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4.5 人道援助活動とPMC
 PMCの役割が非常に効果をあげており、今後も活躍が期待される分野の一つが、人道支援活動である。「傭兵」イメージの強いPMCと人道支援活動のコンビネーションはミスマッチのように思われるかも知れないが、戦地、紛争地や紛争後の無秩序や混沌の中で共に活動するこの両者が、思想的な相違にもかかわらず手を組むのはきわめて自然な流れである。物資や人員の輸送、警備や安全保障のアドバイスなどの面で、PMCが人道支援団体の活動をサポートする機会が増えており、今後もそうした機会が増大する可能性が指摘されている。
 例えば1999年にCAREという人道支援NGOのカナダ支部が、「複雑な緊急時の人道支援活動」との論文を発表し、「人道援助団体は安全面でPMCに依存することを検討すべきだ」との意見を発表して話題を呼んだ。人道援助活動に携わる人たちの間では、危険地域での活動を効率的に行うための方策が議論になっており、95年には当時のブトロス・ガリ国連事務総長が、「人道援助のための空間を保障するのは人道援助共同体が直面するもっとも重要な挑戦の一つだ」と語っていた。冷戦後人道活動家の被害が確実に増えており、国連人権委員会はルワンダでスタッフの命を落とし、国際赤十字委員会(ICRC)のメンバーもチェチェンで殺害され、CAREアメリカのスタッフもソマリアとスーダンで殺害されている。98年に出されたある報告書によれば、「赤十字メンバーは近年米軍人よりも多く殺されている」という統計数字が出たほどだった67
 多くのNGOは、安全確保をそれまでの活動の経験からくる知識に頼るのが精一杯で、リスクを系統立てて評価したり、偶発的に起こる事態に対する計画を立てる方法などに関する枠組を持っていないのが現状だ。このため最近では多くのPMCが人道支援団体と接点を持ち、必要な知識や能力を高めるためのサービスを行っている。PMCは人道支援団体の具体的なニーズに応じた安全保障のための訓練メニューを用意し、脅威評価の仕方、情報管理の仕方、偶発事態時の計画の立て方、緊急車両の操縦の仕方など、さまざまな実践訓練を行っているのである。英DSL社は例えばCAREやCaritas、USAIDや国連組織に対して、さまざまな安全保障分析や訓練のプログラムを提供している68
 アメリカの人道援助NGO「Refugees International」のピーター・ギャンズ氏は、「人道支援に携わるスタッフたちとPMCの元軍人たちは、性格も文化もまったく違う人種なのだが、そうした好き嫌いとは別の次元で、現場では協力しないとやっていけないことをよく認識している」と述べている69。アフリカのインフラの未整備な国々では、しばしばヘリコプターが唯一の輸送手段になっているところも多くある。そうした場所での医療物資や救援スタッフなどのヘリの輸送には、弾が飛んでくるかもしれない危険の中での飛行技能を備えたPMCのパイロットたちがあたることが多い。オレゴン州にあるインターナショナル・チャータード社(ICI)はこの分野でのスペシャリストで、ロシア製のヘリと旧東欧の空軍に属したパイロットを雇いながら人的コストを抑え、アメリカ流のプロフェッショナルなマネージメントを導入して、人道援助活動を前面に出しているPMCである70
 もう一つ、PMCが人道援助活動とかかわってくる分野が地雷処理である。近年、多くのPMCが地雷処理の分野に参入しており、実際の地雷処理業務やその訓練にあたっている。国連地雷行動サービス(UNMAS)などの人道地雷行動プログラムでは、多くのNGOと並んでDSL、ヨーロピアン・ランドマイン・ソリューションズ社、マインテック社やインターナショナル・デマイニング・アクション・センター社などのPMCが活躍している71。普段胡散臭い目で見られることの多いPMCにとって、この人道支援活動の分野は、堂々と外に向かって話せるテーマでもあり、また自社のイメージ向上にもつながるため、一際声を大にして宣伝に励んでいるようにも見える。
 
4.6 国連平和維持活動とPMC
 エグゼクティブ・アウトカムズ社(EO)がアンゴラで和平推進の基盤となる安定を作ることに大きく貢献し、続くシエラレオネでも一時期紛争を終結させ、民主的選挙の基盤となる安定を創出したことは、平和活動にかかわる一部の人たちの間でちょっとした議論を巻き起こした。そしてその頃から、国連の平和活動にPMCを使うことはできないかという議論が小規模ながらもなされるようになった。
 国連の平和執行及び維持活動がなかなか効力を挙げられない背景には、いくつもの構造的な問題があるのでそれをいちいちここで議論することはできないが、もっとも大きな問題の一つは、「国連が平和執行や維持のために派遣する軍が、国連加盟国の自発的な提供に依存している」ことである。しかもそうした活動には、充分な装備を備えよく訓練された兵士を持つ先進国が、兵を出したがらないという事情がある。
 冷戦終結後、アメリカは一時期国連の平和活動に力を入れたことがあった。91年の湾岸戦争ではクウェートをイラクから解放するため、国連憲章の第7章の強制措置をとる権限に基づいた軍事力の行使がなされ、国際的な平和のために、国連が伝統的な「平和維持」活動から一歩進んだ「平和執行」活動へと活動の枠を広げたのだが、クリントン政権が介入を決めたソマリアで米兵が殺害されると米軍はすぐに撤退を決め、以降アメリカは基本的に自国の国益に直接かかわるところにしか派兵をしないようになっている72
 こうして先進国が兵を出し惜しむため、世界各地に派遣されている国連平和維持軍にもっとも多くの兵士を派遣しているトップ10ヶ国のうち、9ヶ国までが経済的に貧しい国である。インド、パキスタン、バングラディッシュ、ヨルダン、ナイジェリア・ガーナ、ケニア、ポーランドにフィリピン。貧しい国の兵士にとって国連の平和維持の仕事は儲かる話であり、そうした国々の政府にとっても自国の兵士に自前で給料を払わなくて済むから、喜んで平和維持活動に兵を送る。いわば彼らは一種の出稼ぎに行っているのであって、貧国の政府たちは、出稼ぎ労働者である兵士たちに国連から支払われる報酬をピンハネすることによって外貨稼ぎをしているという側面もある73
 冷戦中は曲がりなりにも米ソが対立していたために、アフリカの奥地にまで両勢力がさまざまな援助をしていたのだが、冷戦終結と同時にその後ろ眉がなくなり、紛争が多発。しかし大国も国連もそうした紛争へ介入する政治的意思や安定をもたらす能力を欠いているために紛争がなかなか収まらないのが現状である。こうして生まれた安全保障上のギャップにPMCが入ってきた。英大手PMCサンドライン社のCEOティム・スパイサー元大佐は、以下のように述べてPMCの活動の正統性を訴えている。
 「伝統的な“警察官”としての軍隊はいなくなってしまった。ほとんどの国は自国に重要でなければ、遠く離れた紛争にかかわる人的資源も政治的な意思も持ち合わせていない。紛争地の軍隊はいつでもそうした紛争に対応できるわけではない。だとしたらどうやってその国々は平和的に存続し経済成長を成し遂げるのに必要な安全と安定した環境をつくることができるのだろうか。多くの場合、彼らはそれを作ることができず、悲劇的な結末と共に放っておかれるだけである。そこにこそPMCの出番があるのだ。」
 そして悲惨なアフリカの内戦や虐殺行為をCNNを見ている先進国の人々は、「『なんてひどいことだ。何かしてあげなくてはならない』という反応を示すが、自分たちの夫や息子や娘をそこに送ってはどうかと言われれば皆それには反対する。彼らは何かをしてあげたいと思うのだが、本音では自分たちがやるのではなく誰か他の人にやって欲しいと思っている」74
 国連平和維持軍は通常、紛争当事者が停戦に合意し、平和維持軍の受け入れに同意してはじめて、中立の立場として派遣されることになっている。ところがたいていは平和維持軍が派遣されるまでに数ヶ月と時間がかかるため、いざ維持軍が当事国に着いたときには紛争が再開されていたり、和平に反対するグループが武装闘争をしている場合が多い。そこでイギリスの新興PMCグローバル・セキュリティ・パートナーシップのトビアス・マスタートン氏は、平和維持軍が本格的に平和維持活動に入るまでの期間、緊急展開部隊のような形で民間のPMCを安定化のために使ってはどうか、という案を国連に提案している。また平和維持活動の遂行に相応しい軍事的能力を第三世界の軍隊につけさせるための訓練の分野でも、PMCが貢献できると同氏は考えている。10年以上に及ぶ平和維持活動の経験から、こうした案を暖めていたマスタートン氏は、「数年前まではこうした考えには誰も耳を貸してくれなかったが、最近では英国政府関係者も国連関係者たちの間でもだいぶ理解してもらえるようになった」という75
 実際英国政府は2002年に「強くて評判のよい民間の軍事部門は、国連が危険に際してより迅速に、より効率的に対応するのを助ける役割があるかもしれない。国連の活動の中の特定の分野で、PMCを雇う費用は、正規軍を雇うそれと比べれば格段に安いだろう」と発表し、PMCの国連平和活動参加に非常に前向きの考えを示している76
 また「Refugees International」のピーター・ギャンズ氏も、平和維持を担当する組織が、ロジスティクスや兵士・装備の輸送、飛行監視業務や通信システムなどの技術支援それに情報収集部門などでPMCを雇い、従来の平和維持活動をより高度で効率の高いものに変えていくべきだと主張している。また国連や第三組織が民間企業を雇い、全平和維持活動のための軍隊をリクルートし派遣するという提案もしている。PMCを紛争地域に派遣し、平和プロセスに反対する武装勢力を掃討した上で、従来の各国から提供される国連平和維持軍に引き継ぐというアイデアである77
 実はこうした考えは、まったくの少数派で取るに足らない意見だというわけではない。現在国連事務総長をつとめるコフィ・アナン氏が、1998年、彼が国連の平和維持活動部門の責任者をつとめていた時に、「PMCを国連として使いたいと思った」心情を以下のように語ったことがある。
 「個人的に、私は1994年のルワンダでの経験(つまり他者が介入をしないと少なくとも危機の最初の数週間にどんな事態が起こってしまうのかを悲惨な形で示した経験)が頭から離れない。98年にシエラレオネで、選挙で選ばれた大統領の復権を助けた民間の安全保障企業を使ってはどうかと進めるものもいて、こうした存在を、国連が必要としている緊急対応能力のために役立てられないかと。ルワンダのゴマの難民キャンプで、難民たちを武装勢力から守るために、我々は能力のある戦闘員の必要性に迫られ、私は民間企業を活用する可能性すら検討した。しかし世界は平和を民営化する用意はできていなかったのかもしれない。(中略)現在安保理は彼らが介入を望むときにでさえ効率的に介入する手段を欠いており、安保理の権限は軽減しているのが実情だ。」
 ぎりぎりまで追い詰められたときに、アナン氏は当時民間企業の使用しかないと考えたことを吐露している。このことから「民間による平和維持活動」という考えは必ずしも突飛なものではなく、ある意味で正統な考え方であるとも言える。国連が平和維持部隊を必要としているとき、アナン氏ができることは加盟国に対して軍を派遣してくれるように頼むことだけである。ほとんどの平和維持部隊が派遣される国は辺鄙な場所であり、大国にとって戦略的価値の低い場所である。戦略的及び経済的インセンティブの低い地域へ派兵するには、人道的・道徳的な観点から加盟国に頼むしかないが、冷酷な国際政治の現実では、人道的な立場から一国の軍を派遣する国は少なく、必要な平和維持部隊を組織するのには慢性的な困難が付きまとっているのが現状である78
 残念ながらいまだ「世界は平和を民営化する用意はできて」おらず、国連内にも国際社会でも「PMCは傭兵である」として感情的に反対する機運が強い。1998年にシエラレオネからEOが去り、選挙で選ばれた大統領が武装勢力のクーデターに追い落とされたとき、彼の復権のために手を貸した西アフリカの多国籍軍(ECOMOG)の働きは、実は英国のPMCサンドライン社のロジスティクス面、航空支援、情報収集面などの後方支援を受けていた。しかしこの後同社はイギリスにおいて「違法にアフリカに武器輸出をした」としてメディアでさんざん糾弾される結果となった。
 しかしPMCを有効に活用するという現実主義的な考え方を持つ人が、少しずつ声を大にしているのも事実である。2003年11月20日、「公共と民間の平和維持活動」と題したシンポジウムがジョンズ・ホプキンス高等国際研究大学(SAIS)と国際平和活動協会(IPOA)のスポンサーで、ワシントンで開催された。ここで国際関係の専門家たちは、「活動の道徳性を決めるのはそのミッション自体であって、それを執り行う軍の性質によるものではない、との理由から、PMCを国際平和の構築のために活用することは、大いに倫理的なことだ」と結論づけた。PMCの活用に関しては、「傭兵」を促進するとのネガティブな見解が多くあるが、「もしPMCが平和維持活動を行うことでより平和維持が可能になり、より多くの血が流されることを防げるのであれば、それは道徳的な行為である」とジョンズ・ホプキンス大学のウィリアム・ダグラス教授は述べた。平和維持という活動それ自体が道徳的な活動なのだから、いいではないかという議論である79
 現実には国連などの人道援助活動にも、上述したようにPMCは積極的に参加しているし、国連職員の警備や安全管理の分野では、すでに国連は民間の安全保障企業と契約をしている。また情報収集の分野でも民間企業を使うのが習慣化しており、例えば国連はアンゴラの経済制裁違反を監視する目的で米安全保障企業のクロール・アソシエーツ社を雇い、反政府ゲリラUNITAの資金の流れを追跡する業務を委託している。イラクにおける大量破壊兵器の査察でも、国連は民間の衛星企業スペース・イメージ社から衛星画像を購入して査察活動の効率化をはかっていた80
 こうして見てみると、平和執行・維持活動のような軍事・戦闘と直結する分野は、国連がPMCの参入を認めていない事実上最後の分野になっていると言える81。いまだにそのハードルは高いとはいえ、それも時間の問題になってきているのかもしれない。将来アフリカの地域紛争解決のために活躍が期待されている西アフリカの地域防衛協力の一つ「アフリカ危機対応構想(ACRI)」の部隊は、平和維持や平和構築能力の向上のために、すでに米MPRIの軍事訓練を受けている。このように間接的にはすでにPMCが平和維持や平和構築のための軍事活動に参入し、静かに実績を重ねているのだ。こうした既成事実を積み重ねていくうちに、だんだんとその役割も拡大していくものと思われる。
 
4.7 まとめ
 PMCの活動が顕著になってくると、その問題点も指摘されるようになった。法制度が未整備なことや正規軍と比べてモラルが低いということ、民営化によって逆にコスト高になっていることなどが指摘され、PMCの全面禁止を主張する声もある。しかし個々の事例を検証してみると、そうした批判は多くの場合不正確であり、PMCを全面禁止にする根拠たり得ないことがわかる。確かにより活動の透明性やアカウンタビリティを高めるための国際的な法規制は整備されてしかるべきだが、世界はそうした一定の規制枠組つくりの必要性を認識しながらも、PMCをさまざまな分野で活用していくという方向にある。人道支援活動のサポートや国連機関に対する情報収集、安全管理や警備におけるサポートなど、PMCはすでにNGOや国連とも多岐にわたる契約を結んでおり、最近では国連平和活動にもPMCを活用すべきだとの議論が出てきている。伝統的な国家が提供できない安全保障上の空白を、そのオルターナティブとしてPMCが提供するトレンドは、強まりこそすれ弱まることはないと思われる。
 

67 Christopher Spearin. A Private Security Panacea? A Response to Mean Times on Securing the Humanitarian Space, Prepared for the Second Annual Graduate Student Seminar, The University of British Columbia, April 30 - May 5 2000
68 ibid.
69 Peter H. Gantz とのインタビュー、2003年9月11日
70 Private aviation tackles peacekeeping, Canopy, January 2003
71 When the office is a minefield, Private companies doing larger share of demining activities worldwide. Canopy, January 2003
72 Dennis C. Jett. Why Peacekeeping Fails. (Palgrave, 1999)
73 リンダ・ポルマン著、富永和子訳「だから、国連はなにもできない」(アーティストハウス、2003年)pp.15-80
74 Tim Spicer. Why we can help where governments fear to tread. The Sunday Times, 24 May 1998.
75 Tobias Masterton とのインタビュー、2003年11月13日
76 Private Military Companies: Options for Regulation, ordered by the House of Commons to be printed 12th February 2002
77 Peter Gantz とのインタビュー、2003年9月11日
78 John G. Heidenrich. Privatized Peacekeeping, A Needed Tool in the War on Terrorism,
79 Contracting for Peace ins Rational Approach, Says Scholar, 28 November 2003 (http://usinfo.state.gov/utils/printpage.html)
80 Colum Lynch. Private Firms Aid U.N. on Sanctions. Washington Post, 21 April 2001
81 Doug Brooks とのインタビュー、2003年9月10日







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