくわれた形の同省。「長野モデルとして全国に発信したい」とする田中知事に対し「必要性は個別の事業ごとに判断すべきこと」と動揺は隠し切れない。
 建設業界も反発している。前田又兵衛・日本建設業団体連合会会長(前田建設工業会長)は同日の記者会見で「災害が起きた時の責任問題もある。公共事業の技術は長年の歴史で蓄積されたものであり、河川の危険性、住民生活など広い視点で検討していただきたい」と疑念を示した。前田建設は受注した浅川ダムの一時中止に伴うコスト負担をめぐり長野県と交渉中だ。
 一方、「公共事業チェック議員の会」の会長を務める中村敦夫参院議員は、「勇気ある決断だ。環境を破壊し、財政赤字を増やすダムは百害あって一利ない。票とカネが目当ての自民党議員、省益やメンツにこだわる官僚にも自己改革は期待できない。首長の決断が重要だ」と、「長野モデル」を高く評価した。
 
 
 
 
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