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1997/08/01 毎日新聞朝刊
[社説]水資源白書 「水の日」にダムを考えよう
 
 どうして一度決めた公共事業計画はやめられないのか。公共事業のあり方を見直す論議の中で最も私たちが関心のあるテーマである。
 例えば「日本列島改造論」の落とし子に、苫小牧東部工業基地がある。JR山手線の内側の約1.7倍の広さの工業用地がほとんど空き地だ。進出する企業がないのだ。ここに来るはずだった重厚長大産業のために計画されたダム(平取(びらとり))の建設をめぐって地元では大揺れである。
 工場が建たないのでは工業用水が要らない。しかしダムの目的は工業用水のための「利水」から「治水」に変わってまだ議論が続いている。
 こうした時代のニーズにそぐわなくなった公共事業計画は全国に数多い。25年前の列島改造の国土計画を下敷きにした幻の水需要が、なおダム建設を促進しているからだ。これらの大前提は高度成長という現時点から見ると、ふた昔前の現実離れした経済成長論が支えているのだ。
 無論、ムダな公共事業は何もダムだけではない。いま注目を集めている農水省予算の使い道を見ると、税金を払いたくない、という人が激増するだろう。ほとんど使われない農道空港に数百億円も使い、「温泉ランド」にまで税金を投入する。この財政危機の中で何を考えているのかと毒づきたくもなるだろう。
 だが、ここでダムを持ち出すのは農水省の公共事業に比べて、はるかに影響が大きいからである。この場合、影響が大きいとは、ダムは長期間のプロジェクトであること、地方の住民などとの利害関係も小さくないことを指す。これに加えて、環境に重大な影響を与え、ひとつのプロジェクトが数千億円という巨額な支出を要することも決定的な違いである。言い換えると、公共事業計画の中止問題は、ダム建設に深くかかわったものと考えるべきであろう。
 実はこうした問題意識を持って手にしたのが、24日に公表された1997(平成9)年版「水資源白書」である。だが、残念なことに、こうした疑問にはどこを繰っても答えていない。
 わずかに「ダム建設の見直し」というテーマにかかわりがあると思われる個所がある。「平成8年度の水資源をめぐる動き」の中でダム審議委員会の設置状況などが報告されている。河川法の一部改正について解説があり、環境影響評価法の制定について報告があった。
 これらで2ページ半である。白書とはそもそも何なのか、という疑問を持たせるほどの愛想のなさだ。もともと、公共事業の見直し、ダム建設の見直しなどを議論することは、無用だと言わんばかりの扱いではないだろうか。
 建設省、国土庁自身が決してこれに無関心でないことは次の事実で明らかだ。7月下旬に建設省は全国で建設計画が進められている約380のダムのうち、10事業を中止する方針を決めた。実は昨年も初めて四つの事業を中止しているのだ。
 地方自治体の動きもある。公共事業王国、北海道では、事業の再評価へ「時のアセスメント」を導入した。公共事業見直しのシステム化の手がかりになる手法だろう。
 きょうは「水の日」である。水資源の重要性は指摘するまでもない。
 だが、せめて白書ではダム建設のあり方をめぐる国民の批判に正面から応えてもらわなければ困る。
 
 
 
 
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