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1998/02/04 産経新聞朝刊
なぜキレる!普通の子 明星大教授・高橋史朗 生理的不快感まん延
 
 おとなしい普通の子が一体なぜ突然キレるのか、というが、子供の意識や行動の劇的な変化に親や教師が気づいていないという深刻な“ズレ”が生じており、子供の変化に大人が「不適応」になっているという根本的な問題が背景にある。
 おとなしい子というのは、親や教師にとっての「いい子」を演じ続ける中で心が疲れストレスがたまって目いっぱいふくらんだ風船のような心の状態になっており、否定的な言葉などのちょっとした針が突きささると一気に爆発してしまう子だということを認識する必要がある。
 NHK世論調査によれば、「何でもないのにイライラする」「何となく大声を出したい」と答えた中学生がともに二六%という数字がそのことを示している。ストレスがたまっているのは子供ばかりではない。日本ストレス学会の、教師のストレス調査によれば、「イライラしている」教師は二八%にも及んでいる。
 教員志望の大学生のアンケート調査(回答者は二百七人)によれば、神戸事件の犯行声明に書かれていた「透明な存在」などの言葉に共感を示す大学生が三五%を占め、「共感できない」(二六%)を上回っている事実も注目に値する。
 つまり、青少年も教師も疲れているストレス社会から「透明な存在」が構造的に生み出され、「いい子」が息切れして、〈うざい〉が〈むかつく〉になり、さらに暴力を伴う〈キレる〉状態へエスカレートして衝動的犯罪が起きている、といえる。
 社会的モラルの崩壊の中で、生理的な快不快に支配された行為が学校、家庭、社会の至る所にまん延しつつある。いじめや対教師暴力、「オヤジ狩り」や携帯電話でのムダ話、「バタフライナイフ」や「生命彫り」と呼ばれる遊びの流行なども皆生理的行為であり、生理の前では、「正しさ」を説くお説教も生徒指導も全く無力になってしまっている。
 「生理暴力」が広がりつつある「生理化社会」誕生の背景には、明治以来の学校と教師の教育力を支えてきた家庭と地域社会の教育力の崩壊という問題がある。近代の学校教育を成立させてきた前提条件が大きく変質したにもかかわらず、「学校信仰」は全く変わっていない。
 事件が起きるたびに、マスコミは短絡的に「悪者探し」をして学校や教師などを責め立て糾弾するが、家庭と地域社会が連携して学校を支える以外に「教育再興」の道はない。
 教科のタコツボ「授業ボックス」に埋没してバラバラの知識を詰め込んできた学校教育の基調を転換し、オンリーワンの存在価値や自己実現の喜びを体験を通して実感させる「感性を育てる心の教育」に三者が連携して取り組む必要がある。生理的行為を超える“喜び”の創造と、人格を信頼して行為を否定する“愛深き闘い”こそが求められている。(寄稿)
◇高橋 史朗(たかはし しろう)
1950年生まれ。
早稲田大学大学院修了。
スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員、明星大学助教授を経て現在、明星大学教授。


 
 
 
 
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