日本財団 図書館


ホスピス ケア
ピースハウスには約70名のスタッフと、約70名のボランティアが活動しています。
日頃の活動を通して出会ったエピソードを中心に、ホスピスケアについてご紹介します。
 
入院相談
 
 入院相談の方が来院されたと事務から連絡を受けました。
 ご家族がお二人でした。面談室では「出来るかぎりの治療は続けてきましたが、これ以上は本人にとって負担になるだけと言われました。本人自身がホスピスに移ることを希望しているのです」「それでも、まだ、治らない病気だと言う事が信じられないでいるのです」こうしたお話しとともに、費用や保険のこと、家族の付き添いについてなどご家族の質問にお答えしながら、話が進みます。
 さまざまな希望と不安を織り交ぜながら今日、今、ピースハウスに望みを託していらっしゃった事が、いつも私の胸に深く伝わってきます。
(ソーシャルワーカー)
 
入院の日
 
 朝11時、入院の患者さんが到着されました。ご挨拶に寝台車の方へ近づきますと、70代のご婦人が眼を“ぎゅっ”と閉じて、身動きもなさらずにいらっしゃいました。
 ストレッチャーのまま静かに降りていただき、お部屋までご案内する途中廊下を通りながら、ふっと富士山をお見せしたらと思いつきました。「富士山がきれいですよ」と声を掛けますと、今まで閉じておられた目がゆっくりと開きました。
 「ああ〜天国に近いところね」と、にこやかな笑みに変っておられました。かたわらのお嬢さんが「よかったわね」と一声お母様に掛けられた時、頬に一条の光るものがありました。お部屋は明るい日差しが窓を通して入ってきます。「暖かいわね。やわらかな色合いのお部屋ね」ベッドに移って、半身を起こしてお茶を美味しそうに召し上がりました。
 
 今日から、お二人にとってはじめての新しい生活が始まります。入院第一日目が過ぎて、静かな夜を迎えました。私は“どうぞ、お二人で支えあって、大切な時を過ごしてくださいね”と祈りつつ、退室させていただきました。
(看護師)
 
久しぶりのお風呂
 
 今日、1番目に入浴されるMさんはピースハウスに来られて3日目の方です。
 初めての入浴です。ストレッチャーを準備して、ナースと共にお部屋にお迎えに伺いました。ちょっと、不安そうなお顔でした。奥様が「あなた、お風呂は2ヶ月ぶりね。さあ、お任せして入れていただきましょう。どんなお風呂か私もご一緒したいわ」とおっしゃり浴室へ付き添ってこられました。
 お体を洗って、シャンプー、おひげも剃ってからゆっくりとお湯に浸かったころには、すっかりお気持ちもリラックスなさって、会話が弾んできました。
 湯船に浸った足をちょっと上げてご覧になって「細くなったなあ。筋肉が落ちたよ」「もう、ゴルフは駄目かな」と笑顔でおっしゃいます。「足の裏をマッサージしましょう」と始めますと「いい気持ちだなあ。このまま、ずうっとこうしていたいよ」と喜んでくださいました。「今日は、初めてなので、この辺で上がりましょう」。Mさんも私も快い汗をご一緒にかきました。
 不安げなMさんでしたが、すっかりお風呂好きになって、一日おきの入浴をとても楽しみにしていらっしゃいます。
(看護助手)
 
笑顔
 
 Sさんがお部屋の中から、「おいで、おいで」と手招きをしておられることに気づきました。伺うと、オムツを直してほしいことが判り、ナースを呼びましょうと言いますと、私の手を握ってジェスチャーと聞き取りにくいお声で、一生懸命に私にして欲しいという事がわかりました。何とか直して差し上げましたところ、笑顔が戻って気持ちの良さそうなお顔を見せてくださいました。
 
 その後、廊下でお会いしますと近寄ってこられて手を握って下さり、お話をしてくださいます。何を言っておられるのか判らないのですが、Sさんが私を信頼してくださっていることは手のぬくもりからあたたかく伝わってきます。
 先日は、息子さんと散歩のところにぶつかりましたら、わたしに手を上げて息子さんを指し示して見せられた、じまん気な笑顔を忘れることができません。
(ハウスキーパー)
 
野菜畑
 
 「今朝、きゅうりが採れたんですよ」Aさんの声。
 Aさんは呼吸器の疾患で酸素ボンベを付けておられたのですが、ホスピスに来られて、症状が落ち着いてボンベ無しでも生活ができるようになりますと、畑をやってみたいという希望を話されました。
 すぐに、ピースハウスの裏の空地にささやかな畑がスタッフの手でできました。Aさんと奥様は夏野菜の種や苗を選択なさり、植え付けてこまめに手入れなさいました。夏を迎えてきゅうりが生り、小玉スイカも出来ました。納涼祭には皆様のお口に届きました。
(ボランティア)
 
家に帰る
 
 久々の家へ帰り、見慣れた風景にほっと一安心します。
 愛犬の鳴き声、孫の写真、手作りのお人形達、記念に植えた木、あるものがすべて懐かしく色々なことを思い出させます。病院では見られない安らぎの表情、妻の顔を見せてくれます。
 ご主人は不安を抱えながら介護し、いつでも傍にいて、週一回来る訪問看護師よりも献身的に看護をされています。それでも訪問すると、緊張した空気が穏やかになります。日に日に介護にも慣れ、ほっとした表情で笑顔も見せてくださいます。
 
 病院では元気がなかったけれど、家での生活は自分らしさを取り戻させます。妻として母として祖母としての顔を。友達が庭の桜を見に来てくれたと。花びらがひらひらと散る中、笑顔がこぼれます。
 一時退院された患者さんは、苦痛があっても時に本当に素敵な笑顔を見せてくださいます。思い出のたくさん詰まった家、今までの生活の匂いが痛みを和らげ、苦痛を和ませます。短い期間でも、そんなお手伝いができることに日々感謝しています。
(訪問看護師)







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION