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第8章 知的障害者の居住環境の確保のあり方
1 知的障害者の居住環境のあり方
(1)基本的考え方
ア 時代認識
 「ノーマライゼーション」とは、障害者や高齢者など社会的ハンディキャップを有する人が、他の社会の構成員と等しく生活することができる社会が、本来のノーマルな姿であるという考え方を指す。現在は、広く一般にも理解されることとなった「ノーマライゼーション」の理念は、1950年代、北欧・デンマークの知的障害者の当事者団体が、施設入所している知的障害者の人権確保を求める運動からスタートした。
 この理念は、わが国も導入され、現在では知的障害者に限らず、子ども、高齢者、障害者などあらゆる人々が共生できる社会を実現するための基本理念の一つと考えられている。千葉県福祉のまちづくり条例で示された、「すべての人が個人として尊重され、住み慣れた家庭や地域社会で、できる限り自立し、安全で快適に生きがいを持って暮らすことができ、そして地域社会を構成する重要な一員として参画し、一人ひとりが、思いやりの心を持って互いに支え合う社会の実現」は、まさにノーマライゼーション社会の実現にほかならない。
 このノーマライゼーションの理念は、一般理解の深化や関係者の不断の努力の結果、現在では社会的合意が十分に得られ、千葉県民の多くがこうした理念を共有する時代となってきた。したがって、21世紀は、こうした理念普及の時代から、理念の具体化を図る時代となったことを認識する必要がある。
 知的障害者のノーマライゼーションについていえば、知的障害者が、在宅や知的障害者入所施設などの限られた生活の場で、一般とは異なる制約的な生活を営むのではなく、知的障害者が自らの意思で自由に行動し、意欲や能力に応じて積極的に参加できる社会の実現が必要である。そうした社会づくりのなかで、知的障害者の居住環境の確保は、知的障害者のノーマライゼーションに向けた最も基礎的・基本的な具体化の条件としてとらえる必要がある。
 
図表8-1 知的障害者の居住環境確保に向けた基本的な時代認識
 
イ 居住環境の要素
 人間の居住環境を構成するものとして、「家庭環境」と「社会環境」の2つの要素が考えられる。
 「家庭環境」は、居住環境の基礎となる最も重要な要素である。
 人間が快適な「家庭環境」の形成を志向するのは、単に睡眠、食事などの生理的欲求を充足するためでだけではなく、結婚、出産・子育て、介護、余暇、社会的自立など、生涯を通じた幸福追求のためのさまざまな手段・目的を実現するための最も重要で基礎的な環境となっているためである。
 また・家庭が成立するためには、家庭を支える適切な「社会環境」の創出が不可欠である。
 家庭を支える社会環境としては、道路、下水道といった社会的基盤や保健・福祉・医療などの社会的サービスに代表されるような、個人や家庭の努力だけでは確保することが困難なものが多く、社会の構成員が応能・応益的な負担によって形成していくものである。
 社会的参加・自立の観点から、知的障害者の居住環境をみると、「家庭環境」、「社会環境」ともに、建物や道路といった物的資源の拡充によってのみ整備されるものではなく、人やサービス、ネットワークなどの、人的・ソフト的資源の集積や活用によって、真に知的障害者の参加・自立に貢献できるものとなる。知的障害者が社会の構成員として共生できる環境づくりは、現在多くの問題・課題を有しているが、今後は、物的資源、人的・ソフト的資源の両面を確保した「家庭環境」と「社会環境」の形成を通じて、その実現を図るべきである。
 
図表8-2 居住環境の構成要素
 
区分 物的資源 人的・ソフト的資源
家庭環境 ・住宅・居室
・住宅設備(トイレ・風呂・台所)
・家電・家庭用品
・自動車・自転車 等
・家族
・所得・収入
・家事
・家族扶助(子育て・介護) 等
社会環境 ・交通(道路・鉄道)
・水・エネルギー供給(水道・ガス・電気)
・緑地空間(公園・自然)
・教育・文化施設(学校・図書館・公民館)
・保健・医療・福祉施設(保健所・保健センター、医療機関、社会福祉施設) 等
・地域社会(コミュニティ、住民)
・民間サービス(商業、サービス業)
・公共サービス(警察・消防)
・社会保障(保健・医療・福祉)・サービス
・情報・通信(電話・インターネット) 等
 
(2)基本的目標
 知的障害者が社会を構成する一員となるためには、障害をもたない人と同等の自由と権利が保障され、かつ、知的障害者自身が勤労やまちづくりなど適切な社会的責務を果たすことができる環境づくりが必要である。そうした環境づくりの基本的条件として、知的障害者の適切な居住環境を確保することが喫緊の課題である。
 知的障害者の居住環境を確保する上で、早期に解決すべき課題は多くあるものの、当事者や関係者だけの努力で短期的に解決できるものは限られており、社会全体が共通の認識と目標を共有し、その実現のための長期的な取組を進めることが必要である。そこで、千葉県における知的障害者の居住環境確保のための基本的目標としては、居住環境におけるノーマライゼーションの実現を図ることが必要である。また、この実現を目指すための手段的目標として、短期的に実現を図るべきものとして家庭環境の形成を、社会的理解・合意を得ながら長期的に実現を図るべきものとして社会環境の形成を目指すことが必要である。
 
図表8-3 基本的目標の考え方
 
ア 居住環境におけるノーマライゼーションの実現(基本的・究極的目標)
 知的障害者の居住環境をとりまくさまざまな問題点を除去し、ノーマルな環境を創出する必要がある。そのためには、知的障害者の居住環境において、機会・質・価値の3つの同等性を確保する必要がある。
 居住環境における「機会の同等性」とは、憲法で保障されている居住・移転の自由を知的障害者にも十分に保障することである。居住・移転の自由は、本来は人とモノの移動を保障する経済的自由の保障とされてきたが、近年は身分的拘束から居住・移転の制約を受けることのない人身の自由を保障する包括的な人権保障としてとらえられるようになってきている。知的障害者の居住・移転の自由は、現在大きな制約下にあり、生活の場として選択できる住宅・施設は非常に限定され、ノーマルな状態にない。究極的には、知的障害者本人が社会的自立に必要な資質を確保し、本人が居住・移転の自由を主体的に行使したい場合は、希望に沿った生活の場所を自由に選択できる環境がノーマルな状態である。その場合、生活ホーム、グループホームに限らず、民間の賃貸住宅も含め、豊富な選択肢のなかから居住環境を選択できる社会を整備することが求められる。
 居住環境における「質の同等性」とは、知的障害者に障害を持たない人と同じ形質の居住環境を保障することである。知的障害者の主要な生活場所となってきた知的障害者入所施設は、知的障害者の自立と権利を確立する場として大きな役割を果たしてきたが、生活面では一定の管理に基づく集団生活が中心であり、障害を持たない人の生活と形質が大きく異なっていた。また、在宅者の場合は、家庭環境は障害を持たない人と同じ形質であっても、教育、就業、結婚、余暇といった社会環境の形質が障害を持たない人と比べて大きな乖離が生じている。こうした知的障害者の居住環境の形質の違いは、知的障害者が社会的不利益を蒙る温床ともなってきた。今後は、知的障害者の居住環境において障害を持たない人と同等の形質を確保し、障害を持たない人と変わらない生活の質や快適な居住空間を確保することがノーマルな状態である。
 居住環境における「価値の同等性」とは、確保した居住環境を基盤に、知的障害者の自己実現や生活設計に払われた努力が、障害を持たない人と同じ成果・価値をもたらすことを保障することである。例えば、知的障害者の自己実現にとって、就労を通じた社会参加の意義は大きいが、現在は障害を持たない人と比較して就労機会は乏しく、また、就労に同じ時間や労力が払われても障害を持たない人と同じ対価を得ることは困難な状態にある。また、結婚や出産・子育てなどの人生設計は、障害を持たない人であれば誰もがその実現に努力し、多くの人は努力に応じた成果を獲得している。しかし、多くの知的障害者は将来的な人生設計の展望が困難であり、結婚や出産・子育てなどの人生上の目的を実現できない人が多い。知的障害者が居住環境を確保できることが、知的障害者の自己実現や人生上の目標達成に寄与し、障害を持たない人と同価値の成果をもたらすことができることがノーマルな状態である。
 
基本的目標1
 機会・質・価値が保障された居住環境を整備し、知的障害者のノーマライゼーションの具体化を図る
 
図表8-4 居住環境におけるノーマライゼーションの実現の考え方
 
イ 家庭環境の形成(短期の手段的目標)
 千葉県民の多くが、自分のライフスタイルや家族構成に応じた家庭環境を柔軟に選択、確保している一方で、知的障害者が希望どおり家庭環境を確保することは、さまざまな問題・課題をかかえている。
 現在、知的障害者の生活の場として考えられる千葉県内の住宅・施設としては、持家、民間や公営・公団・公社の賃貸住宅、知的障害者入所施設(知的障害者更生施設、知的障害者授産施設)、知的障害者通勤寮、知的障害者福祉ホーム、グループホーム、生活ホーム等があるが、実際には、知的障害者の9割以上が親元や知的障害者入所施設で生活している。これに対して、自立して地域社会で生活する人は知的障害者の1割にも満たない。このように、障害を持たない人と比較して、現在の知的障害者の生活の場は、選択性の乏しい二極化された状態にあり、生活の場の変更も本人の意思だけでは困難な硬直性を有している。
 知的障害者の居住環境が二極化・硬直化している最大の原因は、知的障害者の「生活できる場」が絶対的に不足していることである。現在でも知的障害者が“入居できる場”は、民間や公営・公団・公社の賃貸住宅等、地域社会に相当数用意されている。しかし、そこが“生活できる場”に転化しない背景としては、経済的問題(家賃負担等)、生活的問題(食事や健康管理の確保等)、制度的問題(法令、契約行為等)、人間的問題(貸主や地域住民の意識等)等などが輻輳し、結果として親元や入所施設よりも安全性や快適性が担保された「生活できる場」として、知的障害者や家族に評価されないためである。
 したがって、知的障害者の生活上の問題を除去し、“入居できる場”から“生活できる場”へと転化を図り、知的障害者が親元や知的障害者入所施設以外に選択できる柔軟な家庭環境を多元的に用意することが必要である。
 
基本的目標2
 “入居できる場”を“生活できる場”へと転化し、多元的な家庭環境を保障する
 
図表8-5 家庭環境の形成の考え方
 
ウ 社会環境の形成(長期の手段的目標)
 障害を持たない人と比較して、知的障害者は心身的・社会的ハンディキャップを抱えており、適切な社会環境が形成されない場合、知的障害者が努力して築いた家庭環境が、破壊・喪失されることが懸念されている。また、知的障害者のノーマライゼーションが進展すると、知的障害者が社会に守られる客体ではなく、社会の担い手の一員となり、権利や自由を享受するだけではなく、障害を持たない人と同様に自己の義務や責任を果たすことが社会的に求められてくるため、社会的責務を果たす上でも、適切な社会環境の形成が必要である。
 知的障害者の家庭環境を成立させる社会環境とは、(1)就労又は日中の活動の場の確保、(2)心身的・社会的ハンディキャップを補う社会的サービスの確保、(3)地域活動・レクリエーション活動といった社会参加基盤の確保、(4)道路や公共施設等のバリアフリーの確保、(5)情報格差の解消、(6)安全・安心の確保など多岐にわたっており、その整備にあっては福祉関係機関、関係者の努力では限界があり、総合的な整備に向けて、社会の構成員が等しく努力し、形成のための社会的コストを負担し、長期的・継続的な取組を通じて達成することが求められる。しかし、知的障害者が必要とする社会環境に対しては、地域住民や地域社会が十分な意識や関心を有していない現状があり、こうした意識・関心を啓発し、知的障害者の家庭環境を維持・向上させるための社会環境の形成を、継続的に進める必要がある。
 
基本的目標3
知的障害者の家庭環境を維持・向上させるための社会環境の形成を図る
 
図表8-6 社会環境の形成の考え方







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