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私はこう考える【自衛隊について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997年12月号 外交フォーラム
「新指針」で何ができるようになったか
志方俊之●帝京大学教授
はじめに
 新指針の最終報告が公表されてからというもの、いろいろなメディアを通じて解説や論評がなされている。しかし、その多くは安全保障政策上の意義づけであったり政治的な論議であったりで、日米両国の部隊が実際に現場で協力する際の「運用上の意味づけ」に関するものは案外と少ない。
 本稿は、新指針ができたことによって第一線の部隊は何ができるようになったか、あるいは何は依然としてできないかを、筆者なりに「予測」してまとめたものである。
 今回公表された文書によれば、日米防衛協力のための指針(以下、新指針あるいは新ガイドライン)の目的は「日米両国の役割ならびに協力および調整の在り方について一般的な大枠および方向性を示すもの」とある。
 すなわち新指針は、在り方であり、一般的であり、大枠であり、方向性を示すもので、一つの「枠組み」なのである。しかし、現場の日米両部隊がこの指針だけで行動できるというものではない。実際には、この枠組みに基づいた具体的な「行動基準」とそれを裏付ける「法律」を必要とするのである。
 大まかであっても、枠組みが要らないというわけではない。たとえ必要な法律や規則が整備されたとしても、実際にはなお個々の部隊行動の是非をめぐって指揮官がその時の判断に戸惑う場面に遭遇するのが現場の常であると考えるからだ。枠組みがあるからこそ、現場で咄嗟の判断に窮したとき、大きな間違いをしないで済むのである。したがって、以下の論議は法律や規則が十分に整備されるものと予想し、なおかつ現場の部隊指揮官が咄嗟に妥当と思われる判断をすると予想した上でのものである。
運用者サイドの視点
 細かい論議に入る前に、運用者サイド(実際に現場で行動する米軍と自衛隊の部隊)の視点から新指針がもつ三つの側面について述べる。
 第一は、ガイドラインとは「何をガイドするラインなのか」という目的に関する側面である。運用者サイドは、行動目的を達成するために、なるべく短い時間にもっとも少ない損失でもっとも大きい成果をあげようと物理的合理性を追求するものである。したがって、できれば行動上の制約を少なくし現場における自由裁量の幅をなるべく広くしておいてほしいと思うのが常である。
 これに反し政治サイドは、軍事は政治目的を達成するための一手段に過ぎないし、できれば使わないで済ませようと考えるのが常である。したがって、運用者サイドが合理性を追求するあまりに勝手な行動をして政治的な矩を越えてしまっては困るのである。
 ガイドラインは、広くしてほしいという運用者サイドと、狭くしておこうとする政治サイドとの相反する二つの要求のバランスをどう導くかという対応で、一般には「政軍(ポリティコ・ミリタリー)関係」の問題の一つである。
歴史の事例から
●デザート・ストーム作戦
 この問題の一例を最近の湾岸戦争に見よう。イラクが軍事的な手段でクウェート併合という暴挙にでたとき、政治的にはイラク軍をクウェートから速やかに撤退させること、またこの戦争を中近東全域の大規模な戦争に発展させてはならないという要求があった。
 他方、軍事的にはクウェートからイラク軍を撤退させるための作戦地域をクウェート領内だけに制限すれば、大きい損害と長い時間を必要とすること、さらにイラク軍を再起不能にするだけの打撃を与えることが難しくなるという事情があった。したがって、軍事的にはイラク領内に深く反攻してバグダッドを制圧し、イラク軍に壊滅的打撃を与えたいという要求があった。
 結局、多国籍軍の最高司令官シュワルツコフ米陸軍大将に与えられた行動の基準では、軍事的な要求の一部は許容されたものの、国連安保理の決議を背景にして当然のことながら政治的制約が優先されたのである。
 軍事的に一部許されたこととは、反攻に当たってイラク領内全域を空爆してよいこと、イラク領内の一部については地上作戦の行動範囲としてよいこと、あらゆる通常兵器を使用してよいこと等であった。
 反面、政治的には多くの制約が加えられた。すなわち、空爆は軍事目標に限定すること、地上戦闘はクウェートに侵攻したイラク軍を捕捉撃退するために必要な地域(イラン国境に近づき過ぎてイランの軍事介入を招かないようにすることやイラクの首都バグダッドまでの追撃は過剰対応であること)に限定すること、地上作戦の時間は必要最小限(実際には一〇〇時間)にすること等であった。
●オーバーロード作戦
 もう一つ古い例を第二次世界大戦の末期に行なわれた連合軍の欧州反攻作戦(オーバーロード作戦)で説明しよう。当時英国のチャーチル首相は、戦後に必ずや起こるであろうソ連との確執を予測して、連合軍の反攻にバルカン地域からの進攻を含めるよう主張していたが、実際にアイゼンハワー連合軍最高司令官がもらった命令は、「欧州大陸に進攻しドイツを占領せよ」という簡単なものだったと言われている。
 このときは、確実に作戦を成功させるという軍事的合理性が政治的な要求よりも優先されたのである。フランスのノルマンディーを主攻正面とし、イタリアを助攻正面として反攻作戦を行ない確実な軍事的勝利を追求したわけだが、政治的に大戦後の欧州は東西に分断され、その後の冷戦構造は西側にとって厳しい結果となった。
 これら二つの例のように、純粋な軍事作戦ですら政治目的と軍事的合理性とは阿吽の呼吸で擦り合わせられるべきものである。まして冷戦後の時代の地域紛争への対応においては、政治と軍事との細部にわたる擦り合わせが必要なのである。
 わが国の場合、とくに「周辺事態」と呼ばれるような状況では、国内的にも国際的にもさらに微妙な政治的配慮が必要になってくる。防衛作戦にあたって自衛隊が米軍に「協力できることと、協力できないこと」を政治があらかじめ明確にしておく必要がある。
 これが明確でないと運用者サイドとしては、何もできずに時機を失して大きい損失を被るか、超法規的な行動をして目的を達成するか、極端な二者択一の選択を迫られる。その意味で運用者サイドは指針を政治優先(シビリアン・コントロール)の重要な道具の一つとして捉えている。
 第二は、米軍と自衛隊との信頼関係の強化という側面である。政治サイドが運用者サイドに「できることと、できないこと」をあらかじめ明確にしておかないと、いざ現場で協力を必要とする時に、「何は当てにできるか、何は当てにできないか」がわからない。
 ガイドラインの内容が明確さを欠けば、運用サイドとしては部隊が協力するための行動計画を立てることができない。平時からの相互の意見調整の結果はあくまで「研究」であって「計画」にはならない。研究それ自体は意味のないことではないが、日米両部隊の隊員は単なる研究の結果に相互の命をゆだね合うことはできない。
 今回の新指針は、研究ではなく計画を立てるために必要な前提が網羅されており、旧指針に比較して日米両部隊間の信頼関係の強化に大きい前進があったと評価されよう。
 第三は、近隣諸国の軍隊との偶発的な不測事故を防ぎ得るという、信頼醸成措置としての側面である。何事によらず、相手が何をするか予測できないことは不安に繋がる。不安はやがて疑いとなり、脅威感へと発展する。
 旧指針では曖昧なまま残された部分が多かったが、新指針は日米両部隊がどんな状況の場合にどんな行動をするか、あるいは行動の目的や限界などの基準をかなり詳しく明らかにしたので、防衛行動の透明性を高めたものと言える。したがって、近隣諸国に不安や疑念を起こさせることを防ぎ、不安からくる敵対行動を回避することができる。
 このように、運用者サイドの視点から新指針を見ると、文民統制の道具、日米両部隊間の信頼性向上、近隣諸国の軍隊との間の信頼醸成という側面があり、大きい意義を持つに至ったと評価できる。
新指針の三本柱と部隊運用
 新指針は、平素から行なう協力、日本に対する武力攻撃に際しての対処行動、周辺事態に際しての協力という三本柱から成り立っていることはご承知のことと思う。それぞれの柱について運用者の立場から新指針を評価してみたい。
(1)平素から行なう協力
 第一の柱である平素から行なう協力は、旧指針では「その他」の項目として、情報交換、共同作戦計画についての研究、共同演習・訓練を行なうという簡単なものであった。すなわち、あくまで(a)情報交換、(b)研究、(c)共同訓練という範囲内での協力に限定し内容も曖昧にしてあった。
 新指針では、これらの三つに加え、(d)防衛や軍事態勢についての政策協議、(e)安全保障対話・防衛交流や国際的な軍備管理・軍縮活動、(f)国連平和維持活動や人道的な国際救援活動に参加する場合の協力、(g)日本に対する武力攻撃に際しての「共同作戦計画」と周辺事態に際しての「相互協力計画」の検討と共同作業、(h)関係機関の関与を得るための「包括的なメカニズム」と緊急時に運用する「調整メカニズム」の構築等が新たに示された。
 これらを運用者サイドの視点から見ると二つのことがわかる。第一は、日米両部隊の協力が単に戦闘するための協力だけでなく、グローバルな安全保障環境構築のための協力、つまり平和を維持するための協力にまで拡大されることである。
 自衛隊がルワンダ難民救援活動に赴いたとき、いろいろな事情があったにせよ、重器材はチャーターしたロシアの大型輸送機で空輸された。これからは特別な場合を除いて米軍の輸送機を使用することもできることから、日米両部隊間の協力を訓練ではなく実際の行動で平素から培うことができる。
 また、自衛隊が現地で残留地雷(筆者がカンボジアを視察したときに遭遇した地雷のほとんどは旧東陣営のものであった)の除去などを行なう必要が出てきた場合は、米軍から安全化のためのノウハウを教えてもらうことも可能になろう。とくに将来の時点において、対人地雷の全面禁止条約に加盟するであろうわが国の自衛隊は、対人地雷に関するノウハウの維持が次第に困難になり米軍の協力を必要とする。
 また、軍備管理のための活動で自衛隊員が国連の大量破壊兵器に関する査察活動に参加するような場合にも、この分野に詳しくない自衛隊が米軍から知識や技術を習得することも考えられる。
 第二は、日米両部隊の協力が単なる研究から計画の検討と立案、検証のための演習・訓練まで具体的となり、実効をもつに至ったことである。
 とくに共同作戦計画や相互協力計画、および必要な法律や規則の整備のために平素から包括的メカニズムが作動することは運用者サイドから見れば大きい前進である。
 日本に対する武力攻撃に際しての共同作戦にせよ、周辺事態における相互協力にせよ、およそ日米両部隊が実際に行動するとなると両国の部隊同士、両政府の外務・防衛関係省庁同士だけの調整では対応できない。今までは単なる訓練であったから法律上の問題が顕在化しなかっただけのことである。
 包括メカニズムには、日本側だけでも十数個省庁の関係局長から構成された会議、幹事会、作業部会が組織され、法整備を含む現実の防衛協力を可能にする体制ができあがろう。現場の部隊が果断な行動をすることができるのは、何といっても法律の裏付けがある場合である。これがなければ、両国の部隊は行動を躊躇して対応が手遅れになるか、超法規的な行動をするしかないことは前述したとおりである。
 当事者である外務省と防衛庁は当然のこととして、この他に、国連の平和維持活動等での協力では総理府、米軍施設の警備では警察庁、邦人救出や大量難民受け入れでは法務省・大蔵省・建設省・農水省・自治省など、空港や港湾施設の提供では運輸省、傷病者の受け入れや輸送や治療では厚生省・消防庁、燃料や物資の補給整備では通産省、通信のための周波数割り当てでは郵政省、捜索救難活動では海上保安庁が必要な法律や規則の整備を実施したり協力したりする必要がある。
(2)日本に対する武力攻撃に際しての対処行動
 日本に対する武力攻撃に際しての対処行動などでは、わが国は個別的な自衛権を行使することができるし、米軍との協力も憲法上問題にならないことがほとんどで、自衛隊と米軍の共同行動はかなり円滑に行なうことができる。また、そのための共同訓練も積み上げてきた。しかしながら、以前は包括的メカニズムも調整メカニズムも組織されていなかったから、日本に対する武力攻撃が実際に起こったら訓練の際に習得した知識や体験に基づいて急いで準備作業を行なう必要があった。
 新指針ができたことで日本に対する武力攻撃に関し明らかになった点は三つある。第一点は、有事になった時点での部隊行動の立ち上がりが早くなったことである。法律や行動基準および各種のメカニズムが整備され、新指針が実施の段階になれば、前述の二つのメカニズムが平素から準備されているから立ち上がりが早い。運用者サイドが心配していた最大のポイントはまさにこれであった。共同行動の発起が手遅れになるのではないかという心配の大部分が取り除かれたのである。
 第二点は、新指針では侵略規模の大小にかかわらず日米両部隊が協力することになったことである。旧指針では基本的な考え方として、「日本は、原則として、限定的かつ小規模な侵略を独力で排除する。侵略の規模、態様等により独力で排除することが困難な場合には、米国の協力を待って、これを排除する」と明記されていた。
 しかしながら、新指針では「日本は、日本に対する武力攻撃に即応して主体的に行動し、極力早期にこれを排除する。その際、米国は日本に対して適切に協力する」ということに変わった。
 文面を比較しても難解なのだが、根本的な相違は、わが国はわが国に対する侵略を独力で排除する選択肢を放棄したと読むことができるという点である。いずれの国でも平素から有事に対応できる十分な防衛力を準備することは困難であるから、状況が差し迫った場合には平素の防衛力を基盤として急遽規模を拡大(エキスパンド)するようになっている。
 わが国もこのようなエキスパンドの体制を整備するための方策(予備部隊の編成や訓練、装備の緊急生産や備蓄など)を具体化しておく必要があるのだが、これは指針に組み込む性質の問題ではない。
 したがって、指針とは別の大きい国家的な緊急エキスパンドのメカニズムを構築する必要があるのだが、わが国ではこれはいまだに手付かずの状態である。
 運用者サイドから見れば、防衛力整備の目標から、小規模な侵略は独力で排除するという選択肢を放棄したことへの不安が残る。予備部隊といえども、これを装備し訓練して戦える状態にするには何年という年月がかかる。
 たしかに大砲や戦車やジェツト機は緊急に輸入することができるかもしれない。しかし、実際に日本に対する武力攻撃が起こるかもしれない物騒な国際環境では、他の地域も騒然となっているであろうから、装備の国際マーケットは需要と供給のバランスが崩れ、わが国だけが必要な装備を必要な数だけ緊急に輸入できるとは思えない。
 よしんば装備を輸入できても、これに予備自衛官を乗せ、部隊を編制し、訓練を施して、かつ戦闘で相手に勝てるようにする「戦力化」の過程は容易なものではない。
 第三点は、日米両部隊とも陸・海・空部隊の統合運用を行なうこと、および作戦構想の中に、ゲリラ・コマンドウ攻撃のように日本の領域に潜入して行なわれる不正規型攻撃への対応についても日米が協力することが明記されたことである。
 日本に対する武力攻撃は数十年に一回あるかどうかというシナリオで、なければそれに越したことはない。しかし、近隣の国から弾道ミサイルが誤って発射されたり、ゲリラ・コマンドウ部隊がわが国に潜入して破壊活動をする可能性は今後無視できないシナリオであることから、統合運用の実施や対不正規型事態への対処が組み込まれた新指針はこの点で大きく前進したと言える。
(3)周辺事態に際しての協力
 周辺事態がいかなる概念のものかについては多くの解説があるから、ここでは運用者サイドとしての評価についてだけ触れることにする。
 周辺事態における協力の対象は四〇項目に集約されている。このうち、わが国の領域内で日米両部隊が行なう協力項目については、法律や規則が整備されれば、さして大きい問題にならないであろう。
 しかしながら、米軍に対する協力を自衛隊がわが国の領域外の公海上やその上空で行なう場合には、集団的自衛権の行使や域外における武力行使という、憲法に抵触すると解釈されている行動に繋がる可能性があることから、自衛隊の部隊行動に疑義が起こらないよう慎重に行動基準を整備しておく必要がある。
 では、周辺事態に際して自衛隊の部隊がわが国の領域外(戦闘行動が行なわれている地域とは一線を画される日本周囲の公海およびその上空)で行動し米軍部隊に協力する場合には、一体どんな場合があるのだろうか。大きく区分して次の六つのケースがある。
 (a)流入してくる避難民を取り扱う場合、(b)捜索・救難活動を行なう場合、(c)非戦闘員を退避させるための活動を行なう場合、(d)国連安保理の決議に基づく経済制裁の実効性を確保するために船舶の検査を行なう場合、(e)公海上の米船舶に対して補給する場合、(f)情報収集・警戒監視・機雷の除去等を行なう場合、である。
 この際、現場の部隊指揮官にとってまず重要なことは、自分の部隊がわが国の領域外のどこで行動しているかということである。
 当然のことながら、そこは戦闘行動が行なわれている地域(簡単に言えば、弾が飛び交っている地域)ではないこと、しかも戦闘行動が行なわれている地域とは一線を画される日本の周囲の地域でなければならない。
 このような地域がどこに該当するかは、事態の態様に応じあらかじめ全部隊に通知されることは当然である。しかし、現在のミサイルは長い飛翔距離をもち精度も高いから、わが国としては一線を画していると考えている地域が突然に戦闘行動が行なわれている地域になってしまうことさえある。次は個々のケースについて検証してみよう。
●避難民を保護する場合
 周辺地域に地域紛争が生起して、一方の交戦国から非武装の小型船舶に多くの避難民が乗ってわが国の領海に迫ってきたとき、もう一方の交戦国の潜水艦がこの小型船舶を襲撃したら、そこにいる自衛隊はどんな対応をするのか微妙な問題である。
●捜索や救難活動の場合
●海上において米国艦艇に補給をしようとする場合
●情報収集、警戒監視、機雷掃海の場合
 一方の交戦国の潜水艦がこれらの活動を妨害しようとした場合も、同様なことが起こる。自衛艦に対して魚雷が発射され攻撃を受けた場合は、正当防衛と緊急避難のため潜水艦と交戦することは当然だが、近くにいた米国の艦艇や他の国連加盟国の海軍艦艇が攻撃を受けたとき、そこにいる自衛艦はどんな対応をとるのか、これまた微妙である。
●非戦闘員を退避させる場合
 近隣国で紛争が発生し、近隣国の政府が「多数の邦人に危険が迫ってきたので速やかに国外へ退避させでほしい」と要請してきたとき、米軍に協力を要請してもそれが不可能な場合がある。そうなれば自衛隊は輸送機や艦艇を現地まで送らなければならなくなる。
 現地に入った自衛隊の前で、その飛行場を警備していた近隣国の軍隊が攻撃を受けた場合は、自衛隊は待機している邦人の生命を守るために近隣国の軍隊とともに戦闘するのだろうか。それは集団的自衛権の行使に当たらないのであろうか。
●国連安保理の決議に基づく海上阻止行動に参加して船舶の検査をしている場合
 近くにいて同様の任務についていた米国の艦艇が攻撃を受け支援を求めてきた場合は、その場にいた自衛艦はその状態を看過するのかどうか、看過すれば日米安保は成り立つのか微妙な問題が残る。
 そのような状況が起こることを回避するためには、他の国連加盟国海軍の行動海域と、海上自衛隊の行動海域とを分離しておく必要があるが、検査を拒否する船舶が他の海域から追跡されて移動してきた場合はどうするのか。
 自衛艦は他の国連加盟国の海軍と同じように実弾を使用して阻止行動を行なえるのか。行なえないということになれば、検査を拒否する船舶は海上自衛隊の担当する海域に集まって、ますます集団的自衛権の行使を迫られる状況が起きてくる。
むすび
 賢明な読者は、これまでの論議をみて容易に理解されると思う。指針があっても、法律が整備されていても、行動基準がかなり詳しく決められていても、現場ではなおかつ日米両部隊の指揮官の個々の判断に委ねざるを得ない部分が残ることである。
 周辺事態とは、わが国の平和と安全に重要な影響を与える事態と言う。事態の推移を見て、日米両政府が同じ結論に達したときのみ、その事態を周辺事態と認め、米軍の行動に対して、自衛隊が協力することとなる。
 周辺事態では、米国の青年は米国の国益とわが国の平和と安全のために生命のリスクを賭して戦う。わが国の青年はわが国の平和と安全のために米国の青年と同様なリスクは冒さず、後方にいて米軍の艦艇に水や食料を積み込んでいればそれでよいことになっている。米国の市民は本当にそれほど寛大なのであろうか。その寛大さはいつまで続くのだろうか。
 日米両国民は自由・平等・人権という同じ価値(Value)を共有している。国際社会において経済的な負担(Burden)も分担している。しかし、同じ価値や共通の利益のために同じリスク(Risk)を負担する必要はないと、誰が何に基づいて決めたのか、新指針はこの問題をわれわれ自身が問い直すために良い機会を提供しているのではないだろうか。
志方俊之(しかた としゆき)
1936年生まれ。
防衛大学校卒業。京都大学大学院修了。工学博士。
陸上自衛隊で陸上幕僚監部人事部長、第二師団長、北部方面総監を歴任。現在、帝京大学教授。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








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