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6. 地域分割
 高速道路の経営は現在、日本道路公団、首都高速道路公団、阪神高速道路公団、および本州四国連絡橋公団の4公団で行われている。民営化後、経営がどのような規模で行われるべきかも大きな検討事項であった。
 
会場風景
 
 
 公共事業の民営化の先例である電力、国鉄、電信電話では地域による分割が行われてきた。これらのいずれにおいても地域的には市場は競合せず、地域独占の状態にある。にもかかわらず、サービスや価格において何らかの競争が生まれた。また、本社から各地へのきめこまかい対応も可能となり、分割による管理機構の増加という欠点を補って余りあるメリットが生ずると期待される。委員会では東日本、中日本、西日本、首都、阪神と5つの地域会社に分割する案が出された。その分割の地域的な細部をどのようにするかは各会社に含まれる路線の収益、債務などの状況を勘案して詳細に検討し、実務的に決定すべきと考える。
 企業規模や人的集積の大きさが機能的な影響を及ぼすような業務はもちろん地域分割によってマイナスの影響を受ける。研究開発や海外事業などがその代表的なものであろう。すぐれた技術水準の確保は重要であり、技術者の会社間の流動性の確保もその特色ある能力を最大限に発揮されるためにも必要である。料金収入を資金とする内部補助で建設費の相当部分をまかなう場合には、分割された会社間で負担能力の格差が生ずる可能性があるので、3. で述べた機構のような組織で資金の一元管理がなされることが必要であろう。
 ともかく、地域分割のもたらすデメリットをなくすためには、鉄道などの先例を踏まえて、必要な体制の整備が行われなければならない。しかし、これらの点についての検討は十分になされないまま、委員会の最終報告たる意見書が作られたのは悔やまれる。
 
7. 高速道路の利用料金
 わが国の高速道路の利用料金はいわゆる償還主義と公正妥当主義と呼ばれる原則に基づいて決められている。すなわち、料金は全高速道路の建設費と維持管理費を一定の期間内に償還し得るものであり、しかも他の公共料金などと比較しても社会的、経済的に認められるものであるとしている。その額は現行では日本道路公団で24・6円/kmとしている。
 この額は一般の利用者にとって高額であり、その値下げが期待されるのはもっともであるといえる。特に料金による抵抗のため、十分に利用されず、投下した資源に見合う効果が生まれないなら、これは国民経済的にもきわめて大きな損失と言わねばならない。このような損失は死重損失(dead weight loss)として、百数十年前のフランスの土木技術者によりすでに認識されていたといわれる。このような路線においては、大幅に料金を下げて利用を増し、その結果、産業開発や生活の向上など波及的効果を生み出すべきである。
 一方、路線によっては混雑が顕著なものもある。このような路線で料金を引き下げることは一層の混雑を生み出しかねず、せっかくの高速道路の効果を損なうのである。混雑による渋滞と円滑な流れとの差は交通量では数パーセントの差で生ずるとも言われているからである。
 したがって、道路の利用料金は全国一律に引き下げるべきものではなく、路線の実績に応じて柔軟に設定すべきである。高速道路の多くは赤字で、黒字路線は少ないと言われることがある。しかし、赤字の路線の多くは交通量が1万台/日以下であり、また路線の平均長さも100km程度ときわめて短いのに対して、東名・名神をはじめとする黒字路線の断面交通量は5万台/日を軽く超え、しかも路線長が長いのである。交通量の多い路線は、利用者余剰が大きいからこそ利用されるのであるから、これらの路線では直ちに利用料金を引き下げるのでなく、地方などで特に利用が少なく、波及効果が生じていない路線でこそ大幅に値下げすべきと考える。
 
講演風景
 
 にもかかわらず、民営化当初より10%料金を下げるとの案が最終報告では示されている。しかし、これでは債務の返済はできても、料金収入を用いての建設は今後ほとんど不可能になる。これを考えるとき、筆者らは料金を柔軟に設定し、利用の多い路線では当初は据え置きして、利用の少ない路線で大幅に値下げをして交通量の増加を図るべきとした。それである限り極端な収入減にもならないのである。
 なお、道路会社の徴収する料金は上限のみを抑えたいわゆるプライスキャップとして決め、現実の料金はその範囲内で会社が自主的に設定して徴収すればよいと考える。
 
8. 本州四国連絡道路の取り扱い
 これも1つの意見対立点であった。本州四国連絡道路は、昭和48年から平成5年にかけて3つのルートが順次建設された。人口約400万人の四国との連結のために、短期間に巨費を投下して架橋したことは、国民経済的に適切な資源配分であったとは言い難い。このような批判は十分正当であるとしても、すでに完成した道路はこれを有効に活用して、可能な限り地域振興に役立つような政策が採られるべきであるのは言を待たない。
 そのためには、料金抵抗が大きい利用料金を可能な限り大幅に下げ、潜在需要を顕在化することが必要である。また同時に観光客誘致や産業立地につとめ、新たな需要を開発することが必要である。
 しかし、本四公団の平成13年度の収入は843億円であり、これは1499億円に達する管理費と金利を支払い得るものではない。ちょうど、民営化以前の国鉄と同様な状況に陥っているのである。したがって、この3つのルートの経営を将来的に安定させるには、さし当たっての公的な助成措置は欠かせない。民営化委員会で同意された助成策は、債務の一部を国で負担し、さらに国および直接的な受益者である地元が出資を延長し、有利子負債を減らし、料金を下げるというものであった。
 これに対して、地元からは新たな負担への不満、そして、全国的には地域的交通に資することが主な本四に対して、債務を国がこれ以上負担することへの懸念が呈せられた。しかし今後、料金の値下げがなされ、地域に開発効果が生じることを考えれば、地元によって応分の負担はなされてもしかるべきであるし、また本四の橋の有する国民共有の財産としての価値を考えれば、国全体での負担も容認されるべきと考える。
 今後はこれを経営する道路会社と地元が一体となってその有効活用に努力を注ぐべきである。スコットランドのフォース橋、サンフランシスコのゴールデンゲート橋、シドニーのベイブリッジなどはその地を代表する観光名所であり、また国民の誇りとする技術資産である。世界最長の明石海峡をはじめとする本四の橋梁群が、それが架かる瀬戸内海のすぐれた景観とともに、未来の永きにわたって内外の人々を惹きつける貴重な国民資産となることを心から願うのである。
 
9. 道路会社の完全民営化
 
図−4 意見書に示された債務返済と建設資金の推移(左図)
図−5 筆者の提案した債務返済と建設資金の将来(右図)
 
 新たに設立される道路会社は保有・債務返済機構から道路を借り受け、貸付料を支払って債務を返済するのである。多数意見として示された意見書の案では、道路会社は道路を10年後を目途に買い取り、その後すみやかに株式を上場して完全民営化を図るとしている。しかし、たとえ新規の建設投資を一切止めてそのキャッシュフローを債務の返済のみに当てるとしても、10年後では全体での債務はまだ約30兆も残っていることになる。そのような膨大な債務をかかえた民間企業に、どのような金融機関が借り換え等のために必要とする巨額の資金を融資するのであろうか。産業再生委員会でも財務健全化の基準として、有利子負債がキャッシュフローの10倍以下としているのである。
 
 
 加えて、民間企業として資産を保有するのであれば、当然、法人税、固定資産税など公租公課の負担もまぬがれない。しかも意見書で述べる案では、利用料金は全体で10%下げる、すなわち収入は10%減少させるのであり、また債務の返済も40年としているのである。そのような状況では新規路線の建設は言うに及ばず、会社の成立さえおぼつかないと言わざるを得ない。一部の委員により委員会で当初強く主張された条件、すなわち交通量の伸びなし、という条件の下に、元利均等で40年間で返済するとしたとき、その財務状況のおおよそを推測して図示すると図−4のようになるとみられる。
 ちなみに筆者らの主張した案、すなわち債務の償還は50年、新規路線の建設は早期に進め20年以内でほとんどの建設は終えるとすると、その投資可能額と債務残高は、交通量一定、金利4%で図−5のように推移することになる。ここでは当座はキャッシュフローは主として金利の支払いと建設投資に充当し、投資額の減少とともに元金の返済を増やしてゆくものである。また料金は交通量が5000台/日以下の路線は現行の50%、10000台/日以下では75%とし、需要の料金弾力性を加味している。これでみると、現在の投資額約9000億円を毎年削減して20年後で1000億円となるようにしても、50年での債務の返済は充分可能であることを示している。
 このような長期にわたる債務の返済にはもちろん不確定性によるリスクが伴う。予期しない需要の変化や金利の変動などである。したがって収益、債務残高、投資額などは常に監視し、必要に応じて投資額をコントロールするなどの対処を可能にして、着実に債務が返済されるようにしておくことが必要である。その意味で定常的にチェックを加え、適確な対応を勧告する新たな第3者機関が、市場の監視に委ねられる完全民営化までの間は必要である。
 
10. むすび
 はじめにも述べた如く、高速道路事業がここまで進展した現在、その事業の効率性を高め、また巨額の債務の着実な返済を図るためには、民営化という抜本的制度改革は必要であると私は考えている。しかし、その民営会社の自由で有利な企業活動を期待するあまり、拙速な完全民営化を描くべきではないと考える。それはきわめて実現が困難な虚像を示すに終わるからである。進展したとはいえ、まだ高速道路の整備は不充分であり、その恩恵にあずからない地域の住民も3000万人にも達するのである。新たな建設を止めて将来にわたる国民経済的な損失を招き、地域間の不調和を生み出してはならない。
 このように見るとき、債務の返済を確保しながら料金収入を用いての高速道路整備を今後とも進め、かつ民営化により高速道路事業全般の効率化を図ることが、現在と未来のわが国の国民にとって最も有益である方向と考える。いく度か自問自答の上、私はこのような結論に確信を持ち、その旨を委員会では主張し、今もまたこのような方向へ現実の改革がこれから進められることを期待している。
 しかし、同時にこのように最も合理的であり、すぐれた改革が実現する途であると私が考えるにもかかわらず、委員会では少数意見であり、またいくつかのマスコミ等では支持されなかったのは何故かと考えずにはいられない。高速道路といわず、多くの社会資本が充実してゆく中で、国民の社会資本から受ける限界効用はかつてとは比較にならないまでに減少している。また、人々の多くは将来への投資より、現在での欲求の充足を求めるのもまた致しかたない。加えて、土木事業をとりまいて生じてきた多くの非合理や不祥事が建設事業全般に対しての拒否反応を増やしていることも否めない。
 
 
 こうした環境の中で醸成されて来た世論にも囲まれての議論であったといえる。このような世論が少なからぬ割合をもつ中でこれからも必要な建設事業を進めるに際して、私たちがなすべきことは、行うべき事業はその必要性を国民の多数が納得できるようなすぐれた分析的な評価方法を作り出し、その過程と結果を透明性高く示すという地道な途しかないと考えるのである。
 最後に、この委員会での議論のすべては首相官邸ホームページにアクセスすれば、道路関係4公団民営化推進委員会の議事録として見ることができることを付言しておく。
 
参考資料
意見書:道路関係四公団民営化推進委員会、平成14年12月6日
意見書参考資料:道路関係四公団民営化推進委員会事務局
 
 基調講演後の質疑応答では、中村講師より次のような感想をいただきました。
 
 コロキアムというのは、みんなで討論しながらやっていくものです。たくさんの参加者の皆さんから、いろいろなご意見をいただいて、私もいろんなことを付け加えさせていただいて、コロキアムにふさわしい内容になったのではないかと思いました。
 私共、運輸政策研究機構では8年間コロキアムをやっています。最初は50人くらいだったんですが、増えていって多い時は300人位で、会場に入りきれない程です。やっているとだんだん、皆に関心を持っていただいて、その問題についての皆の認識も深まるし、知識も増えるということで、続けていただきたいと思います。
 九州では交通が枢要な基盤であり、産業です。例えばオランダでは、何もない国なんですが、あんなに大きい顔をして欧州有数の所得をあげて、しかも低い失業率を誇っています。15世紀からずっと、交通をベースにしてやっているからです。ですから、九州も道路だけではなく、鉄道や港湾も皆で検討してやっていければ良いと思います。
 
平成15年度 九州運輸コロキアム 今後の開催予定
日時 場所 講師 テーマ
8 7月17日(木)
15:00〜17:00
北九州市
ステーションホテル小倉
(株)日本総合研究所
 研究事業本部
 上席主任研究員
 岡田孝氏
新北九州空港の活用方策について
9 11月中旬 熊本市 日本政策投資銀行
 地方開発部 調査役
 島裕氏
地域交通事業の経営の現状について
10 2月中旬 福岡市 (財)運輸政策研究機構
 運輸政策研究所
 高木晋氏
公共交通におけるセキュリティについて







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