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4 能の演出法
 能という特殊の演劇形態、これを特殊化するものは、謡曲、役者、舞台、観客のそれぞれというよりも、むしろ、それらを綜合した演出法にあります。その特色をあげると、
(1)舞台装置――能舞台には幕も背景もない。その情景は地謡や演技者が謡ったり語って聞かせるから、その必要がないのです。ただ、わずかに小屋、井戸、車などになぞらえた簡単な作り物を用います。
(2)能の演技はシテ、ワキ、ツレ、アイ(狂言)それぞれ役を配せられて劇的に進行する。しかし、よく見ると、すべてシテ役ひとりが絶対的の主役で、シテ中心の一人芝居とも見られる。あるいは叙事詩劇もしくは仕方噺(しかたばなし)とも見られます。ワキはいわば見物の代表として、ただ受身でシテの相手をして、その演技を引き出す役です。
(3)仮面劇――能役者は立派な装束をつけ扮装はするが、顔の化粧はしない。シテは原則として、その役々にふさわしい面をつけます。これは神、武士、美人、鬼などいずれも現在人でないことを意味する。ワキは決して面をつけないのは、見物の代表であり、現在人だからです。シテが直面(素顔)で出るのは現在物といって安宅や曽我などの人物を現在人として扱った劇能に限ります。
(4)場面の変化・時の推移――能の演出では場面の変化と時の推移は、ただ謡曲の文句から想像させるだけで、現代劇のように、それらしく如実に見せるわけではありません。幾月もの長い道中の風景が、ワキの立ったままの道行の謡で演出される。古戦場で武人の幽霊を弔う僧はたちまちありし世の合戦の有様を、さながらに見せられる。同じ舞台で場面がいくつも無造作に変り、幾年月が流れてゆきます。これは能が演劇というよりも語り物(叙事詩)の性格を多分に遺伝しているからなのです。
 
狂言(附子(ぶす))
 
 能と狂言とは、その形態はかなり異なるけれど、決して別種のものではありません。動物のオス・メス、電気のプラス・マイナスのように、一見反対者のように見えて、実は両者が合体しなければ不完全なのです。つまり、猿楽(散楽)の持っている歌舞の要素を本意として能が成立し、その物まねの要素を主眼として狂言が成立した。能役者と狂言師とはいつしか分業となったが、同じ能舞台で共演しているのです。
 
一、狂言はもと即興的な滑稽であったが、いつしか流派とその台本(テキスト)が作られた。今では大蔵流と和泉流の両派があり、それらの台本約三百番が伝えられています。
二、狂言は中世の大名・小名・百姓・僧・山伏・婿嫁(むこよめ)など、あらゆる世相を風刺した科白劇で、原則として歌舞や囃子はありません。滑稽な笑いをさそう喜劇であるが、性格描写を旨とする本格のコメディというよりも、筋のおかしさで笑わせるファース(笑劇)の類です。
三、狂言は、きわめて卑俗な主題を扱いながらも、やはり武家式楽としての品位をたもち、能とよく対応しています。おそらく、世界無比の上品なファースといえます。
四、狂言方は、能の助演者として出演するときはアイ(間)とよばれ、独立の狂言に出るときは、主役をオモ(シテ)、ワキ役をアド、ワキツレ役を小アドという。
能役者とはまったく分業で、両者をかねることはありません。
 
一、能・狂言は六百数十年前の室町時代に大成され、今日なお、その舞台と演出法ともに保存されています。古い戯曲だけを保存している例は、あえて珍らしくないが、生きた演劇としては、能・狂言は、おそらく世界最古の演劇であります。その点で世界的に貴重な文化財として注目されています。
二、能・狂言は、その元祖、観阿彌(かんあみ)・世阿彌(ぜあみ)親子の天才によって大成されたすぐれた舞台芸術ですが、その半面よかれあしかれ封建的社会制度に適応して今日まで生きのびたことを忘れてはなりません。したがって、能・狂言は、いろいろと環境の制約のもとにこのように形成されたので、演劇芸術として必ずしも自由に、おのれの理想をつらぬいたものとは言い切れない。もちろん、立派に深刻に様式化されてはいるが、決して演劇として完成されてはいません。その伝統を尊重しながら、まだ補修の余地はいくらもあるのです。
三、能・狂言が演劇として未成熟、未完成ということは、すなわち舞踊劇と楽劇と科白劇とが分化していないこと、つまり演劇の幼態もしくは青春を保持しているということです。西洋演劇はドラマとオペラとバレーとが分化し切ってむしろその過進化に行きづまりを感じている。能・狂言のような古典芸能が現代の演劇人にあらためて注目されるのは、老化した現代劇の若返りが要求されているからです。未成熟の能・狂言にこそ、演劇の青春と、発展の可能性がひそんでいるからです。
 
能(土蜘蛛(つちぐも))
 
 
大癒見(おおべしみ)
(天狗)
すべてのものを威圧しようとする強さと、内面に持つもろさを表した面。
 
慈童(じどう)
(仙人)
露を飲んで仙人となり永遠の若さを象徴する神仙の化身を表した少年の面。
 
般若(はんにゃ)
(鬼女)
女性の嫉妬と怒りを表情に込め、恐ろしさの中に悲しさを表した女性の面。
 
小面(こおもて)
(少女)
「小」は可愛らしいなどの意味で女面の中で一番年が若い乙女を表した面。
 
獅子口(ししぐち)
(百獣の王)
謡曲「石橋」での専用面。能でいう獅子は妖精的な意味を持っています。
 
中将(ちゅうじょう)
(公達)
平安時代の歌人、在原業平を表現した美男面で優しさ・雅やかさを表しています。
 
山姥(やまんば)
(妖怪)
山に棲む鬼女で、山々の精気、霊気をもった超人的な強さを表した面。
 
増(ぞう)
(女神)
神や仏の相を表し、高貴な女性や天女などの役で用いられる面。
 
四拍子。地謡を加えて雛祭りの五人囃子となる。
 
太鼓(たいこ)
革は牛皮、胴には欅などを用いていて、表革と裏革を麻の調緒で締めます。
 
大鼓(おおつづみ)
革は牛皮で、胴は桜か栗を使っていて湿度と温度によって音色が微妙に変化します。
 
小鼓(こづつみ)
構造的には大鼓と同じですが水平に打ち込む大鼓に対して小鼓は下から打ち込みます。
 
笛(ふえ)(能管(のうかん))
煤竹が良材とされ、雅楽の竜笛を祖としています。







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