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2004.03.07 シンポジウム東京 辻井正次
 
高機能広汎性発達障害の人たちへの支援のなかで考えること
中京大学社会学部/NPO法人アスペ・エルデの会
辻井正次
 
1. はじめに
 私の臨床家としての歩みの大半は、様々な発達障害の人たちへの支援との取り組みを中心としてきた。なかでもこの10数年は高機能広汎性発達障害の人たちへの支援にかなりのエネルギーを注いできた。そのなかで、異なった年齢の人たちと長期にわたってご一緒することができ、乳幼児期から成人期の前半までの、広汎性発達障害の人たちの異なった発達のあり方について考えることができた。私たちの力不足や支援についての考えの相違で十分な支援がしきれなかった人たちも正直、少なくはない。今回は、高機能広汎性発達障害の人たちと社会との関わりあいのなかでのいくつかの問題について考えておきたい。
 
2. 青年期の高機能広汎性発達障害の人への支援から考えること
 幼児期や学齢期を中心に支援をしていくと、高機能広汎性発達障害の人たちは支援をしていけば、それなりに社会的にやっていけるのではないかという気にもさせられるくらいに、順調に発達を遂げ、見かけ上、問題がない場合も少なくない。しかし、そうした人たちが青年期や成人期までの長いスパンで見ていくと、実際に多くの困難を経験していくことがわかってきた。彼らの社会性の障害ゆえに、世の中はなかなか理解しにくいものだし、彼らも理解されにくいものである。なかには周囲の無理解のなかで困難さを増していく場合もあることもわかってきた。
 縦割り行政の問題もあるが、支援する臨床家たちが自分の対象範囲の年齢の人たちのみを見ていると、支援の問題の全体像を見誤るようである。私たちの共同研究からも、広汎性発達障害としての生物学的な差異は実証されつつあり、異なった脳機能をもつ存在で、そうした特性に合わせた支援が長期にわたって必要なことは確かである。
 
3. 犯罪被害を受けた例
 現在、社会的自立を、企業就労までをしていくモデルで、取り組みをしてきており、多くの青年たちが企業就労をするようになってきている。企業によっては、障害者雇用枠という前提での給与体系ではなく、一般の給与体系での給与の設定をしている。そうしたなかで、彼らの真面目さから、十分な給与を稼ぎ、充実した生活を送っている。しかし、そうしたなかで、キャッチセールスによる詐欺の被害を受けるケースが出てきている。一般的な犯罪被害についてのガイダンスを顧問弁護士に依頼し、取り組みをしているが、非常に巧妙な手段で、彼らの社会性の弱さが利用されていた。本人には被害にあったということが理解しにくかった。
 ただ、よく考えてみると、例えば高校生年代で、「たかり」にあうようなことは日常的に散見されるわけで、加害以上に、被害にあうことが多いことを経験している。
 
4. 教育のなかでの無理解による二次症状形成
 森口奈緒美さんの『変光星』(花風社)・『平行線』(ブレーン出版)を読むことで、広汎性発達障害に配慮しない学校教育がいかに外傷的な体験をもたらすかを考えることができる。もともとの状況把握のまずさ、相手の意図の読みにくさが、定型発達者(健常者)にとって意図的に、悪意として位置づけられ、そして非難を繰り返されるようなやりとりが頻繁に生じやすい。こうした積み重ねは、迫害的な対人的な構えを生じさせる。感覚過敏性や、衝動性の統制のしずらさが、そうした過程にさらに関与した場合、問題行動と評価されるような行動となっていく場合もある。
 現在、進行しつつある特別支援教育の改革が進み、個別のニーズに対応した教育が行なわれることは必要なことである。個別なニーズにそってと聞くと、今までの教育と全く違うことをすべきだと誤解する人がいるのだとこの頃、気がついたのだが、そうではなく、通常教育の中で、「困ってしまう」行動を、本人なりの仕方で取り組めるようにしていくような、ちょっとした個別の配慮をできるような工夫が必要であるだけである。
 
5. 自己コントロールヘの取り組み
 発達障害を生まれもってきたとしても、自分で自分の気持ちをなだめることができ、状況についての獲得された理解をもとに、状況に適合する行動をしていくことは、基本的に可能なことである。パニックにならないような環境的な配慮が必要だが、パニックになりそうになってもコントロールできるような、コントロール・スキルの積み上げも必要となる。丁寧なこうした側面での支援が実はなかなかおこなわれることがない。問題行動に「おっかなびっくり」関わることは、行動をコントロールための自己マネージメントを発達させる上ではプラスにならない。家族をはじめとして、周囲が子どもの個性を正しく理解することは大切である。
 
6. 終わりに
 アスペルガー症候群の少年たちによる犯罪被害にあった方がいるということに、彼らに関わる専門家の1人として、心からの哀悼の意を添えたい。圧倒的多数の高機能広汎性発達障害の人たちが犯罪加害とは無縁である。しかし、実際にこうした事件が続いているということは、この国での発達支援体制の不備があるということに他ならない。今回のようなシンポジウムを通して多くの人の理解が広がることを祈念している。
 
LD・ADHD・高機能自閉症の児童生徒への教育的支援体制の構築
文部科学省 初等中等教育局 特別支援教育課
柘植雅義
 
はじめに
 文部科学省が設置した「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議」が、平成15年3月に、「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」を取りまとめた。その中で、LD・ADHD・高機能自閉症のある児童生徒への教育的対応は「緊急かつ重要な課題」であると示された。
 
1. 最終報告の提言の概要
 ・特殊教育から特別教育への転換:「障害の程度等に応じ特別の場で指導を行う「特殊教育」から障害のある児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じて適切な教育的支援を行う「特別支援教育」への転換を図る。」
 ・特別支援教育とは:「従来の特殊教育の対象の障害だけでなく、LD、ADHD、高機能自閉症を含めて障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けて、その一人一人の教育的ニーズを把握して、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するために、適切な教育や指導を通じて必要な支援を行うものである。」
 ・基本的な考え:「個別の教育支援計画」「特別支援教育コーディネーター」「広域特別支援連携協議会」
 ・学校の在り方:「小中学校における特殊学級から学校としての全体的・総合的な支援へ」「盲・聾・養護学校から特別支援学校へ」
 ・特別支援教育体制を支える専門性の強化:
 
2. 全国実態調査の結果
 ・目的:LD・ADHD・高機能自閉症等、通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態を明らかにし、今後の施策の在り方や教育の在り方の検討の基礎資料とする。
 ・方法:小中学校における通常の学級の担任教師による質問紙調査
 ・結果:知的発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示すと担任教師が回答した児童生徒の割合は6.3%であることが明らかになった。これは、担任教師による回答に基づくもので、専門家チームによる判断ではなく、医師による診断によるものでもない。
 
3. モデル事業の展開
 ・趣旨:推進地域内のすべての小中学校における支援体制の構築を目指す
 ・推進地域の指定:各都道府県が一定規模の地域を指定(全体の10%強の学校が指定)
 ・支援体制の構築:校内委員会・専門家チーム・巡回相談の整備、特別支援教育コーディネーターの指名と養成研修、その他
 ・平成16年度の方向:新規に、「「特別支援連携協議会」の設置」「「個別の教育支援計画」策定検討員会の設置」「盲・聾・養護学校におけるセンター的機能」が追加される予定
 
4. モニター調査の結果
 ・目的:全国の小中学校におけるLD・ADHD・高機能自閉症の児童生徒への特別支援教の体制整備の実施状況を明らかにする。
 ・方法:全国47都道府県・13政令指定都市に対する調査
 ・調査結果:校内委員会の設置状況(57%)、特別支援教育コーディネーターの指名状況(19%)、個別の指導計画の作成状況(13%)、巡回相談員の活用状況(34%)、専門家チームの活用状況(12%)、他
 
5. 全国の先進的な取り組み
 ・都道府県レベル:校内委員会の全校設置に向けて、全校をカバーする専門家チームの設置、特別支援教育コーディネーターの指名と養成、巡回相談のシステムの構築、その他
 
6. ガイドラインの策定と活用
 ・策定の背景:障害者基本計画の重点施策5か年計画に盛り込まれた(平成15年12月)
 ・ガイドラインの構造:
第1部:概論(導入編)
第2部:教育行政担当者用
第3部:学校用(学校長用、特別支援教育コーディネーター用、教員用)
第4部:専門家用(巡回相談員用、専門家チーム用)
第5部:保護者・本人用(保護者用、本人用)
 ・活用:国内すべての公立小中学校で活用
 ・策定のスケジュール:試案(Ver.1)の活用状況から必要な修正を加えて、平成16年度中に修正版を作成(Ver.2)。
 
おわりに
 「より質の高い特別支援教育をより早く実現するために」
 
文献
 文部科学省(2004)小・中学校におけるLD(学習障害)・ADHD・(注意欠陥/多動性障害)・高機能自閉症の児童生徒への教育支援体制の整備のためのガイドライン(試案).
 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課(2004)季刊:特別支援教育「特集:特別支援教育コーディネーター」. 東洋館出版社.
 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課(2003)特別支援教育推進基礎資料.
 特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議(2003)今後の特別支援教育の在り方について(最終報告).
 文部科学省(2003)学習障害(LD)への教育的対応―続・全国モデル事業の実際―. ぎょうせい.
 文部科学省(2002)学習障害(LD)への教育的対応―全国モデル事業の実際―. ぎょうせい.
 学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議(1999)学習障害児に対する指導について(報告)
 
※上記の資料のいくつかについては、文部科学省ホームページ:http://www.mext.go.jp/でもご覧いただけます。(特別支援教育課:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/index.htm)







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