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5 安全評価手法に関する調査研究
 
 船舶の安全性を確保するための基準案の検討に必要な安全性評価手法に関する調査研究を進めた。海難事故で発生頻度が高い衝突事故、座礁・乗り揚げ・単衝突事故、浸水・転覆・沈没事故を取り上げ、いずれもイベントツリー(ET)手法を用いて事故発生頻度の評価を行った。
 このET解析の定量的評価に関連して、人間行動の過誤率についてアンケート調査を船長・航海士に対して実施し、船舶航行の分野における貴重なデータを得た。人間行動の過誤率については更に他分野のデータ、解析手法も参考とした。衝突危険度発生頻度の推定に航跡データを用いる方法、座礁危険度の発生頻度の推定に航跡データ・水深データを用いる方法も実施した。長期予測法による海水打ち込み確率の推定、船舶信頼性データベースによる機器故障確率の推定、フォールトツリー(FT)手法による事象発生確率の算出も実施した。イベントツリー評価結果の検討においては、事故統計データとの比較検討、重要度評価、不確実さ解析を実施した。これによりイベントツリー(ET)手法による解析方法の有用性を高めることができた。
 各種事故低減のための対策(リスクコントロールオプション:RCO)の評価を上記により開発したイベントツリーを用いて実施し、推奨すべき安全対策についての検討を行った。RCOの選定においては、人的過誤を系統立てて説明するm-SHELモデルを用いて、アンケート結果を分析しRCO候補を選定した。また、個々のRCO候補についてはそれらを導入した場合の効果を工学的判断で評価した。
 その他の評価事例として、機関室火災事故における安全対策の費用対効果の検討、救命胴衣の有効性評価、携帯電話の有効性評価、カーフェリーによる危険物の輸送安全性評価を、イベントツリー手法を基礎とする方法により実施したので、併せて述べる。
 
5.1.1 事故シーケンスの設定
 重大海難事故がどのような要因、シーケンスで発生するかを、海上保安庁要救助海難統計、海難審判庁採決録、海難審判庁報告「構内及びその付近における船舶間衝突の実態」、「狭水道における船舶衝突の実態」、「乗り揚げ海難の実態」、「浸水・転覆・沈没事故の実態」を参考に検討した。なお、対象とした船種は、200トン〜500トンの内航貨物船である。
 衝突事故については、2船間でそのままでは衝突してしまう位置関係(見合い関係発生)になることを発端(起因事象)としたシーケンスを設定した。
[見合い関係発生] → 霧、島陰等の環境条件 → 航行条件 → 観測機器不全 → 観測の誤り → 認知誤り → 2船間のコミュニケーション不適切 → 避航計画の誤り → 避航実行誤り → 航行機器不全・操船環境不良 → [衝突発生]
 乗り揚げ事故については、発生パターンを、船位不確認、居眠り、水路調査不十分、針路選定・保持不良、操船不適切、気象海象への配慮不十分、服務に関する不適切と分類し、7種類の異なったシーケンスとしてまとめた。以下、座礁、乗り揚げ、単衝突事故、喫水線下衝突をまとめて「座礁」の語で表現する。
 
 
[係留中] → 係留の準備 → 乗員在否 → 見回り → ハッチ開閉 → 居住区出入り口開閉 → 船底弁 → 海水吸入弁 → 逆止弁 → 海水浸入 → 浸水・沈没
 
[航行中] → 出発前点検・準備 → 積み付け作業 → 過載等 → 積み荷状態判断 → 大波・うねり → 海水打ち込み → 海水滞留・排水ポンプ停止 → 主機停止 → ハッチ開閉 → 荷崩れ等 → クレーン等の回転 → 復原性能 → 浸水・転覆
 
(2)[弁の締め付け不良 → 振動でのゆるみ → はずれ → 海水浸入 → 沈没
(3)係留中 → 圧流 → 判断誤り → 傾斜 → 排水口から浸水 → 沈没
(4)ビルジ排出 → 他作業で気があせる → 海水吸入弁閉と思いこみ → 確認怠る → ビルジ吸入弁
ゴミ詰まり・逆止機能阻害 → 海水浸入 → 見張りおらず → 沈没
(5)開口部 → 雨水 → めずまり → 強風 → 傾斜 → 海水流入 → 沈没
(6)積み込み中荷崩れ → 傾斜 → 海水流入 → 沈没
 
5.1.2 イベントツリー(ET)の作成
 前節で検討した事故シーケンスをもとに、事故を引き起こす誘因、関連事項を摘出し、それをイベントツリー中における事象(ヘッディング)としてイベントツリー形式に表現した。
 衝突事故の場合は一つの事故シーケンスに対応して一般化した1種類のイベントツリーを作成した(図5.1.2.1〜4)。図5.1.2.1のETでは→AB、→A、→Bのシーケンスは図5.1.2.2〜4中のA、B、ABで始まる後半のイベントツリーへとそれぞれ続くことを意味している。各図において×印がついたシーケンスは衝突発生、○印がついたシーケンスは衝突しない事を表している。枝分かれしていった結果シーケンス数は90となり、そのうち衝突事故にいたるシーケンスは63となった。
 座礁・乗り上げ・喫水線下衝突事故では、7種の事故シーケンスに対応して、図5.1.2.5〜11に示す7つのETを作成した。
 浸水・沈没・転覆事故は、6種類の事故シーケンスが得られているが、イベントツリー作成においてはこれらを一まとめにして1種類の大きなイベントツリーとして表現した。図5.1.2.12は主イベントツリーで、それらに続く後半部分のイベントツリーが、航行中における事象展開(図5.1.2.13)、と停泊中における事象展開(図5.1.2.14)との2種類ある。実際には、静穏/荒天/貨物性状/貨物積み付け状態の組み合わせ条件に応じ、それぞれの分岐確率が異なるイベントツリーが種々あるが、ここではすべてを記すことはせず省略してある。
 
図5.1.2.1
 
衝突事故発生に至るイベント・ツリー(前半部分)
(拡大画面:31KB)
 
 
図5.1.2.2
 
衝突事故発生に至るイベント・ツリー(後半部分その1)
(拡大画面:34KB)







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