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第6章 外国人の出入国管理の方策としての指紋採取
第1節 個人認証手段の多様化
 ところで、同時多発テロ以降、外国人の出入国管理が多くの国で強化されたことが知られている。
 とくに、報道によると、アメリカでは来年それも1月からビザ(査証)を持つ全ての外国人入国者に顔写真と指紋の登録が義務づけられる。時宜を得た適切なものと、われわれもこの対応を支持したい。このほど新聞の報ずるところによれば、顔や指紋を電子情報としてコンピューターに記録し、出入国を一元管理する外国人登録システムを公開した。これはテロリスト等が不法入国をするのを防止抑圧するため、個人の特定、識別に有効な本人の生体情報をサーティフィケイト(認証)に使用するものとされる。最先端技術導入の成果が挙がるのを期待したい。
 IDの電子認証化の試みは日本でも、ある先進メーカーのプロジェクトによって行われている。これも報じられるところによると、生体認証の有力な方法とされる。このケースは、専ら顔の特徴点を実に数多くとらえ眼鏡をかけても、変装しても、太った場合でも、この不動の特徴点を基本に同一性の識別に働かせるということを目的とする。未だ実験レベルの話しのようであるが、この方法も工夫次第では外国人犯罪抑止のために有力な方法となるであろう。
 現に立法され、公正証書の電子認証化が現実のものとなり、公開鍵、秘密鍵が、人の同一性識別の指標とされている。一部取引には既に活用されているが、いずれ商取引等万般にわたって利用されるようになり、その方法の有用性が汎く知られることになると、守秘義務の問題をクリアしなければならぬとしても、この方法による犯罪対策面の活用も考えられてよいものと思われる。指紋押捺に対する嫌悪感や煩さな手続を除去した進んだ手法として十分に検討に値しよう。
 
第2節 採取指紋の電子情報管理
 ところで、最新の報道によると、入国審査に導入されるカメラ付き指紋採取装置と、出国の際に使われるセルフサービスの認証装置のことが説明されている。すなわち、指紋採取装置は、球形の顔写真用デジタルカメラと、入国者が指をのせて指紋を定査する専用スキャナーで構成される。出国者が指を触れると、入国時に既登録の指紋データと照合する。航空券の自動チェックイン機に似た認証装置に指紋スキャナーがあり、これによって瞬時に不符合が発見される。入国時の指紋等データ登録によってその后の出入国の動静はすべてコンピューター管理される。この装置は全国の空港、14箇所の港でも導入される由である。これらの情報はもとより捜査機関に対しても所要の場合に提供される。厳正な出入国管理が一段と網羅的に強化され、不法出入国者の取締りが徹底されることになる。
 この方法はわが国でも真剣に検討される要がある。航空機、港につく船舶のみならず、海浜での多数又は少数の入国者についてもこれが把握できるように、ネットワーク化された移動式のこの装置とデータが利用できれば万々歳というものである。将来的には個人識別、特定に有効とされる「虻彩」と呼ばれる瞳孔中の紋様も認証に導入されると聞くが、がっちりとした入管体制が確立されることになろう。水際作戦成功の強力な助人となりうるものである。成否の効果は暫く検証を待たねばならぬであろうが、わが国でも当局において可及的速やかに実現の方向でとり上げられるよう提言したい。
 短期間のビザなし観光客には適用されないと聞くが、短期の観光目的で入国してきてそのまま、不法滞在、不法就労者の多いわが国では、ここにも網をかける手法がとれないものかどうか、しっかり検討する必要があるし、別人になりすまして指紋登録をするような輩に対する防衛策も併せて検討されねばならぬであろう。もっとも10指である必要はない。2指(栂指、人差指)でも目的は達する。
 わが国の入管法はもとをただせば制定の経緯をみると、米国移民法に影響されたところが大という。違和感や抵抗感はこの手法の採用についてもないものと思われるが如何か。
 
第7章 コーストガード(沿岸警備隊)の設立
第1節 米国沿岸警備隊
 まず先賢の、アメリカの沿岸警備隊の実情を詳かにする必要があろう。ただしこれに関する資料は限られており、新しいものに接してないので、その一端をかいまみるに多分すぎないのであろう。
 いずれにしてもコーストガードの設立が急務と思われる。後述のアメリカの沿岸警備隊の経験とその実際に範を求めるのも一つの知恵である。それには国防、国益についての国としての基本理念が確立されていなければならない。国民の安全と安心とについて座標軸をしっかり持つことである。大げさにいえば国の尊厳を保つ決然たる姿勢を持たねばならない。国民も又犯罪に対処する相互の連帯感を持つべきであろう。他人事ではないということが平穏と飽食に馴致されてきた多くの国民にはこれらのことがまだわかっていないのは残念至極といわねばならない。理由のない黙殺や反発、不支持はもはや捨てるべきであろう。
 一例をあげれば覚せい剤の国ぐるみの日本への何トンレベルの輸入を図らんとする組織がある。放置できない由々しき事態である。日本の治安は四方八方から食い破られようとしている。行政庁の役人は現場感覚がないから危機感がない。これに比し例えば東京都の治安対策をみられよ。徹底した方法がとられつつある。歌舞伎町の一斉手入れ、波状的な頻度の高い捜索、差押、検挙、更には警察署交番自体の移動、入管出張所の設置、麻薬取締官事務所の配置も考慮されるべきである。
 ブロック警備、外国人犯罪についていえば、入国管理が公正な管理という点ではともかく、未だいかにも甘いと考えている人も少なくないと推察される。最近あった集団密航者の東京のド真中の銀座での大捕物劇をみてみられるがよい。警察の出動によって身柄が確保された。これとてもコーストガードがしっかり機能していればいわば水際で防げた筋合のものである。入管自体に強い権能を持たせること、適正配置に必要な人員増を考慮すること、警察力をこれらの方面にも導入できるシステムを構築することも一つの方法であろうが、これらの機能、能力、体勢を持つコーストガードの設置が肝要である。国民の安全確保のためには安いコストといわねばなるまい。
 警察、消防、入管、税関、海保、自衛隊の一部を一つにしたような対応のできる組織を作り活用されるべきであろう。政治による後押しと叱咤激励も不可欠である。少しく具体的に論述してみよう。
 
第2節 米国式沿岸警備隊の設立
 記録によると、わが国の島の総数は6852、その海岸延長距離約3万3889キロメートル、排他的経済水域面積は接続海域を含めて約405万キロメートルとされる。この日本の領域を守りカバーする海上保安庁保安官の総人数は約1万2250余名である。沿岸防衛、海上犯罪抑止、検挙の組織としては寒心に堪えない。
 国際犯罪対策基地(第3管本部)が新設され、本庁に刑事課、国際刑事課、警備課が編成されたり、第1、第3、第5の各管区本部に国際刑事課が新設された。覚せい剤、麻薬等の違法薬物や銃火器などの密輸入や集団密航、海上からの密入出国、領海侵犯さらにはいわゆる海賊問題等の海上犯罪を所管主掌する。第2、第4、第6、第8、第9、第10の各管区本部にも国際犯罪対策室が設置され、国際犯罪に対応するための組織が改編強化されるに至っている。十全なものとはいえないまでも一応の体制が整ったとはいえるかもしれない。
 去る日の北朝鮮の工作船銃撃沈没事件に象徴されるようにテロ対策についてはよくやっているという評価を下し得ても、わが国への密入国、密出国が絶えず、その他の違法な諸々の事象の続発をはじめとする現状をみると、更になんとかしなければならぬとの思いにかられる。増員、艦船の増加配置、高性能の情報収集可能機器の配備、海上保安庁と海上自衛隊の連携活動の強化、充実など考えられることは少なくないが、いずれも対症療法的なびほう策に過ぎなかろう。この際一つの提言であるがアメリカに範をとる沿岸警備隊の設立を考慮してはどうかというのである。
 
第3節 装備と体制
 ところでその沿岸警備隊というのはどのような実体を有するのかをまずみてみなければなるまい。しかし資料に乏しくとてもその全容を詳らかにするまでに至らない。
 米国の沿岸警備隊は元来、財務省の密輸取締りを主任務とする税関監視船部隊として創設されたといわれる。その后1797年にフランスとの間に緊張関係が生じた際、米本土の沿岸防衛と沿岸部での通商航路防衛用にカッターが投入され、翌1798年には沿岸警備隊は海軍長官の指揮下に入った。この警備隊は必要に応じて大統領命令により海軍の指揮下に入ると定められ、いわば海軍の補助兵力として少なからぬ役割を果たしてきたとされる。1967年からは所管が財務省から、運輸省に移管された。
 冷戦終了後、安全保障環境、戦略環境が大きく変化し、米海軍も縮小されたため、1995年、国防長官と運輸長官との間で、沿岸警備隊が米軍の地域司令官の下で協力する四つの主要防衛任務について合意がなされた。いわく、海上封鎖、海外の港湾保安防衛行動、平時パトロール、環境保護活動であるが、これらは格別目新しいものではなく、既に従来から沿岸警備隊で実施されてきた類いのものという。
 1995年以後でも沿岸警備隊のカッターは4回にわたって海外での作戦に参加した模様である。沿岸警備、周辺海域での犯罪抑止、検挙が主務担当と考えるわれわれの構想の埒外にでている活動もある故、この辺の線引きはしっかりしなければならぬとしても、その行動半径、警察、ある種の軍事行動に関する活躍は垂涎の的といってよい。
 1997年に沿岸警備隊の高官は、21世紀に予想される状況に、海軍、海兵隊と協力して海上作戦能力を構成する国家的対応をしなければならないと発言している。それには能力的に三つの組織が重複することなく統合され、相互運用が可能で、多目的任務に対応できなければならないと指摘する。この辺は専守防衛を理念とするわが国でも学ぶに足りる発想があると思われる。
 1998年、沿岸警備隊と他の二つの組織との共同作戦を増加させる必要が説かれ、「弾薬の共用性ばかりでなく、整備、工具、スペア、支援器材の共用性も高め、特に指揮、統制、通信、コンピューター、情報、監視、偵察(C4ISR)システムの適合性が必要となる」としている。意見にわたる部分は筆者の見解であるがその余の説明は、江畑謙介氏の論説(世界週報80巻2号等)に依っている。
 これにより沿岸警備隊の力をみると、目下93隻の大型カッター、外洋哨式艇と190機の航空機(ヘリコプター137機があるというが、カッターの平均艦令は、世界の42海軍の38位という旧式な状態にあるという。すこし古いデータのようである。しかし「ディープウォータープロジェクト」という野心的な装備開発、調達計画に着手した。沿岸から80キロ以上先の「深い海(外洋)」での活動に必要な艦艇と航空機を意味する。この計画では沿岸警備隊の平時の人道支援、平和維持、司法、保護活動任務だけではなく、大規模地域戦争や小規模の危機的状況で海軍の補助として対応できるシステムであることが重視されている。平時においては別組織にする利点も少なくない。
 わが国になぞらえていえば、自衛隊と沿岸警備隊との役割が重複する場合も少なくなく、その調整が重要と思われるが、一方で沿岸警備、わが国海域内でのテロ活動防止、悪質大規模な海上犯罪の予防、検挙に重点をおいた有効な組織として、わが国でも考慮に値する対象の一つと思われる。
 
第4節 運用時の考え方
 もっとも、わが国の既存の海上保安庁、海上自衛隊の目的、権限、守備範囲、装備等についてこれとの整合性のとれる方策でなければならぬであろう。
 重畳的なものとして考えるか、守備範囲を段階的というか住み分けにするか、運用面の共用(アメリカの沿岸警備隊と軍のように)というレベルで考えるか、事象別にプライオリティの問題として考えるか、独自性をもつ縦割り型のものとするか、横断的に連携を密にした相互補完的なものとして捉えるか、犯罪対象によって個別に対応するか、情報、通信分野の連携や共同摘発を考えるものとして位置付けるか、さまざまな対論が考えられる。
 
第5節 海上警備の実情
 それではまず海上保安庁の実情を海上保安庁の作成した、海上保安レポート2003によってみてみよう。
1. 海上保安庁は、最近の九州南西海域における工作船事件に端的に示される如く、国境の最前線で犯罪のわが国への流入を阻止し国民を外国人による犯罪の脅威から守るという任務を持っている。広大な海域においての任務のみならず海難救助、海上での環境防災、船舶交通の安全確保にもあたっている。僅か約1万2000名の保安官によって昼夜をわかたず支えられている。そのことをまず認識し理解を深める必要があるであろう。
 しかし更にそのほかにも海岸線沿いにあるつまり臨海部の国内重要施設(原子力発電所、石油コンビナートのような)等の警戒、海賊船に対する哨戒、そのための高速高性能の巡視船の整備等を進めている由である。記憶に新しいが、玄界灘沖で国籍不明の漁船型艦船を発見、停船させて船内捜索の結果覚せい剤151kgという多量の違法薬物を発見、乗員(自称中国人)を逮捕したという海上犯罪の抑圧に貢献している。平成14年4月には国際組織犯罪対策基地も設置され、悪質化、巧妙化、広域化する密輸密航事犯に対する水際作戦もなされている。
 又「ポートクリアランス」問題、つまり漁船特にロシア船の積出証明書の真がんの問題の処理にもあたった。真正、適法な証明書は、貨物関税申告書であることが明らかとなり、これによって対処されたというケースもあった。わが国の海域内での韓国船によると思われる不法漁業の取締りにもあたった(この部門は水産庁と競合する点もある)。又船舶の港湾出入港に伴う、公正迅速な管理のため、ITを活用して港湾EDIシステムを開発運用に供されてもいるという。
 卑近なものとしては、海難、海中転落などの人身事故の95%は沿岸から20海里(約37km)以内の海域で発生しているそうであるが、これらの沿岸海難に即応する体制、例えばヘリコプターとその乗員が確保されている。尚、統計によれば、平成14年中に主として合計387.9gの覚せい剤、5kgの麻薬、その他銃砲、実弾の押収がなされ、31名の密航者、21名の手引者が検挙されている。
 対前年比でいうと、銃砲の押収件数はいずれも増加している。薬物事犯についていえば、麻薬大麻は減少しているものの、覚せい剤は約30倍の増加となっている。集団密航事件の検挙数は13件うち11件は警察との連携によっているが、これが国内受入組織の摘発に結びついている。
2. これらの多くの困難、危険に対応するための捜査体制はどうか。
a. 海上保安官は女性323名を含め1万2258名、本庁組織のほか北の第1管区から沖縄の第11管区まで11の管区保安本部が設置され、その下に更に海上保安部などの官署が設けられている。平成15年度の予算はといえば国民一人当たり約1341円の負担であり、試みにアメリカの沿岸警備隊は、アメリカ国民一人当たりは日本の約3倍近く約3000円強(いつの時点のそれか定かではない)となっている。
b. 装備といえば平成14年度末現在、519の船艇、75機の航空機を保有している。ヘリコプター46、飛行機29となっている。
 もっとも、例の工作船事件に教訓を得て、平成15年度にヘリ甲板付高速高機能大型巡視船2隻、高速高機能大型巡視船2隻、高速特殊警備船1隻が整備されるという。この他前年度からの継続分として5隻新たに就役することになっている。このように巡視船艇の機能向上がはかられ、航空機の機能向上、装備の技術開発の調査研究も進められている。







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