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1992/11/14 産経新聞朝刊
【主張1】自衛隊における表現の自由
 
 自衛隊の中に表現の自由はあるのか。クーデターを示唆する論文を週刊誌に発表した陸上自衛隊の三等陸佐が十二日付けで懲戒免職になり、武力集団と表現の自由が改めてクローズアップされた。
 「もはや合法的に民主主義の根幹である選挙では(権力の)不正を是正できない。それを断ち切るにはクーデターしかない」という論文自体は、受けを狙っただけで、説得力に乏しい。武力集団の幹部が国民から預かった武力を恣意的に行使するクーデターをほのめかすなど、自衛官の自覚に欠ける。自衛官の品位を保つ義務(自衛隊法第五八条)に反し、隊員たるにふさわしくない行為があったとして、懲戒免職の処分を受けるのもやむをえない。
 いま考えなければならない点があるとすれば、自衛官と表現の自由との関係だろう。これについて東京地裁は三年前の九月、「自衛官の権利や自由の保障は一般市民と同じではない。志願して自衛官になったのだから、任務遂行に必要な範囲で、権利や人権が制限されても憲法違反にはならない」と明快に判断を示している。この判断は、今回の処分にも当てはまる。
 自衛隊のような武力集団では、いつでも一糸乱れない行動が求められる。いざというとき、民主主義の多数決で行動を決めていたのでは、戦闘行動などできない。また、表現の自由を全面的に認めていたのでは、規律を保っていくのも難しかろう。だからこそ個人の権利が制限されているのである。それが、不都合だとか、個人の権利を制限するのは怪しからんという筋合いのものではない。自衛隊というのはそういう集団なのである。
 朝鮮戦争当時の一九五〇年七月、ウォーカー中将の「固守か死か」という訓示が、米議会で非民主主義的だと騒がれたとき、マッカーサー元帥が「軍隊に民主主義はない」と一蹴した前例がある。一方で軍隊や自衛隊などの武力集団は、国家の安定に寄与するという責任を負い、その代わり、社会的な栄誉が与えられているのである。
 ただし、制限にもおのずから限度がある。部外での発表はなにもかも一切禁止、というものではないはずである。これまで制服自衛官の意見発表は、上司のチェックを受け、ある種のプレッシャーがかかっていた。クーデター論文がきっかけになって、こうした傾向が加速されることがあってはなるまい。むしろ、現職自衛官の良質の意見を国民に知ってもらうように、門戸を開いてもらいたいものである。
 
 
 
 
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