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[3]事業者・関係機関の取り組み
 
 次に事業者や関係機関による取り組みということで、携帯電話の使用についてや、車内犯罪の抑止など、マナー向上を目指すポスターや案内放送などがあります。携帯電話使用のルールについては、最近、首都圏では、優先席付近では電源を切る、その他の席ではマナーモードに設定するけれども、通話はだめですよという統一の対応が動き出しました。
 こういうマナー向上のポスターとか案内放送など、あまり効果はないのかなという気がしていたのですが、今から10〜15年前に携帯電話が出始めた頃を思い出してみると、携帯電話を持っていることを自慢するかのように使っていた人も結構いたと思うんです。それが今は、社会的な常識の線はこれまでと、暗黙のルールが少し出来上がってきて、使っている人はルールを破っているという自覚を持っている状態にまできています。
 これはやはり、公共交通機関の努力ということが言えると思います。非常に多くの人がほぼ毎日使う公共交通機関は、実は社会の常識を作る力を持っていると言えるのではないでしょうか。この力を、公共交通の関係者はもっと意識していいのではないか。
 それから、女性専用車両の設定ですが、ここ数年で数多くの事業者で取り組みが始まっており、福岡地区でも西鉄で本格導入が始まったと伺っております。利用者からの反応も概ね好評とのことです。ただ、これはある事業者の方から伺った話ですけれども、「女性専用車両を設定するのは、実はとても恥ずかしい。外国の人には見せたくありません。」というお話もいただき、印象に残っております。
 
図7 職員や鉄道警察隊による巡回
 
 こちら(図7)は職員や鉄道警察隊による巡回ということで、まず、左側のサービスマネージャーというのは、セキュリティ対応というよりは旅客サービス向上の面からのアプローチですが、京阪電鉄の例で、駅のスタッフが案内所にいるという形ではなく、無線のヘッドセットを耳につけ、連絡を常に取れる状態にして駅の構内を巡回しています。
 右側の鉄道警察隊は、各都道府県ごとの個別の活動になっていまして、活動の中心が犯罪の摘発に置かれており、平常時からの抑制は、あまり手が回っていないようです。交通事業者は個別に自社路線の沿線にある所轄の警察署や、バス事業者の場合ですと高速警察隊とも関係を作り上げていかなくてはいけないという状況におかれています。
 札幌市の地下鉄では車内や駅の巡回を、民間の警備会社に委託しています。
 また、警察とは別に、横浜市では市民から公募して、駅ボランティアという取り組みも始まっています。
 こちら(図8)は施設の設計によって対策を行なう例で、左側がJR札幌駅の通路です。エレベーターや階段を囲む壁がガラス張りのシースルーになっています。全体として死角が少なく見通しのよい空間を作っています。
 右側の写真は同じ札幌の地下鉄のホームですが、全身が映る大きな鏡が貼ってあります。これは列車への飛び込み自殺を抑制しようと、心理的な効果を期待して設置をしているものです。
 
図8 施設設計による対応
 
 こちら(図9)はベルギーに本部がある、交通事業者の国際団体であるUITP(国際公共交通連合)で、欧州各国の取り組みが紹介されています。
 一つ目が女性が不安を感じずに乗れること。不安や恐怖の感じ方には男女差があり、しかもセキュリティを議論する段階に女性の参加が少ないので、女性の心理や視点が反映されていないという指摘がされています。
 二番目はイギリスの鉄道施設における犯罪、及び不安感への対処で、犯罪の発生や不安感を作る要素には、施設や空間の設計、あるいは維持管理が大きいというものです。
 三つ目がフランスのRATP(パリ交通公団)のコミュニケーション戦略で、こちらもマナーやセキュリティ水準向上についてのキャンペーンを実施したものですが、重要なのは現場と本社、社内の各部門間の対話、利用者、専門家の話を聞くことで、その結果、広報活動や情報提供の位置付けが変わってきているという話です。
 
図9 海外での取組事例
海外ではかなり以前から検討
 
 最後に、ベルギーでのバス車内での暴力対策。ハード的にはバス車内の撮影、運転手を守るガラス防護壁、GPSによるバスの位置情報把握といった対策ですが、それ以上に、専門家による職員の研修、スタッフ、あるいは沿線の高校生ボランティアによる同乗、乗客との対話、沿線の警察や自治体との状況認識の共有、そういったソフト面が非常に重要であるという指摘がありました。
 事業者各社ではこういったさまざまな対応策の取り組みを進めているところですが、いくつか気になる所もございました。非常通報システムに代表されるような施設、設備の導入による対応策について、利用者にどこまで理解されているだろうかという点です。四つあげました。
 
 
 一つ目に設備の配置・操作手順についてです。韓国の地下鉄火災の際も注目されましたが、非常ドアコック、消火器、インターホン、そういった緊急時に使用する設備、システムがきちんと配置されているのはいいんですが、それが車両や駅のどこに配置されていて、どのように操作するのか統一されていない。
 例えば自動車はどのメーカーであっても、同じ場所にあるスイッチやレバーを操作すれば運転できるように、どの路線のどの車両に乗っても、緊急時に使う設備を同じ配置や同じ操作に出来ないだろうか。今は残念ながらそうはなっていないわけです。それから二つ目に、通報システムの機能や接続先について、そのシステムがどのように働き、どこの誰に繋がるのか説明不足の場合があると思います。
 例えば、争いごとが駅のホームで起きて係員を呼びたいとき、非常通報ボタンとあったので押したら列車も停まってしまった、逆に本当に必要なときに利用者が使うことをためらってしまわないかといった問題もあると思います。
 三つ目に監視カメラが増えていますが、これも、人が常時見ているのか、記録するために録画をしているだけなのか、利用者にはわかりにくく、改善の余地があると思います。
 四つ目に緊急時の避難誘導についてですが、駅やバスターミナルから、あるいは車内から、どのように、どのような場所まで誘導してもらえるのか、建物の外までで終わりなのか、最寄りの避難場所まで誘導してくれるのか、避難訓練は無理だとしても、大まかな流れを利用者に情報提供してもいいのではないかと思います。
 
図10 利用者と事業者との間にあるギャップ
 
[4]課題と対応の方向
 
 最後にこれまでの結果を踏まえて、課題と対応の方向です。
 まず、利用者と事業者との間にいくつか認識の差が挙げられます(図10)。利用者は、より使いやすくわかりやすい設備への改善。職員など、人による対応や人にみてもらえているという安心感。今までよりもう一段階詳しい情報提供といったものを求めています。
 一方で事業者側は、設備はすでに導入されて対策は基本的に済んでいる。人件費等のコスト増加。細かい情報提供を行なうことで、かえって自社のサービスは危険なんだというイメージを持たれてしまわないかという不安。こういった認識があると思います。
 ただ、両者の差を放置したままだと、公共交通に対する信頼感が低下してしまうのではないかと思います。
 公共交通のセキュリティに関連して、事業者が抱えている制約あるいは課題、悩みといったものについてご紹介します。
 一つ目はコスト削減との兼ね合い。重要性は認識しているものの、現在の環境下では、セキュリティ分野という、短期的には利益に結びつかない対応方策は、組織の中では検討課題としてなかなか進みにくいということがあります。
 二つ目がイメージ悪化への不安。避難方法などの情報を利用者に出すことで、かえって危険で恐いというイメージを与えないかという懸念から、広報や情報提供が消極的になってしまいがちです。
 三つ目に、責任の所在。現在、セキュリティ分野での事業者、関係機関、利用者の責任分担、役割分担は、まだあいまいな部分が残っており、下手に動くと自分達の責任になってしまうのではないかという懸念もあって、動きにくいところもあると思います。
 四つ目に各主体、相互での共通認識、危機感の共有といったものがまだ不足していると思います。運輸局、自治体や警察、消防、救急とか、関係機関との間に平常時からの議論の機会がなかなか取れない。連絡協議会が形式的な場になりやすい、という点があります。
 ここまで挙げた課題に対し、対応の方向として、四点をあげました。(1)設備、システムの拡充、(2)人的対応の強化、(3)利用者本位の情報提供、(4)役割分担の明確化です。
 







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