日本財団 図書館


Session 3-2
東アジア海域の環境安全保障の実現に向けた
パートナーシップの構築
Chua Thia-Eng
東アジア海域海洋環境管理パートナーシップ地域プログラムディレクター
 
概要
 
 東アジア海域における海上安全保障の問題は、国家の安全、食料、環境、および航海の安全の諸問題を包括している。これらの問題は、人間の陸上の活動と相互に密接に関係している。東アジア海域は世界の海上貿易の中心であると同時に、海洋の生物多様性のグローバルな中心でもある。急激な経済成長、貿易のグローバル化と地域化、貧富の差の拡大、沿岸および海洋環境の急激な悪化、天然の生息地の急激な破壊などは、単独でも相乗効果的にも、微妙な関係を崩壊させる可能性がある。
 
 このような複雑な相互関係のため、東アジア海域は現在、管理の面で多くの問題に直面しており、現実的な実効性のある対策が要求されている。すなわち、環境の急激な悪化を食い止め、流れを反転させること、地方政府の役割を強化させること、多様な利用による紛争問題を防止・減少させること、国際条約等を批准し実施すること、環境投資を促進すること、人材および財源を開発し動員すること、などである。
 
 本論文では、10年に及ぶPEMSEAを振り返り、試行段階の「東アジア海域における海洋汚染の防止および管理」および現段階の「東アジア海域の環境管理のためのパートナーシップの構築」に関する活動や得られた教訓について報告する。論文では厦門市およびバタンガス湾における2件の統合的沿岸域管理(ICM)プロジェクトに光を当て、活動の内容、活動から得られた情報、および活動の影響などを紹介する。また、マラッカ・シンガポール海峡におけるデータベースの蓄積に関するインドネシア、マレーシアおよびシンガポールの準地域的な取り組みについても論じる。
 
 活動の継続運用段階では、政府間、行政組織間、および業種間の協力関係の構築について集中的に採り上げている。(a)ICM試験運用サイトの開発および実際の適用(b)汚染の重点地区および準地域的水域における環境リスクの取組み(c)環境行政の能力構築(d)地域ネットワークやタスクフォースの構築(e)環境への投資機会の創出(f)意思決定者に対する科学的支援の提供(9)統合情報管理システムの開発(h)対話の促進による利害関係者の参加の促進(i)海洋政策の推進(j)適切な地域協力協定の構築
 
 PEMSEAは参加各国と密接に連携を取りながら、「東アジア海域における持続可能な開発戦略(SDS-SEA)」を作成中である。この戦略は2003年12月に開催予定の東アジア海洋会議2003の大臣フォーラムにて承認される予定である。この地域戦略は、沿岸および海洋に関する「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)」、アジェンダ21、その他の国際条約、合意、議定書などに関連して地域的、統合的に実施するための枠組みを提供する。さらに、政府間、行政組織間、業種間の協力関係を構築するための地域、国家、地方レベルでの基盤を提供する。
 
東アジア海域の環境安全保障の実現に向けた
パートナーシップの構築
Chua Thia-Eng
現職:東アジア海域海洋環境管理パートナーシップ(PEMSEA)地域プログラムディレクター
海洋生物学者、海洋汚染および沿岸・海洋管理の専門家。研究、マネージメント、政策の構成と施行に加え、水産や環境の分野にも造詣が深い。シンガポール、マレーシア、フィリピンの大学に勤務する傍ら、ICLARM、FAO、IMO等の多数の国際組織および国連組織において議長やディレクターを務め、現在世界水産会議審議会議長、国際沿岸海洋政策研究センター(ICCOPS)理事。自身の研究分野において180以上の論文を発表しており、アジア水産学会のGold Medal Awardを含む多数の受賞歴がある。
 
はじめに
 今日の経済に照らし合わせると、海洋安全保障という言葉は広い意味で、国の安全、食料および環境の安全保障、海上の安全などの諸問題を包括している。海洋問題のこうした様々な側面は、海上のみならず陸上も含めた人間の活動と密接に結びついている。本論文では、こうした問題の一例として、東アジア海域(SEA)の環境安全保障の問題に焦点を当てる。
 
 東アジア海域および周辺国が海洋安全保障に対して重要な役割を担っていることは、この地域が持つ以下に挙げるような特徴からも明らかである。
 
・海上貿易の世界的中心である。地域に点在する超大規模港や大規模港と、オイルタンカーやコンテナ船が行き交う主要海上航路(マラッカ・シンガポール海峡、ロンボク海峡を含む)が大規模なネットワークを形成している(Chua et al, 1998)。
・世界の漁獲高の40%以上、世界の珊瑚礁とマングローブ湿地の1/3、世界の海草の1/2弱がこの地域に集中しており、まさに生物の多様性の世界的中心といえる。この地域は主要な5つの大規模海洋生態系を網羅しており、海洋生物資源、非生物資源の両方に恵まれている。この地域の国々の多種多様な経済と19億人の生活(その多くは沿岸地域に生活している)に、大規模海洋生態系は極めて大きく貢献している。
・政治的、社会文化的、経済的、エコロジー的な見地から、互いに複雑に関連しあっている(Chua et al, 1998)。これらは互いに関係している上に脆弱で影響を受けやすい。また、大昔から結びつきを維持しており、平和と秩序、そして経済的繁栄に貢献して来た。
 
 急激な経済成長、貿易のグローバル化と地域化、貧富の拡大、環境の急激な悪化、天然資源の生息地の急激な破壊などは、単独でも相乗的にも、微妙なバランスを崩壊させる可能性がある。また近年、天然資源の帰属や、どのレベル(地方、国内、地域、グローバル)で資源を利用するかを巡って紛争が頻発しており、国にとっても個人にとっても安全を脅かす問題に発展している。これは地域全体として許容できない事態である。
 
複雑性の管理−東アジア海域の持続可能な開発への挑戦
 東アジア海域の持続可能な開発の問題は、管理面で多くの課題を抱えている。問題が複雑であるから、戦略的かつ包括的な取り組みや、時間と資源、断固たる政治的意志が要求される。以下の理由から、管理の面で効果的な行動が要求されている。
 
・環境の急激な悪化を食い止め、流れを反転させる。具体的には、河川や海への有機物の流入を減らし、毒性物質の投棄を減らし、天然資源の生息地の破壊をストップさせ、生態系の復元活動をレベル、量、品質の各側面から拡充することが求められている。
・地方政府の役割を強化させる。人材育成および資金調達を促進し、計画、管理、執行を可能にし、さらに政策の変革、利害関係者の参加などを実現してゆく。
・地方レベル、準地域レベル、および地域レベルにおける、多様な利用に基づく紛争問題、特に国境をまたぐ問題を防止・減少させる。
・気候変動条約、生物多様性条約、国際海事機関や国連環境計画の条約、アジェンダ21、持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)の実施計画など、国際条約や国際合意を批准、実施する。
・環境への投資機会を創出し、環境管理の責任を果たすことが経済的インセンティブに結びつくようにする。
・人材育成および資金調達を全てのレベルで促進し、上述の諸問題に取り組む。
 
地域レベルの10年間の努力:PEMSEAの果たした役割
 過去50年間、社会、経済、政治的な違いはあったものの、東アジア地域の国々はそれぞれのレベルで経済成長を達成してきた。日本、韓国、シンガポールなどは経済先進国に仲間入りし、ブルネイと共に、これらの国々の収入は西側の先進国と肩を並べるレベルに達した。その一方、この地域には1日の収入が2米ドルに満たない多くの人口が依然として存在する(2002年、世界銀行報告)。しかし、マレーシア、タイ、中国など多くの発展途上国は、沿岸地域のほとんどで貧困層の減少に成功している。残念ながら、目を見張る経済成長とは裏腹に、地域の環境の質には改善の兆しが見えない。それどころか、最新の環境報告(GESAMP, 2001、ESCAPおよびADB, 2000)によれば状況は確実に悪化している。
 
 科学調査報告(Chou, 1998; Brynt et al, 1998; Fortes, 1994; UNEP, 1998)によれば、毎年、マングローブ湿地帯の10%が失われている。もしも規制が行なわれなければ2030年には全てのマングローブ湿地が消滅するであろう。同様に、今後20年内には全ての珊瑚礁が崩壊し、現在は多くの沿岸海域にふんだんに残されている海草の群生地も汚染、環境悪化、埋め立てなどによって消滅する。
 
汚染の防止および管理努力(1993-1999)
 1993年には地球環境ファシリティー(GEF)の資金援助を受けて、この地域における汚染問題を解決するべく地域的な試みが発足した。東アジア海域を囲む12の国のうち11ヶ国が参加する同地域プロジェクトは、統合的沿岸域管理(ICM: Integrated Coastal Management)を導入することによって、環境問題を地方レベルで解決できることを示すことができた。これは大きな収穫である。プロジェクトでは、地方政府向けの作業モデルとして厦門市(中国)、バタンガス(フィリピン)の2つのICMプログラムが作成された。多くの成果を残した2つの実証プロジェクトでは、環境保護計画と経済開発の枠組みにICMの手法が組み込まれた。
 
 今日、厦門市は中国で最もきれいな都市の一つになり、環境の質を悪化させずに17〜19%の高い経済成長が維持されている。同市では汚染の進行したYuangdang Lagoonの浄化に成功し、航路を邪魔していたケージや牡蠣の養殖場が取り除かれ、海洋の使用ゾーン分離方式が実施され、湿地が復元され、絶滅危倶種が保護され、ウォーターフロントの管理が改善し、国際条約や国内条約が実施された。厦門は持続的開発という目標に向かって大きく飛躍した。厦門市は環境への配慮を長期的経済開発計画に盛り込んだ、ICMモデルの模範例と言える。
 
 フィリピンのバタンガス州におけるICMプロジェクトでも厦門市と同様のモデルが採用されているが、社会、経済、政治的な前提条件が異なる。厦門の場合と同様、長期的な環境管理計画が作成され、州の環境管理システムにICMの手法が組み込まれた。同プロジェクトは、その様々な活動を通じて、行政組織間の対話、相談、関与の主な手段となった。また、統合的計画、環境モニタリング、統合的環境影響評価に関する地方行政の能力開発が進むとともに、行動計画の作成や実施に利害関係者が大きく関与できるようになった。同プロジェクトではNGOとベイエリアで操業する民間業者が重要な役割を演じた。バタンガス沿岸資源管理基金(BCRMF)が設立され、州政府と密接に協力して環境の問題が採り上げられるように取り計られた。バタンガス湾プロジェクトでは、NGOと民間が政府機関と協力して責任を果たせることが証明された。
 
 マラッカ・シンガポール海峡が選択された理由は、海峡を隔てたインドネシア、マレーシア、シンガポールの3国が、海峡の安全航行と環境の問題に共同で取り組めることを示すためである。石油タンカーやコンテナ貨物船が狭い海峡にひしめき合い、何百もの小型・中型の漁船が縦横無尽に動き回る世界で最も混雑する水路の一つであるこの海峡では、航行の安全が主要な課題であることは疑いの余地がない。プロジェクトには3ヶ国から専門家が呼ばれた。環境問題の調査、および住民の健康と生態系のリスクアセスメントが行なわれ、海峡の広域な海図と電子情報管理システムが構築された。この情報管理システムには、海峡周辺の環境、社会経済、人口統計のデータベースが組み込まれた。
 
 マラッカ・シンガポール海峡プロジェクトの成果はその後、船舶の航行情報と環境情報が統合された情報システムの開発につながった。この情報システムは海洋電子ハイウェイ(MEH)と呼ばれている。世界銀行とIMOが実施し、沿岸の3ヶ国が参加したMEHの準備段階の結果、GEFから資金提供を受けて試験的プロジェクトが発足した。この試験プロジェクトは2003年後半から2004年初頭までに始動する見込みである。
 
 上記の活動に加えて、地域プログラムでは訓練コース、インターン制度、ワークショップ等を通じた人材育成にも重点を置いてきた。さらに、地方政府が環境プロジェクトを実施する場合に資金調達手段を見いだせるように、適切かつ持続可能な資金調達メカニズムの開発を開始した。
 
環境管理パートナーシップの構築(1999〜2005)
 上記のGEFの試験段階プロジェクトでは、参加各国の間に協力関係が構築された。その結果、環境問題には予想していたよりもはるかに多額の資金が必要で、実施に際して組織トップの参加が必要だということが明らかになった。そして、政府だけで環境管理問題を打開することは不可能で、環境への脅威を逆戻りさせることはさらに困難であることが理解された。すべての利害関係者とパートナーシップを構築して、さらに活動を推し進める必要がある。多くの環境問題、特に組織間にまたがる場合には政府間、業種間、行政組織間の協力が必要である。したがって、後続のプロジェクトでは「パートナーシップの構築」が主要な目的として位置づけられている。
 
 ここで「パートナーシップ」とは、複数の団体が共通の目標またはビジョンを達成するために集団で活動を推進する協力関係と定義される。良好なパートナーシッププログラムは、参加する各パートナーの資源、専門技術、および技能の上に構築される。プロジェクトでは利益と共にリスクも共有することになる。
 
 1999年10月には、「東アジア海域環境管理を目的としたパートナーシップの構築(PEMSEA)」の地域プログラムが始動した。引き続きGEFから資金提供を受ける地域プログラムは、国連開発計画(UNDP)とIMOが実施・実行機関を引き受けた。さらに、参加国の政府および寄付によって資金調達の補助を受けている。PEMSEAの主な活動内容は以下の通りである。
 
・ICM試験運用サイトを開発し、複製を行なう。
・汚染の重点地区および準地域的海域において、環境リスクの課題に取り組む。
・特に地方レベルで、環境行政の能力を構築する。
・地域的なネットワークを促進し、地域タスクフォースを開発する。
・環境への投資機会を創出する。
・意思決定者に対する科学的支援を提供する。
・統合的情報管理システムを開発する。
・対話を促進して利害関係者の協力を促進する。
・国家の海洋政策の開発を推進する。
・地域的な連携を適切に発展させる。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION