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1992/08/08 毎日新聞朝刊
[社説]転換を迫られる防衛政策
 
 冷戦終結、ソ連解体という安全保障環境の大きな変化をどうとらえ、新しい時代にふさわしい防衛政策を構築していくのか。ことしの防衛白書に求められるキーワードは「変化と対応」ということだろう。
 先進国首脳会議(サミット)で旧ソ連援助が主題となり、互いに冷戦の敵役だった米国とロシアは「潜在的同盟国」に変わり、大幅な核軍縮や軍事協力を含む戦略的なパートナーシップを確認するまでになった。
 白書が極東の旧ソ連軍を「この地域の不安定要因」とするにとどめ、「わが国周辺の軍事情勢を厳しいものにしている」という昨年までの認識を転換したのは当然である。
 すでに一昨年の防衛白書から「ソ連の脅威」という表現こそ姿を消しているが、実質的には厳しい対ソ認識に変わりはなく、防衛政策にも冷戦思考の影を落としてきた。その後の情勢変化は、「攻撃の能力はあっても脅威ではない」(防衛庁)として、脅威論の最終的な放棄を促したといえる。
 白書はアジア・太平洋地域の留保条件として、極東旧ソ連軍の動向、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題などの不安定要因を挙げているが、「東西対立は名実ともに終結した」という認識は、遅きに失したとはいえ国際情勢の変化を前向きに評価したということができる。
 しかし、そうした情勢認識が防衛政策にどう反映されるかという点になると、白書の歯切れは悪い。「エネミーレス(敵のない)の時代」に着目しながらも、それに対応する新しい防衛政策はなお不透明である。
 白書は、中期防衛力整備計画の防衛費削減に加え、中長期的な防衛力のあり方を検討し、部隊編成や主要装備を定めた「防衛計画の大綱」の別表を変更する可能性もあることを初めて打ち出した。
 国際情勢の変化に伴って、日本の防衛力のあり方についても見直しを求める声が出始めている。大綱見直しの言及は、防衛当局のそうした事態への危機意識の表れともいえよう。
 白書はその一方で、防衛計画大綱でうたう「基盤的防衛力構想」と日米安保体制の堅持を例年になく強調し、予想される自衛隊縮小論に対して防衛する姿勢を鮮明にしている。
 その結果、防衛力の削減に乗り出している欧米諸国に比べると、冷戦終結に対応する軍縮の発想がどうしてもあいまいにならざるをえない。
 脱冷戦の深化は、アジア・太平洋地域の安全保障の枠組みをも変質させるだろう。非核三原則、専守防衛などの防衛政策の基本を踏まえて、防衛力の縮小・合理化を検討すべき時代を迎えている。そのことへの白書の認識は希薄といわざるをえない。
 国連平和維持活動(PKO)協力法が成立して初めての今年の白書は、国際貢献の問題に一章を割き、自衛隊のPKO協力は国際社会や国民の期待に応えるものであり、憲法違反ではないことを強調している。
 しかし、自衛隊とは別の平和協力組織をつくるとか、自衛隊縮小論が出てくるのを警戒したのか、日本の総合安全保障政策や自衛隊の将来のあり方として国際貢献を位置づけることはあえて避けている。
 現実の問題として、PKO協力だけでなく、海外での災害援助、人道援助などの面で自衛隊の国際的な活動分野が広まる可能性もあり、今後は自衛隊本来の任務として検討する必要があるのではないか。
 冷戦後の防衛力の見直しは、アジア・太平洋地域の軍縮イニシアチブにつなげるべきものである。そこでは、自衛隊の非軍事面の国際的な役割の明確化、防衛力の縮小・合理化が伴わねばならないだろう。
 
 
 
 
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