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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997年2月号 正論
中学社会科教師が告発する
教科書採択の内幕
大阪府枚方市立桜丘中学校教諭●長谷川 潤(はせがわ じゅん)
 
「検定」よりも「採択」を重視せよ
 
 平成八年夏、同九年度から四年間使用される中学校社会科教科書の検定が終わり、見本本が全国で展示された。
 その内容を見て、心ある多くの国民から期せずして批判と怒りの声があがった。ありもしなかった「南京大虐殺」、事実を極端に歪曲した「強制連行」、日本軍将兵を「性の奴隷」にして多額の金品を搾取したいわゆる「朝鮮人従軍慰安婦」なるものを被害者扱いして掲載する虚妄、等々。検定のたびに悪質化する傾向に対して、良識ある国民の怒りが爆発したのである。
 東京を始め、各地で教科書是正の行動が活発化し、マスコミでも「産経新聞」は、正義の論陣を張った。
 筆者自身も各所で反日教科書の不当性と危険性を力説して回っている。九年度以降の四年間、延べ千数百万人の中学生が「反日偏向」の教育を受けるかと思うと、同憂同志共々、文部大臣の職権による再検定で新教科書が改善されるように願い、活動するのは当然である。
 だが、この改善要求運動が必要不可欠であって、断固として継続し続けねばならないのが自明の理ではあっても、目前に迫った平成九年一月の教科書印刷開始までに再検定が行われるかは大いに疑問である。
 なぜならば、そこには大きな三つの障害がある。
 第一は、再度無節操に野合成立した橋本新内閣の反日性、すなわち「社民党・さきがけ」等との歴史認識共有に基づく教科書反日記述の是認。
 第二には、昭和五十七年のいわゆる「教科書問題」で内外の圧力に屈服して政府が受容した「近隣諸国への配慮」――これによって、事実上、中国、韓国両政府が日本国教科書の検定権を掌握した――。
 第三に、今や首相をも交代させ、選挙結果さえ支配する第一権力たる「反日マスコミ」からの当然予測される反検定攻撃。その他、さまざまな勢力からの策動を予測すれば、確固たる民族意識や独立観念の欠如した現在の日本政府に、教科書再検定を行う意志と能力の存在しないことは容易に類推できる。
 ならば、われらは絶望しなければならないのか。むろん、否である。われらは、先祖と自分自身の名誉のため、そして子々孫々への義務のために、有害な「狂化書」を本来の『教科書』に回復しなければならない。
 そのためには、「検定」も必要であるが、それ以上に重要なのが「採択」の問題である。検定に関して、基本的には、文部省は「書かせる検定」はできないとされている。教科書会社が恣意的に作成した内容の問題点を指摘し、改善を勧告するだけで、具体的に記載すべき文章等を提示することはできない。――もっとも反日勢力の『新編日本史』攻撃の場合は別であったが――。しかも、中国、韓国がらみの内容については、例の「近隣諸国への配慮」によって、わが国側の自己主張は規制し、その内容は放任されるのであるから、反日傾向が強まることはあっても改善されることはあり得ないのである。従って、頼りにならない「検定」よりも、教科書を実質的に規定する「採択制度」を重視すべきなのである。
 
売れさえすれば親でも売る
 
 「利潤追求を目的とした自由競争」が資本主義の原則である。現下、日本社会でもこの原則が歴然と通用している。
 教科書会社にしても営利を追求する「株式会社」である以上、商品たる教科書が売れなければ倒産し、社員とその家族は路頭に迷うことになる。現在、各会社の採算線は「二十万部」と言われ、教科によっては「五十万部」ともささやかれている。
 従って、教科書会社存続の二本の柱は「営業」と「編集」であり、営業上の要求に沿って「売れる」教科書が編集されることになる。ならば、どのような教科書が「売れる=採択される」のであろうか。
 それは、当然、「採択権者」が高い評価を与えるものが採択されるのである。
 大阪府の場合、二十五に区分された採択区があり、大阪府教育委員会から任命され、諮問される二十名以内で構成される「教科書選定委員会」からの「指導、助言、援助」及び「教科書分析資料」を基に、各市教委等が採択会社を決定する。
 枚方市の場合、市の「選定委員会」に採択を委嘱し、同委員会は「調査委員会」に委嘱して、事実上、この調査委員会で採択教科書が決定される。そして、この調査委員会(九教科十二種各三名、技術家庭科は男女各二名、計四十名で構成)の「調査員」は、全員が学校現場の教員から適当に選ばれるのである。
 枚方市では、筆者が奉職した昭和五十年の時点で、非組合員はわずかに七名、他の二千名以上が「日教組」構成員であった。当然ながら「調査員」全員が、反日偏向教育を主張する組合教員であって、「反日自虐史観」に偏った思想信条の持ち主であった。
 従って採択の基準は、いかに「反日度」が高いかに左右されるのである。枚方市の場合、昭和四十年代に、たった一回だけ、組合「調査員」の決定した教科書が不採択になったことがあり、組合の猛反発によって、少なくとも筆者が奉職して以後は、組合決定と異なった採択は皆無である。そして、この傾向は、大阪府下各市でも、多かれ少なかれ顕著な現象である。
 社員の生活がかかった教科書会社が、この事実を見逃すはずがない。利潤のためには親でも売るのが欧米資本主義の鉄則である。「良く売れる」教科書は、組合の好むそれであり、事実として、偏向組合の推す教科書が、より多く採択されるのである。
 むろん、この傾向が枚方市だけ、大阪府のみの特異現象であるのならば、全国に波及することはないのだが、現実にはかなり広範に伝播、汚染され、京阪神一帯、京浜、中京、等々の大都市を中心に、広く全国に拡散している。
 となれば、教科書会社にとって、保守的な地方の県一つ――例えば人口六十万人の鳥取県――一つで採用されるよりも、大阪北河内第三、第四地区(枚方市、寝屋川市、人口七十万人以上)で採択される方が、業績(利潤)に寄与するのである。
 かくて、「資本主義」的利潤追求の動機に基づき、現下日本の教科書は、どこまでも「社会(共産)主義」「反日」化を続け、自国・自民族への非難・糾弾を露骨化させるのである。現に、今回の大阪府で採択決定された社会科教科書は、「大阪書籍」「教育出版」「日本書籍」の三社が大半である(表2参照)。
 
表2.平成九年度 大阪府教科書採択地区数
順位 地理的分野 歴史的分野 公民的分野
一位 大書 十二 大書 十五 日書 八
二位 教出 七 教出 六 東書 大書 各六
三位 東書 三 日書 二 教出 四
四位 日書 二 東書 清水 各一 清水 一
その他
 
教科書会社は語る
 
 生徒数減少によって新規採用教員が激減し、「教員の高齢化」が進む学校現場では、中高年化した教員意識の「化石化」が深刻化している。若年時に叩き込まれた「反日唯物史観」的先入観に洗脳された意識が、老化と共に強まりこそすれ、弱まることはないのである。
 彼らは、純粋ではあるが、愚かでもある。「日本及び日本的なるもの」を「過去・現在・未来」にわたって「劣等・野蛮・残虐・過誤・加害・悪質」の許されざる存在であるという、旧連合国が占領下に強要した「日本原罪論」「日本性悪説」「日本加害思想」等々によって洗脳されている。
 その是非は、教科書会社にとって問題ではない。「売らんがため」には、事実上の採択権を掌握している「日教組」「全教」教員の反日傾向に、教科書内容をより大きく迎合させることが必要なのである。
 その教科書会社の基本姿勢を端的に示すものが、採択に当たって見本本と共に配布される「内容解説資料」「教科書研究の視点」「編集の趣意と特色」等々の教科書解説、宣伝資料である。国民の面前に提供する教科書そのものとは違い、反日教員におもねって採択されるための教科書会社の本音を物語っている。
 ここでは、一例として「日本書籍」がこの十年間にいかに偏向を強化させたか、彼ら自身の資料によって明らかにして見よう。
 昭和六十一年、翌年採用の見本本説明として配布された中学校社会科「教科書研究の視点」によれば、その「全面改訂の柱」として次の五項目を掲げている。
 「一、二十一世紀をになう子どもたちのための教科書」「二、人権、平和と民主主義を、子どもたちにしっかり育てる教科書」「三、社会科を楽しく学び、確かな力がつく教科書」「四、三分野の独自性と関連性の調和がとれた、科学的社会認識を育てる教科書」「五、『見開き一時間』を目やすに、教師が教えきれる教科書」である。
 一見して、それほど問題を感じさせない表題ではあるが、その内「一」では、広島・長崎の原爆投下を採り上げ――結果的に原爆投下の責任を日本に帰因させる――、「二」では、復員兵の写真とその説明文「終戦はやはりうれしかったんです」、更には「解放をよろこぶ朝鮮の民衆」「生き残った沖縄県民」「穴にかくれて十四年」(筆者注・戦後十三年間、山に隠れていた中国人の記事)の写真と説明が載っている。だがそれ以外に、特に反日意図むき出しの「視点」は見当たらない。
 ところが、平成八年度の見本本付録の「教科書研究の視点」では、「改訂の柱」は次のように変わる。
 「一、一時間の学習課題にそった本文記述」「二、課題学習を楽しくする資料の工夫」「三、歴史をグローバルにとらえる」「四、人権学習を通して民主主義を育てる」「五、最近の研究成果で歴史の真実にせまる」と、一見改善されたかに表現されている。だが、これは文部省、教育委員会向けの宣伝文句に過ぎない。
 現場の教員向けには、それを補足する「視点」が示されている。則ち「民衆の生活を生き生きとえがく」「地域の歴史から日本と世界を見る」「人権の歴史の系統化」「歴史の真実にせまる」「文化史の重視とビジュアル化」「歴史を考える」「子どもはどう生き、くらしていたか」との観点から、各項目別に「反日唯物史観」を実例入りで詳しく紹介している。
 そこで「民衆の生活」とされるものは、鎌倉時代の「地頭の非法を訴える」であり、「ミミヲキリ、ハナヲソキ・・・」の「阿テ河荘の農民のうったえ状」なるものであって、「地域の歴史」では「奈良県柳生という地域に残る」「一揆勝利の碑」である。
 「人権の歴史」では「幕府による農民支配を正確に記述し」「大正デモクラシー期における」「社会運動の高まり」「水平運動」「婦人運動」「アイヌの人々の解放運動」が明記強調され、「歴史の真実」では、「日露戦争に反対する声」として、与謝野晶子の「君死にたまふこと勿れ」が引用されて、更に「戦争に反対する声があった事実」なるものが論及されている。
 「歴史を考える」では、再度「日露戦争をめぐるさまざまな意見」が紹介され、「より深い歴史認識につながる」意図の下に「平和の学習についても積極的に取り上げ」「主権者としての意見形成力をつちかいます」のだそうである。「子どもはどう生き」でも「戦争と子どもたち」と題して、「戦争遂行のために教育は利用され、子どもたちも軍国少年に育っていったことを学び、軍国主義への批判力を培います」と一方的史観に立脚して、日本書籍の反日性を強弁している。
 この十年、『教科書』はこのように改悪、歪曲、捏造され続けてきたのである。「教育出版」では、既に昭和六十一年見本本配布の段階で、「編集の趣意と特色」の「ねらい」として次のような立脚点を明示している。
 「支配者は、民衆を分裂させてさまざまな差別をつくりだし、他民族を抑圧して民族差別をすすめ」たことを、「階級社会のはじまりから現代にいたるまで、系統的に追求し」「民衆の生活と歴史のなかでの位置や役割を明らかにし」「百姓一揆、打ちこわしの激発をグラフで確かめ」「差別政策をさらに強め、農民と対立させようとする動きにふれ」「地域の歴史こそ民衆の歴史であることを生徒に理解させたい」ゆえに、「屯田兵と囚人とアイヌの人々」を持ち上げ、現代史においては「ファシズムの台頭と反ファシズムの動き」を対置させ、さらに、日本の他民族支配の実態を正確に記述したのであった。
 このような反日の強化が、教育出版の占有率増加に寄与した事実は、別表3によっても明らかである。昭和四十一年に五・九%(七位)に過ぎなかったものが、同五十九年には倍増、次回には一五%近くまで急増し、平成五年では、二位の大阪書籍に僅か〇・一%差で三位に肉迫している(歴史的分野)。
 
表3. 中学校歴史教科書市場占有率順位表(単位%)
年度/順位 昭和四十一年 昭和五十九年 昭和六十二年 平成二年 平成五年
一位 中教 三七・五 東書 三一・三 東書 三三・二 東書 三五・○ 東書 三二・二
二位 東書 一九・〇 日書 二〇・〇 日書 一七・五 日書 一六・五 大書 一八・〇
三位 日書 一四・一 大書 一四・八 大書 一六・八 大書 一六・三 教出 一七・九
四位 大書 八・二 中教 一四・二 教出 一四・八 教出 一六・〇 日書 一四・二
五位 学図 六・八 教出 一一・八 中教 九・六 中教 八・七 中教 八・一
 
教科書検定基準を定める「大同協」「出版労連」の検閲
 
 「大書」「教出」「日書」のみならず、「売らんがため」の反日偏向は、業界最大手の「東京書籍」にも波及し、今回の検定では三社に劣らない。
 見本本解説用の「内容解説資料」に付録された「テーマ別教科関連表」によれば、「人権教育」の項目では、社会科三分野の大部分に「在日韓国朝鮮人の歴史」「女性差別の歴史」などが列挙され、「人権問題への国際的取り組み」が強調されている。
 「平和教育」の項目では、地理的分野で「日本の戦争被害、加害と復興」、歴史的分野では「中国侵略と第二次世界大戦」「聞き取り調査――戦争体験」といった内容が目白押しである。
 しかも、社会科のみならず、一年の国語では「碑」、二年の国語でも「僕の防空壕」が「平和教育」として掲載され、英語でも「人権教育」として、「題材の理念は三学年統一で『共生』です」と明記され、「議長は男だけ?」(三年)、「男女の役割分担の固定化を考える」(二年)、等々政治的教材が恣意的に採用されている。
 バカバカしくて笑い飛ばしたくなるのは、数学、理科、技術家庭の「人権教育」である。「イラストの配慮」として「本文中に登場する男女の登場順、及び人数を」男女「均等に配分」しているそうである。男女平等ヒステリー症候群に帰因する「配慮」である。そのうちに、消防士や警察官(男社会)、看護婦やスチュワーデス(女社会)の人々も男女同数に並んで表記されるようになるのであろうか。人類を二大別する「性差」を「差別」として一切その独自性を認めないと言う、人間社会の本質を否定してかかる発想の貧困は、いずれ近い将来、全面的反撃に遭遇するに違いない。
 このような教科書編集は、果たして各教科書会社独自の研究と判断によるものであろうか。その疑問は、今回の検定で全社一斉に登場した「従軍慰安婦」の記述を考察すれば、一目瞭然となる。中学校社会科教科書七社――うち一社は初参加――が、軌を一にして偶然同一主題を載せることなどあり得ない。そこには一般の眼から遮蔽された「隠れた検定」の主体と「検定基準」があるはずである。
 公立学校現場にいる筆者には、各方面からさまざまな形でこの種の圧力が伝わってくる。その最大のものは、「大同協(大阪市・大阪府同和教育研究協議会)」の「教科書検閲」である。たとえば今回の検定に際して彼らが「検閲基準」として示した「一九九七年度用、中学校教科書検定資料」「社会科」では、「反差別・人権の視点を教科書に」の副題の下、B四判二百三頁にわたる詳細な分析と批判が展開されている。教科書会社が争って大量に買い求めるこの文書は、前書きの日付が「一九九六年六月十日」であり「約一ヵ月という短期間で検討作業を行って」と記されていることからも、一般への「教科書展示」より前に教科書会社から入手したことは間違いない。このこと自体が諸法規に逸脱するはずであるが、実際には、それよりも一年早く、彼らは「検閲」を済ませているのである。
 教科書の作成は、実際には発行二年前に大枠が完成している。いわゆる「白表紙」と呼ばれるものが、それである。表紙や図表、写真等が空白で、本文のみの合本が、見本本展示の一年近く前にでき上がり、関係各者に内密な形で眼通しされているのである。むろん、教科書検閲の黒幕である「大同協」幹部にこの「白表紙」本がこないはずがない。この段階ですでに彼らは「事前検閲」を済ませているのである。そして、本年展示された見本本が、よほどのことがない限り、書き換えられないことも知悉している。ならば、なぜ、かくも詳細な分析を行うのか。それは、次回すなわち四年後の検定に向けて、各教科書会社に対して編集の指針を提示することにある。つまり、今回の資料を土台にして、各社は次回に向けての教科書編成を開始するのである。従って、この資料が次回に向けての「予備検閲」となるのである。
 この「資料」での「検討の視点」は、地理的分野で二十六項目、歴史的分野では四十五項目、公民的分野で四十項目、そして「全体にかかわ」るものとして三項目、すなわち「写真、図表などの資料と、その説明で平和、人権、共生にかかわる記述がどのように扱われているか」「囲み記事、コラム等で人権にかかわる記述があるか」「『学習のまとめ』『課題学習』などで平和・人権・共生にかかわる記述があるか」の観点から検閲がなされている。この観点と先述の教科書会社宣伝資料が、完全に一致している事実は容易に理解できよう。
 以上の「視点」の下に、「歴史」では、たとえば「H、植民地下の朝鮮」で、「一、韓国併合が朝鮮の植民地化を意味し、それに対する朝鮮半島での反対運動について記述されているか」「二、日本の朝鮮侵略政策の流れが、途切れなく記述されているか(強制連行まで)「三、朝鮮人民の抵抗・独立運動がそのつど明記されているか」「朝鮮人にたいする日本人の差別意識についてふれているか(関東大震災等)」が検閲項目とされている。「J、第一次世界大戦と日本」でも「二、二十一ヵ条の要求と中国民衆の戦いが記述されているか」が重視され、「K、第二次世界大戦と日本」でも「二、十五年戦争が侵略戦争として位置づけられる内容で明記されているか。特に南京大虐殺について記述があるか」と反日自虐の「視点」からの日本断罪表記を要求している。
 その異常性は「M、現代の課題」にまで波及し、「六、戦争責任に対する補償の問題が、政府の課題として今なお残されている事が明記されているか」と表現され、今回検定でのいわゆる「従軍慰安婦」等の記載の源泉となっているのである。
 ここ十数年、急激に荒廃する教科書改悪の原点が、この「大同協」検閲にあることは論をまつまい。
 朝鮮の「日本領時代」「日本統治」が、「日本の植民地支配」なる文書に書き換えられたのは、それほど古いことではない。たとえば昭和二十八年頃に「日教組」が「新しく教師となった人々に」と題して刷った冊子にも、「戦争で、われわれは、領土の四五%と生産施設の七〇%を失った」として回復不可能な領土を「朝鮮、台湾、樺太」と指摘し、「植民地満州」と別扱いに記述している。この国民の常識がここ十数年、なし崩し的に歪曲、捏造され、異常な反日史観が、教育、マスコミ界を支配してしまったのである。
 この「大同協」以下の反日勢力は、時間空間のすべての時代で「日本及び日本的なるもの」を「悪役」「加害者」に仕立て上げ、永遠に否定、糾弾を継続しようとしている。この自虐心理に汚染、洗脳された人々が、「隠れた検定基準」をつくり、「白表紙」段階での「事前検閲」と「検定資料」での次回に向けた「予備検閲」を行ってきたのであった。彼等は、事実上の教科書「採択権」を持つ「権力者」であるだけに、教科書会社に圧力をかけ、その内容を、より「反日、自虐、売国、逆差別」化させ、改悪を続けていくのである。
 一例を紹介すれば、「日本の朝鮮侵略政策の流れが途切れなく記述されているか」では、「A社」から「G社」までの反日記述がB四判三頁にわたって紹介され、反日度の高いA社には、「従軍慰安婦として強制的に戦場へ若い女性がかりだされたと記述している。次の頁では一頁使って、朝鮮人強制連行がどのように行われたかを記述している。具体的で分かりやすく、内容あるものになっている」と高い評価を与えている。それに反して、彼らから不十分と思われたC社に対しては、「女性を慰安婦として従軍させ、ひどいあつかいをしたとの記述はあるが、具体的事例をあげての工夫はない」と、次回には、暗に具体例を付加するように圧力をかけている。
 このように「A社」〜「G社」の婉曲な――もちろん当事者にはAがどの社を指すかは丸わかりであるが――表現では飽き足らず、実名報道も行われている。たとえば、「視点Kの補足――『南京大虐殺』の記述はどのように変わってきたか」では、「日本書籍」から「帝国書院」までの七社が、実名入りで載っている。
 従来の各検定年次、すなわち昭和五十六〜八年、同五十九〜六十一年、今回検定分の三段に区分されて、全文が収録、紹介されている。むろん、その量が多く、日本軍がより悪く書かれているものが「よりましな」教科書であり採択奨励の栄に浴するのである。
 この「大同協」は、「解放教育」――決して「同和教育」ではない――を目指す団体であるから、「部落解放同盟」と表裏の関係にあり、「解同」が従来、公式に「社会党」を支援してきた事実からみて、これらの見解は、社民党系のそれと見なすことができる。
 他方、教科書の編集者等が構成する「出版労連」(全労連傘下=共産党支持)もまた、毎回「教科書レポート」で教科書を検閲し、教科書会社に有形無形の庄力をかけている。今回の検定に関する「レポート」は、平成九年二月に出版される予定であるので、前回の「教科書レポート、九三」を見てみよう。
 「教科書の自由を求め、寡占化の進行をくいとめるために」と副題の付いた八十頁余の冊子は、「大同協」ほどに詳細ではないものの、検定内容の実例を多数列挙することで、文部省、ひいては教科書会社に多大な圧力をかけている。その立場は「文部省による検定という統制と保護から離脱し、教科書出版の自立性を自らの努力で高めていかなければならない」「また、文部省による検定の緩和ないしは廃止を求めてもきた」と明記され、前回の検定を「気ままで政治的な不合格処分」――筆者注・社会科は一社もなし――と位置づけて文部省非難を行っている。
 逆に東京都田無市における共産党主導の動向を、「父母、市民、教職員の共闘組織」「教斜書の公正な採択を求める田無の会」という組織の「子どもの学習権を保障する教科書の民主的採択を」求める動きが紹介されている。その他「国立市における『教科書採択問題』闘争」、「一九九二年度の検定実態――新指導要領、新検定下の高等学校教科書の検定――」等々が掲載され、二十四頁から五十六頁まで、社名こそ出してはいないが、「一九九一年度中学校社会科教科書の検定内容」が表記されている。
 「指導要領との整合を求める国家統制の色彩の濃い検定が行われ」「社会科においても、直接に指導要領を強く押し出してはいないが、政府・政権党の見解との整合を求める検定意見が付されている」との認識を基本にした「出版労連」の検閲は、外部からの圧力とは異なり、教科書を作成する内部からのものであるだけに、より陰湿である。
 彼らは、数多く、文部省検定の問題点を列挙しているが、たとえば「公民的分野」の「国旗・国歌」検閲の部分では、原文が「各民族は、それぞれ独自の伝統文化や生活様式をもち、それらに深い愛着をいだいている。
 また、その郷土の自然や文化財を民族の象徴として誇りにしている。主権国家の国旗や国歌などもそのひとつである」とあるのを、文部省が「国旗・国歌の意義についての学習指導要領の記述に照らして不十分である」との検定意見を付したために、原文「国歌なども」の後が「国民統合の象徴の一つである」と変更した点を問題視している。「国民統合の象徴」との文言を付加したのがケシカランというわけである。
 また、この「教科書レポート」では、七十頁に「『新編日本史』の採択結果」なる一覧表が掲載され、各都道府県の採択校名と採択部数が明記されている。唯一の良心的教科書が「魔女狩り」の対象とされ、採択校には「こんな反動的な教科書を使用している高校に教え子は送れません」との中学校組合教員の脅迫、嫌がらせが殺到する仕組みになっている。事実、この検定を最後に、『新編 日本史』は教科書業界から撤退を余儀なくされた。
 この出版労連と同じ「全労連」傘下の「大阪教職員組合(全教)=共産党系」が発行している「大阪教育(月三回発行)」一四三九号でも、今回の検定が「教科書問題特集」として紹介され、「文部省が検定の強化を通して、学習指導要領を忠実に具現化した教科書をつく」ろうとしているのに対し、「学習指導要領の反動的な教育内容に対する批判的視点を明確にしながら」「よりよい教科書を採択」することの重要性を主張している。
 そこでは「基本的観点」として、「神話や天皇についても、どこでどのようにあつかっているか、注意深く見る必要があるでしょう」「中国や朝鮮、東南アジアヘの侵略のようすなども事実がわかりやすく書かれている教科書を選びたいと思います」等々、基本的価値観は、「大同協」と大同小異の「反日唯物史観」で固まっている。
 
教科書採択権を国民の手に
 
 以上に略記したごとく、わが国の教科書は、一方的政治宣伝によって、特定の偏向した価値観、歴史観に基づき捏造、歪曲された「政治的事実」「思想的事実」で構成され、「歴史的事実」「現実的事実」は無視、度外視されている。
 しかも、その基本となる「唯物史観」を奉じる国民は、今回の衆議院選挙での共産党、社民党に投票した有権者全員が支持しているとしてもたかだか八%強、「反日史観」には「さきがけ」や「民主党」という正体不明の政党も加わるが、それを加えても一九%に過ぎない。
 むろん、そのうちの多くがいわゆる「無党派」「無思想」の大衆なのである。実際に「反日唯物史観」を固持する者は、今や少数派である。にもかかわらず、このグループが、「教科書」と「マスコミ」の両業界を牛耳り、次代を担う青少年に対して「学校教育」「社会教育」の両面で、「反日マインド・コントロール」を日々施しているのである。このような現状を是正できなければ、日本民族は、遠からず精神文化的に自滅するであろう。
 むろん、このような事態が生起した最高責任は、内外の反日勢力に毅然たる態度をとれず、もっぱら教科書改悪を是認、追認し続ける反民族的な日本政府と政権政党にある。
 だが、「土下座謝罪外交」と「逆差別型内政」に終始する政府の自主独立性回復を待っている時間的余裕はない。
 今回の教科書再検定要求運動も含め、教科書是正の国民運動を大々的に展開しなければならないと痛感する。すなわち、国民のための教科書を、一部反日勢力の魔手から国民の手に取り戻さなければならないのである。
 そのためには、前述のように「検定権」のみならず、「採択権」を国民の手に回復することが必要不可欠である。「大同協」や「出版労連」による事前検閲、予備検閲、あるいはまた、中国や韓国の内政干渉から独立した国民の視点に立脚した教科書を編成、確立しなければならない。
 その道程は、教科書採択権を持つ各教育委員会が、反日偏向教員の実質的採択権を取り上げることから始まる。そして偏向記述の多い教科書を採択から排除するのである。同時に一部マスコミにも真摯な国民の声、叫びを叩きつけ、世論を喚起し、教科書の偏向を少しでも改善し、制度、内容両面で向上させていかねばならない。
 まず教育委員会に採択権を復活するように要求しよう。そして教科書会社には、その記述の是正を直接呼びかけよう。われわれの目標は平成十二年の次なる検定であってはならない。検定の見本本はほとんど変更されないのである。われわれは平成十一年の「白表紙」本の改善に向けて、教科書会社を糾弾、批判し続けようではないか。
 更には、できれば健全な青少年育成のために、良心的マスコミを誘って、偏向教科書批判キャンペーンを継続したいものである。
 去る平成七年、国会でのいわゆる「謝罪決議」を中途半端に終わらせたのは、良識ある五百万国民の署名(声)であった。今再び、教科書是正に向けて、国民各位の奮起を待望する。
◇長谷川 潤(はせがわ じゅん)
1947年生まれ。
同志社大学文学部卒業。
民間企業勤務の後、大阪府枚方市の中学校教諭。


 
 
 
 
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