日本財団 図書館


政府間パートナーシップ
 パートナーシッププログラムは前回と同じ11ヶ国が参加して1999年10月に活動を開始した。パートナーシップ協定には、活動に対する資金またはそれ以外の方法(あるいは両方)での補助的な資金提供、訓練コースの共催、特別プロジェクトでの連携、訓練における専門的能力の提供、プログラムが主催するワークショップや会議への人材派遣などが含まれる。
 
 2001年の日本の参加によって、地域プログラム活動の実施に際して、地域の12ヶ国すべてが参加する政府間パートナーシップが実現した(表1)。
 
 資金補助の側面では、各国からの援助は発足当初の330万米ドルを170%上回る890万米ドルに達し、パートナーシップ合意に対する参加意識と歓迎感が高まった。
 
 統合的沿岸域管理を実施する地方政府の地域ネットワーク(RNLG)を通じて、地方政府レベルの政府間パートナーシップも整備中である。PEMSEAはICM試験運用サイトおよび複製サイトを開発し、参加各国にICM並行運用サイトを構築することを推奨する。各試験運用サイトおよび並行運用サイトでは、PEMSEAが開発、試験した標準の枠組みと手続きに基づいて一連のICMプログラムが開発、実施される。今日までに、RNLGの構築を通じてサイト間に緊密な連携体制、相乗効果、およびリンクが築き上げられてきた。毎年開催のワークショップでは11のメンバー国が持ち回りでホストを努め、経験や、学んだことや、課題について情報が交換される。こうした共通の目的や利益に基づく地方政府のパートナーシップは、地域的な連携の良好な基盤となった。
 
行政組織間パートナーシップ
 地域プログラムの最大の目的は、政府の全レベルで行政組織間のパートナーシップを前進させることである。しかし、これは極めて困難である。事業の重複、官僚化の弊害、法律を執行する際の障害などは、行政組織同士の縄張り争いが最大の原因だからである。実際、環境の悪化や資源の乱獲などの大きな部分については政府機関に責任がある。
 
PEMSEAは以下に示す活動を通じて政府組織間のパートナーシップを推進している。
 
・関係の政府機関が参加して、地方政府レベルでICMを開発、実施する場合。PEMSEAのICMプロジェクトは、バリ(インドネシア)、バターン、バタンガス(フィリピン)、チョンブリ(タイ)、ダナン(ベトナム)、南浦(北朝鮮)、ポートクラン(マレーシア)、始華(韓国)、シアヌークビル(カンボジア)、スカブミ(インドネシア)、厦門(中国)の9ヶ国11地域の試験運用サイトおよび並行運用サイトで行なわれている。これら全てのプロジェクトにおいて、政府機関およびその他の利害関係者はプロジェクト調整委員会(PCC)メンバーになっている。PCCは政策の方向性を決定し、ICMプロジェクトの実施に関する提言を行なう。通常、こうした政府機関には漁業、農業、林業、環境、規格、海洋、港湾、観光、公衆衛生、排水、鉱業などが含まれる。特定の活動は、PCCを通じて該当する政府機関に割り当てられる。たとえば、リスクアセスメントや環境への影響のアセスメントのような活動、ゾーンの分離方式、沿岸の地形と戦略、天然資源の経済的評価などが割り振られる。フィリピンのマニラ湾について、現在、同様の調整委員会を準備中である。
・政府組織間の参加を強めて、共通の利益について議論する。良い例はタイ湾、マニラ湾、および渤海における重油漏れのリスクアセスメントおよび対応計画である。重油や化学薬品が漏れた場合のリスクを想定して、各サイトでのプロジェクトにはいくつかの政府組織が関与している(環境、漁業、港湾、海洋、海軍/沿岸警備隊、法律)。重油流出時の緊急対応プランの作成、対応に用いる装置の配備、要員の訓練、航空測量、経済的打撃および損害復旧の要求額の確定等々には、組織や規則の違いを超越して参加することが要求される。
 
 PEMSEAでは行政組織内のパートナーシップを構築するために、長年にわたり良好な作業習慣が採用されてきた。各試験運用サイトで開発される沿岸戦略では、非常に有効かつ便利な環境管理の枠組みおよびプラットフォームが提示され、想定される政府組織は共通のビジョンまたは開発目的に到達する方向へ向けて、適切な分野や独自の役割を見いだすことができる。
 
マルチセクター・パートナーシップ
 マルチセクター・パートナーシップの推進の背景には、天然資源の多目的利用による争いが増加していることがある。多目的利用に起因するセクター間の争いは、天然資源の活用を持続可能な形で実現しようとする国や地方の努力を大きく傷つけている。PEMSEAでは関連の経済セクター、特に民間セクター、NGO、学術コミュニティー、およびメディアを、環境管理活動の行動プランの作成、実施に参加させ、相互およびPEMSEAとの間のパートナーシップの強化を図った。
 
 ICMプログラムが開発、施行されたバターン州では、ICMプログラムの様々な活動の開発および実施段階において民間セクター、メディア、および学術コミュニティーが重要な役割を演じた。州や市の政府と産業界の間に強力なパートナーシップが推進され、政府のイニシアティブを支援するバターン沿岸援助基金(Bataan Coastal Care Foundation)が設立された。ICMプログラムの総予算の半分は同基金が拠出している。同州の一般市民に対して定期的に報道するなど、地方メディアが深く関与したこともあって、このパートナーシップはさらに強化された。情報が浸透した結果、 般市民は政府のイニシアティブに対して概して共感を持ち、協力的であった。過去3年間に構築されたこうしたパートナーシップの重要性は十分に認識されており、同州が自内および国際的に表彰を受賞した原動力の一つとなっている。
 
 マルチセクター・パートナーシップ協定の水準は各国の社会、経済、政治的、文化的な状況に依存している。こうしたパートナーシップは地域レベル、国レベルで行なうよりも地方レベルで行なった方が遙かに効果的であることがPEMSEAのこれまでの経験から分かっている。マルチセクター間の協力や連携活動はバリ、スカブミ、バタンガス、チョンブリなど多くのICMプロジェクトで有効に機能した。政治システムの性格上、中国や北朝鮮など一部の国ではマルチセクター・パートナーシップには不確定要素が伴う。
 
環境安全保障を確保する地域的な枠組み
 PEMSEAは2000年から地域戦略「東アジア海域における持続可能な開発戦略(SDS-SEA: Sustainable Development Strategy for the Seas of East Asia)」の作成に着手した。地域戦略には、東アジアの沿岸および海洋に対してWSSDが提示している要求を実施するためのガイドラインの枠組みが提示されている(表2)。SDS-SEA文書(PEMSEA、印刷中)の前文に記載されているように、地域戦略の内容は以下の通りである。
 
・適用される基本理念、該当する既存の地域的、国際的行動プログラムや協定、実施手順などをパッケージとして提供する。
・関心のある国や利害関係者を対象に、すでに行なっている取り組みを統合的または包括的に実施するための地域的枠組みを提供する。
・社会的、文化的、経済的、環境的な諸問題の相互の関連性について採り上げる。
・東アジア海域に関して、国や利害関係者が共有するビジョンを具体化する。
 
 この地域戦略では、共通の問題や課題に対処してゆくことを念頭に、関係する全ての団体に対して地域的な視点、基本理念やガイドライン、基盤を提示している。ひとことで言うと、SDS-SEAは環境および天然資源を統合的に管理し、持続的に利用するための実施手段である。その実施が地域の環境安全保障に貢献していることに疑いの余地はない。
 
 この地域的枠組みは、さらに以下のような目標を掲げている。
 
・政府組織、NGO、民間セクター、およびその他の利害関係者の間での地域のパートナーシップ協定を強化する。
・地域で活動しているあらゆるレベルの組織やプログラムについて、その活動や専門知識の相乗的・蓄積的効果が発揮できるようにする。
・地域内で社会的、経済的発展が異なる段階にある国どうしで経験、知識、技術、技能などを共有・移転したり、相互援助が行なえるようにする。
・関心のある投資機関および寄付団体から支援を受け付けられる仕組みや、自立的な資金調達メカニズム、投資の機会を整備して、沿岸および海洋の持続可能な開発を実現する。
 
SDS-SEAが作成した6つの戦略は以下の通りである。
 
・沿岸および海洋資源の持続可能な利用を保証すること。
・生態学的、社会的、文化的に重要なあるいは自然のままの生物種や生息域を保護すること。
・人間活動の結果として発生するリスクから生態系、人の健康、および社会を保護すること。
・生態系から得られる恩恵を守りつつ、沿岸および海洋環境における経済活動を開発し、経済的繁栄、社会福祉に貢献すること。
・沿岸や海洋の管理に関する国際条約を実施すること。
・利害関係者との意思疎通を通じて一般の関心を喚起し、マルチセクター型の参加を強化し、科学的サポートを入手すること。
 
 以上の6項目の戦略に沿って、約228の行動計画を策定中である。これらの行動計画では、地域海の持続可能な開発にとって課題となる管理面でのさまざまな問題や環境への脅威が採り上げられている。
 
 SDS-SEAのドラフトについては過去3年間、関係する政府や利害関係者を交えて地方、国、地域レベルで幅広く検討が行なわれた。PEMSEAは協力者、国際NGO、国際組織や国連組織と幅広く協議し、さらなる改善に役立てている。SDS-SEAは、最近開催されたPEMSEA加盟国の政府上級官僚会議(SGOM: Senior Government Officials Meeting)において最終的に承認された。さらに、2003年12月8日にマレーシアのプトラジャヤで開催される大臣フォーラムに提出され、承認される予定である。
 
 SDS-SEAの実施はひとつの挑戦である。政治の関与が必要になるばかりでなく、行動計画のそれぞれに適切な人材と資金が要求される。
 
 SDS-SEAのドラフトは政府レベルでの採択待ちの段階だが、一部の政府は沿岸または海洋に関する政策や戦略の策定にすでに着手している。これは明るい知らせである。フィリピンでは、フィリピン群島アジェンダが検討の最終段階にある。タイは、タイ海洋政策を作成中であり、マレーシアは沿岸政策の草稿に着手するところである。インドネシアやベトナムも行動を開始している。沿岸、海洋に関する独自の政策および戦略を作成する際、各国はSDS-SEAの幅広いガイドラインの枠組みを活用することができる。これにより、独自案の開発を強化することが見込まれる。
 
まとめ
 地域の国家や利害関係者の間で環境問題を採り上げ、地域的な協力を促進する上で、PEMSEAの10年間の経験から以下の教訓が得られた。
 
・セクター横断的、境界横断的な問題を解決するには、計画的、包括的かつ統合的な管理手法が必要不可欠である。
・パートナーシップ手法の導入により共通のビジョンが形成され、リスクと利益に対する理解が広がり、その共有が推進される。結果として政府間、政府組織間、およびマルチセクターの争いを減少させることができる。
・民間セクターの関与は必要不可欠である。彼らは利害関係者であると同時に、専門知識や財源を提供してくれる。
・公的セクターおよび民間セクターの意思決定者の関与を深めるためには、環境への責任を経済的なチャンスに生まれ変わらせてゆく必要がある。
・環境安全保障の問題は、海洋安全保障の側面からだけでなく、持続可能な開発の側面からも取り組んでゆく必要がある。
・環境的あるいは持続的な開発を地域レベルまたは地方レベルで進めるための戦略的枠組みは、政府間、政府組織間、およびマルチセクター的なパートナーシップを推進するのに非常に便利である。
 
 最大の難関は、全てのレベルで利害関係者相互間に信用を構築できるかどうかである。これは長く厳しい道のりである。パートナーシップの手法は現在の世代および次の世代が、より大きな安全保障を享受できるように意見を取りまとめ、ビジョンを共有し、確信を構築し、信頼を育むための第一歩である。
 
参考文献
Bryant, D., L. Burke, J. McManus and M. Spalding. 1988. Reefs at Risk. A map based indicator of threats to the world's coral reefs. World Resource Institute (WRI), International Center for Living Aquatic Resources Management (ICLARM), World Conservation Monitoring Centre (WCMC) and United Nations Environment Programme (UNEP). Washington, DC. 55p.
Chou, L.M. 1998. Status of Southeast Asian Coral Reefs, pp. 79-87. In C. Wilkinson (ed.) Status of coral reefs of the world: 1998. Global Coral Reef Monitoring Network and Australian Institute of Marine Science, Queensland. 184 p.
Chua, T.E., S. A. Ross, H. Yu, editors. 1997. Malacca Straits Environmental Profile. MPP-EAS Technical Report 10, 259p. GEF/UNDP/IMO Regional Programme for the Prevention and Management of Marine Pollution in the East Asian Seas. Quezon City, Philippines.
Chua, T.E., S. R. Bernad, M.C. San. 2003. Coastal and Ocean Governance of the Seas of East Asia: Towards an Era of New Regional Cooperation and Partnerships. Tropical Coasts (July 2003). 10(1). (in press).
Fortes, M. 1994. Seagrass resources of ASEAN. In: Living Coastal Resources: status and management. Report of the Consultative Forum, 3rd ASEAN-Australia Symposium on Living Coastal Resources. Wilkinson, C. (ed). Australian Institute of Marine Science, Townsville, Australia. p. 106-109.
GESAMP (IMO/FAO/UNESCO-IOC/WMO/WHO/IAEA/UN/UNEP Joint Group of Experts on the Scientific Aspects of Marine Environmental Protection). 2001. A Sea of Troubles. Rep. Stud. GESAMP No. 70, 35p.
ESCAP, ADB. 2000. State of the Environment in the Asia and the Pacific. ST/ESCAP/2087. United Nations, New York. 2000.
PEMSEA. Sustainable Development Strategy for the Seas of East Asia. PEMSEA, Manila. (in press).
UNEP. 1998. Report of the Thirteenth Meeting of the Coordinating Body on the Seas of East Asia (COBSEA) on the East Asian Seas Action Plan. UNEP (WATER)/EAS IG.9/3. United Nations Environment Programme, Bangkok. World Bank Group. 2002. Data by Topic. http://www.worldbank.org/data/databytopic/databytopic.html.
 
表1 PEMSEAの活動に対する各国の参加状況
(2003年9月までの参加状況)
Activities Brunei
Darussalam
Cambo
dia
P.R.
China
DPR
Korea
Indo
nesia
Japan Malay
sia
Philippines RO
Korea
Singa
pore
Thai
land
Viet
nam
Pilot Phase                        
Project
Steering
Committee
OB
ICM
Demonstration
Site
                   
Malacca
Straits
               
Capacity
Building
 
Sustainable
Financing
       
PEMSEA                        
ICM
Demonstration/
Parallel
Sites
     
Pollution
Hotspots/
Subregional Seas
           
Networking
and
Regional
Task Force
   
Capacity
Building
Scientific
Support
         
Communicate
with
Stakeholders
         
Integrated
Information
Management
System
       
Environmental
Investment
     
National
Marine
Policy
     
Regional
Arrangement
Project
Steering
Committee
Note: OB - Observer
 
表2 WSSD実施計画に対する「東アジア海域における持続可能な開発戦略(SDS-SEA)」
―海洋の持続可能な開発に関して―
WSSD SDS-SEA
(29項)関連組織間の国際的・地域的レベルでの調整と協力および全てのレベルでの行動。 ・行政組織間・セクター間・政府間におけるパートナーシップの構築。
・Agenda21第17章およびWSSD実施計画を、統合的手法および効果的な調整と協力によって効果的に実施する。
・戦略的プロジェクトおよび計画の実施のための包括的フレームワークとして統合的管理手法の採用。
・沿岸・海洋に関する国家戦略および政策の開発と強化。国家レベル・地方レベルでの統合的・総合的な沿岸・海洋管理メカニズムと手法の開発と強化。
(30項)持続可能な漁業。枯渇した資源の回復。関連する国際協定、FAO行動規範および実施計画の実施。地域漁業管理の促進。生産性および生物多様性の維持。 ・漁業管理のための準地域海における国境を越えた協力の向上。 FAO行動規範および実施計画の実施。EEZ漁業管理能力の強化。
・責任ある方法による生物資源の利用。過剰な漁獲能力の削減。枯渇した漁業資源の回復。
・漁業管理の統合的沿岸域管理計画への統合
(31項)ジャカルタ・マンデートの実施。生態系・生息場所・生物多様性の保全。破壊的漁業の排除。ラムサール条約・生物多様性条約の実施。 ・生物多様性条約およびジャカルタ・マンデートに基づく生物多様性保全のための政策の実施。
・脅威にさらされている生息地および生物多様性の回復。
・破壊的漁業に対する対策の実施。
(32項)陸上活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画(GPA)とモントリオール宣言の実施の促進。人的・組織的能力の開発。汚染のリスクと影響の管理。地域計画の立案。 ・人間の陸上活動に伴う悪影響から海洋環境を護るための能力の強化。
・悪影響と戦うための管理計画の地域での実施。
・陸上活動の影響を管理するための包括的手法。
(33項)海上の安全および汚染からの海洋環境の保護の促進。IMO条約の批准と実施。バラスト水中の外来生物種に対する取組み。海上輸送および放射性物質の国境を越えた移動に関する管理方法。 ・輸送および海上活動に伴う作業および事故による海洋の汚染防止。マルチセクターの法執行。バラスト水からの外来生物の侵入防止対策。油流出事故対策および対応。
・ロンドン条約に基づく海洋への廃棄物の投棄および焼却の規制。
・陸上および海上における経済活動の統合的管理。
(34項)科学的理解と評価の改善。協力の強化。海洋環境の状態に関する地球規模的報告および評価の構築。科学、情報、管理に関する能力の向上と関連する国際機関(IOC、FAO等)の能力の強化 ・関連する管理上の問題や手法に対する国民の認識と理解を向上させるための活動。
・決定する際に科学的知識および慣習的な知識を適用するための活動。
・地方・国家・地域のネットワークを含む、革新的な通信方法を使って政府機関およびその他の利害関係者を集結する。
・環境評価システムおよび方法(SEA、EIA、IEIAを含む)を強化拡大する。
・管理の効果を判断するための適切な指標を使って、統合的環境モニタリング計画を実施する。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION