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 タロイモの植え付けは、食用部の塊茎=芋部を収穫し、切り離した塊茎の上部を含む葉柄部を苗にします。あるいは子芋部を苗にします((23))。苗の植付けは、収穫が終った水田に順に植え付けします。当然、収穫も植え付けも掘り棒が使われます。ヤミ族にとってタロイモは重要で、その収穫の出来、不出来は問題です。タロイモの水田には、アニト(霊)がやってきて悪戯されないように立派に生育することを願ってシャコガイが供えられます((24))。しかし、伝統的なシャコガイばかりか、時代の移り変わりと共にかかしや、十字架にアニト払いを願う場合もあるようです((21)(22))。
 タロイモを始めとするイモ類は主食としてカロリーが高く、栽培面積当たりの生産カロリーも穀類や豆類より高いなどの利点が知られています。根栽農耕の食を支える主要食用植物ですが、稲作の伝来を契機にその座をイネに追われてしまう地域が多数あります。しかし、オセアニア、メラネシア、ミクロネシアなどの地域にはタロイモを主にした伝統的な根栽農耕の食文化を維持している地域が残存しています。
 
(23)束ねられたタロイモの苗
(一九七七年一二月 Iraralay)
苗は乾燥にも強く、このように束ねておいても数週間は枯れない。
 
(24)シャコガイを供えたタロイモ水田
(一九七七年一二月 Iraralay)
 
(25)壺状の土器と大きなへら
(一九七八年八月)
この中で、へら状を使い茹でたタロイモをペースト状にこねる。海水と湧水を混ぜて茹でるので塩分を摂ることができる。
 
 ヤミ族は、タロイモを根栽農耕の基盤とした食文化を継承し、日々の『食』に欠かせません。食用部は植え付けた苗が生長して形成した芋(塊茎部)=親芋を収穫します。親芋が作る芋=子芋部あるいは葉(葉身、葉柄)も食用にします。調理法は海水と湧水を混ぜて土器で茄でるか、茄でた芋を土器の中でペースト状にねって食べます((25))。その調理法はオセアニア、メラネシア、ミクロネシアなどの環太平洋地域で広く行なわれているムームー(蒸し焼き料理)とは異なります。ヤミ族の『タロイモ食』は、食生活に欠かせないばかりか、生活文化と深く結びついていて生活しています。特に住居の新築やカヌーの浸水式の祝い事などの供え物として重要で欠くことはできません。タロイモを日常の糧とすると同時に、生活をみたす富や豊かさの象徴にもされ、ヤミ族の文化の基盤に深く関わっていると考えられます。
 タロイモは、高温多湿を好む作物ですが、栽培条件が乾燥した畑地に向くか常に湿った水田に向くかによって二つの品種群に大別できます。ヤミ族は水田に向く品種群をソリー(水田用)と乾燥した畑地に向く品種群をクイタンあるいはキータン(畑地用)と称しています。ソリーの主な品種には、アラルン(最も美味しい)、ミニシブル、オバン(匂いがある)、カラロ、カナト(増える)、パットン、ミナカスリ(餅味、畑作兼用品種)、ムウリウリ、マスブ、ウランルウルウ(台湾から導入)などあります。これに対してクイタンあるいはキータンの主な品種には、アチ、ミニィラウ、マスブウ(=水田用のミニシブル)、マバンガクイタン、チチプチノカラルなどがあります。
 蘭嶼のタロイモ品種は、日本でよく知られている土垂や石川早生などの子、孫芋が収穫対象となる品種の栽培は殆どなく、僅か晩生土垂に類似しているアチ(台湾より導入?)と呼ばれる品種のみであった。他は、全て、フィリピンからインドネシア、オセアニア、メラネシア、ミクロネシアなどの熱帯地域で栽培されている親芋を収穫の対象とする品種と酷似していました。芋の形状には楕円形、長卵形、長楕円形などと多様で変化に富み、大きさも様々で、匍匐枝を形成する品種や塊茎の肉質の色、葉柄色や縦縞の模様などが入る多様性に富む品種でした((26)(27)(28))。なお、染色体調査からは日本の土垂や石川早生などの品種が染色体数2n=42の三倍体であるのに対し、他のアラルン、カナナ、ミナカスリ、リバス、ウランルウルなどは全て2n=28の二倍体で熱帯地域の品種と同様な結果が得られています。
 
(26)ミニイラオ
(筑波実験植物園で系統維持中の個体を圃場で栽培した収穫した地下部)
匍匐枝を殆ど伸ばさないで子芋を作る。
 
 
(27)アラルン
(筑波実験植物園で系統維持中の個体を圃場で栽培した収穫した地下部)
短い(約三〇センチまで)匍匐枝を伸ばして小芋を作る。
 
 
(28)ミナカスリ
(筑波実験植物園で系統維持中の個体を圃場で栽培した収穫した地下部)
長い(約四〇〜六〇センチ)匍匐枝を伸ばして小芋を作る。
 
 タロイモやヤムイモは古い時代に、インド東部から東南アジア大陸部にかけての熱帯モンスーン地帯で、バナナやパンノキ、ココヤシ、サゴヤシ、サトウキビなどはマレーシアからオセアニアに至る熱帯雨林地域で栽培化され、民族の移動と共に、世界の熱帯や亜熱帯に伝わり、現在に至っていると考えられています。蘭嶼のタロイモは、我が国の品種群に共通するものが少なく、生育や形態などの、栽培学的特性および染色体調査からもインドネシアならびにオセアニア、メラネシア、ミクロネシア太平洋諸島などで栽培されているタロイモ品種に酷似しています。また、染色体数も二倍体群が殆どで、僅かに台湾から持ち込まれたといわれるアチ(日本の晩生土垂タイプ)を除けば、熱帯圏を中心に環太平洋島嶼で栽培されている品種と酷似していることから、バタン諸島からヤミ族の祖先の移住と共に蘭嶼へ伝来したと推定することが容易です。また、耕作は掘り棒一本による焼畑移動耕作と水田による常畑耕作の二型が存在し、オセアニア、メラネシア、ミクロネシアと共通していることから北上した移動したオーストロネシア語族と考えることができます。さらに、我が国で行なわれている水田耕作が台湾本島、琉球列島、南西諸島、八丈島等でも見られることから、人の移動した道と深く関わって伝えられていったとも推定され興味がもたれます。
 一方、中米で栽培化されたサツマイモや南アメリカの熱帯低地で栽培化されたアメリカサトイモなどの渡来は大航海時代に入ってからと推定されています。いずれにしても、中国大陸等との関係も合わせて考えなければならないだろう。
 ヤミ族を始め、熱帯圏で伝統的な根栽農耕を伝承している民族は主要食用植物など、生活に欠かせない多種多様な有用資源に名前を付け、伝承し、伝統的な根栽農耕文化を支えてきたと考えられます。しかし、タロイモは伝統的生活を営むヤミ族の文化を支えている重要な伝統栽培作物でありながら、まだまだ不明な点が多く詳細な作物学的・植物分類学的研究は十分とはいえない。今後、ヤミ族の歴史と共にタロイモを含む伝統的な植物が失われないうちに、人類の共通の財産としてイモ類を始め、伝承されてきた知的財産と共に次の時代へその伝統文化を保全し、伝承して行かなければならないと考えています。
・・・〈国立科学博物館筑波実験植物園〉
 

註(1)ヤミの人々はビンロウの実を噛む習慣がありますが、ビンロウ(Areca catechu ヤシ科)の実が手に入らない季節などに、その代用品としてcipohoの根皮の部分を噛んでいました。ビンロウの実を噛む風習は、東南アジアやインド、さらにマダガスカルに知られ、ビンロウの実をキンマ(Piper betle コショウ科)の葉と石灰(ヤミ族はシャコガイを焼いて作る)を混ぜにチューインガムの様に噛む。ビンロウには覚醒作用がある。
註(2)海の移動や伝統的なトビウオ漁などに欠かせないカヌーの製作は縫合がたで、縫合は縫合する板の断面に両方に小さな穴をあけ木釘をさして、張り合わせるもう一方の板にも小さな穴をあけて差し込みます。隙間にはネワタキZanthozylum integrifoliolumの根に形成する綿状の繊維を詰めて浸水をふせぎます。ガマの穂の繊維を使うこともあります。







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