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6. 英国の知的財産政策
 前章で述べた通り、中小企業及び大企業への調査の結果から現在英国の抱える知的財産権の問題点は明らかとなっている。現行の費用と時間の掛かるシステムでは一般的に中小企業は大企業に比べ非常に不利であることと、AACPの調査によると2002年の一年間で知的財産侵害による英国産業界の被害額は年間97億ポンド(約1兆8,450億円)以上、この損害により消費税は約17億ポンド(約3,228億円)の減収となっているとして、英国政府としての取り組みが求められている。
 2003年にD.T.I.は知的財産への今後の英政府の取り組みについて報告書をまとめている。内容的には既存の権利システムの使い勝手の悪い点を踏まえた上で、利用者との意識の差をいかに埋めるかという施策が中心となっている。
 以下 D.T.I.のレポート「The Competing in the Global Economy: the Innovation Challenge」の関連部分を要約する。
 
6-1. 知的財産フレームワーク
 特許局は、欧州特許条約の効率化及び改訂合意やEU全域での商標意匠権制度の稼働、あるいは最近発表された国際商標登録に関するマドリッド議定書の改善合意等の結果を礎に、今後も国内及び国際的規模で知的財産権制度のコスト効率を向上させるため努力を続ける。
 
6-1-1. 英事業者による知的財産制度の利用状況
 英国は堅牢な権利システムを持っており、その管理機関も強力なものである。しかし英事業者の多くは大企業を含め知的財産保護の「フォーマルな手段」にそれほど重きを置いていない。これはいくつかの状況においては「インフォーマルな手段」の方が好ましいからであろう。とはいえ英国の事業者、特に中小企業では競合相手の動きに対して、どの手段を選択すべきかを十分な知識に基づき決定するために必要な根本的原則を把握しきれていないという現実もあるようだ。例えば、特許関連の指標によると、英国の特許取得活動は、日本や米国等の経済大国に比べて非常に遅れていることがわかる。製造部門において1994-96年の3年間に1件以上特許を出願した技術開発会社の比率について見ると、英国平均はEU平均の25%に対し、18%足らずであった。商標登録に関しても、ほぼ同じような結果が明らかになっている。
 大手企業は中小企業に比べて特許取得に積極的であり、また特許を取得する企業はサービス業よりも製造業に多い。製造業の中でも特許取得件数のもっとも多い部門では、研究開発活動がもっとも活発である。
 このことは多くの製造業者にとって特許が非常に重要であることを示唆しているが、同時に非製造部門においては、別のかたちの知的財産権の方が適しているということも示している。サービス業に従事する企業では、特許化出来る技術への依存度は低く、むしろブランド保護やコピーライトを活用している。クリエイティブ関連産業は特にコピーライトに依存している。
 
6-1-2. 英事業者の知的財産意識
 実際にはより慎重な解釈を必要とする問題ではあるが、いわゆる全体像が見えてきたと思われる。つまり、英国企業は技術革新活動に割り当てる資財(例えば研究開発投資)の規模が小さく、そのことが特許取得及び商標登録活動の貧弱さに反映されているのである。いくつかの企業、特に中小企業では、知的財産権に関する知識が不足しており、そのため、十分な知識に基づいた意思決定が出来ていないものと考えられる。
 
6-1-3. 知的財産権意識を高めるための取り組み
■中小企業を対象に、知的財産制度の有効な活用を促進する。これは、税関局(HMCE)主催の経営アドバイス公開デーのような現行イニシアチブの成功を土台にするもので、経営アドバイザーの知的財産関連知識を養成し、また2004年の下半期には、英国内の知的財産に関するアドバイスを無料提供するプロジェクトを立ち上げる。スコットランドにおける知的財産意識向上対策の調整は、「フォーマルな手段」に関しては特許局が、「インフォーマルな手段」については国立知的資産センター(NIAC)がそれぞれ行う。
■現在利用可能な知的財産利用状況及び知的財産意識水準に関する事例データベースを改善するとともに、これを発展させ、うまく評価するための指標作りを行う。
■経営学、デザイン系、技術系の学生や起業家等、「未来の発明家」を対象に、知的財産意識の向上を図る。この方面で最初の要素となるのは、既に評価を受けている「THINKキット」の改訂版である。これは、2004年春に開始される予定である。このほかの具体的な対応策についても、2004年4月の特許局経営計画で提案されるはずである。
*「THINKキット」は2003年初旬に10歳から16歳までのデザイン、設計、テクノロジー、ビジネスを専攻する学生を対象に知的財産のあらましについて紹介した教材で、発行からわずか1ヶ月の間に全英の51%を超える学校から入手希望の問い合わせがあった。
 
6-1-4. 知的財産権利行使の徹底
 フォーマルな知的財産権は、所有権者が強く権利を行使しようとしないかぎり、無用の長物にもなりかねない。権利行使の徹底は多くの場合、時間と費用のかかるものだと思われがちだ。特にこうした傾向は中小企業に見られる。中小企業では知的財産権を監視し、行使するための手段を持たないことが多いからである。法的手段に訴える場合のコストは高く、リスクも大きい。大企業がこうした事実を利用して中小企業の発明が世に出るのを阻害したり、あるいはそうした企業に権利使用料を払わなかったりというのは、日常茶飯事である。
 権利を行使する際に生じる問題のいくつかは、政府の高レベル独立諮問機関である知的財産諮問委員会(IPAC)の調査報告書によってはっきりと浮き上がった。同委員会はいくつかの具体的措置を提案したが(うち一部を下記に箇条書きにした)、知的財産制度の抜本的改革を主張するまでには至っていない。
 
6-1-5. 知的財産権保護体制への信頼感を向上するための取り組み
■訴訟手続きを改善し、知的財産係争の解決にかかる期間と費用の低減を図る(これは2004年11月までに、高等法院に代わる低コスト司法機関として特許関連州民事裁判所の権限を拡大することで実現する)。
■中小企業による知的財産権保護を支援するために、新しい制度編成の可能性について調査を実施する。同実行可能性調査の結論は2004年夏に報告の予定である。
 
 クリエイティブ関連産業は英国のサクセスストーリーのひとつであり、2001年の粗付加価値額の8.2%を占め、2002年には190万人を雇用している。英国は、音楽等のさまざまな分野で世界を先導している。英国産音楽は、世界市場の10-15%を占めると推定されており、右に出るのは米国だけである。クリエイティブ関連産業は知的財産権に依存しており、知的財産権資産の保護と徹底こそが自産業の競争力維持のキーであると認識している。
 特に音楽及びコンテンツ制作部門は、新しいデジタル配信技術の登場で、具体的な商業的・技術的脅威に晒されている。これは場合によっては存続問題に繋がりかねないものである。活字メディアと比べた場合、デジタルメディアの知的財産権保護、中でも特にコピーライト保護は困難を伴ったものとなり易い。また違法なファイル供給手段が浸透していることは、これらの部門が消費者の教育や、例えば無料ダウンロードに太刀打ちできる魅力を持った対抗手段等、革新的なビジネスモデルの開発等で多くのハードルを越えてゆかねばならないことを意味する。ブロードバンド技術の普及に関する政府の中心的な諮問機関であるブロードバンド関係者グループ(BSG)は、デジタル・コンテンツ・フォーラムそのほかの関係団体と協調し、今後のデジタル技術発展の方向性について利害関係者の間の合意形成に努めている。政府はまた「情報社会におけるコピーライトと隣接権」EU指令(2001/29/EEC)の国内法制化でも歩を進めている。同指令は2003年10月31日に発効し、デジタルメディアに関連する諸権利の管理システムの法的保護を最新化、域内調和化させるものである。
 
6-1-6. 知的財産犯罪への取り組み
 刑事訴訟手続きは、消費者への詐欺行為や安全上の問題等のように知的財産権の侵害が公益を害するものとして問題化した場合や、商業的海賊行為がある場合に発生する。特許局は他関係当局と綿密に協力し、知的財産犯罪に対する取締措置の強化に努めている。その例として、商取引基準部担当職員を対象にした知的財産に関する訓練の実施や、犯罪規模の情報向上にむけた国家犯罪情報庁(NCIS)との協力等が挙げられる。
 同分野での努力をさらに一歩踏み込むため、我々は、権利所有者及び執行当局とともに、知的財産犯罪への取組みのための新全国戦略を展開している。これは、2004年夏にも実施される予定だ。同戦略では特に、事例データベースの強化、関係当局間に見られた権限重複領域の整理、全機関一致の優先事項の設定が行われる。
 
6-1-7. 標準化
 標準化は幾世紀にもわたり商業活動と貿易の基礎となってきたが、その重要性が今日ほど意識されたことはかつてなかった。標準化には、CD-ROMや工場における機械の安全性等完全な公式規格から、知識管理に関するもののような非公式なもの、また、MSウィンドウズのようなデファクトの産業標準まで多様な形態がある。
 ドイツ標準化機構DINは最近の調査で、標準化が独経済成長に著しい貢献をしたという試算を発表した。その規模は年間の平均経済成長率の最大0.3〜1%程度に匹敵するという。
 1998-2000年のコミュニティー・イノベーション調査によると、新製品、新サービス、新プロセスの開発に携わる英事業者のうち、60%が標準化及び規制から有益な情報を引きだしていることが判明した。また12%がそうして引きだした情報を非常に重要な情報だと評価していた。いかなる形態であれ、標準あるいは規制を知識情報として利用している企業は、標準を利用しない事業に比べ、新製品(サービス製品も含む)や新プロセスを導入する可能性が高かった。
 標準化はまた、技術的知識の普及を促すことでも技術革新を促進している。新しい情報は標準化されることでより多くの企業にもたらされ、技術革新を可能にするのである。その後、標準は市場においてベンチマークとなり、それを基盤として主導的企業はさらに次なる開発を展開することが出来るのだ。とはいえ、標準化インフラストラクチャーは、扱う業種の多様さという面でも、提供される標準化サービスの幅広さという面でも、事業者その他の利害関係者(大口ユーザそして規制体としての政府自体も含む)の要求に適したものであり続けなければならない。このことは、新技術あるいは急発展中の技術に関しては特に深刻な問題である。また最近では、サービス産業においても日増しに重要度を増している。標準に基づいた付加価値の高い製品やサービス(例えば標準の利用に関するガイダンス)により、事業者はより大きな競争力を達成することが出来ることになる。
 目下の課題は、標準化の実用性を向上させ、事業者、政府、消費者の今日的な需要に完全に対応できるためにそれを改善することである。これには、標準の商業的、戦略的重要性について、英国内における理解と意識の向上を図り、また戦略的アジェンダに標準を据えた事業者の数を増加させてゆかねばならない。最近発行された以下に示す国立標準化戦略フレームワーク(NSSF)は、こうした難題に対処するために作られたものである。
 我々は、英産業連盟(CBI)、英規格協会(BSI)とともにNSSFを実施する。
主要な活動内容:
■CBIの産別企業グループ及び各同業組合と連携して、ビジネスフォーラムを設置し、英国内での標準化に関する優先事項の戦略的発展への事業者の取組みを推進、維持する。
■公式規格の開発プロセスの効率化
■英商業の競争力強化につながるような、標準に準拠した付加価値の高い製品(例えばガイド)やサービスの開発
■BSIの小規模ビジネス政策委員会との共同作業を通し、標準の利用促進や中小企業への適用可能性の理解向上等、標準が確実に小規模事業の利点に繋がるような行動プランを策定する
■国際的な交渉ネットワークを確立する−英国事業者が輸出を考えている市場において標準の有無によって懸念されるリスクや開かれるビジネスチャンスを指摘できるような専門知識を該当する英大使館及び領事館の商事担当者に学ばせる。こうした作業を続けることで、英事業者の主要な取引市場、取引国における技術的障壁の低減に焦点を当てた、国、欧州、国際レベルでの標準開発戦略が形成されることになる
■BSIと共同で、輸出業者向けにインターネットを利用した規格標準通知サービスを開発する。これは各業者に対し、共通の規格標準を採用した潜在的新市場への注目を喚起するものである。
■製品・サービス開発、事業プロセスの両面から、規格標準が事業にもたらす利益を実証する。







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