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生涯学習には見栄はいらない
 
 結局、聞いてみると、将棋はいいけど、負けるのは嫌だと言う。これは容易じゃない。じゃ、負けないのをやればいいという話。生涯学習に見栄を張っちゃいけない。生涯学習は本当に好きなことをやらなきゃいけない。
 ファミコンだっていい。元々、小学生向きにつくってあるから、機械はそんなに強くない。それに負けそうになったらスイッチを切っちゃえばいいわけで、だから絶対負けない。(笑)コンピューターゲームは、律儀に最後まで指してくれるから、全部駒を取られても王様は必死で逃げ回るわけで、人間だったらそういうことはしません。それで、私の父親が「全部駒を取った。王様一つだ。ふふふ」とか、すまして言ったりして。連戦連勝、負けかかったら切ればいいわけですから。
 それで、晩年はそればかりやっていた。それこそ朝起きて、水をまいて、朝ご飯を食べるとファミコンに熱中をして、母親が「お昼ですよ」と言うと、「もうちょっと、もうちょっと」とかなんとか言って、子供みたいに、なかなかお昼ご飯を食べない。この年になって眼が悪くなるわけでもあるまいし、思う存分やらせればいいじゃないかと、日がな一日将棋をやっていた。人から見れば、何やっているんだと言われるかもしれないけど、本人はそれがうれしくて、「いやあ、楽しいな、もうこれは」と言って。私が時々帰ると、「ちょっと見せてやる」とか言って、見に行くと、「ああ、大勝利」とか言って、「よかったですね」と。あれは結構指を動かすし、ぼけ防止にもなりますね。
 
お棺に何を入れる
 
 そんなこんなで、父は天寿を全うして、お棺に何を入れるかという話が出た。ファミコンは焼けないというので、しようがないから一番父が好きだったもの(ファミコンの箱)を入れてといった。結局死ぬまで、これを楽しんで逝ってくれたなと。あのため息ばかりついていた時に亡くなったら、やっぱり最後、こうだったよねというふうにみんな思わなきゃいけないけど、「いやあ、あんな楽しみが最後になって見つかってよかったですよね」ということになる。亡くなってもそう思われるわけだから、生きてりゃなおいいわけで、それで生きている。これが生涯学習というもの。これは皆さん方には釈迦に説法、そんなことはおわかりと思う。
 
子供の頃から文学を
 
 それを子供たちにもやらせようということになると、子供にはそういうことをさせるな、勉強させろというのはちょっと変です。皆さん方だって、今、大体趣味を楽しんでいる方は、子供の頃にその心というのを育てている。六十歳、七十歳になって、まったく今まで音楽を聞いたことのない人に音楽の聞き方というわけにいかない。やはり子供のころから、音楽に親しみ、自然に親しみ、文学に親しんでいくということが大事なことじゃないだろうか。
 ゆとり教育とか何とか言われていますけど、楽しい生きがいを持つゆとりというのは、子供のころから必要。小さい子供が将棋をこれから勉強しようという時に、負けたら全部スイッチを切っちゃうというのは、まずい。やはり上手になるように、負けるのも成長で、負けることもあって勝つ喜びがあると子供に教える。その段階ではもちろん楽しいことだけじゃだめで、両方やっていけなければいけない。でも、楽しいという要素もあるべきだ。
 川柳だって、多分楽しみ方は色々あると思う。入選を目指してやる川柳もあれば、今日一日一句できてよかったな、また明日も作ろうと。いろんな楽しみ方があると思う。
 ピアノの先生というのは、子供向きの先生とか特別いるわけじゃない。ピアノの先生は大体子供に教えているわけで、子供にピアノを教える時は、マン・ツー・マンで教えるやり方が一番いい。大人に教える時は、マン・ツー・マンはあんまり評判がよくない。一対三とか、一対五とかで教えるほうがいい。どうせ周りも同じぐらいだとか思いながら、やったりすると大人の方は、将来、中村紘子みたいになろうなんて思っている人はいないけれども、子供のほうは、こうならなきゃいけない。だから、マン・ツー・マン。
 子供がピアノを弾くのを見ると、何を弾いているかわからない。指の練習のための曲だから、わからない。大人がやる時にあんなわけのわからない曲を弾かせたら途中で嫌になってしまうから、最初から知っている曲を弾けるように、知っている曲をアレンジしてやればいい。本人が弾きたいというのを弾けばいいというと、大体みんな「乙女の祈り」が弾きたいとか言う。(笑)「乙女の祈り」というのはすごく難しいので弾けませんと言うと、そんなのは編曲すればいい話で、簡単に弾ける「乙女の祈り」というのをつくればいいだけの話。それは「乙女の祈り」もどきだけど、でも、何となく「乙女の祈り」を弾いたような気になる。難しければ易しくすればいい。本物の「乙女の祈り」じゃない。本物じゃなくたっていい。
 
いろんな楽しみ方
 
 やはり子供のころから、ルールを守らなければいけないということはある。皆さんだって川柳を楽しんでいるけど、ちゃんと社会の規範を守るような生活をしている。別に川柳が社会の規範を破っているわけじゃないけど、川柳だったら、川柳の上では、ちょっと危ないことも書いてもいいじゃないかみたいなことはある、多分。危ないというか、ブラックユーモアに近いのもあっていいじゃないかみたいなのがあるけれど、日常生活の中では礼儀正しくやるということ。だから、子供たちにもきちんとした規範はある。
 去年から、学校も、先生が杓子定規で何でも教えるんじゃなくて、地域の色々な方々、先生じゃない人たちが学校に行って子供たちと色々なことをやろうということになった。
 
子供達に教えるもの
 
 先ほどもちょっと長官のあいさつのところで申しましたが、関西から日本を文化で元気にしようということで、関西にしょっちゅう行っている。学校に行っている。ちょうど国語の時間で、俳句をやっていた。ああ、いいなと思う。こういうのを学校でやらなきゃいけないなと。それこそ、「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」「山路来て何やらゆかしすみれ草」、みたいなことをやっている。俳句はいいですよ。子供たちに先生がどんな気持ちかなとか言って。答えはないですね。先生も教えていましたよ。俳句というのは――川柳もそうでしょう――つくった人にはつくった人の思いがある。だけど、読む人が必ずそれと同じことを思わなければいけないわけじゃなくて、読み取る側の受け取り方でこういうのもあっていいだろう。しかし、あまり極端に離れた受け取り方は、受け取り方を間違っていることになるよねと。今、私たちが子供に教えているのはそういうことだ。
 必ずこうなるということだけじゃなくて、自分の解釈でそういうことができるということもあるということを教える意味で、漢字なんか教えるときは、この漢字は場合によって書き方を変えてもいいとかそういうわけにはいかないから、それはちゃんと正しいのを教える。しかし、そういう授業だけじゃだめなわけで、国語の授業でも、作者の気持ちはどうでしょうかって、これ一通りしか答えがないとかいうことやっているから、みんな、頭が窮屈になっちゃうわけだ。
 
小川はさらさら
 
 昔、氷が溶けると何になりますかと言って、水になると答えなきゃいけないのに、春になると答えた子供がいて、それはバツがついたみたいな話になっちゃう。そういうこととか、小川はさらさら流れると書かないとバツになっちゃうと。「春の小川はさらさらいくよ」だけれども、つるつる流れるとかいうこともあったっていいわけで、正解はさらさら、それ以外はだめ、みたいな授業をやっていくと、非常に考え方がみんな硬直化してしまって、後で申し上げるけど、非文化的な考え方になる。小川はさらさらじゃなきゃいけないという考え方は非文化的で、小川の流れ方は、さらさらも、つるつるも、ひょろひょろも、いろいろあるということをやっていかなきゃいけない。川はさらさらとか決まっていたら、川柳でも俳句でも、終わってしまう。さっき言った正岡子規はもう滅びると言っていたらしい。言葉の限りたった十七文字の中に入れるのなんて、順列組合せでいっていたって大概限りがあるから、近い将来、全部盗作、全部昔にその句はあるよと言っていたけど、あの予言は見事に外れて、未だにまた新しい俳句が生まれているのは、例えば新しい言葉が生まれてきたり、新しい感覚が生まれてきたりするからで、必ずこうじゃなきゃいけないなんていう話じゃない。
 「春の海ひねもすのたりのたりかな」というのをやっていた。先生が「みんな、のたりのたりというのはどんな感じか表現してみよう」と言うと、子供が「のたりのたり」とか言って。(笑)いろいろやるわけ。色々、「のたりのたり」とか、「のったりのったり」という子も色々あるけど、「のたり!のたり!」とか、これはちょっと違うんじゃないのかというふうな話をしている。これは違うけど、のたりのたりの感じ方には、いろんなのたりのたりがあるということを言っている。
 子供っておもしろい。二十九人が二泊三日の修学旅行をやって二十九句つくったが、同じ情景を歌った句がほとんどない。別に示し合わせているわけじゃないけど、みんな違う場面を描いている。本来、子供はこうなのに、今までだったら、「はい、今日は修学旅行から帰ってきました。どこがよかったですか。やっぱりクライマックスはあの金毘羅山に行ったところです。さあ、あそこを思い出して俳句をつくりましょう。」というのが今までの国語の授業で、みんな金毘羅山の句をここで作ることになる。
 何だっていいと言うと語弊はあるけど、何だったっていいというのは、でたらめでもいいという意味じゃない。こうじゃなきゃいけない、ああじゃなきゃいけないという窮屈さが、それが好きだという人はそれでいい、窮屈が大好きだという人も世の中にいる。数学パズルが趣味だなんていう人もいる。そういうのはあっていいけれども、自由に何でも五・七・五、それも少し字余りとかあってもいいなということの中で、思うことを言うというのは、まことに結構な話じゃないか。それが文化というものである。
 
色男金と力はなかりけり
 
 今、文化庁で一番はやっている川柳、これも川柳なのかな、川柳じゃないかと思っているけど、「色男金と力はなかりけり」。(笑)これは長官もよく言うし、私なんかしょっちゅう言っている。「色男金と力はなかりけり」。
 何で今、文化庁でそういうことを言っているかというと、文化庁というのは色男だと言っているわけで、金も力もない。大蔵省みたいに金もない、経済産業省とかそんな力もない。金も力もない。じゃ、金も力もない文化、つまり、「色男金と力はなかりけり」となる。金があるとちょっともてそうで、力があるともてそう。でも、色男というのは、金も力もないのにもてる。金も力もないのにもてるということは、何があるのかという問題。色男には文化があったんじゃないだろうか。(拍手)
 「まあ、すてきな川柳をつくる人ね」とか、「あの人と話しているとなかなかおもしろい」とか、「あの人はとても優しくて気配りがいいからねえ」みたいな話で色男というものは成立していくわけで、金も力もないのに色男である人というのは、何かがある。それが文化。
 ここに来る途中、飛行機に乗ったり、列車に乗ったりしてきたと思いますが、今は大概のところにエスカレーターとエレベーターがあって、体が不自由でもお年寄りでも階段をこんなに上がらなくていい。バブルの頃はめちゃめちゃ金があったのに、エレベーターとかエスカレーターを作ろうなんていう気はさらさらなかったから、あの頃はどんな大金持ちだってはうように階段を上がらなきゃ新幹線に乗れなかった。どっちがいい世の中かって。あのころは確かに金があって、銀座で豪遊できた、何とかかんとかって言うけど、リストラの恐怖もなかったとか言うけどねという話。
 
漫画も文化
 
 この間、漫画でこういうのがあった。漫画も文化だから。漫画で、金がないから不幸だという漫画があったっておもしろくも何ともない。裏をいって初めておもしろいわけだ。川柳だって、「親孝行それが一番大事だよ」とかいったって、あんまりいい句じゃないななんて、やっぱりそうじゃない。ちょっとひねってあって、「孝行のしたいときには親はなし」とかいうから、これはなかなかいい句だなということになるわけで、ひねりが必要、それが文化というものだ。
 
文化力が必要
 
 今日お配りしている資料にもある、文化庁が文化力と言っているのは、経済力だけじゃだめよという話。経済力も大事だけど、文化力と経済力の両方が必要だ。何でこんな不況の時に言うという方もいますが、不況だから言うと言いたい。バブルの頃そういうことを言ったってだれも聞き耳なんて持たなかったじゃないですか。「落ちついて文化を考えてみょう」「ええっ、金で解決しよう、金で解決。えっ幾ら?それまた幾ら上がるの、この絵を買ったら」絵なんか全部投機の対象で、あのころ日本人が買いあさった絵は全部なくなった。あのころ世界のゴッホだ、ルノアールだとか、すごい量の絵が日本に来ていた。今、全くなくなっている。みんなまた買ったときの半分ぐらいの値段で売らなきゃいけなくなり、半分でも売りたいというので、何のためにあのとき集めたのか、ただ金もうけのために集めていただけで、「これ、どれだけ値上がりするの?」みたいな話。これも落ちついて考えてみればいい。
 平山郁夫先生が言っていた。「自分の絵に何千万なんて値がつくのは、そらおそろしいことだ。絵の具代は十万円しかかかっていない。絵の具代十万円しかかかっていないものに何千万というお金がかかる、その恐ろしさというものを忘れてしまうとえらいことになってしまう」そうは言っても、あんた、何千万で売っているじゃないかと言いたくなるかもしれないけど、平山先生が何千万で売るということはあり得ない。売られていくうちにこういうふうになっていくことだし。それから、平山先生のところには確かに巨額のお金が入っていることは事実で、ここだけの話。(笑)でも、平山先生はそのお金を何に遣っているかというと、アフガニスタンの内戦で壊れた石仏の修復とか、北朝鮮のあそこの自然遺産、北朝鮮の文化というものを世界に広げることによって、北朝鮮というのも何もミサイルばかり売っているところじゃなくて、文化というのがやっぱりそこにはあるというのを示すのは、ほとんど平山先生の私財を投じてやっている。外務省なんか金を出していない。それでやっていっている話です。
 
日本は文化の国
 
 何が文化なのかということをみんな考えていかなきゃいけない。そうすると、金と力さえありゃいいのかよという話。まず金と力のほうが先みたいなことを言うが、実は今日は先輩が大勢おられるから、そんなのは知ってると言われるかもしれないけど、私位の年代だと知らないから調べてみると、戦後間もないころ、大体これ、憲法とか教育基本には書いてある。日本は文化で身を立てていく、日本は文化の国にする、民主的で文化的な国家にすると書いてある。金もうけの国にするなんて言っていなり。文化の国にする、文化で世界の平和に貢献すると言っている。
 平和というのは文化がなければできない。戦前の日本には金も力もあった。少なくともアメリカといい勝負ができる位の金と力があった。けれど文化がなくなっていた。戦争が始まる前、どうしてなくなったかというと、日本中で鬼畜米英、戦争を始めろとみんな言っていたか、そう言わなければ生きていけないか、どっちかの社会になっていた。それは今の北朝鮮や、フセイン大統領がやっていたころのイラクと同じ。ああいう国々は危ないというのは、戦前の日本や戦前のドイツがそういう国だったから、そういう国というのは、隣近所あるいはよその国と戦争を起こす確率が極めて高いから、何とかしなきゃいけないとみんなが思うという理屈になっている。
 
以下紙面の都合上割愛させていただきます。
(テープ起こし・本田智彦)







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