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第7回 九州運輸コロキアム
Kyushu Transport Colloquium
 
高速道路の民営化について
 
(財)運輸政策研究機構 運輸政策研究所 所長
中村英夫氏
 
 
日時 平成15年4月17日(木)
場所 ホテル日航福岡(福岡市博多区)
主催 (財)九州運輸振興センター
 
 基調講演は「道路公団4公団の民営化推進委員会の議論と私の考え」(土木学会誌第88巻第3号)に基づいて行われました。本文は、中村講師と土木学会の了承を得て転載しました。
 
1. はしがき
 昨年6月に道路関係4公団民営化推進委員会委員に首相により任ぜられ、私は以降約半年にわたりこの委員会での検討に参画してきた。委員会の検討課題や委員構成が政治的な関心を惹いたこともあって、ここでの討議はきわめてジャーナリスティックに新聞、テレビ等で報道されたので、本誌の読者の方々も議論の大筋はご存じのことと想像する。しかし、これらの報道において詳細が示されなかった考え方や分析も少なからずあったことも事実である。
 私は土木工学、中でも土木計画学の分野に長年関わり、その教育と研究に携わってきた。土木計画学は土木工学の他の分野に比べるときわめて新しい分野であり、研究成果の蓄積も必ずしも多いとは言えず、未熟とも言える学問分野である。しかし、その目指すところは、社会的厚生の向上のため、どのような社会資本を、どのような方法により整備するべきかを見出そうとするものである。そのため、現実の計画課題の検討に参画を求められた機会には、同学の士とともに検討に必要な計画学での知見を示し、その現実への適用を試みてきた。しかし、今回のような7人だけの委員から成る会議を延べ130時間という長時間にわたって続け、しかもマスコミ関係者に完全に公開されるという状況下で、土木計画学に基礎を置く知識や考え方を披露し、また適用したことは初めての経験であった。この分野の研究に無縁であることはもちろん、土木事業全般についてきわめて批判的な見方の持ち主がほとんどの委員たち、そして陪席したジャーナリストに対して、私は極力、道路をはじめとする社会資本の特性や意義について説明を加えて来た。結果的には、私の同意する案が最終的に認められるまでには至らなかったが、そこで主張した多くの点は、今後の改革の実施の中で活かされてゆくものと確信している。そのように考えるとき、こうした経験を、さまざまな土木事業の計画に今後とも関わる本誌の読者に、正確に伝えておくことが必要と考えるので、ここに、この委員会で私が主に関わった検討課題を中心に、私の考えたところを述べ、また委員会で最終的に出された意見書の考えとの違いをも明らかにしておくことにする。
 
2. 基本的な目標
 私は基本的には、政府の決定した道路4公団の民営化は進めるべき方向と考える。その際、平成13年12月の閣議決定から見る限り、本委員会に与えられた課題は次の4つの目標にまとめることができると考える。
(1)4公団全体で約40兆円に達する債務を50年以内に確実に返済すること。
 この債務は4公団が高速道路の建設のため、主として資金運用部より財政投融資として借りたものである。この資金は郵便貯金や厚生年金の掛金などとして国民が国に預けた金であり、これを着実に返済してゆくことは、この国の金融と国民生活の安定確保のため必須である。
(2)必要な高速道路は可能な限り既設の高速道路における料金収入を用いて建設すること。
 過去40数年にわたりわが国の高速道路は、既存の高速道路からの料金収入でもって、借り入れた建設資金の返済をしながら、建設が進められてきた。その総延長はようやく約7000km(平成13年度末迄・日本道路公団高速道路のみ)に達した。しかし、わが国の高速道路は十分満足できる域に達したとは言い難い。わが国より少し狭い国土に約12000kmの、しかもすべてが4車線以上の高速道路をもつドイツと比べるまでもなく、わが国ではまだ高速道路が不備のため、不便であったり混雑が生じたりして、生活上の格差が生じたり、産業の発展が阻害されている地域は、地方、大都市圏を問わず少なくない。
 
 
 自然的にまた社会的に、さまざまな条件で地域間の格差の大きいこの国で、必要な高速道路を各地に作るためには、先発の地域での収入でもって後発の地域の建設をまかなうのは国土計画的にみて当然であり、また道路の利用者がそれを負担するのもきわめて理にかなった方法であると言える。
 ただ、こうした内部補助が際限なく行われ、ある地域やグループが強く要求するがために、必要性の乏しい道路まで作ることは許されてはならない。
(3)高速道路の建設、管理、運営のすべてにわたり、社会的、かつ財務的な効率を高めること。
 永年にわたる高速道路事業の経緯とその拡大とともに、費用対効果、費用対収入の両面にわたり、意識しないままに事業の効率性の低下が進んだことは否めない。民間経営の視点に立ち、また社会的監視を進めながら、事業効率の大幅な改善を図ることが必要である。
 
来賓ご挨拶 九州運輸局長谷口克己氏
 
(4)通行料金を柔軟に設定し、利用がなされない路線については料金値下げを行い、道路の有効活用を図ること。
 国民の大多数が通行料金の引き下げを望むことは当然である。しかし、全国一律の引き下げは高速道路事業全体の将来を危うくするし、また路線によっては一層の混雑を招きかねない。一方、通行料金の抵抗のため、利用が少なく、せっかく投入された資源が有効利用されない路線も少なくない。このような路線では料金を大幅に引き下げて、所期の効果が実現するように図るべきと考える。
 現在の道路4公団体制の下で、例えば日本道路公団の料金収入は年間約2・2兆円であり、管理と金利支払いに要している費用は約1・2兆円で、キャッシュフローは約1・0兆円に達する。本四公団は債務を約3・8兆円抱え、さらに年間収入から管理費と業務外費用を差し引いたキャッシュフローは-655億円に達しているが、他の2都市道路公団のキャッシュフローは合計約1160億円である(平成13年度決算)。したがって、たとえ現行の体制であっても、新規投資を止めれば40兆円の債務といえども、これを50年の償還期間内に返済するのは容易であるといえる。しかし、委員会が求められているのは、上記の4つの目標のすべてを満たすことができる改革である。そのために民営化という抜本的制度変革のもとで最適な方策を見出そうとしたのである。
 このような目標を達成しうる改革案として筆者らが考えた案について先ず述べてみる。
 
3. 全体の組織形態の案
 高速道路は言うまでもなく社会資本であり、一般の私的な財とは大きく異なる特性を持つ。したがって、その価値は採算の良否でのみ評価されるべきものでなく、社会的な有用性を十分考慮して評価されるべきものである。しかし、効率性改善のための有効な方法として民間会社によってこの事業を進めようとするとき、どのような形態をとれば民間企業として成立しうるのかは枢要な議論であり、採算性はその鍵である。民間企業として経営が可能であり、しかも着実に債務の返還がなされる方策として考えられたのが図−1に示される形態である。すなわち民営企業たる道路会社は既設の高速道路の経営を担い、利用者より料金を徴収し、維持・管理等を行って良好な道路サービスを提供する。道路資産は新たに設けられる道路保有・債務返済機構が所有し、道路会社はその利用権を得て、その対価として貸付料を機構に支払う。機構は道路4公団がもっていた債務を引き継ぎ、貸付料の中から返済を行い、50年以内に完済する。機構はまた貸付料の中から新規投資に向ける資金を確保し、道路会社に支出する。これを補助金として道路会社は計画中の新たな路線の建設に当たる。道路会社はこの補助金と将来のこの路線からの収入をもとに建設資金を確保し、新規路線の建設が企業経営上、合理的であると判断すれば事業を進める。その際、国との間でその担うべき事業の範囲や方法等について詳細な契約を行う。
 
図−1 全体システムの基本構成
 
講演中の中村英夫氏
 
 こうした民間会社による高速道路の建設および経営はフランスやイタリアでもコンセッション方式として実行されており、ここで提案された案もそれに類似するものであった。
 新会社でなく公的な機関である機構に資産と債務の両者を持たせる方式としたのは、巨額の債務を持つのでは新会社が成立し得ず、また法人税、固定資産税等の公租公課の大きな負担を軽減するためであった。
 この案の原案は、私がそれまでの委員会での議論をもとに組み立てて提案した案であったが、8月の中間報告の時点では大方の委員により賛成され、委員会案として出されたものであった。しかし、程なくこの案は一部の新聞等で新規建設を従来通り際限なく進める案であると批判される。これにつれ、委員のうちの少数は新会社が資産をもたないことに一層強く反対し、また多数は機構から新規建設に資金が支出されることに反対するようになった。この議論はその後も続き、この取り扱いへの意見の差は最後まで埋まらなかった。
 
4. 新たな高速道路建設
 現在すでに供用されている高速道路の延長は約7000kmであり、それに加えて約2300kmの路線について整備計画が出され、そのうちの2000kmについては施行命令が出され、着工中の区間も多い。この約2300kmの路線のかなりの部分の建設は必要性は低く、建設中のものも進捗率の低いものは建設を凍結するべきである、との意見が何人かの委員より委員会で強く主張された。
 筆者の考えは、これらの路線の建設の必要性は可能な限り分析的に求めるべきであり、主観的あるいは政治的な評価によってその継続や中止が決められるべきではないとするものであった。そこで、次のような方法で路線の評価をするべきであると提案した。
(1)分析的方法による路線の取り扱いの判定
 高速道路は利用者負担による事業として経営されているので、路線の採算性の良し悪しは事業の採択に際して考慮すべき一つの重要な要素であることは言うまでもない。しかし、これはまた公共性の高い社会資本であり、利用者の便益、さらには地域社会の生活上の有用性の観点からの評価も、採算性と同様に重要である。そのため、3つの視点、すなわち経済的効果、財務的効率性およびその他の社会的効果から道路計画を評価するべきと考える。経済的効果としては、利用者便益対費用をとる。この費用としては特に今後投入すべき費用(残存建設費用)を取り入れることにより進捗率の高さが事業の継続か否かの評価に組み入れられるようにした。例えば進捗率が50%であれば、この残存建設費は総建設費の50%となるのである。
 
図−2 高速道路の総合的な評価の一案
 
 財務的効率性の評価指標としては、採算性を表す料金収入対費用(総建設費+維持管理費)を用いる。これらの費用や効果はもちろん社会的割引率(4%とする)のもとで、現在価値に資本還元したものである。そして、その他の計量し難い社会的効果を(1)地域の広域連携への効果、(2)生活や安全への効果、(3)地域経済振興への効果に分けて表現する。これらの効果はさらに図−2に示されるような効果に分けて示し、それらを可能な限り客観性の高い指標で表すため、それぞれを計数的に表現できる代理的指標で表すようにした。その一例として高度医療へのアクセスの評価のための指標を図−2の中に示しておく。
 また、この方法は新規および着工中路線の間の相対的評価をするものであるので、各要素の評価を偏差値(平均を50点とし、それよりの差が標準偏差のα倍に相当すれば10α点をプラスまたはマイナスして得た値)で表現し直す。各要素についてのこの偏差値を平均すれば各路線の総合評価値も求められることになる。必要であれば各要素に重みをつけて総合化すればよい。
 
図−3 建設中高速道路の取扱判断の基準案
 
 図−3は、この方法を用いて検討対象の各路線をどのように取り扱うべきかを判断するプロセスを示している。これにより、各路線について建設を進めるか否か、有料道路事業として実施するか否か、優先順位はどのランクかなどを求め、今後の交通量や債務返済方法等で決まる投資余力に応じて道路会社がどの道路を建設するのかを判断するものとした。
 このような方法はどのような方法よりも、新たな投資に対して厳しく、また客観性をもつ歯止めとなるものと考えた。
(2)建設費の削減
 建設についてのもう1つの議論は、今後の総事業費の大幅な削減が可能ではないかという問題であった。これに関しては、昨年5月に出された社会資本整備審議会道路分科会の報告「いま、変革のとき」で、すでに示された方向を基本として、さらに具体的に詰めてゆけばよいものであった。すなわち、従来の一律の設計規格を見直して、いわゆるローカル規格を高速道路にも導入し、大幅な費用削減を果たすというものである。それは暫定的に2車線とされた4車線道路を将来ともに本格的な2車線として建設する、あるいはトランペット形のような複雑な形状のインターチェンジでなく、ダイヤモンド形のような単純でコンパクトなインターチェンジとして設計する、線形の見直しにより盛土高さや橋梁・トンネル延長を縮小する、などを含むものであった。また、6車線から4車線への車線数の減少や、交差道路の集約による横断構造物の削減等、を進めることでも大幅なコスト削減は可能であった。加えて、トンネルボーリングマシンや軽量盛土の採用など新技術を取り入れて、工法上の改良を行い、工費削減を図ろうとした。従来からの契約方式も改善し、より合理化を進め、細分化された発注単位を改め、施工の効率化を進めることとした。
 
 
 これらの合理化の可能性について各公団により詳細な検討が加えられ、最終的には残事業費約23兆円に対して最大で約4兆円に達する工費の節減が可能であることが示された。本州四国連絡の3ルートすべての建設費が建設当時の価格とはいえ、総額で約2・9兆円であったことを考えれば、この額はきわめて膨大な額の合理化の可能性を示したといえよう。
(3)新しい建設事業手法の導入
 新しい路線の建設には、既設道路の経営に当たる新会社だけでなく、まったく新たな道路会社の参入があれば、道路の建設と経営の競争性確保のためには好ましいと考えられる。すなわち必要な建設資金を確保でき、将来の道路経営が十分事業的に成り立つと考える民間企業が、国との契約のもとで道路建設とその経営に参画するのである。そこにはVE方式なども取り入れて、より道路建設の効率化が進むようなインセンティブも与えられてしかるべきであろう。有料道路事業の民営化の効果はこのような形でも大きく発現すると期待できるのである。
 
5. 将来交通量の予測
 わが国の交通量は今後ゆるやかに増加し、20年を少し超えた頃にピークに達するというのが、国土交通省の最近の予測結果であった。この予測に対して、過大であるとの意見が新たな高速道路の建設の必要性は乏しいとの立場をとる委員から出された。そして、この予測を導いた推計の方法そのものについての問題点が指摘された。この推計はわが国の人口構造の推移などを踏まえて、ロジスティック(成長)曲線を用いて、将来の免許証保有人口を推定し、それより全国の総自動車交通量を予測するものであった。成長曲線のパラメーターの一つである免許保有率の飽和値が与件として与えられていることなど、推計方法上の問題の指摘の1、2は筆者も納得できるものであった。ともかく、将来需要の予測には細心の注意を払うべきことが厳しく指摘されたといってよい。
 このような意見もあって、わが国の将来交通量の増加はこれまでの予測よりずっと小さく、したがって高速道路の交通量も今後は増加しないと見るべきであるとの見方が強く出された。筆者は個人的には、道路交通がこれ以上大きく増えることは、地球環境問題等を考えても望ましいことではないと思っている。しかし、わが国が常に数年後を追っている西ヨーロッパ自動車先進国の現実の動向や、そこでの予測を見ても、わが国だけが交通量の伸びがないとする特別な事情は見つからないと言わねばならない。
 高速道路の将来交通量は、この全国総交通量をもとにして各路線について推計している。この各路線についての推計には多くの個別の条件が加わるので、全国規模の総交通量予測よりもずっと不確定なものとならざるを得ない。本来問題とすべきは、この路線毎の交通量の推定の精度であるといってよい。今後の推計にあたっては、この路線毎の推定の精度を高め、また感度分析などを十分行うことがきわめて重要と考える。
 こうした将来の長期にわたる予測は、その間の外的な諸条件の変化もあって、正確に行うのはきわめて困難であることは言うまでもない。したがって、長期にわたる予測ではそのような条件変化のもとで生ずる上限と下限をも同時に示し、それに対しての理解を得るように務めるしかないと考える。
 こうして、高速道路交通の将来需要は今後伸びない、との前提条件が財務状況の予測に際しても、1つの基本ケースとして設定されることになった。







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