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第4節 海事クラスター論とマリタイムジャパン構想
1 海運業と造船業の協調的発展
 わが国海事産業は, 第二次世界大戦による壊滅的状態から傾斜生産方式による経済復興の際, 石炭, 製鉄とともに, 海運・造船への融資も確保された。海運業の集約も, 船舶金融の経済に占めるウェイトの高さ故に, 金融, 荷主, 造船, 海運の企業グループを中心に進められた。
 高度経済成長下, 物流量の増大が大型化により対応された。海上輸送の優位性を十分に活用するため, 長崎, 相生等の大規模ドックで大型タンカー等が建造され, 鹿島港等を代表例とするコンビナート方式による港湾投資が行われた。雑貨分野ではコンテナリゼーションにすばやく対応して, 世界最大級のコンテナ埠頭が神戸港等に建設された。
 わが国は世界有数の荷主国であり, 重量ベースでは世界の貿易輸送量54億トンのうち, 7億トンが日本発着貨物であり, しかも日本企業が運送手配権を保有する。従ってこれまで日本船社のみならず, 荷主である日本商社等が韓国等の海外船主に保証をし, 日本開発銀行, 日本輸出入銀行(当時)融資等を活用して, 日本の造船所で船舶を建造してきた。オイルショック後産業構造の変化から不況に陥った造船業については, 国鉄清算事業団方式のヒントとともなった造船業不況対策が行われるとともに, わが国海運産業への外航船舶建造費補助が行われることにより造船発注量の増加等, わが国海事産業に対する総合的施策が講じられた。
 
図1-7-8 世界の新造船取扱量の推移
 
 韓国では, 海運業とともに造船業が目覚しい発展を遂げ, 1998年から手持ち工事は世界一となり, 以後継続して世界一の座にある。2000年, 韓国は受注・建造・手持ちの3分野で世界一を記録した。2001年は日本に受注と建造で世界一の座を奪われたが, 2002年で再び世界のトップに立ち, 2000万総トンを超える受注を行った。このため西欧造船業は被害を受けたとして, 韓国造船業の不公正貿易についてWTOに提訴する構えを見せ, 現在, EU・韓国の2国間で最終的な協議が進められている。日韓の両国での造船量は, 2000年で76.5%と圧倒的なシェアである。
 わが国の技術革新が海外からの導入技術を中心に推進されたことは, 戦後の科学技術水準の先進国との格差を是正するために有効かつ適切な手段であったと言えようが, その反面, 自主技術開発力の強化という面から見れば問題を残す結果となったといわれている。大型あるいは高速船用の大型エンジン等における技術は, 外国技術の消化吸収により導入技術からテイクオフして久しいが, これらの技術の基本となっている基本特許等については, 依然として対外依存度が非常に高い仕組みを受け入れざるを得ない状況下にあるといわれている。豪華客船ダイヤモンド・プリンセスの受注にみられるように, 造船業も他産業と同様, 技術力からデザイン力も加味した戦略へとシフトを目指すと意識されるようになっている。目の肥えたクルーズ利用者とそれに対応した市場の育成及び豪華客船建造のノウハウがわが国海事産業の新しい方向を示す一つである。
 
2 海事知識に関する人的資本の維持の必要性
 海事産業は, 海運, 船員, 造船, 舶用工業, 港湾運送, 船舶金融, 海上保険, 海事法律事務など様々な分野からなり, 英国, オランダ等では, この総合体を海事クラスターと呼んでいる。海事クラスターは, その個々の構成員による付加価値, 雇用の創造に止まらず, 構成員相互の外部効果, つながり, スピルオーバー効果により総体としてより大きな付加価値を創造し, 全体として競争力を発揮するものとされ, 2000年の「日本海運の現況」(海運白書)において, 国・地域の経済や産業の再構築, 競争力強化に関する新しい考え方として紹介された。
 
図1-7-9 ロンドンにあるロイズ本社
 
 こうした施策の総合体あるいは目標を, マリタイムロンドン, オランダ海事国と呼んでおり, これにならえば, 日本の場合「マリタイムジャパン(海事国日本)」と呼ぶことができる。国際化, 高速交通化, 情報化時代において, 船員, 造船, 港湾のみならず関連金融・情報産業を含めたわが国海事産業の, わが国のなかにおける相対的地位の低下及び国際的地位の低下の中で, マリタイムジャパン構想が発生したといえる。物流手配権がわが国に存在する間に, 建造, 操船等実践的海事知識に関する人的資本の維持についての全体像を作り上げる必要がある。特に日本籍船舶と日本国籍船員の減少は安全保障, 海技の伝承等のみならず, 海上輸送に関する生産現場のニーズにいち早く対応することが重視される造船業, 港湾運送事業, 海上保険業等の海事産業全体に大きな影響を与えるとの認識が広まってきている。
 
3 海事クラスターの中心の一つとなる海事情報産業の育成
 交通機関の高速化は, 運送証券の必要性を低下させたが, 書類の数が減少したわけではない。システムが複雑・丁寧になり, 量は増加したかもしれない。しかし書類作成時間が増加すると交通機関の高速化の効果を減少させる。したがって書類作成事務の簡素化を含めてITが活用されている。阪神淡路大震災で大打撃を受けた神戸港の復興過程で, 韓国, シンガポール等に比較してわが国港湾の情報化への立ち遅れが強く指摘され, 政府は総合物流施策大綱を閣議決定し, 物流情報化が促進されることとなった。
 国際海上輸送における船荷証券の必要性の低下にもかかわらず, 港湾情報システムを含む貿易手続の電子化は船荷証券情報の電子化として検討されている。これは, 安定した貿易取引にはまだまだ従来の船荷証券システムが安心して利用できるものであるということである。船荷証券の電子証券化の検討過程では, 複雑な取引条件があいまいなまま受け入れられている現在の諸課題(特に約款の解釈問題)が先鋭化するのではと指摘されており, 諸課題の解決策を含めたトータルシステムとして電子化の検討がなされている。マリタイムジャパン構想の実現には, 船舶, 海運, 金融等の産業集積が必要であるが, これからはそれ以上に情報産業の集積が必要である。情報産業の集積は単にシステムが構築されればいいというものではなく, 情報産業が機能できる社会的システムが不可欠である。船荷証券の電子化以前に紛争解決のためのルール整備が不可欠であり, 残念ながら豊富な判例を持つ英米法に一日の長がある。わが国海事産業及びわが国の社会システムが開放的で海外から安心して利用できる体制となっていることが不可欠といえる。
(寺前秀一)







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