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2002/02/06 毎日新聞朝刊
[社説]有事法制 何をするのか具体像示せ
 
 政府は5日、有事法制をどう整備するか骨格で示した「武力攻撃事態への対処に関する法制整備の全体像のイメージ」を、与党3党に説明した。小泉純一郎首相は関連法案の今国会提出を明言している。有事における自衛隊などの活動をめぐり、法整備しておく必要性は認める。その時、国民の基本的人権に十分な注意を払う必要がある。
 福田赳夫内閣が77年に法制の研究を始めて以来、政府は「有事」を、自衛隊法76条に基づき自衛隊が防衛出動する事態と想定してきた。日本が外部から武力攻撃され、防衛する必要がある時だ。
 自民党の山崎拓幹事長は有事法制を「戦時法制に決まっている」と断言した。この法制が、政府で研究を始めて25年間も経ながら、国会の場で本格的に議論されなかったことは、おかしなことだ。自衛隊は「直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛すること」(自衛隊法第3条)を主たる任務として置かれてきた。戦時に武力で応戦する以上、効果的に動けるような道路法や河川法、医療法など多くの法整備は必要だろう。
 戦時の場合のこうした法がなければ、逆に自衛隊が超法規的に動くことを許しかねない。私有地を戦車が通り抜け、家屋が壊れる、トラックや船が徴用的に使われ、携帯電話も通話できなくなる可能性がある。私権制限の一方で、乱用させない私権保護の役割も盛り込まれなければならない。有事=戦時法制は国民にとって両側面がある。その意味では、国会で議論されるのが当然である。
 憲法に定められた基本的人権、専守防衛の原則など基本理念をどう盛り込むか。国と地方自治体とはどのような関係になるのか。5日の「全体像」を見る限り、そうした理念は乏しい。
 関連法制は「自衛隊の行動の円滑化」の整備が最優先され、住民の避難や警報、航空機の安全確保など国民の安全確保・生活の維持の法制化は後回しという。これでは本当の全体像が分からない。
 防衛庁は「25年も研究した。出来上がった部分から整備を」という空気だ。制服組は国会議員に直接、独自の案まで示している。法整備の基本方針には成立期限を区切る条項も盛り込まれるという。法制化の日程ありきの姿勢や、防衛庁の冷戦期以来の「悲願達成」が目的であってはいけない。「国民の十分な理解を得ること」(小泉首相の施政方針演説)、それがまず第一の条件だ。
 もう一つ大きな問題がある。同時多発テロに不審船騒ぎが重なって、これらの場合も有事という傘の下で法整備しようとする主張が、政府与党内で起きた。5日の「全体像」でも、テロ対策などが注釈に併記された。
 治安が乱され、不穏な状況ではあるが、大規模で継続的に攻撃を受けて日本が侵略される事態と、テロや不審船などが混同されてはならない。有事と次元の異なる平時の緊急事態と位置付け、切り離した議論が必要である。有事の定義を改めて確認しておきたい。
 
 
 
 
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