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1999/03/25 産経新聞朝刊
【主張】不審船への対応 逃走許した主権意識の欠如 海上警備行動の発令は至当
 
 二日間にまたがった日本海での不審船追跡は、不審船の逃げ切りに終わった。領海を侵犯した不審船二隻の追跡を指示した政府は、海上自衛隊の護衛艦に海上警備行動を命じて強い姿勢を示したが、今回の追跡は国家危機に備える体制やその運用に大きな教訓を残した。
 海上警備行動は、自衛隊が発足した昭和二十九年以来初めての発令になった。北朝鮮籍と思われる不審船の追跡は、過去にもあり、海上保安庁の巡視船が長時間にわたって追跡している。残念ながらだ捕には至らず、今回も巡視船は一千二百発もの機関銃弾を威嚇発射して停船を促したが、無視されている。
 巡視船の能力を超えた場合は、自衛艦の海上警備行動が自衛隊法によって許されている。巡視船の限界をカバーするために、海上自衛隊に出動を命じた政府の方針は評価できる。漫然と失敗を繰り返すのでは、国家の主権を損なう場合があるからである。
 護衛艦を投入しても結果的に不審船を取り逃がした。しかし、日本が自衛隊の出動も躊躇しない、という強い印象を、不審船を送り込もうとした国に与えた実績は、今後の大きな抑止力になるにちがいない。
◆露呈された法的な不備
 ただし、万事が順調だったわけではない。危機対処にあたっての手順の遅れや法的不備、運用規定のあいまいさ、といった問題点ないしは教訓もまたこの事件で露呈したといえるだろう。
 まず、政府の対応が俊敏さに欠けた。不審船と確認されたのが二十三日の午前十一時十分、巡視船の追跡開始が午後五時、関係閣僚の協議が同五時三十七分、巡視船の威嚇射撃が午後八時ごろ、海上警備行動発令が二十四日午前零時五十分、巡視船の威嚇射撃からでも五時間近くたっている。
 国家の非常事態に対応するには、緊急事態が生起したとき、間髪を入れず主要メンバーが招集され、スムーズな意志決定がなされるメカニズムが不可欠である。機敏さ、柔軟さがなければ国家危機を乗り切ることなどできないからだが、経過をたどれば必ずしも俊敏な意志決定だったとは思えない。
 法的問題点もクローズアップされた。報道を見聞きした人たちは、なぜ不審船を止められなかったのか、実力行使してでも停船させるべきではないのかと、もどかしく感じたのではなかったか。
 しかし、現行の法制度では巡視船、護衛艦とも武器使用は認められているものの、正当防衛、緊急避難を除いて相手を殺傷するような使い方は禁じられている。領海侵犯をした船舶が停船命令を無視すれば、当然行使できる国際法上の武器使用の権利が、国内法によって制限されているのである。
 これでは、領海を侵そうとする側は巡視船が来ようが、護衛艦が来ようが痛痒を感じない。警告射撃されても命中する心配がないからである。昭和六十二年十二月、ソ連の電子偵察機「バジャー」が沖縄本島上空を横切った。航空自衛隊のF4ファントムが緊急発進し、緊急周波数で「立ち去れ」と警告、さらにえい光弾で警告射撃したが、「バジャー」は電子情報をたっぷり収集してから悠々と立ち去った。
◆明確だったか政府の意志
 警告射撃は、従わねば撃墜・撃沈する、という強い意志が込められていなければ効き目などない。海上保安庁も海上自衛隊もはじめから両手両足を縛られたまま行動していることを相手はとっくに承知なのである。これで国家の主権が果たして守れるのだろうか。
 自衛隊に緊急対処基準(ROE)がないことも武器使用に腰が引ける一因である。非常事態で自衛隊がどこまで武器使用していいか、どういう場合はどうする、と詳細に政治があらかじめ承認を与えておき、その範囲内の武器使用の結果については、政治がすべて責任を負う。ROEを定めておかねば、とっさの武器使用ができないからである。諸外国では常識になっているこのROEが対領空侵犯措置を除いてわが国にはない。結果責任は艦長らがとらされる仕組みになっている。シビリアンコントロールの怠慢であろう。
 そして、自衛隊を出動させるに当たって、政府にどれほど明確な意志と結果に対する責任感があったかが、もっとも重要である。自衛隊の出動には、警察や海上保安庁とはまったく違った意味合いがある。国家の武力行使であるからだ。
 政府は何をしようとして自衛隊を投入したのだろうか。撃沈か、だ捕か、追放か、再発防止か。そしてその目的は達成されたのだろうか。自衛隊が出動してなおかつ目的を達せられないなら、いま以上に外国に侮られることになる。十五分で終わった閣議は、当然そうした国家意志を再確認したと信じたい。
 
 
 
 
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