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2. ガス輸送オプションの概観
 過去30年間、大型ガス田から市場までの天然ガス輸送には、パイプラインによるガス輸送と液化ガスのLNG船輸送という選択肢しか存在しなかった。このような従来の方式のガス輸送には輸送インフラストラクチャーを構築するための大規模な設備投資が必要であり、天然ガス資源としての開発は大規模なガス田に限定された。石油生産に伴う随伴ガスは燃焼処理(フレア)されるか、油層内に再圧入されるのが一般的であり、また、埋蔵量の少ないガス井(非随伴ガス)の開発は行われなかったのである。
 
 しかし、環境への影響が懸念されるようになり、随伴ガスの燃焼処理が次第に認められなくなる一方で、世界のガス需要が拡大し、ガス価格が上昇するに伴い、遠距離・深海・辺境・小規模等の理由から採算がとれず未開発となっているガス(Stranded Gas)を「製品化」しないことの機会費用3も上昇してきた。場合によっては、特にメキシコ湾や西アフリカ沖合では、油田からの随伴ガスを回収するシステムを設置しない限り、政府が油田開発プロジェクトを許可しないこともある。
 
ガス燃焼処理(フレア)量の削減
 
 世界銀行によれば、世界で年間1,100億m3のガスが燃焼処理されている。燃焼処理により、2億トンを超えるC02と150万トンのメタンが発生する。これは温室効果ガスの世界の年間排出量の1%にあたる。世界銀行は燃焼処理量削減を支持する上で指導的役割を果たしており、石油随伴ガスの燃焼処理及び発散処理量を減らす地元政府の努力を支援するためのパートナーシップを立ち上げた。Shell、BP、ExxonMobile、Chevron Texaco、Total、Statoil、Norsk Hydro、そしてSonatrachがこの事業にパートナーとして参加している。
 
 その結果、随伴ガスが発生する油田での利用に適したガス輸送手段の開発に対する関心が高まっている。輸送オプションとしては、(1)パイプライン輸送、(2)液化してLNG輸送、(3)加圧してCNG船で輸送、(4)ハイドレート(水和ガス)に変え、ペレットまたはスラリーの形で専用設計船で輸送する、(5)油田でガスをメタノール等に変換(GTL)して輸送する、(6)油田でガスを電力に変え電線を使って送電する、という6種類が考えられる。
 各オプションについて、次のセクションで概説する。
 
ガス輪送のオプション
 
2.1 パイプライン
 十分な埋蔵量があり、ガス田から市場までの地形がパイプライン建設に適している場合、一般にパイプラインが最もコストのかからない輸送方法だと考えられている。しかし、パイプライン建設には巨額のコストがかかる。ミシシッピからフロリダまで753マイル(約1,200km)の距離を結ぶ36インチ口径(約91cm)の「ガルフ・ストリーム」海底ガス・パイプラインの建設コストは総額16億ドルであった。これは1マイル(1.6km)あたり210万ドルとなる。ノバ・スコーシア沖のSableガス田を東海岸の市場とつなぐ24/30インチ口径(約61/76cm)、全長653マイル(約1,050km)のパイプラインの建設には18億カナダドル(約14億ドル)がかかっている。アラスカのノース・スロープとシカゴを結ぶガス・パイプラインの建設には約186億ドルから194億ドルがかかるといわれており、同プロジェクト進行の大きな障害となっている。
 
 パイプラインが敷設されるルートの海底の地形を考慮し、超大水深ガス田からパイプラインを敷設する場合の1マイル(1.6km)あたりのコストを試算すると、地形が緩やかな場合、超大水深ガス田から陸まで16インチ口径パイプラインを敷設するコストは、現在価格で1マイル(1.6km)あたり100万ドルとなる。海底の地形が険しい場合は、敷設コストは1マイル(1.6km)あたり約120万ドルである。20インチ口径パイプラインでは約120〜140万ドルであり、24インチ口径パイプラインでは150〜180万ドルとなる。4
 
超大水深パイプライン敷設コスト
(1マイルあたり)
口径 緩やかな海底 険しい海底
16インチ 100万ドル 120万ドル
20インチ 120万ドル 140万ドル
24インチ 150万ドル 180万ドル
 
 パイプライン輸送はきわめて資本集約型であるが、依然として多くのガス田でパイプライン輸送が主流を占めている。パイプライン敷設技術は日進月歩しており、敷設コストは低下している。パイプ敷設技術の能力の限界を超えると考えられている地域は世界でも数少ない。メキシコ湾の水深5,000フィート(約1,500m)を超える大水深ガス田でも現在はパイプライン輸送が採用されており、多くの専門家はメキシコ湾の超大水深ガス田の全てとは言わないものの、ほとんどをパイプラインで結ぶことが可能だと考えている。問題は技術的には可能であっても、経済的に採算が取れるかどうかにある。
 
2.2 LNG船
 パイプライン輸送が適切でない場合には、液化ガス(LNG)輸送が利用されてきた。ファイナンシャル・タイムズ紙の最近の推計によれば、年間1億トンのLNGを生産するために20カ国でLNG産業に投入されている資本総額は500億ドルを上回る。
 
 LNG技術の歴史は19世紀まで遡るが、ガス輸送手段として商業的に利用され始めたのは1960年代以降である。現在までLNG輸送は専ら生産地と市場が海によって隔てられている状況で利用されてきた。LNGによるガス供給を行うためには、生産地で不要成分の除去処理を行い、-163℃に冷却し、液化したガスをLNG専用に設計されたタンカーで輸送し、受取ターミナルにおいて再ガス化したガスを最終市場にパイプライン輸送するという段階を踏まなければならない。比重0.43のLNGの再ガス化率は618対1であり、137,000m3(約62,000トン)積みのLNGタンカーで1回に30億cf(約8,500万m3)の天然ガスを輸送することが可能である。
 
 パイプライン輸送と同様にLNG輸送は巨額の初期投資を必要とする輸送オプションである。処理能力によって差があるが、典型的なLNG基地の建設には20億ドルから50億ドルがかかる。Shell社はナイジェリアのBonny Island LNGプロジェクトにおいて年間生産量2,520億cf(約71億m3)の最初の2系列の建設に38億ドルを投じている。この投資額には2系列の液化プラント、ガス井からパイプラインで液化プラントにつなぐ送ガスシステム、貯蔵・積み出し施設、LNG船7隻の購入/チャーター費用が含まれている。このように巨額の資本投資が必要なプロジェクトが経済的に実現可能となるためには、相当な生産量と長期的な利用が要求される。このような理由から、3兆cf(850億m3)以下の埋蔵量ではLNGプロジェクトの対象とはなりにくかった。
 
 しかしながら、LNG施設の建設コストが低減するにしたがって今後LNGの形で出荷されるガスのコストは低下を続けると見られている。BP社によれば、1980年代に典型的LNGプラントの開発コストはトンあたり400ドルであった。現在では同等のプラントの開発コストはトンあたり200ドルまで下がっている。同様に、1980年代にはLNG輸送のコストは立方メートル(m3)あたり1,900ドルであったが、現在は1,200ドルまで下がっている。BP社は、LNG輸送コストは2010年までに25〜30%低下し、多くの市場でパイプライン輸送と価格競争力を持つようになると見ている。
 
 浮体式LNG生産プラントを利用したLNG出荷チェーンの開発も行われている。Shell社はオーストラリア沖のサンライズ油田で浮体式LNGプラントを利用することを提案している。全長360mのLNG基地バージは、年間480万トン(137,000m3積みLNGタンカー77隻分)のLNG生産能力と、20万m3のLNG貯蔵能力を備えるものとなる予定である。Shell社は、陸上施設にパイプライン輸送するかわりにガス田において液化することにより、25〜30%の生産コスト減につながるとしている。Shell社は西アフリカ、カリブ海、極東、オーストラリア沖といった海象が比較的穏やかなガス田を浮体式LNGプラント概念の導入に適した対象として候補にあげている。
 
 同技術の延長として、Shellは浮体式石油生産施設に小型液化施設を搭載し、随伴ガスからLNGを生産するコンセプトを開発中である。Shell社の浮体式石油天然ガス(FONG)コンセプトについては本報告書の4章でさらに詳しく論じる。
 
 新たに開発されているLNG出荷チェーンのコンセプトは浮体式液化プラントに限られたものではない。LNGの浮体式受け入れ施設を開発する努力も行われている。El Paso Globa1社はオフショア・ブイを利用し、船殻内のタレットを通して、LNGを船上に搭載されたプラントに送って再ガス化する船型LNG再ガス化システムを開発した。気化されたガスは海底パイプラインで陸上に送られる。別のプロジェクトでは、イタリアのEdison社がアドリア海北部のMarina de Rovigo沖17kmに係留された浮体式再ガス化ターミナルを利用して、カタールからLNGを輸入することを検討中である。他のプロジェクトとして、米国とイタリア市場を念頭においてノルウェーのGolarグループが浮体式再ガス化ターミナル利用の概念開発を行っている。ECのプロジェクトであるAzureもまた既存のパイプライン・インフラストラクチャーに浮体式再ガス化プラントを接続して利用する計画を検討中である。再ガス化フローター設計にはFincantieri造船所が関与している。
 
2.3 CNG船
 船舶によるガス輸送にCNG(圧縮天然ガス)技術を利用するというアイデアは新しいものではない。1970年代初めに、複数の企業が加圧ガス運搬船をガス輸送システムとして利用することを考えた。Columbia Gas社が提案したシステムはガスを約-60℃で1,150psi(約78気圧)に冷却加圧し、断熱処理を施した貨物室にシリンダー状の圧力容器を垂直に並べて設置するというものであった。しかし、-60℃までガスを冷却し、この温度でガスを格納することのできるスチール合金とアルミ製シリンダーの製造にコストがかかりすぎることが判明し、Columbia Gas社は開発をあきらめた。この他に、1970年代にKvaerner Brug社が船殻に連結した副構造物で加圧ガスを輸送する可能性の評価研究を実施している。1980年代にも、加圧ガス輸送の開発事業が存在した。Marine Gas Transport社は、常温で圧力容器に入ったCNGを航洋バージのデッキに乗せて輸送するプロジェクトを提案している。1990年代には、Foster Wheeler Petroleum Development社が加圧ボトルに入れたガスを専用に設計したタグ/バージ・シャトル・ユニットで輸送する方法のフィージビリティ・スタディを行った。これらの努力にもかかわらず、CNGはLNGやパイプライン輸送の代替手段として競争力があるとは認められなかった。結局CNGはLNGが天然ガスを600分の1の容積にする代わりに、200分の1にするものであり、パイプライン輸送が経済的に成り立たない場合はLNGが選択された。
 
 しかし1990年代末に随伴ガスの燃焼処理に対する批判が高まると同時に、生産コストが100万Btu5あたりO.10〜0.50ドルの随伴ガス田に関心が集まってきた。パイプラインやLNG輸送が経済的に成り立たない中小規模ガス田向けの新たな輸送手段を開発することに意味が出てきたのである。CNG輸送への関心に再び火がつき、特化市場向けCNG船設計を携えた新たな企業が出現した。
 
 現在、少なくとも7社がCNG輸送概念を開発し、推進している。Williams/Coselle、EnerSea Transport、Knutsen OAS Shipping、Trans Ocean Gas、CNG Solutions、TransCanada、C-Natural Gasである。後に説明するように、それぞれの会社は独自の設計を提示している。しかし、LNGやパイプライン輸送で開発するのに経済的に適さない中小ガス田を有効利用するためにCNG技術を利用するという点でその目的は共通している。どのプロジェクトも可能性のある市場を、生産源と輸送先の両方に水上輸送のアクセスがあり、ガスの生産量がパイプラインやLNG輸送で採算が取れる水準を下回る比較的短距離−約1,500海里(約2,800km)以内−のルートに設定している。
 

3 機会費用(=Opportunity Cost):ある行動を選択したためにあきらめざるを得なかった
別の行動から得られたはずの利益
4 IMA, Shuttle Tankers Required in the Gulf of Mexico Through 2010
5 British Thermal Unit: 英国熱量単位(100万BTUは天然ガス約28m3分)







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