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1999/01/13 SAPIO
もしTMD導入すらできなければ日本はアジアの危機に「裸」のままだ
防衛庁防衛研究所教官 武貞秀士(たけさだ ひでし)
 
 北朝鮮からの「テポドン」発射は、戦後50年間、防衛論議をあいまいにしたまま「平和」を甘受してきた日本をいきなり覚醒させた。眼前の危機を実感した日本国内でクローズアップされたのがTMD(戦域ミサイル防衛)である。だが、TMDについては「撃ち込まれたミサイルを迎撃するシステム」であること以上に、あまり情報はない。TMDとは何か、なぜ必要なのか、そして21世紀の安全保障に日本がとるべき長期戦略とは何か。防衛庁・防衛研究所の武貞秀士氏に聞いた。
1度飛んだミサイルはトマホークでは壊せない
 98年8月の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)による「テポドン」ミサイル発射によって、わが国でもにわかにTMD導入論議が盛んになった。
 だが実は、この最新の弾道ミサイル防衛システムについては以前から日米の間で研究が進められていたものだ。
 その具体的な内容については後述するが、防衛庁では、このシステムが必要な理由として次の3点を指摘している。
 まず第1に、このTMDは100%防御的なシステムだから日本の専守防衛の政策の趣旨に合致する。
 第2に、弾道ミサイルによる攻撃を受けた時、被害を極小化するための技術的な見通しがある。実際、すでに弾道ミサイルが全世界に拡散している現状から考えて、このTMDは、将来日本が直面するだろう主要な脅威に対し、有力な備えとなってくるはずだ。
 97年の段階で、弾道ミサイルは、すでに世界36か国が保有している。69年には米ソ2か国しか保有せず、東西冷戦が終わった89年にも15か国しか保有していなかったのに、その後、飛躍的に増加しつつある。さらに、そのミサイルに装着される核弾頭、生物弾頭、化学弾頭の開発も、最近のインドやパキスタンの核実験に見られるように急速に拡散しはじめている。
 こうした流れから見て、弾道ミサイルは、21世紀の世界の安全を脅かす最も重要かつ深刻な兵器となるだろう。TMDは、それに対抗する意味で実に有効なシステムなのである。
 さらに第3は、政治的な抑止力である。すなわちアメリカと協力してTMDを開発していくことが、無形の大きな力を生むことになる。万一、相手国から弾道ミサイルを撃たれても、TMDで何割かを撃墜し、何分の一かの戦力が残って報復を加える能力が温存されるとなれば、相手国は怖くてミサイルを撃たないかもしれないという抑止の効果である。
 これによって相手国が弾道ミサイルを保有する意義を低下させることになる。ミサイルを持っていても使えなくなるかもしれないとなれば、その政治的な効果は大きい。ちょうど80年代末、東西冷戦が終結した大きな理由の1つがアメリカの推進したSDI(戦略防衛構想)だったように、今回のTMDもまた、大量破壊兵器の拡散に対する大きな抑止力になり得るはずだ。
 いまから巨額の予算を投じてTMDを導入するより、トマホーク・ミサイルを装備すればよいではないかといった意見も一部にはある。だが、トマホークは洋上から相手国のミサイル基地に撃ち込むことになるわけで日本に向けて飛んできたものを払いのけるTMDとは、相当に性格が異なってくる。
 これらの点から、TMDは必要だというのが現在の日本の防衛当局の基本的な考えなのである。
空・海・陸と衛星が1つになったネットワーク
 では、TMDとは、どんなシステムなのか。
 日本語では「戦域ミサイル防衛」と訳されているが、すなわちアメリカにとって「本土以外の地域を守るミサイル防衛システム」というわけである。ちなみに、同様のアメリカ本土の防衛システムはNMD(国家ミサイル防衛)と呼ばれている。
 8月の北朝鮮のテポドン・ミサイルは約1400km飛んだとされているが、日本への弾道ミサイルは1200〜3000kmの距離を飛んで、非常に高い上空から落ちてくる。
 もちろん、TMDには、高高度から落ちてくるミサイルを防ぐシステムと、近距離から発射されて低い高度から落ちてくるミサイルを食い止める2つのシステムがあるのだが、いずれの場合も、まず相手国からミサイルが発射された瞬間、早期警戒衛星の赤外線センサで、それをキャッチする。
 ちなみに、一般には誤解も多いようだが、TMDで使用されるのは偵察衛星ではなく早期警戒衛星だ。偵察衛星とは、たとえば事前に弾道ミサイルを発射するトラックを動かして準備している人間の姿などをとらえるものだが、早期警戒衛星は、相手国がミサイルを発射した瞬間、赤外線センサで瞬時にキャッチし、その飛行高度や、どの地域に落下するかということをすばやく察知するものだ。
 また、飛行距離の短い下層を飛ぶミサイルについては、早期警戒衛星と連結しながらイージス艦や空中の航空機の赤外線センサなどで、的確にどこに落ちるかを予測して迎撃する。
 あまり低いところで迎撃した場合、化学弾頭や核弾頭が装備されていたらまともに被害をこうむってしまうから、いかに高いところで迎撃するかが、まず重要だ。さらに、それをくぐり抜けて飛んできたミサイルは、できるだけ大都市を避けて人気のない山岳地帯の上空などで迎撃するようにする。
 このTMDのために、実際に地上に配備される迎撃ミサイルについて触れておくと、アメリカは94年から低高度・地域防衛用の「パトリオットPAC3」を開発中。日本は、TMDではなくもう一世代古いタイプのミサイル「PAC2」だけを配備中で、全国6か所の基地で統括しているにすぎない。
 このように早期警戒衛星、航空機、艦船、そして地上からの迎撃ミサイルがセットになって1つのコンピュータでつながれて、相手国の弾道ミサイルを迎撃するシステムがTMDなのである。
 また、かりに友好国の機械が誤作動して飛んできたミサイルだとしても着弾すれば被害を受ける点では同じなのであり、そうしたミサイルについても迎撃しようと思えば迎撃できる。その意味で、TMDの具体的な相手国・対象国はどこだと特定されたものではない。ただそういう事態になった時に自国を守るシステムなのである。
 93年9月、アメリカが考案したTMDプログラムの概要について意見交換するため、日米安保事務レベル協議の下に両国の作業グループを設置することが防衛庁長官と国防長官の間で決められた。
 その年の12月以降、日米の会合は、これまで計12回開催されてきた。さらに技術者をまじえた日米弾道ミサイル防衛共同研究が94年9月から開始され、専門家レベルによる研究作業を実施。98年9月にいたって、日米双方はTMDの重要性を強調、今後は技術研究を実施する方向で作業を進めていくということで、わが国でも9億6300万円の予算要求がなされたのである。
中国との防衛観ギャップは今後ますます拡がる
 話を21世紀に向けた、日本の長期的な防衛戦略に進めよう。
 これまで日本の安全保障論議の焦点は「朝鮮半島」、とくにここ数年は「北朝鮮」ばかりだった。
 だが、ロシアなども含めた東アジア地域の安定を考えた時、今後は「中国」の存在が、外交上も防衛上も重要なファクターとなってくる。中国問題は、日本の防衛を考える時、将来の不安定材料のひとつであり、北朝鮮問題と同じくらい大きな比重を持っていると思われる。
 その理由として、まず第1は中国の将来の政治的な不安定。次いで第2に、両国が協調して防衛分野でも対話を進めて行きたいという日本側の希望と必ずしも合致せず、一線を引いた政策をとっていることだ。たとえば、8月のテポドン騒動以降、日本国内でTMD導入論議が高まってきた時も、それに対して非常に強い懸念を表明してきたのが中国である。また、以前から日米の防衛協力について中国が必ずしも賛成していないことは明白である。
 第3は、中国の海軍力の強化である。将来、中国は航空母艦を持つ可能性がある。少なくとも関心は十分持っている。
 航続距離の長いスホーイ27をロシアと共同生産し、空中給油機と一緒に運用した時には、この東アジア地域での中国の軍事的プレゼンスは飛躍的に増大することになるだろう。
 また核戦力という観点からもすでにDF3という中国の中距離弾道ミサイルは、アジア全域を射程内に置いており、周辺に十分に脅威を与える存在となっているのだ。
 先日、来日した江沢民・国家主席の一連の発言にしても、過去の歴史認識にばかりこだわって、21世紀に向けた前向きな話は聞かれなかった。将来に向けてアジアはどうあるべきかという基本的な世界観や、安全保障観をますます異にしているのではないかという認識が日本国内でも強まってきている。
 以上のようなことから、中国の存在は政治的あるいは歴史的な文脈においても、ますますクローズアップされている。冷戦終結後、旧ソ連が崩壊し、ロシアが以前ほどの力を持たず、アメリカが国際金融と安全保障の両面でいわば一人勝ち。そのアメリカをある程度サポートしながら自国の安全を図っていこうとする日本の方針と、中国の方針とは一線を画していることが、いまや明白になってしまった。
 朝鮮半島が統一されたら、その後、この地域にアメリカ軍は要らないというのが、いわば中国の公式政策である。21世紀にはアジアについてはアジアの人たちの手で安全保障を考えていこうとはっきり言及している。
 これは東アジアに10万人の兵力を置こうとするアメリカの戦略と完全に対立している。
 そして、米軍がこの地域を去った後は、中国と日本、あるいは統一コリアが3〜4か国で多国的な安全保障を考えるといった話ではなく、中国1国が、いわば現在のアメリカのような存在となって、21世紀のこの地域を取りしきっていこうとしているのである。よくいえば大国としての責任感を明らかにしつつあるということだろうが、悪く考えれば、今度は中国がこの地域で一人勝ちをしたいという姿勢に見てとれなくもない。
 つまり、長期的に考えて、中国が朝鮮半島統一後のアメリカ軍のプレゼンスに、いまから反対を表明しているのは、この半島を、かつての李朝時代のような存在か、在韓米軍のいなかった時代の自国の外縁にある緩衝地帯のような発想で考えていると見なさざるを得ない。
 日本の基本的な防衛政策は、まず東アジアの地域を安定させることであり、究極の目標は自由主義を守ろうということである。その具体的な手段として日米関係の強化を図り、韓国との緊密な対話を推進しようというわけで、この政策は21世紀に入っても長く続いていくだろう。
 だが、日本がそうした立場を追求すればするほど、中国の立場とのギャップは今後さらに拡大していくだろう。
 韓国内にも、中国との緊密な関係こそが統一コリアのあるべき姿だと考えている人は、必ずしも多くはないはずだ。そうした韓国の世論に反して、半島統一のプロセスで中国の積極的な政策が展開された時には、この地域の大きな不安定要因となっていくだろう。
 いずれにせよ、プラス面もマイナス面も含めて、「チャイナ・ファクター」は、この地域の安全保障上の重要な要素となってくる。そのことを日本は十分に考慮しておく必要があるのではないか。(談)
◇武貞秀士(たけさだ ひでし)
1949年生まれ。慶応大学大学院博士課程修了。
75年に防衛研修所(防衛研究所の前身)に入り、米スタンフォード大学、ジョージ・ワシントン大学客員研究員などを経て、現在、防衛庁防衛研究所主任研究官。
 
 
 
 
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