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2004/08/05 AERA臨時増刊
「守られている」は迷信だ
田岡俊次 軍事ジャーナリスト
 
 イラクの多国籍軍に部隊を派遣している国は国連に加盟している192カ国のうち32カ国(16・6%)にすぎず、さらに減少中で、アメリカの同盟国約60カ国中18カ国以下だ。「国際協調」と言ってもむしろ国際社会で孤立した少数派に日本はくみした形だ。しかもイラクでゲリラ活動が広がり、混乱長期化が確実となっていた03年12月末から自衛隊の派遣を始めた。これは第2次大戦中の1941年12月6日ソ連軍がモスクワ前面で総反攻を開始した2日後に真珠湾を攻撃し、ドイツ側に立って参戦した苦い経験を想起させる。
 こうした日本政府の判断の一因は「日本はアメリカに守ってもらっているから仕方ない」という観念だろう。日本人一般にもこの「刷り込み」は浸透し、自衛隊の能力を過小評価し、米軍の日本防衛への貢献度を過大評価しがちだ。実際に日本は防衛をどの程度米軍に依存しているのか、再検証が必要だ。
日本の通信を盗聴か
 在日米陸軍は人員約1600人。神奈川県座間に第9戦域支援司令部があり、在韓米陸軍への後方補給が主な仕事。第500軍事情報旅団や通信部隊もいるが、米国の通信情報部隊は冷戦後、日本や西欧諸国の電話、コンピューター通信を傍受し、米国の経済競争力の強化に役立てようとしている疑いが濃い。「米陸軍極東科学センター」は日本の最新技術資料を日本人基地従業員に収集、翻訳させて本国に送るのが仕事だ。その給与も日本政府が“思いやり予算”で負担している人の良さだ。
 日本にいる唯一の米陸軍戦闘部隊は沖縄のトリイ・ステーションにいる第1特殊部隊群の第1大隊(約300人)で、これはアジア各地に空挺(くうてい)降下で潜入するため、沖縄に待機している。
戦力なき海兵師団
 沖縄のキャンプ・コートニーに第3海兵遠征軍司令部を置く米海兵隊(昔の日本の海軍陸戦隊に当たる)は一部をイラクに出したため、人員約1万7000人(うち沖縄に約1万3000人)と見られる。だがその主力第3海兵師団は第4連隊(歩兵3個大隊、約2400人)、第12連隊(実は砲兵1個大隊18門)と水陸両用装甲車十数両を持つだけで戦車ゼロ。とても「師団」とは言えない弱体だった。しかも戦闘部隊のほとんどは6カ月交代で本国の第1、第2師団から派遣されていたから「師団長など高級将校のポスト確保のための存在」と米国でも評されていた。ところがイラク戦争で兵の交代に苦しむ米軍は沖縄にいた海兵2個歩兵大隊も、交代で来る予定の1個大隊もイラクヘ送ったから、「戦力なき海兵師団」、となった。
 第3海兵師団とは別組織の第31海兵遠征隊がキャンプ・ハンセンにいる。これは歩兵1個大隊約800人に砲6門、ヘリコプター31機、垂直離着陸攻撃機AV8B(ハリヤー)6機などを付けた約2000人の部隊で、佐世保に常駐する強襲揚陸艦エセックスなど4隻に乗り組みアラビア海、インド洋などに展開することが多い。朝鮮半島などで事が起きた際、在留米国人の救出には役立つ程度の兵力だ。
 米海兵隊が沖縄にいるのは日本防衛のためではなく、米第7艦隊の担当地域である西太平洋、インド洋に出動するため沖縄に待機していることは、81年9月21日の米上院歳出委員会で当時のカールーチ国防次官も説明し、他の米高官も同様な答弁を行ったことがある。海兵隊は防御用の部隊ではなく、遠征部隊なのだから当然だ。
 外務省は沖縄の米海兵隊の存在が日本の安全保障に不可欠、としてきた。が、それなら最後に残った第4連隊(歩兵)がすべてイラクに行くことには、米軍駐留に莫大な(ばくだいな)補助金を出している日本は抗議しそうなものだが、その気配もない。実はいなくても一向に構わない兵力なのだ。
台湾侵攻は不可能
 これに対し陸上自衛隊は人員14万8000人余(実員)、戦車約1000両、自走砲約550門、野砲約750門、ヘリコプター約500機(練習機を除く)を持つ。英国陸軍(11万6000人、戦車540両)、仏国陸軍(13万7000人、戦車610両)をしのぎ独陸軍(19万1000人、戦車2400両)よりは小さいが在日米陸軍、海兵隊とは比較にもならない。冷戦時代にはソ連軍の北海道侵攻に対し米陸軍の来援(といっても3個師団程度)というシナリオもあったが、今日ロシア陸軍は全体で32万人、うちウラル山脈以東の全シベリアに4万9000人程度で対日侵攻など思いも寄らない貧弱さだ。
 中国の渡海侵攻能力は漁船、商船を動員しても最大1個師団余(2万人程度)、と台湾の国防当局者は計算し、議会で、「台湾への侵攻は根本的不可能」と答弁するありさまだ。台湾海峡に面する中国の港アモイの沖わずか12キロの金門島の奪取も困難と見て、台湾は守備兵力をかつての4万人から1万数千人に削減し、同島は国家公園となり地下の大要塞(ようさい)も観光客に開放されて史跡と化している。
 北朝鮮には上陸作戦に必要な制空、制海権を握る力も、大部隊を送る船腹ももちろんない。工作船や小型潜航艇で工作員を潜入させるのが精いっぱいだ。その対処に米軍の来援を求めることは考え難い。日本に本格的上陸作戦を行う能方を持つのは米軍だけなのだ。
防空は常に日本が担当
 在日米空軍は青森県三沢にF16C/D戦闘機36機を持つ第35戦闘航空団(対空レーダー・対空ミサイル制圧専門部隊)、沖縄の嘉手納にF15C/D戦闘機(制空戦闘機)48機を持つ第18航空団を置いている。だが日本の防空は1959年9月に航空自衛隊の航空総隊司令官松前未曽雄空将と在日米空軍司令官バーンズ中将の間で「松前・バーンズ協定」が結ばれ、日本側が領空侵犯に対する措置を取ることになって以来、すでに45年、自衛隊が一手に責任を負ってきた。当然計84機の米空軍戦闘機は日本の迎撃管制用の「バッジ・システム」の受信機を付けていない。
 航空自衛隊はF15Jと複座のDJ計203桟、F4EJを近代化したもの92機、国産F2が40機余など戦闘機計360機、大型レーダーを搭載した空中早期警戒機E2Cを13機、より大型のE767を4機持つ。また航空自衛隊の対空ミサイル「パトリオット」(4連装発射機135基、予備弾を含みミサイル約1000発、射程70キロ)、陸上自衛隊の「改良ホーク」(3連装発射機204基、予備弾を含み約1200発、射程35キロ)もある。日本の防空戦力も英(戦闘機390機)、仏(同320機)、独(同410機)と同程度、あるいは高価で高性能のF15が主力である分、若干上回ると考えられる。
 嘉手納の米空軍の戦闘機は72年に沖縄が日本に復帰して以後、韓国の防空が主任務となり、常に一部がソウル南方約40キロの烏山(オサン)に交代で派遣され、司令部や家族は安全な沖縄にいた。当時は東京・横田基地の米第5空軍が日本と韓国の米空軍を統括していたが、86年に在韓米空軍が第7空軍として分離されて、その任務もなくなり、91年の湾岸戦争以後はトルコのインシルリクなど中東の基地へ交代で派遣されることが多い。それなら米本土の基地に戻り、そこから中東へ派遣すればよいはずだが、基地の維持費を日本がほぼ全額負担しているため、日本にいた方が安上がりだ、と米国防当局者は何度も議会で説明している。
 嘉手納にはこのほか空中警戒管制機F3B(2機)、空中給油機KC135R(13機)、第353特殊作戦群所属の特殊部隊輸送機MC130Eなどがいる。沖縄の防空には那覇基地の航空自衛隊第83航空隊(F4EJ改20余機)と第5高射群の「パトリオット」、陸上自衛隊の第6高射特科群の「改良ホーク」が当たっている。米軍は冷戦時代、ソ連から約2000キロ離れて航空攻撃を受けにくく、安全な沖縄に在日兵力の60%余を配置。少なくとも戦術的には自衛隊に保護されていた。
 三沢のF16は84年、当時オホーツク海にひそむソ連戦略ミサイル原潜を開戦と同時に処理して米本土を守る戦略の一環として、対潜水艦作戦の障害となるサハリンや千島のソ連戦闘機基地や対空ミサイル、レーダーを攻撃するため配備された。冷戦後はこの部隊も交代で中東に派遣されることが多い。
 在日米軍、米空軍司令部のある東京の横田には中型輸送機C130H(11機)を持つ374輸送航空団がいるだけで、首都圏にありながら全く閑散とした飛行場だ。
 海兵隊は山口県岩国の第12海兵航空群にF/A18戦闘・攻撃援(約24機)、AV8B垂直離着陸攻撃機(約12機)などが6カ月交代で派遣されて来ている。沖縄の普天間の第36海兵航空群はヘリコプター部隊だ。これも海外派遣部隊だ。
米太平洋艦隊と同数
 日本にいる米海軍の軍艦は神奈川県の横須賀を事実上母港とするものが第7艦隊の旗艦である揚陸戦指揮艦ブルーリッジ(同艦は横須賀で大修理中でコロナドが臨時派遣)と空母キティーホーク、対空巡洋艦3、対空駆逐艦2、駆逐艦2、フリゲート艦2。長崎県佐世保を母港とするものは強襲揚陸艦エセックス、ドック型揚陸艦3、掃海艦2、潜水艦救難艦1、で計18隻が2港を根拠地としている。
 だが海軍は機動的兵力であり、日本防衛のために横須賀、佐世保にいるわけではなく、インド洋方面に出動することが多い。逆にカリフォルニァ州のサンディエゴなどにいる空母群も急げば2週間ほどで西太平洋に現れるから、冷戦時代にもしソ連が対日侵攻を狙っても、太平洋艦隊の空母6隻のうちドックに入っている艦を除いて4隻(計300機搭載)は日本近海に集中でき、十分な抑止力となっていた。また米海軍の世界的制海権は海上交通をおおむね安定させ、多くの諸国の経済発展に間接的に寄与したと言えよう。
 とはいえ、米海軍が直接日本の海上交通を保護してきたわけではない。今日、米海軍は巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦計106隻を有し、その半数の52隻を太平洋艦隊に配置している。6隻の空母と海兵隊を運ぶ揚陸艦21隻の一部を護衛するのがやっとの数で、商船を守る余力はない。日本の商船を守るのは米太平洋艦隊とほぼ同数、54隻の護衛艦を持ち、練度も高い海上自衛隊だ。P3C哨戒機も米海軍が予備を含み約250機を大西洋、地中海、太平洋、インド洋に展開するのに対し、日本は99機を日本近海に集中し、他に例のない高密度の哨戒が可能だ。
 英国海軍は軽空母3隻、駆逐艦、フリゲート艦31隻だから、海上自衛隊の方が隻数ではかなり上だが、日本の潜水艦16隻(他に練習潜水艦2隻)がディーゼル・電池推進であるのに対し、英海軍の15隻はすべて原子力推進で、うち4隻は戦略ミサイル原潜だから大差がある。日本は「ヘリコプター搭載護衛艦」の名目で基準排水量1万3500トン、満載時は約1万8000トンになるはずの軽空母2隻を建造する計画だが、英国は現在の軽空母の後継に4万トン級の空母2隻を計画している。
 英国の国際戦略研究所の「ミリタリー・バランス」によれば、ロシア太平洋艦隊は水上艦8隻、潜水艦8隻にまで減り、行動可能なものはさらに少ないと見られる。中国海軍は1993年の水上艦56隻、潜水艦47隻が、03年には水上艦63隻、潜水艦69隻へと増加している。だが、水上艦のうち46隻は1960年代建造のソ連駆逐艦、フリゲート艦とほぼ同等の旧式の装備で、外見上一応新しいものは17隻。潜水艦も55隻はソ連が50年代に建造したロメオ級のコピーかその改良型の「明」級だ。一応近代的な潜水艦は国産の「宋」級3隻とロシアから輸入したキロ級ディーゼル潜水艦4隻(ソ連で80年代に登場)があるが、総合的能力は疑問だ。中国海軍が将来海上自衛隊に対抗する能力を持つ可能性もなくはない、という程度だろう。
自衛隊に一義的責任
 97年9月に日米が了承した新たな「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)は、日本に対する武力攻撃がなされた場合の作戦構想として、「防空のための作戦」「港湾、海峡の防衛、日本周辺海域における船舶の保護その他の作戦」「着上陸侵攻を阻止し排除するための作戦」「ゲリラ・コマンドウ(特殊部隊)等、不正規型の攻撃を早期に阻止。排除するための作戦」で、自衛隊が英文ではPrimary Responsibility(一義的責任)を負う、と定めている。ところが邦文ではこれらの作戦を「自衛隊が主体的に実施する」となっている。
 リスポンシビリティは「責任」という以外に訳しようがないが、それを避けたのは意図を感じさせる。自衛隊が防空でも、船舶保護でも、着上陸侵攻や特殊部隊の阻止、排除でも「一義的責任」を負っている、と日本国民が知れば、「では米軍は何のために日本にいるのか」「なぜ政府は88カ所、312平方キロもの基地・施設(自衛隊と共用の47カ所を除く)を米軍に提供し、思いやり予算2400億円余の他、基地の地代など総計6600億円余を米軍のために負担しているのか」との疑問が出るのは不可避だからだろう。
「核の傘」は米の方策
 実は自衛隊が日本防衛に責任を負う、ということは、この指針で新たに決めたというより現状の追認であって、すでに日本は米国に防衛を一義的には依存していないのだ。
 日本がなお米国に頼るのは第一に「核の傘」だ。核による威嚇に対してなすすべがなく屈服するのでは防衛力は無意味となるが、日本は70年2月に米、ソ、英、仏、中の5カ国だけに核武装を認める核不拡散条約(NPT)に署名し、論議の末に76年6月に批准している。さらに95年5月には、当初25年有効だったこの条約を無期限にすることも受け入れた。
 冷戦たけなわの68年にNPTが結ばれたのは日、独の核武装阻止で米、ソの利益が合致したのが基本で、国際原子力機関(IAEA)の査察対象の第一は今日も日本だ。日本の核武装を語る人は、旧ソ連より経済力、技術力の高い日本がNPTを脱退すれば、北朝鮮のような小国とちがい、米国の反応は激烈なものとなることを考えなければならない。
 いざとなった場合、米国が自国に対する核攻撃を覚悟してまで日本のために核を使うか、という議論は当然あるが、対米関係上日本の核武装が非現実的である以上、核の傘が「神学理論」に似たものであってもないよりはましだろう。米国にとっても日本の核武装を阻止したい以上、核の傘理論を保つしかない。核の傘は日本に核武装をさせない方策であって、日本に対する米国の一方的恩恵ではない。
根拠薄弱な劣等感
 米国がイラク攻撃で開けた「パンドラの箱」の処置に失敗して撤退しても、アフガニスタンで敗れたソ連のように、ただちに自国の崩壊につながることはなく、米国は日本にとり強大で重要な隣国であり続けるだろう。
 それとの友好関係の保持の一手段として同盟の政治的価値は大きいし、また米国の情報分析の姿勢・能力には疑問があっても収集能力は高く、情報交換は重要だ。また歴戦の米軍の技術や共同訓練で学ぶ新戦法は自衛隊の沈滞を防ぐ利点もある。
 だが、歴史的には同盟関係は駐兵権を伴わないのが普通で、今日でも米国の同盟国のうち1万人を超える大兵力が駐留するのは第2次大戦で占領された日、独、伊と、米軍の来援で救われた英、韓の計5カ国にすぎない。米軍に莫大な補助金を支給してまで引きとめるのは愚策だろう。
 まして、「日本は米国に守ってもらっている弱みがある」という根拠薄弱な劣等感を抱き、大義も成算も乏しい米国の戦争や内政干渉を支持し、出兵するのはさらに愚劣だ。防衛力は一国が毅然(きぜん)とした姿勢を保ち他国に引きずられないために存在するのだ。
◇田岡俊次(たおか しゅんじ)
1941年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。
朝日新聞社入社。防衛担当記者、編集委員を経て、現在、軍事ジャーナリスト。
 
 
 
 
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