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3 駅構造
 鉄道のホーム形式には、上下線のそれぞれ外側にホームのある「相対式」と、上下線の間にホームのある「島式」とがあります。通勤鉄道では、朝は上り方向の乗客が多く、夕は下り方向の乗客が多くなります。相対式では上り用、下り用にそれぞれのホームに十分な幅員が必要になり、結果的に駅全体の幅員が大きくなります。一方島式ならばホームの幅員を朝は主に上り用、夕は主に下り用に共用することが出来るので、駅全体の幅員を小さくできます。そのため日本では都心部の駅は島式とすることが多いのですが、上下線の線路の間隔を駅の前後で広げる必要があり、特に高架鉄道の場合軌道構造が複雑となります。
 スカイトレインでは全線が道路上にあるので駅の幅員は十分に確保できるという点を活かして全駅を相対式とし、駅前後の軌道構造を単純化しています。
 横巾15m近い駅構造物は中央の支柱だけで支持され、両サイドには支柱はありません。このため下の道路への負担は中央の1車線分だけで済み、もともと狭い歩道には支柱を立てずに済ませています。しかし耐震性はどうなっているのか疑問が残りました。
 
駅構造物は中央の柱だけで支えられている
 
 駅部は3階構造で3階にホームがあり、ホーム下の2階部に改札などの駅構造物が設置されています。このため駅部ではさすがに下の道路は日光が遮られ、地下道のようでした。
 歩道が狭いので出入り口の階段も狭くせざるを得ないのですが、駅の前後左右合計4カ所に、それぞれ「ハの字」階段を設け、1駅当たり8出入口を確保して、通行容量を確保しているようでした。
 
駅出入口
 
 駅部で注目したのは改札階の天井です。改札口の真上の天井がU字型に垂れ下がっていますが、よく見るとそれは軌道の桁そのものでした。つまり天井仕上げは全くしていないのです。駅を通常に利用する限りでは特に天井を見上げることも無いので、天井が無いのは全く気になりませんでした。更によく見ると改札階には壁もありません。壁・天井を設ければ、化粧仕上げをし、更に空調設備を設置する必要があります。それに比べて相当のコストダウンとなっているのは間違いないでしょう。金を省くべきところは徹底して省き、コストを下げるための努力をしているようです。
 
改札(天井は軌道桁むき出しで壁も無い)
 
 都心部では駅周辺の主要建物と接続する横断歩道橋を「スカイウォーク」という名称で整備し、改札口から地上へ降りることなく、横断歩道で信号待ちすることなく目的地へ行けるようにして、利用者誘致に努めています。郊外部では、終端駅と更にその先の住宅地域とを結ぶ「シャトルバス」と呼ぶ無料のフィーダーバスを運行しており、やはり利用者誘致に努めています。
 駅構造で変わっているのは、シーロム線の終点「サパーン・タクシン駅」です。同駅はチャオプラヤ川の畔にありますが、同川を渡る道路の中央に設けられ、両側を道路に挟まれていて構造物の幅員を広げられません。そこで駅の手前で上り線側のみの単線とし、下り線側の軌道敷幅員を利用してホームを設けています。更に複線から単線となる分岐器をホームのすぐ手前ではなく約100m手前に設け、そこからホームまでの間の下り線側軌道を約100m分留置線として利用しています。
 
4 券売機
 運賃は、初乗りが10バーツ、その後は5バーツ刻みに増加し最高が40バーツです。切符は券売機で売っています。タイの硬貨は1バーツ、5バーツ、10バーツの3種類ありますが、券売機ではそのうち5バーツ、10バーツの2種類しか受け付けません。硬貨2種類だけに対応すれば良いので硬貨鑑別ユニット、硬貨をストックする金庫ともに2個で済みます。これは運賃が5バーツ単位だから出来ることであり、運賃を決める際にシステム全体を考えながら検討したものと思われます。紙幣は一切受け付けません。これにより高価な紙幣鑑別ユニットも不要になります。更に乗車券の券面はあらかじめ印刷された模様だけで、発行駅、運賃などの印字はされません。これで印字ユニットも不要になっています。これらにより券売機はかなりコストを下げている筈です。営業サイドが運賃、取り扱いを決め、設備屋がそれに従って券売機を設計していたら、このようなコストダウンは不可能だったと想像されます。
 これだけ単純化を進めコストダウンを図っている券売機ですが、釣り銭は出ます。コストダウンは図っていますが、利便性を損なわないように、必要な機能はきちんと組み込んでいる姿勢が窺えます。また券売機は紙幣を受け付けませんが、駅窓口で硬貨に両替してくれます。
 
券売機と路線図
 
 券売機は、操作手順を大きな数字で「1、2、3、4」とガイドしていて、都市鉄道がなかったバンコク市民はもちろん、タイ国内の地方や海外からの旅行者も迷わずに切符を買えるような工夫をしています。
1: 行き先のゾーンを選択
2: お金を入れる
3: 切符を取る
4: 釣り銭を取る
 行き先のゾーンを調べるのだけが少々面倒ですが、券売機に隣接して設置された路線図で探します。そしてゾーン番号と同じ数字の券売機ボタンを押します。すると数字表示器に運賃が表示されます。それを見ながら硬貨を入れます。すると表示器の表示が入れた金額だけ減算されます。硬貨を入れていき表示器の表示が「0(バーツ)」になったら、切符が発券されます。
 日本式の「運賃選択式」だと、3〜4桁の数字(金額)を正確に覚えなくてはならないのですが、バンコク方式だと数字一桁、それも「1〜7」の数字を覚えるだけで良いので、特に通貨単位に不慣れな外国人旅行者にとっては楽です。もっともディスプレイに路線図が表示され、その行き先駅を直接タッチするシンガポールの方がより親切ですが、シンガポールの券売機はもともと多機能でかなりコストが高いと考えられます。コストを下げたいスカイトレインは、ボタン方式としたのでしょう。
 表示器の表示は、日本では投入した金額を表示する加算式であるのに対して、減算式なのは香港やシンガポールも同様であり、東南アジアの習慣なのか、あるいはメーカーである欧州人が欧州の習慣を持ち込んだものと思われます。
 
5 普通乗車券以外の乗車券
 乗車券類は磁気式カードです。普通乗車券の他に1日/3日乗車券、スカイカード、30日券があります。普通券以外の切符(カード)は全て駅窓口での人手販売です。
(1)1日/3日乗車券
 1日乗車券は、100バーツで全線を1日乗り放題。3日乗車券は、280バーツで、3泊4日が乗り放題になります。「3泊4日」というところがミソで、旅行者にとっては実質4日券であり、それでいて3日分相当の値段なので大変お得です。その上オリジナルの市内観光案内冊子とマップのセット(20バーツで別売りもしています)が無料で付いてきます。なかなかの旅行者サービスで、海外からの旅行者を取り込もうとの努力を見ることが出来ます。
 
ガイド(左)とマップのセット
 
(2)スカイカード
 スカイカードは、切符を買わずにそのまま改札を通れるプリペイドカードで、いわゆるストアードフェアーカードと呼ばれるものです。売値200バーツで170バーツ分乗れます。30バーツはデポジット(=保証金)で、カードを返却すれば30バーツを返してくれます。残りが少なくなれば駅窓口でカードにお金を追加すること=積み増しが出来ます。
 1日/3日乗車券とスカイカードの価格設定は良く考えられています。100、200、280と端数のない100バーツ単位になっており(3日券は若干の端数がありますが)大変覚え易い。それに買う際に小銭が不要というメリットもあります。なかでもスカイカードの価格が1日券と3日券の中間となっているのは実に巧妙な価格設定で、1日券では乗れる金額が不足しそうだが3日券(280バーツ)までは要らない、と言う人はスカイカード(200バーツ)を買えば良い。どのカードを買えば良いか、あまり迷わなくて済む心憎い配慮と言えます。
(3)30日券
 30日券は日本の1ヶ月定期券と同じようなものか?と思われるかも知れませんが、仕組みはかなり違います。30日券には、30日間有効で全線を10回乗り降り出来る10回券(250バーツ)、15回乗り降りできる15回券(300バーツ)、30回乗り降りできる30回券(540バーツ)の3種類があります。いわば1ヶ月有効の全線回数券と言うこともできます。しかし日本と違って回数券と言っても11回券ではなく、10回券、15回券、30回券と3種類もあり、次第に割引率が高くなっています。ちなみに平均運賃を計算してみますと10回券が25バーツ、15回券が20バーツ、30回券では18バーツとなります。最高運賃区間40バーツ区間を30回券で利用すれば何と55%割引となり、日本の定期券並の割引率となります。勿論毎回40バーツ区間を利用する訳ではないでしょうから、実際の割引率はこれより下がるでしょう。
 実際乗車区間の運賃が20バーツ以下であれば、あまり30日券を利用するメリットはありませんが、運賃が30バーツ以上の区間を利用する人にとっては、利用するメリットは大きくなります。例えば郊外から都心まで通勤する場合はまず25バーツ以上となりますから、定期券代わりに利用する意味があるわけです。また毎日乗らない人、例えば週に2回だけ通う人(4週間に16回乗車)、週に3回だけ通う人(4週間に24回乗車)なども、それぞれ自分の利用回数に応じて券を選択できます。日本では毎日乗ることを前提とした定期券と1割引の回数券の2種類しかありませんが、それよりは選択肢が多く、サービスレベルは高いと言えます。さまざまな利用形態の人をできるだけ取り込み、少しでも利用者を増やそうという工夫と言えます。
 更に学生用もあり、10回券が160バーツ、15回券が210バーツ、30回券が360バーツです。学生の利用も取り込もうと言う意欲が感じられます。
 30日券の優れた点は、他にもあります。乗車区間が「全線」なので30日券による乗り越し精算が不要だと言うことです。従って精算機が不要になっています。精算機というのは、日本では複雑な路線網、運賃制度、各種割引制度を総合的に判断して精算額を計算しなければならないため最も高価な出改札機器のひとつとなっています。これを不要に出来るのですからシステム全体のコストダウンに寄与している筈です。同時に改札機も不足賃の判断は普通券の乗越し判定だけで、定期券や回数券の様に乗車券の有効区間と実乗車区間の比較が必要な複雑な乗越し判定が不要なためシンプルにできます。従って30日券が「全線有効」ということによって、出改札システム全体のコストダウンに大きく貢献していると言えます。
 
6 改札機
 改札機は、ドアが常時閉まっているタイプです。切符を機械に入れ、出てきた切符を取るとドアが開く方式です。これだと1分当たり20〜30人くらいしか通過できないのではと想像されますが、スカイトレインは全線で1日60万人の設計条件ですから、これでも大丈夫なのでしょう。日本では1分当たり60〜80人通過できることが条件なので、ドアは開いたまま人が連続で通過できるようになっています。性能が高い一方で乗車券の取り忘れ、定期券の取り違えなどが発生するおそれがあります。しかしスカイトレイン方式ならば、鉄道に不慣れなバンコク市民や旅行者でも切符の取り忘れ、取り違えのトラブルが起こる心配がありません。
 
7 おわりに
 開業当初は1日15万人の利用しかなく苦戦が伝えられましたが、その後の乗客誘致の営業努力が実を結び、現在では1日30万人近い利用者があるそうです。まだ計画の半分ですが新興の軌道系輸送機関としては善戦していると言えるでしょう。計画の半分の3両編成で運転して計画の半分の利用があるということは、そろそろ編成両数の増強=車両の増結が必要になるのではないか、と思われます。
 今年度中にはバンコク市には第2の都市鉄道、MRTA(地下鉄)が開業の予定です。スカイトレインと地下鉄が相乗効果を上げ、乗客がますます増加し、バンコク市の交通渋滞、大気汚染の改善に寄与することを願って止みません。







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