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私はこう考える【自衛隊について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997年12月号 Voice
新ガイドラインの読み方
森本 敏(もりもと さとし)
(野村総合研究所政策研究センター主任研究員)
日米同盟にとっての転換点
 今回の新指針は、日米同盟という観点と、日本の安全保障という観点の二つの側面からこれを評価すべきである。
 まず、日米同盟という観点から見た場合、今回の新指針は間違いなく日米同盟にとって一つの転換点である。
 すなわち、新指針により、日本が後方分野の支援であれ、米国に対していままで以上に実質的な協力ができるようになり、日米間の同盟協力が大西洋同盟における協力のレベルに近づいたといえよう。
 先の大戦に負けた日本は、朝鮮動乱という危機に直面して米国との同盟の途を選択した。
 一九五〇年代半ばに自衛隊が誕生し、それにともない一九六〇年に日米安全保障条約が改定されて、日米間で日本は防衛作戦、米国は攻勢作戦を担当するという役割分担ができあがった。
 その後、日本が着実に防衛能力の整備をすすめ、七〇年代中ごろ以降になって、日本の防衛力が一人前になるにしたがい、米国は日本に在日米軍に対するホストネーション・サポート(接受国支援)や日本の防衛努力を要求するようになってきた。そして、このころから、極東における旧ソ連の軍事力が次第に増強しはじめるようになった。
 しかし、日米間には日米安全保障条約および日米地位協定のもとで極東における軍事的な脅威、とりわけ日本に対する武力攻撃に際し、日米がどのような防衛協力をすすめるかということについての対処計画がなかった。そこで、米国はこのような環境下にある極東において、日米間における防衛協力の対処方針を取りきめようとしたのである。
 このようにしてできあがったのが一九七八年の旧指針である。
 旧指針の基礎となっていたシナリオは、主として旧ソ連の極東における侵攻であり、指針の大宗は日本に対する武力攻撃に対応する米軍と自衛隊の協力のあり方であった。
 そのシナリオとは、欧州正面における東西対立の結果として極東において、米ソ間に戦端が開かれるというシナリオと中東における東西対立の結果として、極東において戦端が開かれるというシナリオであった。いずれも第二戦線論という考え方に基づき、他の二つの地域における米ソ対立が日本周辺に波及して、日本北部の一部がソ連によって侵攻されるという状況を想定していた。
 しかし、冷戦が終焉してみると、この二つのシナリオが起る蓋然性は低くなってきた。
 一方、冷戦の終焉は、日本社会にある種のナショナリズムが湧き起ることとなった。旧ソ連の脅威なきいま、日米同盟がなくても、なんとかやっていけるのではないかと考える人も出てきた。中国の脅威に直面して、中国を含めたアジア諸国との多国間協力により、平和と安定が維持できるのではないかという幻想をもつ人も出てきた。
 このような日本を取り巻く内外の環境変化のなかで、米国としては冷戦期に構築した日米同盟の絆が冷戦後に緩んできたと考えはじめるようになった。
 米国としては、この日米同盟の絆をもう一度確固としたものにする必要があった。ナイ・イニシアティブはこのような性格をもったものである。そして、このナイ・イニシアティブに基づく日米協議の結論が九六年四月に明らかになった日米安全保障共同宣言である。この共同宣言に基づいて、まず日米両国は、在沖米軍基地を含む在日米軍基地の安定的使用という問題に取り組んだ。次の課題が今回の新指針である。
 さて、米国がこの新指針に対しもっていた国家的要請と期待は何であっただろうか。
 米国は今後ともアジア・太平洋においてその指導力を発揮し、影響力を拡大しつづけるためには、日米同盟を確固としたものにして日本をそのなかにとどめつつ、日本の活力を十二分に活用することが不可欠である。
 そのために、米国がこの新指針に対しもっていた期待は、日本の民間による支援協力と掃海分野における日本の協力を取り付けることであったにちがいない。できうれば、日本が集団的自衛権の問題を自らの手で解決し、米国に対しいっそうの協力と支援をしてくれることが望ましいと考えているであろう。しかし、日本がその協力と支援をいっそう充実したものとするため、日本が集団的自衛権の問題を含む憲法問題を解決すべきだと考えるのであれば、それは日本の問題であるという態度である。ただ、米国としては、日本が武力行使をしてまで米国とともに戦闘行動をするような状況は期待していないであろう。
 すなわち、あくまで新指針のもとで日本が米国の活動に対し公海上を含め、いままでよりもいっそう実質的な支援と協力が可能となるような枠組みをつくることが米国の新指針に対するねらいであった。しかし一方で、米国は新指針をつくることによって、日本に対し何らかの具体的な約束をしたり、米軍の活動を拘束したりするような内容を決めることだけはできるだけ避けようとした。日本側に来援計画を具体的に明らかにすることもしなかった。海外邦人の避難、救助や捜索救難についても、米国が一方的に協力するということにならないよう配慮しつつ交渉に取り組んだ。
 一方、日本としては新指針を通じて日本の国益をいっそう追求すべきだったと思われる。
 すなわち、新指針によって米国を日本のために利用する途を模索し、たとえば、日本の海上輸送路の防衛や、海外邦人の救出、周辺海域における警備活動を米国に約束させるとともに、米軍の来援計画を明確にさせるなど、新指針のなかで日本の利益を追求すべきであった。そうでなければ、新指針に基づく日米同盟はほんとうの意味でイコール・パートナーシップとはいえないのである。
 とくに、日本やその周辺地域における事態に際し、米軍がどの程度の規模でどこからどこへどのようにして展開し、配備され、そして作戦を行うのかを明らかにすることは、日米防衛協力にとって不可欠の要素である。しかし、米国側は日米協議のあいだにもこれらの点については十分明らかにしなかった。
 日本側は新指針を通じて米国に対し、日本が協力したり、支援したりすることを十分約束した。しかし、米国側がこの新指針のなかで日本側に新たな支援や協力を約束したことはほとんどなかった。
 このように新指針に基づく日米協力の支援協力内容は、バランスのとれたものとはいえないのである。
 このような新指針のもつ問題点がどうして生じたのであろうか。それは、日本側にこのような視点が、必ずしも十分でなかったことによるものである。また、この日米交渉が基本的に米国側の要請に日本側がその憲法の枠のなかで、どのように応じるかということを検討する形ですすめられたためであろう。結果として、日本側が新指針によって得たものより、米国が得たもののほうがはるかに大きくなったのである。
 それでは、次に、この新指針を日本の安全保障という観点から評価するとどのようになるであろうか。
 この新指針は結局のところ、日米同盟という名を借りた日本の国家危機管理の指針という性格をもったものである。
 すなわち、今回の指針は日米同盟に基づく対応を軸としつつも、本来、日本が自らの手で危機を乗り切っていくための骨組みを明らかにしたものであり、その点でこの指針は評価できるものである。
 いずれにしても、この指針はたんなる指針であり、日本のとるべき安全保障政策の大枠と方向性を示したものにすぎない。この指針を実行していくためには、とくに日本が法整備を含めた国家としての体制を整えることが不可欠となる。
 そして、この指針に基づいて必要な法整備や国内の体制が整えば、日本はやっと普通の国に近づくことができる。この場合、普通の国とは小沢一郎氏がいう普通の国という意味では必ずしもなく、いわば、近代国家としての通常の機能と体制を整えた国という意味にすぎない。考えてみると、日本はいままで国家の危機に際し、国家としてどのように対応すべきかという指針さえない国家であったのである。
新指針の大きな二つの狙い
 以上のような観点から新指針の狙いとその特色について考えてみたい。
 この新指針には大きな二つの狙いがあると思われる。
 第一の狙いは、この指針が日米安保条約に基づく同盟国としての協力というより、むしろ、国際社会において重要な地位にあり、また、重要な役割を果しうる日米両国の協力関係を幅広い側面から取り上げて、その大枠と方向性を示すことであった。
 この場合、日米協力を行うタイムフレームは平素から行う協力、緊急事態が切迫した場合に行う協力、および実際に緊急事態が発生した場合の協力という三つの段階に区分され、さらに、この緊急事態には日本に対する武力攻撃があった場合と、日本ではなくて日本の周辺における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与えるような事態に区分されている。
 したがって、旧指針が日本に対する武力攻撃というシナリオのもとでの協力を規定したものであったのに比べて、この新指針ははるかにタイムフレームとしても協力のシナリオとしても広範な枠組みのもとにおける協力が規定されているのである。
 さらに、旧指針が米軍と自衛隊の協力関係を規定しているのと比べれば、この新指針は日米両国の国家と社会が全体となって行う協力の枠組みを規定しているという点でも特色をもっている。
 このような新指針の性格は、いわば日米同盟を同盟国間の関係としては本来あるべき姿にできるだけ近づけようというねらいがあったものと考えられる。
 つまり、この新指針を通じて日本が米国の行う諸活動に対し、憲法の枠内とはいいながら、全面的な協力を可能とするような枠組みにしようとしたのである。しかし、この新指針がどれだけ米国にとって満足のいくものであるかいちがいには断定できない。
 すなわち、東アジアにおける紛争事態が発生し、米国が本格的な介入活動を行なった場合、日本がこの新指針に基づく支援や協力を行なったとしても、なお、米国のなかから日本は同盟国としてこの程度の協力しかできないのかという不満や不平が湧き出てくることは、当然予想される。
 したがって、新指針は日米同盟の信頼感を向上させるものと期待されるが、一方、新指針ができたためにかえって米国の失望感を招くという事態も考えておかなければならない。
 他方、日本が新指針に基づいて十分な支援や協力ができずに、そのことにより米国側に深刻な不平や不満が起るとすれば、そのような状況が続けば、良好な日米同盟関係は維持できないであろう。
 その場合、日本は自らの決断によってもっと十分な、同盟国としての支援や協力を行う必要があると考えた場合、日本側は自らの手で、憲法問題を解決して集団的自衛権を行使できるようにしなければならないであろう。このことが新指針における日本側の重要な政治課題である。
 すなわち、新指針を実行し、そのことにより日米同盟を強化していくためには日本側が憲法問題を真剣に考え、結果として集団的自衛権を行使して日米協力をすすめる道を選択する必要がある。
 新指針がもつ第二の狙いは、新指針が日本が直面する緊急事態に国家として対応すべき基本的な対応の枠組みを規定しているということにある。これは、新指針がいわば日米同盟に名を借りた日本としての安全保障指針という性格をもっていることにほかならない。
 これを日米交渉にあたった日本側担当者が十分に企図していたとすれば、そのことは新指針の大きな功績である。おもしろいことに新指針は日米協力の枠組みについて言及しているが、それが結果として、一方の当事国である日本にとっての安全保障政策指針という性格をもつに至っていることである。すなわち、新指針は日米協力に関するものであるが、その実態は日本の国家の危機管理をすすめるための枠組みなのである。新指針をこのような性格のものに位置づけたのは、おそらく日本が国家の安全保障政策指針を独自につくることができるような政治土壌になく、したがって、日米同盟という外圧的手段をもって日本の指針を引き出そうと試みたためであろう。
 このことは、たとえば、新指針に基づいて行うべき法整備のなかに有事法制を含めていることからしても明らかである。有事法制は日米協力のためにあるものではない。有事法制はあくまで日本の有事に対する国家としての対応要領の法的枠組みを示すものである。政府・与党が新指針から有事法制を引き出そうとしているのは、新指針がすなわち日米同盟の枠組みを規定するものであるが、それはそれとして、日本として有事に対応すべき指針をこの新指針のなかにできるだけ盛り込もうとした政策決定者の意図が存在することを示すものである。
 新指針は繰り返しになるが、今後の日米同盟にとっても、日本の安全保障にとっても、きわめて重要な方向づけを示したものである。戦後日本の安定と繁栄を築いてきたのは、日本が日米同盟という道を選択したおかげである。その選択は適切なものであったといえるであろう。
 新指針により、日米同盟がより確固としたものになるのであれば、新指針は今後の日本の進むべき道にとって最も重要な外交、安全保障政策の柱となりうる。その意味において新指針に規定されている内容が日本の国家安全保障にとり、いかなる意味をもっているかについて十分な理解を必要とする。
掃海活動と民間による広範な支援協力
 まず、新指針のなかで、平素から行う協力として、(1)情報交換および政策協議、(2)安全保障面での種々の協力、(3)日米共同の取り組みが示されている。
 このなかには、たとえば、地球的規模の諸活動(テロ、難民、国際犯罪、環境汚染、人口、兵器拡散などへの対策)を促進するための日米協力やPKO活動、または人道的な国際救援活動に関する日米協力が示されている。
 これらが日米安保条約上の直接の問題でないことは明らかである。すなわち、新指針は日米安保条約の枠組みを変更するものではないが、日米安保条約に基づく日米協力を規定したものでもない。
 ただし、この平素からの協力のなかで、「日米両国政府は、自衛隊及び米軍を始めとする日米両国の公的機関及び民間の機関による円滑かつ効果的な対応を可能とするため、共同演習・訓練を強化する」と規定しているが、これはいわば、民間人を含めた演習・訓練を平素から行うというものであり、国家の危機管理を考えた場合、望ましいにはちがいないが、国民がそこまで協力してくれるかどうかは疑わしい。
 日本に対する武力攻撃に際しての対処行動については、すでに、日指針のなかにほとんど盛り込まれており、新指針のなかでいくつか見直しされた個所がある程度である。
 問題は、武力攻撃が差し迫っているかどうかの判断をどのようなプロセスで行うかということであり、また、「日米両国政府は事態の拡大を抑制するため、外交上のものを含むあらゆる努力を払う」という、いわば予防外交的な外交努力を規定しているが、予防外交については、そもそも平素から行う協力でなければならず、武力攻撃に際しての対処行動ではあるまい。
 また、この日本に対する武力攻撃の対応のなかで、旧指針があくまで本格的な武力侵攻を中心としているのに対し、新指針ではゲリラ・コマンド攻撃などの不正規戦や弾道ミサイル攻撃なども対象としている点は注目される。
 さらに、有事における後方支援活動について「日米両国政府は、後方支援の効率性を向上させ、かつ、各々の能力不足を軽減するよう、中央政府及び地方公共団体が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用しつつ、相互支援活動を実施する」ことを規定しているのも新指針の新しい点である。
 日米両国にいわば能力不足が起ることを予測して、これに民間などを活用して、支援活動を行うのは当然であるものの、いかなる能力不足が起り、どのようにして民間の能力を活用するのかを明確にしなければ国民の理解と協力を得ることはできない。
 周辺事態についての内容は新指針のなかで最も重要な、かつ緊要なものである。
 中間取りまとめ発表以来、周辺事態の意味する地域について、とくに、それが台湾海峡を含むかどうかということについての議論が盛んに行われた。
 しかし、周辺事態とはいわば事態を説明するために使われている言葉であり、地域を示すために分類された言葉でないことは明らかである。要はそのつど発生する事態が、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態であるかどうかを自発的かつ主体的に判断を行い、それに基づいて対応すればよいだけのことである。
 もっとも日米両国で周辺事態をどのように認識し、もし、認識が異なる場合にどのように取り扱うのかについては事前に十分な協議が必要となるであろう。一部の政治家がこの周辺事態に台湾海峡が入るといったり、入らないといったりしたが、このいずれの解釈も誤っている。周辺事態に特定の地域が含まれるかどうかという問題は個別具体的には示しえないというのであれば、あくまで示すべきでない。たとえ朝鮮半島がこの周辺事態における主要な対象であるとしても、その起る事態がどのようなものであるか、そのつど日本の国益に照らして判断すべきものである。とりわけ台湾海峡が新指針の適用外になるといった説明を行うこと自体、国益に反するものである。米軍の海外活動がある特定の海域や空域をまったく適用外にして行われるなどということがありようはずもない。
 周辺事態に対応するため、日米間の協力や支援の内容を個別具体的に規定したのは、新指針の大きな特色である。
 とくに、日本側が周辺事態に際し、米軍の活動に対して施設の使用のみならず、補給、輸送、整備、衛生などの後方地域支援を行うよう、協力項目の具体例を規定したこと、および運用面における日米協力として警戒監視や機雷の除去について規定したことは成果である。
 とくに、民間による支援協力は、いわば、国内における日本の施設・設備(飛行場、港湾、倉庫、建物、道路、病院など)を米軍の活動のため、使用させたり、収容したりすることを含んでおり、さらに、日本が輸送、補給、整備、医療活動、物資や役務の提供などを通じて米国の活動を支援することを含んでいる。
 このような協力のなかで、米国がこの新指針に最も期待したのは、日本側の掃海活動および日本の民間による広範な支援協力であろう。
 とくに、東アジア・太平洋地域における紛争事態を予想した場合、この新指針に基づいて日本が行う支援や協力のうち、補給、輸送、および掃海の分野における協力は米国の活動に実質的な貢献をすることになるであろう。
 新指針はさらに重要なことを規定している。それは、この新指針に基づき、今後包括的メカニズムを通じて共同作戦計画および相互協力計画を検討すること、並びに共通の基準と共通の実施要領を確立することである。
 共同作戦計画は日本有事の場合の日米協力、また相互協力計画は極東有事の場合の日米協力のための計画である。この二つの計画を検討するための基礎作業を通じて法整備の方向が示されることになる。さらに、法整備の結果が二つの計画の作成に反映される。つまり、二つの計画と法整備は相互に深く関連しあっている。
 共通の基準や共通の実施要領は、米国がNATOにおいて設定しているNATO基準およびROE(Rules Of Engagement=戦闘行動基準)を日米両国間の行動基準にも適応させようというものである。これができれば日米間の協力も後方分野に限っていえば、やっとNATO並みということになるのかもしれないが、それにしても日米両国は同盟国とはいえ、このような共通の基準や実施要領さえできていなかったこと自体不自然な状況であった。
 もう一つ、新指針に基づいてできあがるのが日米共同調整所である。これがどのようなものであるかについては、まだ明らかでないが、おそらく防衛庁内の然るべき場所に日米両国の当局関係者が勤務し、日米間の活動について調整作業を行うことになるのであろう。
 いうまでもなく、この日米共同調整所を通じて行われる調整は、日米両国が本来有している指揮監督権とは自ずから異なるものであり、調整という名目によって双方が独自に有している指揮監督権とシビリアン・コントロールの原則を損うことのないように十分配慮される必要がある。
国内政治に与える三つの意味
 この新指針には内外にいろいろと批判がある。
 批判の第一は、新指針によって自動的に米国の諸活動に巻き込まれる恐れがあるという議論である。このような議論をする人は新指針を自動参戦装置と呼ぶ。したがって、新指針には事前協議制を導入すべきだという議論に結びつく。しかし、この議論は日本が自らの国益を自ら判断し、行動することへの自信のなさの表われである。
 日本がこの新指針に基づき行動するかどうかは、国家と国民が自ら判断すべき問題であり、新指針があるからといって米国の活動に自動的に巻き込まれるというのはそれこそ冷戦思考である。
 第二の批判は、この新指針は事実上の安保条約改定であり、したがって、国会承認を必要とするという議論である。さらに、これに基づく有事法制は受け入れられないとする意見もある。
 一般に有事法制とは、有事の定義、有事の宣言、その決定プロセスと決定権者、有事の場合の指揮監督関係並びに国民の権利義務、法的措置や予算措置並びに国家の体制整備などに関わる基本的な問題を規定した法体系であり、とくに国家の緊急時に総理大臣の権根をどのように強化するかが最も大きな焦点となる。
 有事法制は国家としての体制のあり方に関わる法的根拠であり、これがあれば同盟国支援がより効率的にかつ効果的に行いうるというものではあるが、有事法制がなければ日米協力がまったく不可能であるというものではない。
 他方、新指針が新安保条約であるという指摘は基本的に誤っている。新指針は条約ではない。すでに強調したように、新指針は日米安保条約に基づいて規定されているわけではない。
 しかし、新指針に基づく対米協力を十分に行うためには、この新指針にもとづく法整備をすすめるに際し、日米安保条約第六条に基づく日米地位協定の一部を改正する必要があるかもしれない。
 第三の批判は主として周辺諸国から生じているものである。それは、日本が新指針によってアジア・太平洋地域に軍事的に進出してくるというものである。日本の軍国主義化の始まりが見られるという批判である。
 この批判は新指針のどこを指していっているのか不明確であるが、いずれにせよ、アジア諸国、とくに周辺諸国に一定の不安を与えているという要素はあるであろう。もちろん、日本が日米同盟の枠内にいるかぎり、そのような懸念はあたらないという意見もある。
 しかし、この新指針が結局のところ、アジア・太平洋地域における平和と安定に役立っている米国のプレゼンスを支えるものであり、その観点から新指針は、日本がこの地域の平和と安定に貢献するための基礎であるという点はもっと強調されるべきである。
 今後、この指針に基づき、日米間で日米共同作戦計画および相互協力計画を検討しつつ、これに基づいて法整備の準備をすすめ、同時に共同の基準や実施要領を準備していくことになるであろう。
 とくに、日本側が新指針に基づいてきちっとした法整備をすすめ国内体制を整備しなければ、この新指針はまったくたんなる文章に終ってしまう。それでは、日米同盟は存続しえないのである。
 いずれにせよ、新指針を実効性のあるものにするためには、日本側の対応がきわめて重要である。このことは、日本の内政にとって次のような意味合いをもっている。
 第一は、戦後はじめて日本が有事に関する法体系の整備に着手するということである。日本の国内法は一般に平時法である。つまり、国内法は何か有事が起るということを前提として、規定されていない。それが、初めて日本の官僚組織のなかに、有事に対する概念と配慮が導入されるという意味で画期的な内容を含んでいる。
 この際、有事法制については憲法上の解釈を含め、根本的に審議をする必要がある。
 しかし、有事法制は前に記述したごとき内容のものであると想定すれば、現在の連立与党体制下でこのような有事法制が制定できる可能性はほとんどない。
 とくに有事法制は総理大臣の権限強化や国民の権利義務に関わる問題を含んでいるため、社民党の強い反対を受けることは大いに子想される。
 第二は、これら各省の法整備のため、内閣総理府が各省庁を横断的に調整し、国家としての総合的な見地から安全保障上の体制整備を行うということであり、このことも戦後はじめての体験である。
 国家の危機管理について内閣の権限と機能が強化されることは望ましいであろう。
 第三は、これらの法整備を通じて自衛隊のみならず、国家機関、地方公共団体、あるいは日本の社会全体について国家の危機管理という観点から国内のあらゆるシステムを見直す必要があり、そのことも戦後、初めての試みが始まるということになる。とくに、自衛隊法と日米安保条約が法的に関連づけられるようになることは重要である。
 いずれにせよ、新指針はたんなる指針にしかすぎず、日米同盟にとって一つのステップにすぎないが、これをどのように受けとめ、さらに、どのように日本のなかで生かしでいくかは、日本人の知恵次第であり、新指針に対する日本の対応が日本の安全保障のあり方を決めることになるであろう。
◇森本敏(もりもと さとし)
1941年生まれ。
防衛大学校卒業。
外務省・安全保障政策室長、野村総合研究所主任研究員を経て、現在、拓殖大学教授。
 
 
 
 
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