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1990/06/19 毎日新聞朝刊
[安保30年目の変質]/7 市民運動の混迷
 
◇経済繁栄の陰で 求心力失う「反安保」
 手入れの行き届いた畑でキュウリやトマトの葉が日に輝き、クリの林が初夏の風に揺れる。都市化が進んだ東京都立川市砂川町にあるのどかな緑の一角が、道路一本隔てた旧米軍基地の存在を浮き上がらせている。
 砂川。かつて米軍基地拡張反対の激しい闘争が行われ、反安保、反基地運動のシンボルになった。百二十七戸の農家のうち二十三戸が最後まで買収に応じず、国は拡張を断念、買収地は放置された。
 草ぼうぼうの買収地をやがて市民が耕し、野球場、ゲートボール場が出来た。市民の勝手な「平和利用」は戦争の拠点を収穫と憩いの場所に変えた。
 しかし昨年十月、国は買収地をフェンスで囲むと通告。立川自衛隊監視テント村代表の加藤克子さん(52)たちは署名を集め防衛施設庁に抗議し、フェンス建設を押しとどめている。「反対運動が基地の拡大を防いできた。国の管理を許すわけにいかない」と警戒を強める。
 米軍が横田基地に移った後へ自衛隊が入った七二年から、加藤さんたちの「テント村」は反軍放送や月一回のデモを続けている。だが、デモはいつも十人前後。天皇や憲法がテーマの集会なら二百人は集まるが、基地問題では七十人が精いっぱい。反安保、反基地運動に三十年前の求心力はない。
 「あのころはみんなが国の力をヒシヒシと感じ、政治を真剣に考えた」と加藤さんは振り返る。
 一九六〇年六月十五日。加藤さんは国会突入を図るデモ隊の中にいた。警官隊と激突。倒れた学生が次々運ばれていく。混乱の中で「樺さんが死んだ」と聞いた。樺美智子さんとは東大の同期生。二人とも自治会の役員だった。
 あの日、国会を囲むデモ隊は二万人。全学連主流派は二カ月間で二十万人を動員、各地でデモ、集会が行われ日本は安保に揺れた。
 七〇年安保。自動延長日の六月二十三日の集会、デモ参加者は全国で百六十万人にのぼった。
 その後、運動のエネルギーは急速に衰え、「安保」は人々の心から遠ざかった。その一方で、七〇年に九万四千ヘクタールだった自衛隊施設の面積はいま、十万五千ヘクタールを超え、防衛費は着実に膨張を続けている。
 十五日、東京・神田でシンポジウム「世界は変わる、安保をどうする」が開かれた。「暴力的世界をなくすために安保をなくさなければならない」と作家の小田実さん。三百人の参加者が、その言葉に聞き入った。
 だが、準備段階で様々な議論があった。「どうして闘えなくなったのか、歴史的総括が必要だ」「単純な反安保ではリアリティーがない」。運動の混迷と停滞へのいら立ち。呼びかけ人の一人、天野恵一さん(42)は「安保は、経済的安定感のカゲに隠れ、急激な世界情勢の変化に先を越されてしまった」と苦い表情でいう。最近は「環境」「天皇」などとセットでないと安保問題は語れない。人をたくさん集め量で表現する時代ではなくなった。天野さんは「運動を一から見直さなければ」と考えている。
 米海軍基地のある神奈川県横須賀市の市民グループも新しい道を探っている。毎月最後の日曜日のデモの参加者は十人から二十人。「市民に運動を支えようという空気がある」と非核宣言市民運動ヨコスカの新倉裕史さん(42)。
 核を積んだ米艦船の日本寄港を認めたライシャワー発言の時は「ガンバレ」と声がかかった。巡航ミサイル「トマホーク」積載艦の入港時は五百人の市民が署名運動の呼びかけ人になった。自民党支持者もいた。核、基地を拒否する市民は少しずつ増えている。
 反安保が左翼革新運動の旗印だった六五年ごろ、原潜入港阻止闘争では革新政党、労組が大動員をかけた。しかし「原潜が入港すれば終わり。基地を舞台の政治闘争だった」という。
 新倉さんたちの「反核」の運動は安保賛成派も拒まない。「賛成、反対にこだわって思考停止、行動停止するより、軍事機密や安保の姿を見せ、生活感覚に触れる運動を」と核や基地を根っこから問い直そうとしている。
 かつて全国規模だった反安保運動は基地の周辺に収縮している。不満や反発も肥大した体制のヒダに吸い込まれ、繁栄の幻像に埋もれてしまう。野党も草の根の人々の意思を、まとめる力はない。草の根の意思が、明日の「安保」のあり様に、どう立ち向かおうとしているのか、その像さえ、定かでない。
 「でも、今主婦や若い人たちが『世の中がおかしい』と動き出している」と加藤さん。環境、教育、食品、天皇などの問題で活動し、発言する人は確実に増えている、と。「それを安保とつないでいければ・・・」。畑をいじりながら、加藤さんは、そう願う。
(社会部・平野秋一郎)=おわり
 
 
 
 
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