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海洋白書 2004創刊号 日本の動き 世界の動き

 事業名 海洋シンクタンク事業
 団体名 シップ・アンド・オーシャン財団  


第3節 求められる周辺海域の防衛・警備態勢の強化
 引き揚げられた工作船は, 1998年に東シナ海で日本の暴力団関係者に覚せい剤を渡した不審船(「第12松神丸」と船名表記)と同一船であることが判明している。北朝鮮が, 工作船を使って覚せい剤密輸等を続けていた疑いは濃厚である。洋上での密輸品等の受け渡しの他に, 福井県美浜町や富山県黒部川河口での子舟や水中スクーターの発見例のように, 陸上に潜搬入したと考えられるケースもある。工作船で目的地の沖に進入し, 観音扉を開けて子舟の喫水線まで浸水させ, 操船員と工作員が子舟に乗り移って海岸付近まで接近, 工作員が子舟搭載の水中スクーターに乗って上陸するといわれる。福井県美浜町や富山県黒部川河口に上陸した工作員がいたはずである。
 北朝鮮工作船による海上からの韓国への侵入にも, 日本と同様の事例が多く見られる。1998年7月12日, 韓国東海岸で, 潜水服を着た男の遺体と機関銃が入った鞄が発見され, その沖で水中スクーターが見つかっている。また, 同年12月17日, 韓国南海岸に向かって近づいてくる北朝鮮の半潜水艇が見つかり韓国海軍と銃撃戦となった。半潜水艇は逃走を図ったが, 韓国海軍艦艇が追跡し, 日本の領海に近い対馬の南西約80kmの公海上で撃沈された。半潜水艇は工作船搭載の子舟と同様の役割を果たすと言われる。
 日本や韓国で発見された工作船とそれが絡んだと思われる拉致や工作員の潜搬入, 覚せい剤密輸等の事件を想起すると, いかに工作船が目的に適って設計されているかが分かる。かくも陰湿な犯罪・侵略意図を実現するために設計された戦闘艇は, 過去に例を見ない。
 
図1-5-7 
船の科学館で公開された工作船
(財)海上保安協会主催, 日本財団, 海上保安庁協力のもと, 東京・お台場の船の科学館で無料一般公開され, 144万人強の見学者(2003年12月21日現在)が訪れた。
 
1 海上保安庁と自衛隊の共同対処態勢
 九州南西海域不審船事案では, 防衛庁と海上保安庁, そして政府内部での連絡の在り方に問題があったのではないかとの指摘があった。関係省庁間で検証作業が行われ, (1)内閣官房−防衛庁−海上保安庁間での情報の共有, (2)排他的経済水域における不審船取り締まりの法的根拠に係わる検討, (3)情報収集, 通信, 監視能力の強化, (4)海上自衛隊艦艇の当初からの派遣, などがまとめられた。これに基づき, 海上自衛隊哨戒機の画像伝送能力の向上や基地からの大容量情報伝送能力の向上などの対策が講じられた(注5)
 2年前にまとめられた「能登半島沖不審船事案における教訓・反省事項について」では, 「不審船については, 海上保安庁が第一に対応し, 対応が不可能あるいは著しく困難な場合は海上警備行動を発令して自衛隊が対処する」とされていたが, 今回は, 当初からの海上自衛隊の艦艇投入の必要性が指摘された。工作船の侵入は, それが武力侵攻の形をとっていないため, 警察の任務と考えられがちであるが, 引き揚げられた工作船の武装を見ても分かるように, その脅威は国家安全保障上の問題として捉えることもできる。今日の脅威の特性は, 警察対応と防衛対応の境界を曖昧なものとしており, 海上の防衛・警備においては, 自衛隊と海上保安庁との縦割り的任務分担では対応困難であり, 平時からの共同が不可欠とも考えられる。海軍力と海上警察力の共同は, 能登半島沖不審船事案のずっと以前から, 国連安保理決議に基づく「海上阻止行動」(Maritime Interception Operation)や, 中南米地域から米国への麻薬密輸・違法入国阻止などで効果をあげており, 運用面における統合は世界的傾向にあるといえる。工作船が海上テロに結びつくことも想定できる。2000年に発生したアデン港における米艦艇「コール」の爆破事件や, 2002年のイエメン沖におけるフランスタンカー爆破事件の例もある。工作船の活動は, 国家の平和と安全に対する脅威であり, 警察機能と防衛機能を統合した対処が不可欠であろう。
 
図1-5-8 
海上自衛隊と海上保安庁の合同訓練
 
 世界的に見れば, 海軍と海上警察(沿岸警備隊)を分離しそれぞれに軍事的役割と警察的役割を付与している国の方が, 海軍に全てを任せている国よりも多い。日本や米国もそのような態勢をとっている。海上における防衛と警備に係る態勢の発展的形態であるともいえよう。しかし, 海軍の所掌と海上警察の所掌を組織縦割り的に単純に区分できるものではない。近代海軍の発祥とされる英国では, 海軍に「軍事」, 「警察」, 「人道支援・民生協力」の3つの任務を与えている。このうちの警察任務には, 船舶検査, 漁業監視, 海賊対処, 麻薬密輸阻止, テロ対処等が含まれ, これらは今日, 国際的にその重要性が認識されている。英国海軍の警察任務は, 平時の海洋における多様な脅威に対処するためのものであり, 警察的な防衛行動といった概念に基づいている。
 一方, イタリアでは, 必要に応じて海軍が沿岸警備隊に協力して行動できる態勢を整備しており, 沿岸警備隊と海軍の間で人事交流さえある。米国は, 海軍と沿岸警備隊との相互運用性と装備品の互換性の向上を促進している。日本においても, 海上自衛隊と海上保安庁との協力の促進と, さらには, 必要に応じて共同・統合運用をすることについての検討が必要ではなかろうか。
 武器の使用基準については, 海上における犯罪の取り締まりとして対処するのではなく, 工作船の侵入を外国による侵略の一形態と捉え, 主権や領域を保全する目的をもった強制措置の執行として法整備を含めて検討することが必要ではないだろうか。海上の犯罪取り締まりにおける武器使用については, 主に陸上における犯罪取り締まりを想定しているのではないかとも思える警察官職務執行法を, そのまま準用することが適当であるか否かについて検討する必要があるだろう。船を相手にする海上での取り締まりには, 陸上の法制は馴染まないところが多いのではなかろうか。
 日本は, 国連平和維持活動協力法, 周辺事態法, テロ対策特別措置法等, 事態や情況に応じて法を整備してきた。不確実で流動的な国際情勢の中では致し方ない面があり, むしろ柔軟に対処してきたと評価すべきであろうが, それでも, 海上の防衛・警備については抜本的な態勢(法制, 体制, 運用)の検討が必要である。
 
2 脅威認識の国際的共有
 漁業法違反船に対して, 船体に向けて射撃をするのは相当であろうか。排他的経済水域での違法操業船に対する武器の使用の敷居を低くする前例となるのではとの危倶もある。海外で, そのような論調があった。現在, 海上保安庁が不審な船を取り締まる根拠となるのは, 「漁業法」, 「関税法」, または海上保安庁法第17条の「立入検査」であろう。当該工作船は, 国旗を掲げず船体に「長漁3705」と記した漁船型船舶であり, 海上保安庁は, 排他的経済水域における違法操業の疑いで取り締まろうとした。日本から隣接国等に当該「漁船」について存在を問い合わせるなど国際的に必要な手続きは全てとられたと聞く。「漁船」の登録が確認できなかった段階で, 違法操業ではなく, 漁船偽装の不審船が逃走しており, 犯罪を企んでいるか安全を脅かす恐れがあることを近隣諸国に伝えると共に, 日本の対応を逐次通報する姿勢を示したならば, 近隣諸国の反応も異なったものとなったのではあるまいか。
 東アジアの海は複数の国家の領海や排他的経済水域が重なり合っており, 工作船が逃走すれば複数の国家に影響を及ぼすので, 国際的な取り組みが必要となる。そのためには, 日本として工作船への対応の基本態勢を定めておくことが重要で, 早い段階からの海上警備行動の発令, さらには, 領海警備などの法制の整備等を検討する必要があるだろう。
 威嚇目的での船体への射撃は相当であろうか。今回の船体への威嚇射撃は, 停船しない不審船に対する警告として実施されたと理解できる。国際的には, 「威嚇」も「警告」もWarningであり, 警告射撃はWarning Shotと呼ばれ, 武器使用の程度は, 国あるいは情況によって異なるところがある。船体を狙っての射撃は威嚇の域を超えている, と考える国があったとしても不思議ではない。強制的に停船させることを目的として推進器などを破壊する射撃は, Disabling ShotあるいはDisabling fire(いずれも, 無力化射撃)と呼称することが多く, これは国際的にも通用する。九州南西海域不審船に対して実施した威嚇のための船体射撃は, このDisabling fireに該当すると考える向きもあるだろう。誤解を避けるためには, 「武装工作船の疑いのある船舶に対してDisabling Shotを実施した」と説明した方が良いかもしれない。用語についての国際的な定義づけが必要であろう。それが信頼醸成にもつながる。加えて, 領海外で武器を使用する場合は, 近隣諸国に脅威の実態と実行中の措置を通報する配慮が必要であろう。それが透明性を促進する。
 
3 複数の排他的経済水域が接する海域における防衛・警備
 沿岸国家による排他的経済水域等の設定によって, 地球上のほぼ半分の海域にはいずれかの国家の主権的権利・管轄権が及ぶことになった。工作船の侵入に限らず, 海洋資源を巡る紛争, あるいは海賊行為といったものは, ほとんどが, いずれかの国家の排他的経済水域, あるいは境界が未画定で複数の国家の主張する排他的経済水域が重なり合う海域で生起する。そこにおいて, 排他的経済水域に及ぶ国家の主権的権利・管轄権が海洋の防衛・警備態勢に与える影響は大きい。東シナ海の排他的経済水域について, 日本は日本と中国の領域(尖閣諸島は日本の領土)からの中間の線をもって日中の排他的経済水域の境界と定めている。しかし中国は日本の示す中間線を認めず, 日中の排他的経済水域の境界は未確定であるとしている。また, 中国には, 中国の大陸棚が南西諸島以東にまで延びておりその上部水域にも中国の権限が及ぶとの論調さえある。
 ブラジルは, 「排他的経済水域での軍事演習には同意が必要」と理解する等の宣言を付して国連海洋法条約に署名した。排他的経済水域での軍の行動に通報や許可を要求する沿岸国家は多い(注6)
 国連海洋法条約は, 排他的経済水域における軍の行動に関して必ずしも明確ではない。有事における国連海洋法条約の適用についても不明確である。米国などは, 排他的経済水域は海戦法規に影響を与えず, 紛争非当事国の排他的経済水域においても自衛権の行使が可能であるとの立場をとり, 平時有事を問わず, 軍艦等の通航には海洋自由の原則が適用されるとしている。ここにおいて, 自国の排他的経済水域における他国の海洋利用に様々な制限を課そうとする沿岸国家と, 伝統的な海洋自由を維持したい海洋利用国家との主張の隔たりは大きい。沿岸国家の中には, 排他的経済水域に限りなく主権に近い権利を及ぼしたい, あるいは, 排他的経済水域にある資源を国家の発展のために最大限排他的に利用したい, さらには, 200海里に及ぶ防御縦深を確保して国家の安全を図りたい, といった思惑を持った国もある。
 排他的経済水域の中間線を越えて逃走した工作船への日本の対応とその引き揚げに対して示した中国の反応には, 沿岸国家の主張が顕著な形で表れている。2001年4月, 海南島沖の中国の排他的経済水域上空で行動していたアメリカ軍電子情報収集機に対して, 中国軍機が執拗に拒否行動をとり空中衝突を引き起こした。情報収集機が中国の安全を脅かすスパイ行為をしていた, というのが中国の対応の理由であった。その一方で中国は, 日本など隣接諸国の排他的経済水域で中国の海軍艦艇を行動させるという矛盾を示している。
 1999年3月の能登半島沖不審船事案で, 不審船がロシアの沿岸に向かって逃走した際, ロシアは2隻の艦船を派出して警戒態勢をとった。1998年12月に発生した北朝鮮の半潜水艇による韓国領海侵入事案では, 韓国海軍艦艇に追跡された半潜水艇が日本の領海に逃げ込む事態も考えられた。東アジアの海域で工作船が逃走すれば, 必然的に複数の国家の排他的経済水域を越え, 多くの国家の安全保障に影響を及ぼすことになる。ある国の対応が他の国に安全保障上の脅威を与えてしまう事態も十分に考えられる。工作船への対応には, 国家間の連携と協調が必要となる。排他的経済水域の法的地位については, 国家それぞれに異なる主張があるだろうが, 防衛・警備の必要性に違いはないはずである。
 国連海洋法条約を領域主権国家間の法としての面からだけで捉えると, 安全保障に係わる国際問題の解決が困難となる。主権あるいは主権的権利の壁が, 共通の脅威への国家間の協調的対応を妨げるからである。そもそも, 国家の防衛・警備には排他的意図の側面がある。しかし, 排他的経済水域は, 海洋資源・環境を保護し人類社会の持続可能な発展を企図するという崇高な理念に基づき創設されたものであるはずだ。一国だけによる海洋資源・環境の保護は不可能であり, そこには国際協力の必然性がある。国家の安全もまた, 国際社会の持続可能な発展の基礎であり, 排他的経済水域での防衛・警備を目的とする行動については, 国際社会・地域における相互理解と協力が求められる。
(秋元一峰)
 

注5 防衛庁編「平成14年度防衛白書」
 
海上阻止行動
 国連決議による経済制裁・武器禁輸を履行するための禁輸執行措置であり, 慣習的にMaritime Interception Operationと呼称される。
 
注6 バングラディッシュ, ブラジル, カーポ・ベルデ, マレーシア, インド, パキスタン, ウルグアイは, 同意なくして自国の排他的経済水域およびその上空において他国の軍隊が行動することはできないと主張している。
 







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