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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1998/11/21 産経新聞朝刊
【はじめて書かれる地球日本史】(312)西欧の先を見た教育改革(2)
西尾幹二(評論家)
 
 銀行家として出世するのに必ずしも大学の卒業生であることを必要としないドイツでは、編集者や新聞記者や高校教師のような仕事に就く人でもやはり必ずしも大学の「卒業」を前提としない。「卒業」とはここでは「学位(ドクトル)」の取得を意味する。高校教師になるには、もちろん国家試験は通っていなくてはならない。しかしそれは大学が与える資格ではない。
 
◆威信を保つ中等教育
 新聞社や出版社などの情報産業に携わっているドイツ人に、どこの大学の「出身」かと訊いても、日本と違ってうまく答えられない人が多い。「フライブルク大学の哲学科に二年いてそれからミュンヘン大学で美学を一年学んだ」と言ったりする。それ以上大学にいる必要がないから実務についたという意味である。
 大学の「卒業」という概念が日本のように明確ではない。けれども、中高等学校(ギムナジウム)の卒業試験(アビトゥーア)にドイツ人はこだわる。これさえ通っていれば、大学はどうでもいい。いわゆる中等教育にそれなりに社会的威信があるのである。
 ここ十年くらいは大学進学希望者が急増して、ドイツの様相は少しずつアメリカや日本に近づいているが、「アビトゥーア」の威信は落ちてはいない。同じことはフランスのリセーの「バカロレア」についてもいえる。
 イギリスのパブリック・スクールの卒業生は永い間それだけでジェントルマン階層の身分証明であった。フランス語でブルジョワジーとは「バカロレア」の取得者のことを言うのではないか。「アビトゥーア」の取得者は昔は「ジャーマン・マンダリン」との俗称を得た教養貴族階級で、わが日本の旧制高校生が「あゝ玉杯に花うけて」と唄ったのは、ドイツ人のギムナジウムの特権意識を模倣してのことであった。
 しかし日本では中等教育が一定の威信を勝ち得るということはついに起こらなかった。旧制中学の進学率がまだ低かった時代(昭和十六年で同年齢層の一六%)にも、旧制中学卒に特別の呼称はなかった。戦前の日本に中間階層が育たなかったことにも原因があるが、その根本の原因は何であろうか。幕末に藩校が廃止されたときに、藩校を中心として士族階級のための特別学校が作られ、明治期に継承されていたなら、恐らく日本にも階級的威信を保持した中等教育の一組織が生き残ったであろう。
 
◆特権を否定した士族
 これはまさに明治維新の性格に関係があるが、そうしたものを打ち破ってしまうこと、士族が士族としての特権を自己否定して国難に殉じたことに維新の意義がある。維新は下の階級が上の階級を破壊する意味での革命ではなく、武士階級が自己の階級的利益を放棄して、それによって前近代的身分秩序を自らの手でなくそうとしたやはり一種の革命であったことは否定すべくもない。
 もちろん維新の主体となった下級武士が前半生において身分的制約に苦しみ、その重い思いを改革案に盛り込んだという事実はある。けれども上級武士への反乱の形式はとられない。彼らは藩主に対し忠誠を守りつつ、一歩ずつ前進した。
 維新はいかなる意味でも西洋的革命ではない。もし西洋的革命なら、商人(市民)が武士を倒す階級闘争に走ったはずだ。どさくさ紛れに下級武士が上級武士の位置を奪う簒奪(さんだつ)が行われたはずだ。ところが彼らの目は諸外国からの圧力と脅威にのみ向けられ、日本という統一意識がはっきりしていて、国内の秩序序列を乱していない。
 けれども、ものは見方によるのである。西洋的革命ではないが、西洋のどの革命よりも、明治維新の変革は体制を革(あらた)めるという点では徹底的であり、根源的であったといえなくはない。すなわち支配階層の交替という点で、日本は西洋のあらゆる国の革命家たちの為し得ないことをした。しかもその方法はギロチンによってではなく、教育制度の変革という方法によった点がこのうえなく独創的だった。
 大名の息子たちが新時代の指導者となったのではない。士族階級のための特別学校も作られなかった。幕末に武士の子と町人の子を一緒に学ばせ競争させる私塾がいくつも生まれ、能力主義(メリトクラシー)に火を点けていたが、「学制発布」はその精神を継承し、拡大した。有能な者は身分にとらわれずに抜擢され、留学生として海外派遣され、帰国して政府枢要の地位についた。
 同時代の中国では帰国留学生は排斥されている。教育が日本を前近代の桎梏(しっこく)から解放する決定的手段となった。なぜ近代日本の教育が競争と結びついたかという前回の問いへの一つの答えである。(評論家 西尾幹二)


 
 
 
 
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