6. システムエンジニアリング
6.1 はじめに
「高温超電導電動機の動力機関への応用」を検討する場合、「陸上」・「海」・「航空・宇宙分野」にそれぞれ対象となる装置があると思われるが、今回は「海」に対象を絞ることとした。「陸」・「空」を対象外としなかったのは、次の理由による。
超電導電動機(高温超電導電動機も含めて)の最大メリットは、小型化・軽量化・高出力化の同時実現であり、逆にデメリットは、初期投資費用が大きいということである。一般に陸上では、電動機を設置するスペースに制限はなく、高額投資をしてまで設置スペースを節約する環境にはない。将来はビークルでの採用も考えられるが、現時点でシステムエンジニアリングをする状況にはない。航空分野での利用は航空機が主流だが、航空機の動力はほとんどがエンジンであり、超電導電動機の使用を検討する環境ではない。宇宙では超電導の機能に必要な低温の条件が満たされるが現状検討する段階にはなっていない。これらのことから、船舶の動力装置(推進装置)に高温超電導電動機を採用した場合のシステムエンジニアリングについて考察することとする。
船舶用電気推進装置の超電導化を取り上げる前に、推進装置について簡単に整理をする。
推進用動力装置は、機械式推進装置(エンジンで駆動する推進装置)が現在も主流である。一部の推進装置には、電気推進装置が採用されているが、実験目的で搭載する場合を除き、次に述べる電気推進装置のメリットが生かされる場合に限られている。
推進装置の種類と特長を、表6.2.1にまとめた。なお、取り上げた項目は、次節以降の超電導電気推進装置と関係する項目を主とした。
表6.2.1 推進装置比較表
プロペラを使用した
主な推進システム |
機械推進
システム |
常電動統合
電気推進
システム |
常電動POD式
統合電気推進
システム |
超電導
統合電気推進
システム |
超電導POD式
統合電気推進
システム |
システム
構成 |
推進
システム |
ディーゼル
(ガスタービン)
エンジン |
ディーゼル
(ガスタービン)
エンジン |
ディーゼル
(ガスタービン)
エンジン |
ディーゼル
(ガスタービン)
エンジン |
ディーゼル
(ガスタービン)
エンジン |
電源
システム |
ディーゼル
(ガスタービン)
エンジン |
冗長性
(信頼性) |
○(ベース) |
◎ |
◎ |
◎ |
◎ |
重量 |
○(ベース) |
× |
× |
△ |
△ |
配置性 |
○(ベース) |
× |
◎ |
× |
◎ |
燃費 |
○(ベース) |
○ |
○ |
◎ |
◎ |
操船性 |
○(ベース) |
○ |
◎ |
○ |
◎ |
小型・大容量化 |
○(ベース) |
△ |
× |
△ |
◎ |
システムの残存性 |
○(ベース) |
○ |
◎ |
○ |
◎ |
初期費用 |
○(ベース) |
× |
× |
× |
× |
|
表6.2.1から明らかなように、超電導を含めた電気推進装置のデメリットは、「重量が増加し初期設備投資金額が大きい」ことである。
船舶の電気推進装置に超電導推進装置を装備するためには、プロペラに瞬時超過負荷トルクがかかる船舶、前進・後進を繰り返す操船を行う船舶、観測等で定点位置保持が必要な船舶、長時間の低速操船を行う船舶や潜水調査や海底探査等でもともと電気推進装置が必要と思われる船舶を除くと、「重量が増加し初期設備投資金額が大きい」というデメリットに勝るメリットのあることが必要である。超電導POD推進装置はこのメリットをそなえた装置と考えられる。
超電導POD電気推進装置のメリットを整理すると次の5項目になる。
(1)配置性
配置上の最大のメリットは、PODを採用することにより、船舶の機関室に装備される推進駆動装置から船尾プロペラを結ぶシャフトが不要になることで、そのスペースを他の目的で有効利用できる。
また、PODは自分自身が回転できるので舵及び操舵装置が不要になることも配置性のメリットである。
(2)燃費
統合電気推進システムを採用することによるエンジン台数減少とエンジン負荷率改善に伴う燃費向上に加えて、超電導電動機を採用することによる効率アップにより燃費が更に改善する。
また、超電導電動機を採用することによりPOD推進装置の設置が可能になると、効率向上が10%程度期待されるので燃費向上と環境対策にも寄与する。船舶の寿命を20年度仮定して燃費改善を次節で計算する。
(3)操船性
PODを使用すること。そのPODが軽量・小型化することで船体設計に余裕が生じるとともに、操船性も向上するが数字での評価は難しいので今回の検討対象からは除くことにする。
(4)小型化・大容量化
高速を要求される船舶には大容量の推進装置が必要となる。船体形状とのバランスや喫水制限から、常電導POD推進装置では船舶が成立しないこともある。この問題を解決するためには、小型で大容量化が可能な超電導電動機が必須となる。
(5)システムの残存性
PODを採用することによりプロペラシャフトが不要になるが、このことが、海難事故等により、浸水や火災が起こっても船舶の推進を維持できるシステムを誕生させる。
(6)その他
プロペラ駆動用電動機をPOD内に収めているので、振動・騒音が減少する。
PODが1つのモジュールとして扱うことができるので、建造期間短縮等にも寄与する。
これらのメリットからPOD推進装置には、高温超電導電動機の動力機関への応用を実用化する可能性があると言える。具体的な検証を次節で説明する。
超電導PODシステムエンジニアリングを行うシステムを、現存するシステムに近いモデルとし図6.3.1 超電導PODシステム図とする。
図6.3.1 超電導PODシステム図
高温超電導POD推進装置を2基装備する船舶をモデルとした。
PODで使用する電動機最大出力は、方軸20MWになる。船の大きさにもよるが、これは警備に必要な船速を十分に確保できる出力である。
発電機システムは、推進装置と船内電源の両方へ給電する「統合電源システム」とした。発電機総容量は、50MVAであり、ガスタービン駆動である。船内への給電電力は、2MW程度の計画である。主発電機が2台とも停止してブラックアウトした時には、400KWディーゼル駆動非常用発電機が自動的に起動する。
電動機を常電導電動機から高温超電導電動機にすることにより、電動機の容積と重量を、次のように小型・軽量化できる。この小型・軽量化が、大容量推進装置をPODタイプで実現することを可能にする。
高温超電導電動機には、冷却装置の追加装備が必要になる。高温超電導なので液体ヘリウム温度まで冷却する必要はなく、次世代線材等の新線材の開発状況により、近い将来に、冷媒として空気中から抽出可能な窒素を液化した液体窒素が使用できる可能性がある。冷却装置の容積・重量は、参考に記載する。
金額は、いずれも超概算値である。
これらを表6.3.1 常電導電動機と高温超電導電動機の比較にまとめた。
表6.3.1 常電導電動機と高温超電導電動機の比較
注:
|
(株)プロペラ式推進装置(プロペラ、シャフト、軸受け、舵装置等)とPOD式推進装置(POD本体等)の金額は、同じと仮定した。
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(1)超電導POD推進装置の場合
大容量のPOD推進装置が高温超電導電動機で実用化されると、船内後部の大きな部分を占めていた、「電気推進用電動機」と「電気推進用電動機とプロペラをつなぐプロペラシャフト」と「舵及び操舵装置」が不要になる。
これら不要となったスペースには貨物等の追加積載も考えられるが、ここではこのスペースを船体長縮小することで検討する。
詳細データは掲載できないが、図6.3.1 超電導PODシステム図の船舶で検討すると、船体長さが数m短くなる。不要となる装置と船体長縮小による、船種により船価への貢献金額は、数十億円になる。
重量が軽くなり船体寸法も短くなるので、必要電動機出力も下がることになる。電動機出力が下がれば、燃費も更に改善することになるが、ここでは電動機出力は変更無いこととする。
(2)超電導プロペラ推進装置の場合
超電導電動機の採用で電動機の容積・重量は約50%になるが、プロペラシャフトと舵及び操舵装置が船内に残るので、船体長さが短くなるほどの効果がない。したがって、船価への影響はない。
超電導PODを採用することによる重量軽減に伴う必要電動機出力低下を無視することにしたので、燃費改善は、PODそのものによる推進効率向上と電動機の効率がどの程度改善するかと言うことになる。
推進効率が前述のように約10%向上し、電動機の効率が2%改善すると、船舶の寿命を20年とすると、20年間の燃料費用削減金額は、数億円となる。
整備コストは、機械推進から電気推進に変更する場合は、大きな違いがでるが、常電導電気推進から超電導電気推進へ変更する場合には、あまり変化は無い。
したがって、ライフライムサイクルコストは、燃費改善によるものだけと判断することにした。
大容量のPOD推進装置が高温超電導電動機で実用化されると、船内後部の大きな部分を占めていた、「電気推進用電動機」と「電気推進用電動機とプロペラをつなぐプロペラシャフト」と「舵及び操舵装置」が不要になり配置性に貢献することは既に紹介したが、船舶の残存性にも大きく影響する。
残存性を高めることを、船体への浸水が発生した後も重要システム(今回は特に推進システム)を維持できることと定義すると、船体への浸水は、区画ハッチを閉鎖することで浸水区画を極小区画に限定できるので、重要装置を多くの区画に分散できる電気推進システムの残存性はもともとかなり高い。
超電導POD推進の場合には、プロペラシャフトがなくなるので、多区画に渡っているプロペラシャフトが浸水で稼動できなくなり、船が推進できなくなる可能性は更に低くなる。
簡単に計算する為に、シャフト長をベースに残存率を計算すると、POD推進にすると、約16%残存性が高くなる。
この数字は、海難事故等で推進不能になる確率が約16%少なくなるのであるから、危険な業務に従事する海上保安庁や海上自衛隊の船舶には、非常に重要な意味を持つといえる。
これを金額に置き換えて表すには、常電導推進装置で同じ残存率を達成する為に必要となるシステムの多重化や船体長の費用を金額として考えればよい。
試算した結果、2桁の億になるが、今回の評価に具体的な金額は表記しないこととする。
今まで述べたメリットを金額で評価した結果を、表6.3.2 メリットのまとめに示す。
金額面だけを取り上げてメリットのまとめとすることには異論もあると思われるが、超電導PODの実用化を阻んでいる最大原因は、初期投資費用が大きいことと考えられているので金額での比較は意味があると思われる。
この資料により総合的に判断すると超電導POD推進装置の初期投資費用は決して大きくないことがわかる。船主殿が超電導POD採用を検討するトリガーになることを望む。
表6.3.2 メリットのまとめ
|
高温超電導電動機(プロペラ式) |
高温超電導電動機(POD式) |
電動機の小型・軽量化 |
+数億円 |
+数億円 |
配置性への貢献 |
- |
△数十億円 |
ライフサイクルコスト |
△数千万円 |
△数億円 |
残存性 |
- |
△α |
合計 |
数億円の初期投資金額の増加 |
数十億円の初期投資金額の減少 |
|
注:
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従来のプロペラ式常電導電動機をベースとして比較 |
超電導PODのメリットを強調してきたが、これらのメリットを比較的容易に生かすことが出来る船舶は、大容量推進装置を必要とする保安庁や防衛庁の船舶と大型客船である。
一方最大の課題は、日本を含めて世界に超電導POD推進装置が製品として存在しないことである。米国、欧州では、開発中との情報はあるが、日本で開発しているという情報は皆無である。日本で開発に着手できないのは、需要が不明確であること、開発費が膨大であることである。官庁や国がこのまま超電導POD開発に着手しなければ、数年後には海外からの売り込み攻勢にさらされることになる。そうなってからでは超電導PODの国産化は厳しい。まさに、今が正念場である。
先行している海外のメーカに打ち勝って超電導PODを完成させるもう一つの鍵は、次世代線材を国内で誕生・生産させることができるかどうかである。高磁場環境でも超電導状態を窒素冷却の下で実現できる線材が国産技術で開発できれば、超電導PODは一気に実用化に近づき超電導PODを開発するメーカも現れる。この2-3年間の次世代線材の開発の進展が超電導PODの将来展望の鍵になることは間違いない。
超電導PODに関してはデータがほとんどなく資料作成には苦労した。また、本委員会も短期間の開催であったため、時間の制約から十分な検討・検証ができなかった。超電導のメリットでは、一部非公開のデータを使用にしたため、十分説得できる説明になっていない箇所も含まれている。
今後、早急にデータ整理を行い、超電導POD開発の必要性を関係者にアピールしてゆくことが必要と考える。それが、国内メーカが超電導POD推進システムという舶用推進システムのフロンテイア分野で、わが国の優れた超電導素材基盤技術と高度に融合して先端産業技術の再生をはかり、生き延びてゆく唯一の道と思われる。
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