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5. 英国産業界と知的財産権
 前章までに知的財産保護のフレームワークと、造船を中心とした船舶業に関連していかに権利を保護するかを事例をもとに解説してきたが、本章では英国において産業界は知的財産に対しどの程度の意識と取組みを行っているかを見ていく。
 
5-1. 中小企業と知的財産
 2002年の統計によると英国の企業のうち97.7%の企業が従業員数20名未満の小企業に属しており、さらに20名以上250名未満の中企業が1.9%である。(パートタイムの従業員は便宜上0.5人として数えられている)これらをまとめた中小企業は全体の99.6%に達していることから英国における中小企業の重要性がうかがえる。以後本報告書上における中小企業とは上記の99.6%の企業を指す。英国の造船関連企業はごく一部を除き、この規模に属している。
 
5-1-1. 機密情報開示の脅威
 調査によると92.1%の中小企業が何らかの形で機密情報が開示される危惧があると認識している。最も大きな脅威として43.3%の中小企業が挙げたものは「情報をもつ従業員の退職」である。以下下記の通り。
−情報をもつ従業員の退職 43.3%
−競争会社による盗用 22.4%
−顧客からの漏洩 10.5%
−共同事業のパートナー企業からの漏洩 5.4%
−サプライヤーからの漏洩 0.4%
−その他 4.3%
 
5-1-2. 実際行われている漏洩防止と知的財産保護
 それでは実際にどのような手段で情報開示を防いでいるかという調査では保護手段を3つのカテゴリーに分類した。(1)法的保護に頼らない手段、(2)特許等の登録を用いない法的保護手段、(3)特許等の登録による法的保護手段、
便宜上(1)と(2)は以下「インフォーマルな手段」、(3)は以下「フォーマルな手段」と分類されている。
(1)については下記のような方法が挙げられた。(パーセンテージはそれらを実施していると回答した企業の割合。)
−取引先や顧客との間にそれらの特殊な情報が漏れたり、盗用されないという信頼関係の構築 79.1%
−競争会社に対し常に時間的リードを保つ 62.5%
−特殊ノウハウを組み込む 57.8%
−非常に限られた市場のみを対象にする 56.3%
−情報にアクセスできる従業員数の制限 40.8%
(2)については下記のような方法が挙げられた。
−取引先や顧客との契約書上に「守秘義務」の一節を盛り込む 61.4%
−従業員との労働契約書上に「守秘義務」の一節を盛り込む 59.2%
−コピーライトの帰属を明確にする 56.8%
−ライセンス取得 40.4%
−報道の制限 36.3%
(3)については下記のような方法が挙げられた。
−商標の登録 42.5%
−デザイン登録 25.2%
−特許登録 26.1%
 
5-1-3. 中小企業の特許登録への意識
 この聞き取り調査でハイライトされたのは中小企業の特許登録に対する関心の低さであり、実際多かったのは過去に一度は特許申請を試みたものの、それに掛かる時間とコストと維持費を考えたら全く割に合わないという経験に基づく意見であった。たとえ特許登録がなされても、その権利侵害が発覚した際に法廷に持ち込まねばならずそのような時間とコストは中小企業の許容範囲を超えているのが現実であるようだ。
 聞き取り調査による具体的な声を数例下記に紹介する。
 
エンジニアリング会社の経営者による典型的な意見 その1
 「我々は何に関しても特許申請するというのは全くの時間の無駄と考えているね。もし何かいいアイデアがあれば四の五の言わず、さっさと商品化して市場に出すことさ。我々が対象としている市場は一般大衆ではなくごく限られた分野に過ぎず、コピーされる前にひとつでも多く売り上げて開発費の回収に当てるのが利口ってもんだ。我々も10年程前あるアイデアを特許申請しようと試みたことがあったよ。情報の秘密厳守に努め、弁理士に持ち込んだが「これを特許申請するのは時間の無駄だ。」と言われたね。そこで我々はとにかく急いで商品化して市場に出したのさ。コピーしたけりゃはいドーゾ、ってね。どうせ狭い市場さ敵もたいしたことは出来まい。」
 
エンジニアリング会社の経営者による典型的な意見 その2
 「特許保護を取得するのは費用と時間が非常にかかります。おそらく時間的制約のほうがコスト的制約よりも問題になるでしょう。我々の場合、対象市場が全世界に広がっているということから、その地域全てをカバーするため各国の異なる特許を全て申請できるかというと甚だ疑問であります。身近なところで英国の特許を申請したとしても市場全体からしたらごく一部にすぎません。もし、全世界をカバーする特許法が存在するならば申請する意義は大いにあると思いますがそれは現実からかけ離れているといわざるを得ないでしょう。」
 しかしながら特許申請を行っていたためにコピー商品の被害を事前に防げた意見もわずかながら紹介されており、特許登録によるフォーマルな手段による知的財産保護が有効であることを認めている。
 
電子機器製造業者の経営者
 「最近わが社の商品を一か八かで米国の特許に申請しておいたところ、先日米国のその商品の顧客が私にあるものを見せてくれました。それは極東の国で作られたわが社の商品のコピー商品でした。そこで私は一言「その商品はわが社が米国で特許取得済ですよ」と申し上げただけですが彼の顔色から彼が考えていたアイデアを即座に放棄したのが判りました。」
 
5-2. 大企業と知的財産
 大企業では豊富な資金と人材で知的財産を取り扱う部門を設立して専門の法律家を配置する等中小企業の方針とは大きく異なる。予想通り特許等申請件数は大企業の方が中小企業よりも平均的に多いものの「フォーマルな手段」への積極性については中小企業と同様最重要視されている訳ではない事が最近のD.T.I.(Department of Trade and Industries; 日本の経済産業省に相当)の調査により明らかになっている。また、大企業の中でも特に名の知れた企業においては各種の知的財産保護組織に加盟、資金を提供し、モニタリングやロビー活動で知的財産の侵害の発生を防ぐ活動に参加している。
 
1. 知的財産の保護を目的とする組織の一例
◆Alliance Against Counterfeiting & Piracy(AACP)
 1999年に主にソフト産業、ブランド商品の海賊版被害の増大という背景から、英国各産業界団体がメンバーとなり発足した。現在17の産業団体もしくは産業別の知的財産保護団体が加盟し欧州最大の知的財産保護組織となっている。欧州の500社以上の有名な企業がメンバーとして登録されている。主な活動は偽造品と海賊版商品に対して英(欧)政府が公式な法的措置を導入するよう働きかけることである。また、同組織のホームページ上で世界各地での海賊版商品等に関する情報をニュースとして公開している。
◆Quality Brands Protection Committee(QBPC)
 2000年に中国に進出している外国企業がメンバーとなり中国における知的財産の侵害の実態調査と取締強化を中国中央政府及び地方政府に求める活動をしている。メンバー企業は世界的に有名な大企業が名を連ね、日本の松下産業や日立製作所等も加盟している。







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